17. 俺がバカだった
俺は通話アプリのアドレスを呼び出して宮野総合法律事務所に電話した。
たしか宮野弁護士の事務所は自宅の一階だった。事務所に電話をすれば宮野さんの所在確認は可能なはずだ。
(ちっ……通話アプリのID くらい聞いとけば良かった)
数度のコールの後、電話口に出たのは……彼女の母親だった。
「突然申し訳ありません。僕は宮野さんの同級生で久宝と申します。事務所のお電話に連絡して申し訳ありませんが……茜さんはご在宅でしょうか?」
(流石に電話の声では俺が以前相談に来た人間なんて分からないよな?)
『茜のお友達? いや、茜はまだ帰ってへんみたいやけど』
一瞬、宮野の身に何かが起こったかもしれない事を伝えようか迷ったが……今の時点ではなんの証拠もない。
「そうですか……もし茜さんが帰宅されたらこのナンバーにお知らせ下さいませんか? ちょっと急いでまして」
「ええけど……よければ本人に連絡してみよか?」
「お願いします! 俺は彼女のIDを知らないので……」
一旦通話を切った俺は、その足で通学路を引き返して科学準備室に向かった。
周囲はすでに日が落ちかけていて、クラブ活動で居残っていた生徒達もほぼ帰宅している。
科学準備室は東棟三階の端だ。俺は全速力で階段を駆け上がり廊下を走り抜け……突き当たりの科学実験室の手前、科学準備室のドアを開けた。
「やっと来やがったか。お前、俺達の呼び出しをシカトするとか随分と調子に乗ってんなぁ?」
(何だ? どうして後藤しか居ないんだ?)
柄にもなく科学部に所属している三バカは、部活を隠れ蓑にして科学準備室を私物化している。
俺は何度も連れ込まれたし、殴る蹴るは当たり前で……少ない生活費を巻き上げられるのも毎度の事だった。
「後藤……俺がバカだったよ」
「やっと分かったか! お前が俺達に逆らうなんて許されねぇって事がよ?」
そうじゃない。
「いや……お前らのバカさ加減を見誤った俺がバカだったよ。こんな事をしでかしてどうする気だ? お前達がどうやって宮野さんを拘束したのか知らんが……宮野さんは素直に泣き寝入りする様なタマじゃないぞ? 彼女の親の職業を知ってるのか?」
「バカが……どうして斉藤と佐藤がここに居ないと思ってんだ? ああチクショウ! 俺だけとんだ貧乏くじだぜ」
― ビキッ ―
落ち着け!
「……お前達が卑怯者だってのをアピールしたいのはよーく分かった。で、俺を呼び出してどうする気だ?」
「なに……お前には立場って奴を思い出して貰おうと思ってな。家畜って立場をよ?」
俺の……頭の中の温度が一気に下がった。
同時に、俺の視界に映る全てが……凍てつき氷漬けになった様に色を失っていく。
あの通り魔の時とは違う。あの時は自分にはまったく関係の無い人間の言葉だった。
だから純粋に“理不尽を強いる人間への怒り”が湧いた。確かに俺の境遇が行動に駆り立てた側面は否定出来ないが……
だが今回は違う。この感情は……
『落ち着けよ相棒』
――――――――――
『やめとけ……憎悪って感情はな、燃え尽き無い分“怒り”よりもよほど性質が悪いんだ』
俺の拳が……後藤の顔に達する寸前で停止した。
『よし……上出来だ。せっかく頭の中冷えたんだ。アクションも冷静に行こうぜ?』
(……まったく。本当に見えてねぇんだろうな?)
『はっ! 当然だ。で、お前の考えなきゃならん事は分かるな?』
俺の怪力で締め上げられながら殴られる寸前だった後藤は、眼前数ミリで完璧に静止した俺の拳に目を白黒させているが……?
(確か、このバカは空手の有段者だと言って事ある毎に自慢してたはずだ。なのに……何でされるがままになってる??)
まるで殴られる為に俺を挑発しているような……
(?!)
俺は後藤の胸ぐらから手を離して科学準備室をグルリと見廻した。前の俺なら分からなかったに違いないが……今の俺の視力や暗視能力は夜の森を飛び回るフクロウより鋭い。
「なるほどな……」
俺は廃棄予定の実験器具がうず高く積まれた区画へと近付いて……その隙間に腕を突っ込んだ。
― ガサッ…… ―
俺の指先に挟まれて出てきたのは……カメラを起動されたままのスマホだった。
「ちっ……」
あからさまに後藤が舌打ちする。
「なるほどな……無い知恵を絞って俺の弱みを抑えるつもりだったか」
後藤は何故見つけられたのか分からずに混乱していたが……しばらくすると何かを納得する様にいやらしい笑みを浮かべた。
「そうか……見破ったか……なら仕方ねぇ。こっから先は腕づくって奴だ」
後藤は……その場で腰を回して俺の頭を刈り取るように回し蹴りをはなってきた。
「わっ……バカやめろ!」
新距離で鼻先を靴のつま先が凪いでいく。
「はっ、最初から乗り気じゃなかったんだよ。まずはおまえを打ちのめし、そっからお前のスマホとアクセスコードも手に入れてやる」
後藤の狙いは俺のスマホ? って事は朝の動画が目当てなのか?……いや、あんなのはせいぜい口喧嘩している程度の動画でなんの証拠にもならないのに?
目の前の後藤は得意になってステップを踏んで蹴りと突きを放ってくる。今の俺なら余裕で回避出来るが考え事の最中に邪魔されるのはうっとおしい。
― ………… ―
と、俺はふと手に持ったままのスマホが、まだ画像通話状態だと気づいた。
「ちっ、スマホで覗き見とか……終わってんな斉藤? 」
『随分と威勢がいいな? 後藤! もういい、とりあえずボコって連れて来い。じっくりいたぶってやる。先週までの待遇が……いかに配慮されてたかを思い知れよ!』
「おお!! 俺にはそっちの方が向いてるぜ!」
(ああ、そうだろうよ。と、いうかどうする? こいつを畳むのは余裕だけど……下手をしたら宮野さんがヤバい。今だって無事なのか分からないんだ。それに後藤をぶっ飛ばしたりしたら証拠は無くても今度は俺が斉藤達に有ること無いこと騒がれて最悪退学に……)
『ああ……心配すんなよ。今朝お前が出る前、お守り代わりに俺の葉っぱの煮汁持たせたろ?』
くそ! 後藤のバカ俺が手を出さないからますます調子に乗ってブンブン手足を振り回してきやがる……てめぇは壊れた扇風機かようっとおしい!
(確かに持ってるが……俺には意味無いし宮野さんが何処に居るかも分からんのに誰に使えってんだよ?)
『そりゃぁお前の眼の前に居る奴に使えばいいだろうよ?』
は?
(どういう意味だよ。コイツに使ってなんの意味があるんだ?)
俺には根菜類の言ってる事の意味がまったくわからなかった。
『お前って奴は……腹にはなかなかの憎悪溜め込んでるクセに……絶望的に悪人のセンスって奴が足りねぇな?』
いつも読んで頂き誠にありがとうございます。
今回更新の直前に、スマホの操作をミスって後半三分の一くらいの執筆データを消してしまいました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
頑張って復旧したのですがこんな時間の更新になってしまいました。誠に申し訳ありません。
そして……遅くなってしまった上に読者の皆様へお願いをするのは恐縮なのですが……
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