30. 侵入
「……どうしたんですか?」
今、ほんの一瞬の事だったが確かに椚さんの表情が強張るのを感じた。
「なに──既に送検された事件なのに、何故興味を持ったのか? ……と、思ってな」
私の気の所為? いや、椚さんの表情に焦燥が過ぎったのは……絶対に見間違いじゃなかった。
「ん……どうした?」
「えっと……実は……」
椚さんの表情は気になる。が、まさか久宝君から尋ねられたから……なんて絶対に言えない。
私は慌てて調書に目を走らせた。と、被害者の身上情報に見覚えのある単語を見つけた私は、咄嗟に思いついた理由を椚さんに語った。
「実はこの医師が務めていた病院に、たまたま私の妹も入院してまして……」
「──へぇ、そりゃぁ驚いたな。って、被害者の勤め先はここらじゃ一番デカい病院だからな。そういう事もあるか。それより妹さんが入院してるなんて初めて聴いたが──その……容態はどうなんだ?」
椚さんが遠慮がちに尋ねる。そりゃこんなタイミングで告げられたら聴かない訳にはいかないでしょうけど……
「……あっ……もうすぐ退院するんです」
「……そっか……そりゃ良かった。おっと……俺もそろそろ報告書の続きをやらんといかん。熱心なのは良いが真壁もキリの良い所で帰るんだぞ」
上司としては当たり障りの無いやり取りだったが……さっきの表情を見てしまった以上、取ってつけたみたいに“話題を変えた”という印象は拭い難かった。
「……はい。お疲れ様でした」
私は出来る限り平静を装ってパソコンをシャットダウンし……そのまま刑事部屋を後にした。
――――――――――
半グレ達の会社の前で一瞬停車した後……俺は奴らの会社が視界から消える所に車を停め直す様に爺さんに頼んだ。
深夜に近い時間帯……まだ幹線道路には車の往来が残るがその数はぐっと少なくなる。
俺は改めて停車した車の中から周囲を見廻し、幹線道路を走る車両と人通り双方が絶えているタイミングで……ドアロックを解除してノブに手を掛けた。
「じゃあな爺さん。助かったぜ」
そのままフードを被り直して外に出ようとした。のだが……
「ちょっと待ちな……何であそこに嬢ちゃんが居ると分かる?」
と怪訝な表情をした爺さんが俺に尋ねた。
(そうか……そりゃ普通は分からんよな)
俺にはあの中に居た奴らの声が丸聞こえだったが……爺さんにしてみれば俺が判断した理由がまるで分からんだろうな。
「信じられないかも知れないが……俺は聴力も並じゃ無い。宮野の声は聞こえなかったが……少なくともここの奴らが彼女を攫ったのは間違いない」
爺さん……口が“ヒュー”ってなってるぞ……
「良いだろう。だいたいウチの事務所に一人で殴り込んだお前が……あんな三下共に殺られるわけねぇからな。だが、向こうには人質が居るってのは忘れんな。それと……ちっと後ろに来な」
爺さんは路駐した車から降りるとスマートキーで解錠したトランクを勢い良く開いた。
「空っぽじゃ……」
― ウィンッ ―
空に見えたトランクの底が滑らかに回転し、同時にトランクのサイドの壁が巧妙に隠された蝶番を起点に次々と開いた。
そこには……銃器・弾薬・ナイフ・鈍器……あらゆるタイプの武器がスペースを殺さない様にコンパクトに収まっていた?!
「……驚いた。爺さん戦争でもするつもりかよ?」
「フンっ、こちとらあんな半グレ共が生まれる前から“反社会的勢力”ってのをやってんだよ。年季が違うわ年季が!」
(なるほど……爺さんのとこの組員が碌な武器を持ってなかったのはそういう事か)
なんの事は無い。ここにあるのは元々組員が使う為の武器なわけだ。車に隠してたのは家宅捜索に備えて……ってとこだな。
多分、俺が襲撃した時はここにあるモンを持ち出すほどだとは思わなかったんだろう。俺は変なマスク以外は素手だったし……
「ほれ、何を遠慮しとるんだ。なんでも好きなの持ってきな。遠慮はいらねぇ……薬の釣りだ」
さて、なんでもと言われてもな……銃器はそもそも使い方が分からんし、刃物も派手に返り血なんか浴びたら後が面倒だ。あとは……
「じゃあ……こいつを借りるわ」
――――――――――
外から確認出来るいくつかの防犯カメラを観察する。軒先に複数配置された半球形のカメラは出入り口や窓の全てをカバーする様に配置されていたが……
「よっこら……せっ!」
― バギャン ―
俺がカメラの範囲外からオーバーハンドで放った石は……建物に引き込まれた電線が収まる箱、いわゆる電気メーターを修復不可能なレベルまで破壊した。
「金曜日もそうだったが……マジでヤバいなこの身体!? もしかしてメジャーリーグでも目指すべきか?」
そして……俺の軽口とほぼ同時に、窓の外に漏れていた明かりが全て消える。
(古い建物で助かったぜ……今どきのビルならあんな無防備な所にメーターなんか無かっただろうな)
俺は明かりが消えた瞬間、その場から建物へ突進……数メートル手前で踏み切った。
(よっ……と)
二階の窓に設置された鉄格子に手を掛け、懸垂の容量で身体を持ち上げる。身体を持ち上げた勢いを殺さず……更に上の三階に設けられたベランダスペースへと入り込む。
下から確認出来た範囲ではここにはカメラらしき物は見当たらなかったが……
『気をつけろよ。ただの停電だと思ってくれりゃ御の字だが……配電器がイカれてるのを見つけるのも時間の問題だぞ?』
(分かってる)
俺はベランダスペースへと繋がるドアのノブを握ってそっと回す……が当然施錠されたドアは開きはしなかった。
(………仕方ない)
ドアに耳を当てて意識を集中する。中からは突然の停電に右往左往する男の声が複数聞こえてきたが……
(ラッキーだな。三階には誰も居ない)
俺はもう一度ドアノブに手を掛け……今度は渾身の力でドアノブをゆっくりと回した。
ー メキメキメキッ ー
不穏な音を発しながら……
限界位置を超えて回されたドアノブの根本が、まるで蜂の胴体みたいにクビレていく。
最後には……俺の右手はドアの中に収まった“ロック機構”ごとドアノブをもぎ取った。
ドアノブが存在った部分にぽっかりと開いた穴……その中はぐちゃぐちゃに破壊され用を成さなくなっていた。
(よし……)
俺は爺さんのトランクから借りた特大のバールをドアノブの穴に差し込み、ゆっくりとドアを開けた。中は暗いが俺の暗視能力なら何の問題も無い。
即座にドアの奥へと進み、屋内に生きている照明や監視カメラが無い事を確かめる。と、通路の奥にある階段部分から階下の怒号がかすかに聞こえた。
― ブレーカーを確認しろ! 急げ! ―
後ろ手にそっとドアを閉め、より鮮明に階下の音が聴き取れるだろうと考えて階段を降りると踊り場の影にそっと潜り込んだ。
(声色は全部で六人、全員男……)
残念だが……まだ宮野の声は聞こえない。
長らく更新お休みしてしまい申し訳ありませんm(_ _)m
わたくし事ですがメンタルごっそり削られて執筆の気力が湧きませんでした。……が、多少とも回復したのでぼちぼちと再開していきたいと思っております。
すぐに毎日更新とはいかないと思いますがお待ち頂けたなら嬉しいです。
そして、本当は読者の皆様へお願いをするのは恐縮なのですが……
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