9. 金曜日の怪人……⑤闇に消えた一人
さて、もうここに用は無い。さっさと帰って飯に……おっと、その前にひとっ風呂浴びるのが先だな。
[ もう一度だけ警告するぞ! 武器を捨ててその場にひざまずくんだ! ]
(うるさいな、 拳銃持ってるくせにそんなにコレが怖いのかよ?)
俺は肉切り包丁をその場に放りだして、周囲を見渡す。……なんだ? いつの間にか警官達が刺股やら拳銃(?)やらを構えながら少しずつ間合いを詰めて来てる?
もしかして飛び道具が無くなったからか?
(ふん……)
周囲の状況を確かめ、包囲を突破する為の思案を巡らせたが……それほど悩む必要は無かった。警官の包囲線には路上駐車されたトラックという“切れ目”があったからだ。
勿論そのトラックを挟む様に警官が配置されていたので警察の常識的には万全なんだろうが、
(あれならイケるか。あとは少し注意をそらせば……)
お誂え向きに手の中では鉛玉が遊んでいる。俺は鉛玉を一つ利き手に移して──
― ブンッ ―
こちらを照らしていたヘッドライトへ向かって投げつけてやった。
― バリッ ―
腕の振りだけで投げつけたのに……鉛玉はあっけなくライトを壊してくれた。
(うお〜 マジで前の身体とは段違いだ! まさかあんなに簡単に命中するとは! もしかしたら今の俺って……素のままでワイヤーアクションとか出来るんじゃね?!)
― ブンッ ブンッ ブンッ…… ―
なんて下らない事を考えながら、こちらを照らすライトや近くの街灯に手当たり次第鉛玉を投げつけ……急に照明が減って辺りが暗くなった瞬間、俺はトラックへと走り寄りフロントバンパーを足掛かりに車体の上へと駆け上がた。
― バシュッ バシュッ ―
(何だ? なんか飛んで来たぞ??)
トラックの上に駆け上がったと同時に、一瞬前まで俺が居た所に投網みたいなものが拡がっているのが見えた。
(あっぶねー 警察ってあんなの持ってんのかよ!)
俺は警察の秘密兵器を避けられた幸運に感謝しながら、そのまま荷台の上を車体の後方へと走り抜け……数人の警官の上を力尽くで飛び越えた。
― スタンッ ―
(おお?! これ20メートルは飛んだんじゃねぇか?)
俺は少し力加減を間違え……逃げ込むつもりだった路地の入り口を飛び越してしまった。
(調子に乗っちゃだめだな。やっぱりもう少し訓練しない……)
「動くな!! 動いたら……撃つ!!」
振り返った先……逃げ込むはずだった路地の暗がりから拳銃を構えた私服の女性刑事が現れた。
(クソッ、上手く誤魔化せたと思ったんだけどな……)
――――――――――
(なんでここにマスク男が?! どうやって包囲線を抜けたの?)
私だってここが現場だっていうのは分かってる。
でも、どうしても無視出来ない連絡だったから……わざわざネットランチャーの指示出しにかこつけて路地裏へ来たのに!
「てっ、手を上げなさい!!」
咄嗟に拳銃を向けたが……マスクの男はためらいもせずにこっちに向かって来た?!
「動かないで!!」
― ダンッ ―
「……!」
(うっ、撃っちゃた?! 相手は一応怪我人なのに、って……え?)
それは本当に偶然だった。街灯の僅かな明かりがマスクの男の腹を照らしたのだ。
(えっ……なんで?? 傷は?!)
そこには銃創どころか引っ掻き傷すら……ついでに血痕すら無い?! 服にはめっちゃ大きな穴が開いてるのに?
「………」
マスク男は私が撃っちゃった肩の銃創に手をあてて……何故か傷よりも服の穴にガックリしてる様に見えた??
「え……あっ、ウソ?! ごめんなさい……」
間違いない。マスクの男の視線には……何故か負傷させられた事よりも、作業着に穴を開けられた事への怒りが籠もってる?!
『あっちだ!! 銃声がしたぞ!!』
背後から仲間の声が聞こえた。それは当然マスクの男にも聞こえた筈で……
「ひっ?!」
マスクの男が私に襲い掛かって……来なかった。男は私の横をすり抜け、そのまま路地の奥へ……
「……逃げた?」
間違いない……軽快な足音が遠ざかっていくのが聞こえてくる。ここの路地裏には街灯なんて全く無いのに?
「どうして……真っ暗な中を走って逃げられるの?」
―――――――――
次の朝……俺はニュースサイトを賑わす画像にウンザリしていた。
「畜生……やっぱりやめときゃ良かった」
『後悔先に立たずってな。まあいいんじゃねえか? そんなのだけで、お前のとこに辿り着く様な官憲はさすがに居ねぇだろ?』
そう……そこの根菜類が言うように、映像以外の“科学的な捜査”を使わずに俺を見つけ出すのはかなり難しいだろう。
というのも……この身体になってから変わった事の一つに“俺から分離した身体の構成要素は短時間で全て消滅する”というのがあるからだ。
これは血液や涙など身体から分離した成分が一定時間が過ぎると消滅するという奇っ怪な現象だ。
根菜類の説明によれば「お前という存在から分離したものは存在の概念が……」とかなんとか言ってたが……詳しい事はさっぱり分からない。
ただ……この現象のおかげで俺の血液や毛髪、皮脂による指紋なんかは何もしなくても消滅してしまうらしい。
『つまり誰もお前の痕跡を追えないってわけだ。どうだ? 幽霊になった気分は? なんなら大泥棒でも目指してみるか?』
「……勘弁してくれ」
俺は積極的に犯罪者になるつもりは無いが……昨日みたいな場面ではめちゃくちゃ助かる能力だ。
『だが、そのおかげでお前の正体は誰にも知られずに済んだんだぜ?』
「だからって羞恥心が消えるわけじゃないんだよ! それに……なんだよ【金曜日の怪人】って?! ネーミングが安直過ぎるだろ?!」
俺のマスク姿はニュースサイトだけを賑わせていたわけじゃない。というか最近では事件系のニュースなんて殆どが個人のSNSの後追いだ。
ネットに流出しちまった俺の画像だって、元々は普通の通行人が撮影した物がSNSで拡散した結果だった。
「まあ……この“#金曜日の怪人”ってのは、どうやらこのQチューバーのせいみたいだけどな」
「にゃー」
「分かってるよ! ちょっと待てって」
俺は虎鉄のフードをいつもの皿に出してから、もう一度さっき発見した投稿動画を再生した。
どうやら俺が逃げる為に使ったトラックの下には誰かが潜んでいたらしい。逃げ遅れたのか動画撮影の為に無茶したのかは知らないが……
『おう、さっきの動画か? ありゃなかなか傑作だったな』
「……勘弁してくれよ」
本当はこんなの見たいわけじゃないんだが……これだけ動画が拡散した以上、変な手掛かりが残って無いかチェックしとかないとな。
『お前思ったより神経質だよな』
「根菜類はネットに潜む暇人達の捜査力を甘く見過ぎなんだよ」
とりあえずもう一度ひと通り確認してみたが……個人を特定されそうな映像はどうやら無さそうだ。
『そんなもんかねぇ……ま、俺はこの液体肥料ってのがありゃゴキゲンだがな』
― キンコン ―
その時……ボロアパートの呼び鈴が突然鳴った。ちなみに、俺はうちの呼び鈴がこんな音をしていると初めて知った。
「誰だ??」
来客の予定は無い。というか、俺にはそもそも来客の心当たりが無い。
― キンコン ―
「……?」
俺が突然の来客を訝しんでいると……再度呼び鈴が鳴る。流石に放って置くわけにもいかないし……一応気配を消してドアスコープから外の様子を伺った。
(はっ???)
ドアスコープの前に居たのは……昨日俺を撃った女性刑事だ!?
(なんでここが分かった??)
俺の頭の中を?マークが飛び交う。なんでだ? 何も証拠なんて残してないはず??
「あー久宝兵児君。在宅してるのは分かってるので……大人しくここ開けてくれませんか? でないと──強面のおじさん達を沢山引き連れて来る事になりますよ」
(おい! うちのドアの前で物騒な宣言をするんじゃねぇよ!)
俺は……仕方なくドアを開けた。この女が警察ならここで追い返しても無駄だしな。
「騒がないでくれませんかね……このアパートは壁が薄いんですよ」
「あら……素顔は優しそうなのね。そうそう、お腹と肩の具合はどう?」
(マジかよ?!? 完全にバレてるじゃないか?)
「………何の事ですか?」
「わぁ……貴方の歳でそんなポーカーフェイスが出来る子なんてそうは居ないわよ? でも……肩から血が滲んでたらバレバレよ」
はっ? そんなはずは無い。あの傷なら家に帰る前に完治して……
「あら、良く見たら血なんて無かったみたい。でも……あなたなぜ左の肩を見たのかしら?」
クソッ……だから警官は嫌いなんだよ。
いつも読んで下さっている皆様、誠にありがとう御座いますm(_ _)m
主人公、やっと自宅に帰る事が出来ましたが……(;´∀`)
何故か時間経過は遅いのに面倒は畳み掛けてくるんですよね……
本当に困った事でして……作者も毎度苦労しておりますw
そして、読者の皆様にも毎度の面倒事とは思いますが……もし少しでも興味を持ってもらえましたなら……
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是非応援のほど……よろしくお願いいたしますm(_ _)m