32. 薬の力?
「猟銃の男? 知ラねぇなァ。そレよリ……」
男が……なんの躊躇も見せずに俺の懐に踏み込んできた?!
肩口に向かって無造作に振り下ろされた袈裟懸けの一撃は……俺の反射速度をもってしても咄嗟にバールでいなすのが精一杯だ。
― ガリィンッ゙ ―
(ぐっ?! しかも……なんだよこの重さは?!)
受けたバールからとんでもない威力が伝わる。その証拠に──かろうじてバールにそって滑り落ちた奴の得物の刃先が……コンクリートの床にめり込んだ?!
「オイオイ……日本刀でそんな事出来るわけないだろ?」
マジかんべんしてくれ……得物の相性からすれば、折れててもおかしくない筈だぞ?
「コイツはな、刀の形はしてるが……とても日本刀ナンて代物じゃネェかラナぁ〜 斬れ味はドウって事ねェが……強度はタワマンの鉄筋以上だぜ〜」
「何が“斬れ味はどうって事無い”だ!? 斬れない刀がコンクリを割れるかよバカヤロー!!」
(勿論……もしあの刀がどれほどの名刀であったとしても、振り下ろす力が足りなければこんな事が起こる筈もないんだが……)
こんな身体になった俺だから分かるが……人の身体には元々リミッターが存在している。
何故なら……人は筋肉が出せる本当の出力を使ってしまうと自身の筋繊維や関節が保たない上、体内に貯蔵されたエネルギーまで、あっという間に使い果たしてしまうから……らしい。
とはいえ、この男が何らかの薬の力で“痛み”を抑え込んだと仮定すれば……人の範疇を超える力を発揮した事はまだ理解出来る。だが……
「オイオイ……脳味噌がイカれるだけならまだ分かるがよ……急に筋肉モリモリになるんじゃねえよ! おかしいだろうが!」
めり込んだ戦場刀を無理矢理床から引き抜く男。
そいつは、誰から見てもヒョロヒョロだったはずなのに……今は目に見えるほどの速度で、全身のシルエットが膨れていく?!
(なんだよあれは? あれも薬の効果なのかよ?)
俺が馬鹿げた筋力を発揮出来るのは“壊れた体組織が片っ端から再生されていく”からだが……もしあの優男の接種した薬が、俺と変わらないほどの身体能力や身体の再生力を引き摺り出す代物だったとしたら?
『さあな……あいつが使った薬が残っていれば幾らかは解析出来るかも知れねぇが……今はそんなの気にしてもしょうがねぇだろ?』
(……そうだな。本当はやりたかないが……宮野を助ける為なら仕方ない)
――――――――――
電話で“拉致させた娘の様子”を確認した後……
例の事件に“何かを感じた”らしい部下との会話から……嫌な予感に駆られた俺は、書きかけだった書類を放り出して早々にデスクを離れた。
目的地は署から少し歩いた場所……今時カメラすら設置されていない古いコインパーキングだ。
その一角に駐車されている少し古い型の大衆車……うっすらと埃を被った灰色の車は、万が一の事態が起こった時の為に用意してあるとばしナンバーの車だった。
― pi! ー
スマートキーを向けてドアを解錠する。運転席に収まる前にマスクを着けるのは、Nシステムだらけの都内を走るには必須の装備だ。
「まったく……我ながら小心者で嫌になるぜ」
そのままパーキングを出ておよそ三十分──俺は少し先に鳳ファイナンスの社屋が見える道路脇へ車を停めた。
ーーーーーーーーーー
(なんだあれは?……)
深夜に差し掛かる時間帯──当然だが全ての照明は消えており、古びた社屋はひっそりと静まっている……が?
(おかしい……今の状況からすれば、事務所の照明くらいは点いていてもおかしくない筈??)
あの医者を始末した後……医者が所持していた上部組織を通していない“禁止薬物の横流し帳簿”を使って、半グレ共に宮野弁護士の娘を拐わせた所までは上手くいったが……
懐からスマホを取り出して通話アプリを立ち上げる。同時に変声アプリを起動してファイナンスの社長にコールするが……
(応答無し……か)
周囲に人影が無い事を確認し、中折れ帽を目深に被り直す。少し前に世界的に猛威を振るった流行感冒のおかげで、マスク姿が目を引かなくなり身元を誤魔化す事は随分と容易になった。
そのまま……建物の裏手にそっと回り込む。慎重に周囲を確認しながら裏口のドアに身を寄せ、耳を澄ますと……?
「ヒィッ なんだおま……」
― ガスッ ―
「てめぇ……生きて帰れると思う……」
― ドッ ―
(一体何が起きてる??)
建物の中から、人の争う物音が微か聞こえたが……それもすぐに収まり、そこからは何も聴こえなくなる。
(襲撃されてるのか?!)
侵入者が何者かは皆目分からないが……このタイミングでの襲撃だ。まず間違いなく宮野の娘を奪還する為に侵入したとしか思えない。
しかも、漏れ聞こえた物音からすれば……とてもじゃないが、鳳ファイナンスの連中が排除出来る手合ではなさそうだ。
(……どうする?)
今、奴らを切り捨てれば俺との接点は無いに等しい。だが……ここで娘を取り戻されれば、この事件に裏がある事が確実に露見してしまうだろう。
(……仕方ない。侵入したのが何者かは分からんが、このまま放置する事も出来ん!)
ポケットから捜査用の手袋を取り出して両手に嵌め……ホルスターから銃を引き抜く。
(銃声らしき物音が聞こえん事だけは朗報だが……南無三!)
可能な限りの力加減で……裏口の近くにあった窓へ拳銃のグリップを叩きつける。
― ガスッ ―
普通ならガラスの割れる音が大きく響く所だが……針金入りの強化ガラスだった事が幸いし、クレセント錠の上に小さな穴を穿つまで大きな物音を出さずに済んだ。
窓に開いた小さな穴からボールペンを押し込みクレセント錠を解錠する。職業柄、空き巣のテクニックを知り尽くしているとはいえ……先に誰かが侵入していなければ、窓に触れた途端セキュリティシステムに引っ掛かっていたかも知れない。
窓から社屋へと侵入した結果……侵入前に懸念していた“大量の侵入者による占拠”は杞憂だった事が分かった。
(これは……どういう事だ??)
明らかに社員(?)と思しきチンピラ達が、そこかしこで高鼾かいて倒れている。倒れているのだが……
(監視する者が一人も居ないだと??)
たとえば……ある程度の近接戦闘技術を納めた者ならば人間を昏倒せる事自体は可能だ。だが、たとえ薬物を使用したとしても……その人間を彼らの様に眠らせる事は甚だ難しい。
仮に──それが可能だったとしても、昏倒させた敵対者達を拘束すらせずに放置するなど……多少とも人員が動員されてれば、まずあり得ない事態だ。
つまり……
「この人数をほぼ単独で制圧し……放置しても気にも留めない。襲撃した奴は“とんでもない腕利き”って事かよ? マジで帰りたくなって来たぜ」
とはいえ、回れ右をして帰れるならそもそもこんな鉄火場に自分から入りこんだりしない。少なくとも現状を把握し、出来ることなら宮野の娘はこちらで抑えたい。
結局、小さなペンライト一つを頼りに社屋を進み、社長室らしき部屋へ辿り着いたのは……一階と二階に自分の意思で動ける者が一人も存在しない事が分かってからだった。
(さて…)
慎重に気配を殺しながらドアの前に身を潜め……室内の音に意識を集中した。その時……
― ガリィンッ゙ ―
微かに……だが強烈に耳障りな音が、俺の耳に鳴り響いた。
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