白い花を授かりて
体を洗浄され、傷を手当てされ、目に生体義眼を埋め込まれた。
暗闇にいるのは辛いだろうからと早めに。
爪は生えてくるものは自然に、生えなくなったところには、爪の細胞を活性化させたり、植え込んだりした。
顎は骨折ならともかく、粉砕されてしまったので、処置に時間がかかった。もういそうと、砕けた骨を全部取り除き、臨時に人工骨を入れてもらった。
義眼を先に作ったから、骨用のクローン培養素材が足りず、二週間後に再度、手術となった。
妊娠しないように、緊急避妊薬を点滴で投与された。
救助されて、八時間で。
目を開けて。
二度と戻らないと思った世界を見た。
ぼやけていたけれど。
「リハビリすれば、三日ぐらいで本は読めるぐらいになるわ。ちょっと疲れちゃうかもだけれども。日常に戻るのには三ヶ月は必要かしら」
口を開けようとして、痛みが走った。
「食事は明日の夜までは点滴ね。手術したとき、胃にゼリーを流し込んでおいたから、そんなに空腹感はないはず。でも、お水ならストローで飲めるから、声をかけて」
この声は、陛下から自分を受け取ってくれた人で。
いや、だが、声しか聞いていない。
喋りたい。問いたい。
私を布で包んでくれた人は、どなた様だったのか。
喋れないまま、寝台に身を横たえて、しばらくぼうっと天井を見ていたら、不意に焦点があった。
たぶん、窓だろうと思った、青いぼけた大きなものは、カーテンだった。しまっていた。
起きたとき、夜中だったらしい。
壁は緑色で、赤やオレンジの花があしらわれている。
青いカーテンも、よく見ると唐草模様が浮いている。
それらが見えるようになって、見ていたら、目の奥がずきりと痛む。
寝なきゃ、と本能的に思う。
今頃、首の右側がひんやりすることに気が付く。
無針点滴が動脈に貼ってあるんだろう。見えない位置だけれど。
そしてくらっと、意識が暗転して、起きたら、母が泣いていて。
幸いなことに、本当にひどい目にあったことは、伝えられておらず。
まあ、伝えられた軽い被害の方もひどいのだけれども。
「ああ、もっと早く、通報していれば。可哀そうに。痛いわよね。こんなに、爪が、爪が。ちゃんと生えるってお医者様が言っていたけれど。蛮族の糞なんか滅べばいい」
滅んだと思う。救出だけにしては、あまりにも、阿鼻叫喚の声が、大きかった。
母は本当は指を撫でたいのだろうに、怪我を気遣って手の甲をさすってくる。
誘拐されて14時間後に、通報してくれたから、生きていた。
帰宅途中でなく、朝、職場に向かう途中で拉致られたから。
勤め先の役場から問い合わせがないということは、やつらのほとんどが、私の誘拐に噛んでいたということか。
朝は何時に家を出るの、と聞いてきた女の同僚の顔を思い出す。
次に会うときは、吊るし肉だろう。
民道の、公務員に関しての法をよく読むように言っておいたのに、こんな犯罪に手を染めるなんて。
「お、あ さん ありが お ね?(お母さん、ありがとうね?)」
と、声をひねり出したら、母がまたわっと泣き出した。
顎、痛いというより、痺れて動かない。舌も動きが鈍い。麻酔のせいかな。
身を起そうとすると、察して手伝ってくれて。
「お水飲む? ちょっと甘じょっばいのも、飲んで平気っていってたわ。暖かいお湯もあるから、どれがいい?」
甘くて塩も入っているのは、スポーツドリンクかな。口の中の具合を考えると、
「ぬるい、ふつうのお湯、のみたい」
さっぱりさせたい。
母の後ろに女医さんがいて、
じっと見てくる。
後々知った。
「あの娘、サイコパスだわ。トップ層にいればともかく、使う上司や仲間は、相当煙たいはず」
と、判定されていた。
なぜ?
ああ、そして。
三度目の目覚めの時。
「あ、起きましたね」
と、わたしのかおをのぞきこむ
へいがが
いた
ぱにっくになりました
助けてくれたのは、やはり陛下で。
「ああ、もう生きていけません」
あんなひどい有様なのに、この方に抱きかかえられたということです。
「死なせてください」
最悪です。
この方の前では、襟も袖も裾も乱さず、完璧な姿でいたかったのに。
あのれんちゅう、ゆるすまじ
「そーいわずに。せっかく助けたのだから。ショック受ける前に、伝えますが、誘拐事件に噛んでいた同僚・上司、後輩含めて、ざっと役場の3割以上の人数が、民道による公務員項目の、最高刑、を執行しました。1年かけて、3回、殺されます。二度は、ぎりぎりで回復させますから、ほんとに死ねるのは一度です」
最後は原形とどめないずた肉にされる刑。
公務員が犯罪を犯すと、普通人の二倍の刑罰受けるんですが、公務員を加害した場合、普通の人も二倍の刑罰を受けるので、公務員を加害した公務員は3倍の刑罰になります。
「もったいなくも陛下の部下として、その末席をたまわっているのに、民道を破ったのですから。死は当然です」
噛まずに言えた。よかった。
最初に感じた顎のしびれはなくなって、喋りやすくはなったけれど。そのかわり、鈍痛は続く。顎より眼球の方がずきずきするから、そちらに意識が持っていかれてしまうけれども。
陛下のご尊顔、こんなちかくで
みられるなんて
ああ、なんてこと
ぜろめーとるじゃないですか
といきがかかりそう
は
ふけいふけい
いきとめなきゃ
「息しなさい」
怒られて、なんかぼやっと変な感覚だったのが、一瞬で戻ってきた、感じです。
何だったの、今の。
寝乱れていた寝巻を陛下に気づかれぬよう、ちょこちょこ直しながら、もう働けそうだったから、明日から仕事場に、とつっかえながら、口にしてみたけれども。
陛下はにこっと笑って。
「6ヵ月は体を治すために休みなさい」
と、おっしゃられた。
は、わたし、さっき、心の中とはいえ、不敬、不敬な言葉遣いだったのでは。
その後、私は陛下の御命令通り、6ヵ月で全力で体をなおして、日常生活を送れるように勤めた(当人の感覚では努力したんではなく、ご命令通りに『いそしんだ』、ので合ってます)。
母は泣くやら、父は無言でため息をついた。
職場に戻る。
陛下のために
働く
しかし。
六ヶ月後。
「ええ、よく回復しました。見事です。あと三ヶ月、今度は、何も考えず、ただ身と心を休めなさい」
と、陛下からさらなるご命令を賜った。
陛下のご命令。
口答えは許されないのだけれども。
「なぜですか。もう口も目も戻りました。働けます。ずっと休んでいたんです、十分に身は」
などと口走っていた。
「貴方は、心と体を治すのに全力で、走ってきたようなもの。だから、治った心と体は疲弊しているので、休みなさい。治すのではなくて、疲れを取るために。貴方には、今後45年以上、働いてもらいたい。そのために、今、休みなさい」
ああ
それは なんて しあわせな
定年まで お仕えできるなんて。
復帰は9ヶ月後になった。
そのころには、私の誘拐を手引きした職場の人間たちは、ズタ肉もどきで発狂していて、会話にならないので、会いにもいかなかった。
もう興味がなかった。
仕事場で仲良くしていた同僚が迎えてくれて、様変わりした役所の中を案内してくれた。
同じ年齢で、アイラ、という。
「結局、半数が捕まったり処刑されて、残った人たちも半分ぐらい逃げちゃったの。でも、仕事まともにしない人たちだったから、いなくなっても、特にものすごく困ることもなくて。4ヶ月ぐらいは軍の人が手伝ってくれて、新規採用の人が馴れてきたから、今はもう撤収してしまったわ。軍の人の代わりに、別の世界の公務員の人が四人、こちらに二年間出向して、もう少しシステムを整えてくれるそうよ」
うん、わかる。書類に線を書くだけの人とかいたものね。(手書きでフォーマット・・・)
印刷機の導入に難癖つけてた部長、地下で発狂しているらしいけれど。
人間一人が横たわっている、ぐらいの大きさの機械が二台、部屋に置かれて、絶えず紙を吐き出している。
一分で1200枚発行するとか。
まさに紙の神。
偽造防止相番と、ホログラフィー付き。
これこそがハイテク。
「婚姻届も出産届も、もう手書きじゃないのね」
「全部の申請書類が発行できるわ」
「なら、本当に、半分ぐらい、人が必要ないわ」
「メッセンジャーもいらなくなってね。受け付けは、コンピューターの画面? が対応してくれてる」
「あら、私たち、何をすればいいのかしら」
「その機械の操作がわからない人を案内したり、目が不自由な人を音声ガイドがある画面の方に誘導したり、書類の管理したり、色々あるわ。覚えることも多いでしょうけれど、出向の人がいればゆっくり覚える時間があるから」
「様変わりしているから、覚えなおすのに一週間か半月かかりそうね」
「通達がきてるわ。半月は体馴らしに、六時間勤務なんでしょう?」
「陛下から、あと三か月休むようにと命じられてから、どっと変に疲れが出てしまって。だらけてしまったから。元のように働けるよう、少し調整期間が必要みたい」
「それ、だらけとか怠けじゃないから。具合悪くなったら、すぐいうのよ」
お役所書類を統括しているのは執務艦鯨。そこに代理王がいる。
私たちは惑星の、一役所の、住民登録、結婚届、死亡誕生届などなどの管理をし、公共事業の発注をしたりもする。
いろいろ変更したけれど、三日でだいたい覚えられた。
そして。
奴隷民大量削除通知が出された。
陛下の民でなくなる、ということは人権がなくなる。
そしてあちこちの役所が粛清されていくのだけれども。
粛清される自覚持ちの大半はもう役場から逃げている。
忙しくなったし、私も八時間勤務が大丈夫そう、と思ったので、復帰1週間後には通常勤務に戻した。
その戻した日に。
陛下がいらした。
「よく復帰しましたね。貴方を白蓮、コードとして白い花と呼びましょう」
え、白い花、ホワイトフラワーは、軍通信での陛下のコードネーム。
「影さえ白く、ただ白く、私のために、汚泥より出でて、曇りなく咲く花でありなさい」
「身に余る光栄。ありがたき幸せ」
応えてしまった。
いや、もらってはダメな名前。
陛下の花はファーストリリー。でも、リリーがない世界もあって。
だから、誰でもわかるように、白い花。ホワイトフラワーと陛下は称されていた。
以降、軍通信では、陛下は『ホワイトライン』、白線と呼ばれるようになった。
軍旗の、下は青、上は赤。その二つをまっすぐ貫く白い線。
それが陛下である、と。