人と数字
獅子王という名をつけられた、黄金の羽のある獅子が村の村長宅を本陣に、居座る万界の王の元に顔を出した。
自前の翼ではなく、機械の補助翼で飛翔している。
「大軍が動いたから見に来たが、虐殺か」
「戦争は敵軍に勝てばいいので、そんなに人数はいりませんが、一つの民族一つの地域を丸ごと殺すとなると、殺す相手の数倍、兵がいります。逃がす気はないです。だって生き残られたら、殺した相手に対して、不平等でしょう?」
王は書類、といっても空中にホログラフィーで浮かぶ電子書類だが、それをざっと見てサインしていく。
「必要な虐殺なのか」
「人口が増えるのは確定事項。仕方ないです。意識が切り替わらない。五人生んでも三人しか成人しないような幼少期を生きてきた連中は、不安で生む。医療が発達した今、二万生まれれば、成人できないのは十二人、ぐらいですかね。つまらん事故で死ぬものです。なんで、とくに男の子、入っちゃ駄目な貯水湖でおぼれて死ぬとか、わざわざ屋根から転げ落ちたりとか、好んで死にに行くアホどもさえいなきゃ、もっと低い。病気はほぼ治るというのに。まあ、とにかく普通は死なない。安定した環境になるから、女が生まれる率が下がりますから、在る程度で人口はそれ以上にならなくなるはずですが、さらに女児制限かけて子が男子ばかり産まれるように調整していきます。でも、その結果が人口に繁栄されるのは二十五年後? いいえ、実に五十年後。子が育たない、死ぬ体感を持ったままの世代が生き残っていると、子や孫、曾孫に強要するので。女児を生まれにくくしても、分母がでかいので、本当にここ五十年が勝負どころです」
「増えても、別の生産惑星に移動・移民させればいいだろう」
「猿を増やしてもいいことはないんですよ。生活水準が上がったので、資源を貪るから」
「なるほど。減りすぎたら、どうする?」
「減る分にはどうとでも。人口減りすぎ、まずいなと思ったら、若い女性一万人集めて、卵巣を一つずつ提供させます。若い男性二千人集めて、精子提供させます。女の方が負担が大きいので、相応の謝礼金は渡しますね。精子の方はキリングに売春のまねごとをさせて回収させてもいいですし。そうすれば、卵巣から卵子を作り出させて、クローンで一億人ぐらいは軽く生み出せるので。子を産ませるのも簡単です。娯楽を潰し、交通機関を断絶。それだけで、やることがないから、子を作ります。息抜き程度は必要なので、まあラジオぐらいは生かしておいてもいいですかね。で、野球中継とラジオドラマ、を心の糧に生きていってください。あー、音楽チャンネルも、許します」
「娯楽がないと、子ができるのか」
「できますよ。楽しみがセックスしかないんで」
獅子王は命の泉から生まれ、個々での繁殖はないから、よくわからない。
「だから、猿は増やすな、と。過酷な状況になればなるほど、産み増やすので。対応策で、他の星に移民とか、ろくでもないです。ただ埋め尽くして食い尽くすだけ」
そして王はにこっと笑った。
「人口増への対策で、過酷な地域をまず粛正。そうしないと増えますから。そして、過酷というと、この二地域になります。女が持参金を持って行かなきゃならないのに、求婚を女の家側が断れない、その上、夫が妻を惨殺しても法的に裁かなくていい地域とか。じゃんじゃん子が生まれますからね。しかも、離婚して子供と女を放り出して路頭に迷うから、ストリートチルドレンが増える。一夫多妻制の地域の方がましな事が多い。一人の妻に子を一人産ませた後は、まったく子作りしなくて、次々に妻を増やしてくれる方が。ついでに、離婚とかもあまりしませんしね。妻と子を養えるのが甲斐性なところが多いから、よほど猿な雄でなければ、子に一定の教育を受けさせますし」
王としては倫理等なく、ただひたすら人口増の視点で家族制度を見ているので、人間でなくただ数字として扱っている。
だから、たやすく殲滅作戦を行える。
「ああ、何よりね。獅子王、覚えておいてください。この二つの嫁取り地域は、根絶やしにしやすい。何かのおり、私が指揮をとれぬとき、兵の算出をするときに。女を虐待するのが通常の地域は、成人の半数が粘らないので少ない兵で済む」
「粘らない?」
「女が諦めてるから。諦めた人間は生きることを、粘りません。一番面倒なのが、女が諦めてない地域です。男はたやすく死ぬんですが、体の構造上と意識上、女は粘りやすい。男なら気絶してそのまま死ぬ傷を負っても、女は刃向かってくるんですよ。体感的に、この粘りが発生しやすいのは、子を守りたい、生活を守りたいと思う、思える状態にある女です。男はかっこうよく死にたがるので、場が整えばレミングスのように、死地に流れ込んでいきますが、女は子を抱えたら、泥を啜っても、肥溜めに沈み込んででも、生き延びます。この粘りを発生しない地域、というだけで、兵を投入してもリスク少ないので、とてもいい惨殺現場になります」
「女を生かしては駄目なのか」
「女は制度を子に継承するので。滅ぼしたいのは制度なのに、生き残るんです、影で。亡霊みたいに」
獅子王は、ふうっとため息をついた。
「未来的によろしくなく、殺しやすいから殺してる。ということか」
「身も蓋もありませんが。これが、女が粘る地域で、公務員を加害されたなら。殲滅戦ではなく、加害者と共犯者の首をよこせ、といって終わったでしょう。泥仕合になりかねませんし。すごく単純に、二倍の戦闘員がいる、ということが怖さになります。なんだかんだと、数は力でしてね。上からどんっと焼夷弾を落として村を焼いても、全滅の確認で向かった兵が、満身創痍の状態で決死の覚悟で潜んだ村人に農具に刺し貫かれたりしますし。今回に関しては、被害者救護で、乱暴に焼き払うわけにもいかず。獅子王、引き継ぎお願いしますよ。査問会のために、一定時間ここにいますが、公務員の粛正もせねばなりません。あの娘をこのクズどもに売り払った同僚をね。私が首根っこ捕まえねば」
「なぜ私が」
「ほぼ殺し尽くしているので、問題は起きないでしょう。大規模作戦の指揮をとったことがないでしょう? あなたが引率できるのは自分の部下だけ。たかだか数万単位。千万を超える軍を指揮してみたら、見えるものも違うでしょう。貴方はいずれ、命の泉の代理王になるのですよ。自軍百万の兵を意識した瞬間に、私は兵も数字にしか見えなくなりました。貴方は、何が見えます?」