7. 金曜日の怪人……③悪運尽きかける一人
― ポツ……ポッ…… ―
緊迫した歓楽街を稲光が漂白した直後……
厚い雲が垂れ込める夜空から僅かに雨が溢れ始めた。
普段なら気付きもしないほど微かな雨音。
それがやけに大きく聞こえたのは……おそらく暴漢以外の全員が呆気に取られていたからだ。
― コォー ―
マスクに空いた隙間から、蒸気みたいな呼気が漏れる。ネオンを反射したホッケーマスクは、まるで色とりどりのペンキを被った様に見えた。
(なによあれ?! コスプレ?? 何で今? 誰が? 何処から?)
アタシの頭の中に大量の?マークが飛び交う。
冷静に考えれば──たまたま近くに居た“ヒーロー気取り”が、警察を出し抜いて背後から近寄ったとしか思えないけど……
(何で……? 震えが……止まらない?!)
プルプルと揺れるスマホを止めようと両手に力を込めたが……震えはまるで止まらなかった。
(怖い? いや確かに危機的な状況だけど……自分が直接危険に晒されてるわけじゃないのに?? まさか本物の金曜日の怪人なんじゃ?? いや……そんな馬鹿な! だいたいさっき呼吸してるのが見えたし……??)
結局、どんなに考えても震えの原因は分からない。
状況はリアルタイム配信としては出来過ぎな光景だ……マスクの男が現れた事で否が応でも緊張感が高まり、皆が息を潜めて動向を見守っている。
(なんて説明すればいいか……目の前の光景から現実感が感じられ無いというか……うん、さっぱり分からん)
何にしろ──あのマスクの男が妄想の産物では無く、アソコに存在しているのは間違いない事実だ。それは周りを囲む警察官達の表情が証明している。
― ガシッ ―
暴漢の背後から近づいたマスクの男は……とうとう暴漢の腕を掴み、包丁を女性警察官から引き離した!
「なっ?!?! 何だおまえ!!!」
そこで、初めて背後の存在に気付いた暴漢は……更に何かを喚こうとしたが、
― グィッ ―
マスクの男は無言のまま暴漢の手を力尽くで持ち上げる。
(ウソでしょ?! ヒョロいとはいえ成人男性を人形みたいに持ち上げるとか……どんな怪力なん?)
「ぐぁぁああッ 何をする? 離せ!!」
暴漢は殆ど吊り下げられるに等しい高さまで左手を持ち上げられ、地面にはつま先しか触れていなかった。
「あがっ」
(マジ?!)
マスクの男が絞りあげた暴漢の手が、みるみるうちに赤紫色に変わり……とうとう大型肉切り庖丁を手放した。
― パシッ ―
見た目とは裏腹な器用さで、こぼれた包丁を掴み取ったマスク男。状況からすれば暴漢はすぐにでも取り押さえられると思われた……だが、
「この馬鹿力が……いい気になるな!」
暴漢は殆ど吊り下げられたまま、もう一方の手に持った銃をマスクの男の腹に押し付けた!?
「死ね」
― ドグォッ ―
くぐもった音と同時にビクリと震える背中……そしてマスク男の足元に流れ落ちる大量の血液?!
(ああぁ……銃待ってる奴にリア凸なんかするから!!)
銃の衝撃でマスク男から開放された暴漢は、慌てて“新たな弾丸”を装填しなおしている。
発砲の直後、何人かの警官が腰に手を伸ばすのが見えたが……彼らは銃を構えたまま動きを止めた。
(何で警察は撃たな……そうか、マスクの男が居るから撃てないのか!)
腹に散弾を打ち込まれはしたが、あれだけの体格だ。
(きっとまだ死んでないんだ!)
……その証拠に、男はまだそこに立ったままだし。
「けっ、まだ立ってやがる。どこの馬鹿か知らねぇが余計な事をしやがって……まあ弾除けには丁度いいガタイだ。死ぬまでそこで突っ立ってろ」
そう吐き捨てた暴漢は、そのまま猟銃を足元に倒れていた女性警察官に向けた。
彼女の行動を見るに……どうやら良く目が見えていないらしい。彼女は何故か警官達が居る方向ではなく倒れた血だらけの警察官の方へ這いずっている。
「けっ……無駄な事をしやがって。オラ止まれ!」
「くっ……近藤……死ぬな」
女性警察官の顔が、硬い銃口を押し付けられた痛みに歪む。良く見れば彼女の足からも血が流れ落ちている。
(あいつ……簡単に逃げられない様に足を切りつけてたの?! )
「頼む……人質は私一人で十分だろう? そこの彼と私の同僚を病院へ搬送させてくれ! そのほうがあんたの要求だって──」
「やかましい! 小賢しい事をペラペラ囀るな!!」
なにあいつ?! いきなり女性警察官を銃身で殴りつけて……何がそんなに気に入らないわけ?!
「そこの警官ども! 良く聞け。通りの向かいにあるミラージュってキャバクラから愛華っつう女を連れて来い! そしたらコイツは開放してやる!! いいか? 余計な質問や交渉をしようとするなよ? もしそんな事をしたら……そのたびにコイツの指は一本ずつ消える事になるぞ」
(クソッ、なんて奴!)
あいつ本気で言ってるの? そんな条件を警察官達が飲む筈が無い。れくらいの事そこらの小学生だって知ってるわよ。
その証拠に……暴漢の要望を聞いた警官達の顔がみるみる険しく変わっていく。
(とはいえ……現場の警官はこんな状況じゃ発砲できやしないし、狙撃とか出来る様な警官だってすぐには来れない。でも早くなんとかしないと……)
倒れている警察官も、あそこに立ち尽くしているマスク男も死んじゃ……
(いや……ちょっと待って?)
なにかおかしい。そりゃあアタシはリアルで“撃たれた人間”がどうなるかなんて知らないけど……
(あのマスクの男が幾らタフだったとしても……お腹を猟銃で撃たれてあんなに立ってられる?)
――――――――――
(うん……流石に内蔵を引っ掻き回されたら痛いわ)
根菜類の〔核〕を取り込んでから一週間、部屋の中では色々と試してみたが……流石に自分の手で内蔵を刻む様な治験まではしなかったからなぁ。だが……
(この程度の痛みなら動くのに支障ない。だいたい、この一週間は“あり得ない出来事のオンパレード”だったからな……もうこの程度じゃ驚いてられん)
どっちかと言えば作業着に空いた大穴の方がよほど困る。染み付いた血痕は勝手に蒸発して消えるから良いとして……
(まっ、それは後で考えよう。それより……)
ちょっと考え事をしてる間に、あの自己中野郎がまた女性警察官にちょっかいを掛けていた。
(懲りない野郎だな。握りつぶしてやれば良かった)
まあ、手加減したとはいえヒビくらいは入ってるはずだし左手はもう使えんだろうが……
(やっぱり簡単に銃なんかぶっ放す奴に手加減なんか必要無いな。うん……身体の性能も試せたし、ゲス野郎の相手も終わりにしようか)
あの馬鹿は俺がもう動く事も出来ないと思って、警官達に好き勝手喚いてる。
「むかつく野郎だ」
俺は何も考えずそのままスタスタと男に近づいた。おいおい……何をそんなに驚いてんだ?
「そんな馬鹿な?! 腹の中ズタズタで歩けるはず……」
「……」
残念だがお前に掛ける言葉は無い。
(お前みたいなカスは──他人がどれだ苦労を背負って生きているのかを知るべきだな)
俺は野郎が持っていた肉切り庖丁を振り上げた。
――――――――――
「そんな馬鹿な?! 腹の中ズタズタで歩けるはず……」
暴漢は、マスクの男が負傷の影響を見せず自分に向かってくるのを見て慌てている。
なにしろ女性警察官へ銃を向けている自分に躊躇い無く近づいてくるのだ。
さっきは確かに人質を助ける様な行動をとっていたが、自分が酷く負傷した今──人質を意に介さぬ可能性は十分にあり得る。
しかも……その手には元々自分が持っていた巨大な肉切り庖丁が握られているのだ。
(そりゃ、あんなヤツが近づいて来たら恐怖しかないだろうな)
「クソッタレ!」
暴漢は慌てて猟銃を男に向けようとしたが……マスクの男が特大肉切り庖丁を振り上げる方が早かった。
― カッ ―
そして……またしても稲光が視界を白く染めた。
いつも読んで下さっている皆様、誠にありがとうございます。
そろそろクライマックスが近づいています。
少しキツめの表現が出ることになると思われますが……何卒ご容赦のほど、よろしくお願いしますm(_ _)m
そして……
毎度、読者の皆様には面倒な事とは思いますが、もし少しでも興味を持ってもらえましたなら……
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