8. 金曜日の怪人……④運次第の一人
マスクの男が……肉切り包丁を振り下ろした。
が、包丁はさほど素早く振り下ろされたわけじゃなかった。だってその動き自体はアタシの目でも追えたからね。
実際「意外と地味だな」なんて思ったもん。あっ、これは絶体に配信じゃ言えないけど。
ただ、後日動画をチェックした時に付いてた「こんなの……スッパリいった方がよほどマシだろ」って意見にはイイネをしておいた。
私もまったくの同意見だったからね。
―――――――――
「くそったれが!」
― ガッ ―
頭上から迫ってくる包丁を……俺は持ち上げた銃の銃把で受け止めた。
「この死に損ないが!! どんなにタフだろうが腹を撃たれてまともに動けるはずねえんだ。さっさと死ね!」
鹿撃ち用の九粒弾を腹に喰らってるんだ。コイツがいくらタフでもすぐに動けなくなるに決まってる。
(そうなったら今度はそのバカみたいなマスクに鉛弾を喰らわせ……なんだ??)
― メリ……メリメリメリッ ―
切り詰めた木製の銃把は(ギリギリではあったが)確かに包丁を防いだ。だが……
「うそだろ?!」
マスクの男は、受け止められた包丁をあらためて振りかぶる様な事はしなかった。
奴は……そのまま包丁を力尽くで押し込んできやがった?!
「グァッ……やめ……」
俺は包丁を受け止めた猟銃を慌てて両手で支えたが、マスク男は俺の抵抗なんかまるで意に介さず……木製のグリップをカボチャでも割るみたいに切り分けていく?!
「ひぃっ?!」
そして……ゆっくりと進んだ包丁はとうとう──グリップの逆側に達した。
― ズパっ ―
グリップが切り分けられたのと同時に包丁が手首に食いみ、そのまま俺の手首をゆっくりと切り分けて行く?!?!
「…………ギャァァァ?!!!!」
――――――――――
― ボスン ―
猟銃の構造なんてアタシにはよく分からないけど……切り飛ばされた銃が暴発しなかったのはラッキーだったと思う。
ただ……暴漢にとっての不運はそれで終わりじゃなかった。
銃と手首の落ちた場所は……生ゴミの集積所だったのだ。
「「「「「 ………ヂュゥ゙ッ…… 」」」」」
うず高いゴミ袋の陰に無数の黄色の光りが蠢いて……ソレは一斉に天から降ってきた御馳走へと集中する。
最悪の(グロテスクという意味で)展開を一瞬で想像したアタシは、機械的に追っかけていたカメラを反射的に手首から逸らし、暴漢へと戻した。
(いくらなんでも……ここから先の手首を撮影するなんて正気で出来るか!)
「クソッ……俺の腕を……腕が?!」
普通なら身体の一部を強引に切り分けらたりしたら痛みで気絶してしまいそうなものだが……
男は痛みというか驚きで呆然としてる様に見えた。
マスクの男は『思ったより切れねえな』って顔で(顔は見えないのに確かにそう見えた)しげしげと包丁を見て……
もう一度包丁を振り上げた?!
[ そこまでだ! 凶器を捨ててその場に伏せろ!! ]
――――――――――
[ お前達は完全に包囲されてる! 抵抗は無駄だぞ!! ]
(それって……俺に言ってんのか?)
あらためて周りを見ると……いつの間に増えたのか、俺が暴漢に絡む前より三倍は多くなった警官達が、拳銃を構えてこっちを包囲してるじゃないか!
どうやら拡声器でがなっているのは、包囲の向こうに立っている私服警官(刑事か?)らしい。
(まったく……今頃現れて言う事がそれかよ? だいたい俺が暴漢に絡むまであのオッサンは何処にいたんだ? まさか部下の後ろに隠れてたんじゃないだろうな?)
俺はウンザリしながら、傷口を握ってブツブツと呟く暴漢をチラッと見た。
本当はもう片方の手も飛ばしてやるつもりだったんだが……まあいい。片手じゃこの先バカなマネも出来ないだろ。もしなんかやらかしたら……
(はん……そんなもん俺の知ったこっちゃねぇ)
[ 何をしている! 包丁を捨てろと言ってるんだ! ]
そもそもコイツが猟銃を振り回して暴れてたのが悪いんだ。“俺の行動は緊急避難だ”と主張してみるか?
(うん……無理だな。下手をしたら俺まで共犯扱いされそうだ。さて、どうしたもんか……)
『おう……用事は終わったか』
見てたのか? ってタイミングで俺の頭に根菜類の声が響く。
(ああ。でも、ちょっと面倒な感じだ。手加減無しで暴れりゃ逃げられるだろうけど……警官相手にそんな事をしたら今度はこっちが指名手配されそうだ。それに俺が暴れたら……倒れてる警官がヤバそうだしなぁ)
かと言って……大人しく捕まれば、俺の身体の事が世間にバレてしまう。ヘタをすれば実験動物だし、そうじゃなくても大騒ぎは確実だろう。
『ふん……お前が帰ってこないとオレまで干上がっちまうからな。その官憲が保てば切り抜けられるか?』
??
「ああ……多分問題ねぇよ」
『よし……じゃあそこの男にお前の血を飲ませろ。ほんの舐める程度でいい。急げよ』
「……分かった」
根菜類の指示は意味不明だが……コイツは俺の理解の外側にいる存在だからな。なんとかなるってんなら言う通りにしてみよう。
(血が必要ってんなら……とりあえず腹に空いた穴から溢れてるからな、在庫は問題ねぇ)
俺は作業着に空いたデカい穴に手を突っ込んだ。
― ジャゴリ ー
穴の中で指先に触れたのは弾丸か? 多分放っておいても問題ねぇけど……
(腹の中がゴロゴロしてんのもなぁ)
― ギョゴガゴ…… ―
俺は大穴に掌を全部突っ込んで弾丸を掴み出した。
(うげぇ……流石に気持ち悪いぜ)
で、俺はそのまま倒れてる警官へ歩いた。
「なっ……?! まて近藤に何を……」
なんか俺の後ろで騒いでるけど無視無視。そんでそのまま口元に拳を持っていく……
― ボタボタボタッ ―
そういや舐める程度でいいって……まあ大丈夫だろ。で、それから数秒……
― ガハッ ー
警官が突然息を吹き替えした。いや……自発呼吸が戻っただけで死んでなかったのか?
(おい、これでいいのか?)
『よし……傷が治ったりはしねぇが、お前の血の効果が消えるまでに病院で処置出来りゃ助かるだろう』
(おいおい……俺の血にそんな効果があんのかよ?)
『あぁ、あくまで現状維持しか出来ねぇがな……』
……ま、この警官が死にかけてんのは俺のせいじゃねぇしな。これで命を拾うかはこの人の運次第……って事で勘弁して貰うか。
『よし……そろそろ引き上げ時だろ?』
「そうだな。帰るとするか」
―――――――――
「班長……アイツ……いったい何なんです?!」
目の前で自分の腹を抉った男が、何の痛痒も見せない光景に……部下がとうとう悲鳴をあげた。
「俺にも……さっぱり分からん」
ここは……俺達が見慣れた不夜城の筈だ。通り魔が現れて銃と包丁を振り回したって事を無視すれば……舞台装置はいつも通りの光景だ。なのに……
「おい……ここらは何時からクリスタル・レイクになったんだよ」
いかん……あまりの現実感の無さについ変な事を口走った。
「アレは、後のシリーズでNYにも現れてますから……東京に現れてもおかしくない……のかな?」
……若いのによく知ってるな?
「まさか……有り得んだろ」
「で、どうします? 近藤と山波の容態も気がかりですし……確保しますか?」
「あの男が何者かは分からんが最後にもう一度武器を捨てる様に呼びかける。ちらほらとスマホを覗かせている奴らが排除しきれてないからな……問答無用って訳にはいかん。奴がもし包丁を捨てなければ鎮圧用のネットランチャーを使え。飛び道具を持って無いなら大丈夫だろう」
「……了解しました」
いつも読んで下さっている皆様、誠にありがとうございます。
今回はやっと主人公のターンだったわけですが……“金曜日の怪人”らしい活躍が出来たのかは悩ましい回でした。(-_-;)
ちなみに……作中のクリスタル・レイクという地名は映画「13日の金曜日」で登場する地名です。
本作主人公のビジュアルイメージである“ホッケーマスクの怪人”の元祖ジェイソン・ボーヒーズ君が暴れ回るキャンプ場ですね(。ノω\。)
作者としてはもう少し暴れさせてやろうと思ってますので……出来ればもう少しだけ見守ってやって下さいm(_ _)m
そして……
毎度、読者の皆様には面倒な事とは思いますが、もし少しでも興味を持ってもらえましたなら……
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是非応援のほど……よろしくお願いいたしますm(_ _)m