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秘奥と秘密 第一節

 暗闇の中で、何者かが囁く。「起きよ、目覚めよ、お前がこの星を救うのだ」。

 子供のおとぎ話のような、神の啓示のような、はたまた半覚醒の蒙昧さで胡乱な自意識か。その囁いたものが誰なのか、どこで聞いたのか、いつ聞いたのかはわからない。しかしただその声だけははっきりと、サネトの頭にこびりついて離れなかった。

 サネトが目を覚ますと、自分の身体に違和感を覚えた。身体の内面表面問わず、ほんのりと熱を帯びていた。そして彼の意識がはっきりとすればするほど、その熱は徐々に滲むような痛みへと変わっていく。

 その奇妙な痛みは、彼の記憶を蘇らせ、ふと自分の右腕を見る。が、右腕は、二の腕のあたりで執拗に撒かれた包帯より先が無く、そしてそれで初めて、自分が魔人との戦いで致命的な怪我を負ったことを思い出した。

 彼は辺りを見渡すが、そこは見たことがない部屋で、白を基調に、清潔感のある場所であった。彼の横たわっていた寝台も、一人用にしてはやや大きく、しかも辺りには安らぎの部屋というには不似合いな、無機質な機械が多く並んでいた。

「病室か?」

 自分の怪我を思えば、病院送りは当然ではあるが、自分には病院まで連れていかれた記憶が無く、またここは病院に似てはいるものの、どこか奇妙な雰囲気を覚えた。

 サネトは寝台から降りようとするが、身体を少し動かすだけで激痛が走り、そのせいで再び寝台に体を預ける。改めて部屋の様子を、寝そべりながら観察していると、彼は先程の違和感の正体を捉えた。

 この部屋には、窓が無い。

「おや、起きたようだね」

 そのことに気づいたと同時に、部屋を唯一出入りできる扉が開き、そこにはあの老婆ネーパットがいた。

「ネーパット、ここは?」

 そうサネトが言うと、彼は周囲にヨベクがいないことに気づいた。彼は手話で話そうとするが、片腕が無いためそれができなかった。

「ああ大丈夫だよ。疑似聴覚は修理し終わったからね」

 そう言いながらネーパットは自分の左耳を指で指す。彼女の両耳には確かに小さな機械の装置が付けられていた。

「それで、ここは?」

「おや、見慣れないかい?わしの家だぞ、ここは」

「何だって?」

 サネトが、痛みも忘れて、周りを見渡す。だが、この部屋はどう見ても、ネーパットのあのボロ家とは似ても似つかない。ここは純白の壁紙に傷や染みすら見つからない、清潔で清新な部屋だった。

「まさか、わしがあんなあばら家に暮らしていると思っていたのかい?案外、見た目に騙されるんだねサネト君」

「うるせー……って、そうだ、リャージャは?アイツも相当な怪我だっただろ?」

「ああ、リャージャ君も安心していいよ。君より先に覚醒した。ヨベクに君たちを回収してもらった時は、二人とも容態は、どっこいどっこいだったが。まああの子は竜因だから、回復も早かったのかもしれないね」

 サネトは見当たらない友人の安否を知って、安心して寝台に体を預けようとした。しかし、ふと、もう一つ気になることを思い出した。

「ヨベクは魔人の心臓も回収したのか?」

「ああ、勿論だとも」

「……心臓はヨベクが回収したから、報酬は無し、とか言わないよな」

 サネトが疑心暗鬼に、ネーパットを睨むと、彼女はけらけらと笑い始める。

「あり得んよ、しっかり、報酬は払う、つもりだ」

「つもり?」

 ネーパットの言葉尻をサネトが捕らえようとした矢先、二人のいる病室が再び開いて、今度はヨベクが入ってきた。ヨベクはその手に、大きな木箱を抱えていた。

「報酬、の話だが、代わりにこれを受け取らないかね?」

 ヨベクがサネトに一礼をすると、その木箱を、サネトの隣に置く。それの蓋をヨベクが取ると、そこには黒い義手が入っていた。

「……ふざけるな、腕は再生手術を受ければ生えてくるんだ、義手なんぞ、報酬にもならん」

「だが、再生手術は時間がかかる、そうだろ?」

 サネトは、ネーパットの言いたいことがわかった。彼女は、サネトに今の怪我が回復次第、次の魔人の討伐に向かってほしいのだ。だが、右腕の再生手術を受ければ、その再生の間、魔人の討伐は片腕でしばらく行うことになる。当然そんな不十分な状態で、魔人との戦いに挑めるはずもない。

「それに、この腕の性能は保証するよ。それこそ一億どころじゃ作らないよ、これは。優待料だ」

「一億で作れない義手?そんなもの……」

 サネトはその義手を左手で取り、眺める。その腕は光を吸い込むような黒色の物質で出来ており、そしてよく見れば精巧な機械であることも、魔工の知識を多少持つサネトには理解できた。確かに高価なものだろう。だがやはり一億もする品には見えない。

「おや、意外と見識眼が無いんだね、君」

「は?」

 ネーパットの挑発を受け、サネトは再びその腕を見る。その黒の素材は、すぐに何かを判別はできなかったが、しかし一方で見覚えがないわけではなかった。

「まさかこれ、固形魔力か?」

「ご名答。魔剣、いや魔腕とでも言えばいいかな?」

 『魔剣』というのは、必ずしも剣である必要はない。これはあくまで固形魔力を比較的単純な武器の形に作り替えたものの総称であり、例えば弓でも、鎖鎌でも、槌でも総じて『魔剣』と言われる。魔剣は、その所有者の身体と魔力を文字通り拡張するものである。外付けの魔力器官として機能し、一人の人間の限界を超えた魔術の行使を可能とするもの、それが魔剣である。

 だが、ネーパットが差し出した魔剣、義手の形をしたそれは、紛れも無く機械である。これはあまりに不可思議なものだった。固形魔力は加工が困難であり、従ってどれだけ技量の高い技師であっても、せいぜい銃や弩を再現するのが限界である。

「これ、どこまでできる?」

「義手としてかい?当然、最高水準相当だよ。神経接続による自由操作、疑似魔力経による魔術の行使、自動骨格適合。お針子仕事ができるくらいには精密に動くし、加速魔術にも適応するから、身体強化による動作や疑似神経の遅延も発生しない。他にもいくつか機能はあるが、まぁ『腕』として仕事させるなら、君の元々使っていた腕と同じか、それ以上の精度と言って差し支えない」

 サネトは驚きを隠せない。彼の記憶が正しければ、そこまでの性能を持った機械を、固形魔力で加工するなど、この星の智慧の巨人である、魔工宗匠ですら成しえていないはず。だが、サネトはこの時、まだこの義手について「誤解」をしていた。

「ちなみに固形魔力は魔力純度九八・一六九分だ。最高品質、と言っていいね。まあ外表面だけは、ちょっと魔力純度低くなっちゃったけどね。流石に、そこまで全部最高品質で揃えるなら、あと一億貰わなきゃ、ね?」

「……うん?待った、これ内部の精密機械も全部固形魔力なのか?」

 更に声を荒げるサネトの質問に、ネーパットは何を当然のことを、と言わんばかりに、平然と首肯する。

 そう、彼はせいぜい表面と骨組みだけが固形魔力だろうと考えていた。勿論それだけでも信じられないほどの精度だ。だが疑似魔力経や、人工神経などの精密機械部分は、全て普通の機械だと考えていたのだ。

「いや、いやいやいや、流石にそりゃ嘘だろ。そんなこと、できるなら」

「『あらゆる機械を固形魔力で作れてしまう』?その通りだよ、わしが若い頃には既に電子回路の魔力化には成功していた。疑うなら、実際に付けてみるといいよ。ほら、ちゃんと断端の接合部も作っているからね」

 サネトは、ネーパットの言うことを完全に信じていないわけではなかった。どこかで彼女ならこれくらいの芸当が可能なようにも思い始めていた。だが彼の慎重な性格が功を奏したのか、あるいは足を引っ張ったのか、素直にネーパットの案を受け入れられず、さっさと報酬の一億を受け取って、再生手術を受けに行きたいという案も捨てきれなかった。

「……リャージャを呼んでくれ、二人で決めたい」

「ほほ、そう言うと思ったよ。ヨベク、あの子を連れてきておくれ」

 ヨベクはネーパットに言われた通り、部屋を出て、リャージャを呼びに行った。

「リャージャには、報酬渡したのか?」

「いや、リャージャにも、同様の提案をしたよ。リャージャの場合は、愛用していた大砲を作りなおしてやろう、と言ったんだ。当然固形魔力でね。最初は悩んでいたが、あの子はすんなりわしの提案を受け入れたよ。大型だから君の腕とは違って、少し純度の低い固形魔力を使ったがね。性能面では、かつて使っていたものとほぼ同一、あるいはそれよりも上の物を作ったよ」

「……そういえば聞いてなかったが、俺たち、目覚めるまで何日かかった?」

「うん?大体五日かな」

「……五日で、これ作ったのか。変形機構のついた大砲の魔剣を作っている片手間に」

「そうだが?」

 サネトはこのやりとりで更に頭が混乱していた。目の前にいるネーパットは、現代の人智を超えた技術を持っているのは確かである。しかしこれほどの才覚を持った賢人が、どうしてこのように、敢えて日の目から遠ざかった世界にいるのか、そしてその理由を考えれば考えるほど、その「正体」と「目的」に薄暗い何かを感じざるを得なかった。

 そんな彼の逡巡の中、再び病室の扉が開き、そこにはヨベクとゆったりとした服と包帯で全身を包んだリャージャの姿があった。

「大丈夫か、リャージャ」

「はは、君は右腕、私は腹が消し飛んでたのに加え、お互い全身ズタボロ、内臓と筋肉と骨がぐちゃぐちゃの状態だったんだって。よくもまあ生きてるよね」

 そう言いながらリャージャは自分の腹をぽんぽんと軽く叩いた。

「なあリャージャ、お前、ネーパットと取引したんだろ?」

「うん、一億程度であの性能の大砲を作れるなら、安いもんだと思った。君はどうするの?」

「正直、一億貰ってさっさと手を引きたいってのが第一希望だよ」

 サネトは忌憚なく自分の本音を述べる。ネーパットは、それに驚いた様子は無く、ただ微笑みながら二人のやり取りを見ていた。

「まぁ気持ちはわかるよ。正直、ネーパット、貴方は信用ならない」

「だろうね。わしもそう思うよ」

 リャージャもまた当人を前に不信を露にするが、ネーパットはまたも笑いながらそれに答えた。

「……それに、魔人との戦いは熾烈だ。今度こそ命を失うかも」

「ああ、けど……」

 サネトが言いさした言葉は、リャージャにもわかっていた。彼の視線の先には、ネーパットが彼に渡した義手があった。

「試したい、だろ?」

「うん」

 二人は、互いの意思が一致していることを、確認し合うと、今度はネーパットに向き直る。ネーパットは、その答えを予め知っていたかのように、余裕の表情を保ったままだ。

「次の魔人の居場所は?」

 彼らはもう、普通の世界には戻れない。非日常(ネーパット)を知ってしまったから。

 



 サネトたちが目覚める四日前、サネトとリャージャが死闘を繰り広げた、<エッペフィ>山地に、二人の人間が立っていた。猫のような耳と尾を生やす、世界政府の高官、クトゥンと、その助手である。

「遅かったか」

 二人の眼前には、巨獣が暴れたかと思わんばかりに、破壊されつくした山頂だった場所。クトゥンたちは、この山地へと赴く道中に、巨大な地響きを聞いていた。サネトたちとの戦いで、あちこちが破壊された結果、後日山体崩壊を起きてしまったのだ。

 本来の標高の半分ほどまで落ちていたかつての山地には、よく見ると大地の焦げ跡や、まるで神の剣で切り裂いたかのような裂け目も目立ち、それはここで激しい戦いが行われたことを示唆していた。

「衛星からの魔力流図は、ここで激しい魔力が放出されたことは明らかだが、地表映像は捉えられていなかったか」

 クトゥンは助手から渡された衛星の情報と、目の前の光景を照らし合わせていた。

「間違いない。魔人がここにいて、誰かが戦い、恐らく倒した。だが、魔人の動向や位置は、彼らは普段常に安静にしているから、魔工宗匠の作った人工衛星ですら観測はできない」

「つまり、魔人は先に暴れていて、それにいち早く気づいた誰かが、魔人を倒した、ということですか?」

 助手の問いかけに、クトゥンは静かに首を横に振った。

「違う。魔人が自ら暴れだすなんてありえない。つまり、そんな安静にしている魔人の僅かな魔力さえ、この広い星から見つけ出すことのできる技術と知恵を持った存在がいる、ということだ」

「そんな、魔工宗匠ですら、成し遂げられていないのに、一体誰が」

「それがわかれば苦労はしないさ。恐らく、秘密の組織か、それとも個人か。だが確実にその存在は、我々の抱える魔力枯渇の問題の、最大の鍵となるだろう」

 



 数日後、ネーパットは治療術も尋常なものではなかったのか、サネトもリャージャもすっかり回復し、サネトは右腕が無いという以外は、全て元通りだった。

「さて、次の標的は、双剣使いの魔人、そうだな、『勝利するもの』とでも言えばいいか。同じく<エフゼクト>大陸だよ。<タラス>集落遺跡群、知っているかね?」

 ネーパットは、サネトとリャージャを、病室の外、また別の部屋に連れて、次の標的の魔人について話していた。

「確か、第二次文明崩壊前の遺跡だよな。実際に行ったことはないが、漂白地だし、そこもまた土地再生済んでない場所だよな」

 サネトはその地名に関する記憶を手繰り寄せる。

「そうだね。人気が無く都合がいい場所だ。魔人にとっても、わしたちにとっても」

 ネーパットは、画面に、その遺跡群周辺の地図を映した。

「さて、今回、わしは少しだけ反省した。魔人はやはり、かなり強い。勿論君たちは二人でそれを倒したのだから、大変優秀ではあるが。それに君たちは義手も大砲も初めて使う。万全の調整はしたつもりだが、しかし不慮の事態も考えられる。だからこのヨベクを連れていくといい」

 そう言ってネーパットは隣に佇んでいた機械人形、ヨベクを二人に差し出した。

「ふむ、ヨベクは戦えるのか?」

 サネトもリャージャも、ヨベクが非常に頑丈で反応速度も優秀であることは、数日前のやりとりで知っている。だが、実際にどこまで戦闘能力があるかは、定かではなかった。

「ま、戦えないことは無い。だが単純な戦力なら君たちに比ぶべくもない。だが以前君たちの銃弾を防いだ時のように、これは多少、演算と反応速度が優秀でね。特に次の魔人は、恐らくサネト、君の最高速度よりも更に速い。多少役には立つと思うよ」

「……速さが自慢の魔人か……。まぁ前の、なんだっけ?『高貴なるもの』みたいな馬鹿みたいに頑丈で、馬鹿みたいな火力は無いんだよね?」

 リャージャがネーパットに問いかける。

「まぁ、『高貴なるもの』よりは、鎧は頑丈じゃないし、腕力も強くは無いね。ただあの速度から双剣を振られれば、ひとたまりも無いのは一緒だが」

 ネーパットの言葉に、サネトは思わず自分の右腕を見る。

「これ以上自分の身体を切り刻まれんのはごめんだ。ネーパットの言葉を信じていないわけじゃねえが、ヨベク、お前が本当に速さに反応できるか試していいか?」

 彼はヨベクにそう問いかけると、ヨベクは自身の主人の方を見る。ヨベクは手話で「構わない」と答えると、ヨベクはサネトの方へ向き直る。

「はい、試験場がありますので、そ……」

 そう言いかけた時だった。サネトは一気にヨベクの背後を取り、懐に忍ばせていた食事用のナイフをヨベクの死角から、そのうなじに向けて振り下ろした。相棒のリャージャさえ、反応さえできていないほどの高速移動。間違いなく、サネトの最高速度。それに加えて不意を突いた奇襲。

 だがヨベクは自身の首を僅かに傾け、自身の後頚部を、その短刀の軌道から逸らすことに成功した。

「なるほどな、確かに、良い反応速度だ」

 サネトは、特に悪びれもせず、その短刀を再び病衣の懐にしまう。

「すみません。以前もそうでしたが、ネーパット様の御屋敷の中で不用意に戦闘行為は控えて頂きたい」

「そうは言っても、相手は俺より速いんだろ?なら真正面からの俺の最高速度を見切った程度じゃ意味がない」

「はは、サネトが正しいね。この宮殿の中では、論理こそ崇めるべき唯一神だ。だが、次からはヨベクの言う通り、あまり変な魔術は使わないでおくれ。精密な機械もあるからね」

 サネトは承知したと、言いながら、今度は突然上半身の病衣を脱ぎ始める。

「今日までには最寄りの町まで行きたい。義手の取り付け、頼めるか?」

「うん?まぁ、構わんよ。ヨベク、断端の接合部と、義手、それから、いくつか必要な工具を持ってきてくれ」

 ヨベクが部屋から出て行き、そしてネーパットは取りつけするために、サネトを椅子に座らせる。

「こんなところで、取り付けできるの?」

「うん。特別な設備はいらないよ。まぁ断端の接合部だけは少し手間がかかるが、取り外し自体は割と自由に、簡単にできるようにしているからね。ああ勿論、意志に反して、勝手に外れたりはしないよ。サネト君の右肩が斬られでもしない限りね」

 ネーパットがそんな不謹慎なことを言っていると、ヨベクが両手にいくつかの箱を抱えて戻ってきた。

 ヨベクから道具をネーパットは受け取り、それをいくつか机の上に広げる。

「さて、まずは接合部の取り付けだ。ちょっと痛むけど、まあすぐ終わるよ」

 サネトの右肩の方にネーパットは回り込み、自分も椅子を引いて座る。そしていくつかの道具と、接合部の装置を手に取る。サネトの右腕に巻かれた包帯を彼女は取る。既にかつて生々しかった断面は薄い皮膜が綺麗に塞いでいた。その腕の断端に接合部をあてがうと、ネーパットは指文字で、魔術を唱える。するとサネトの右上腕に鈍い痛みが滲む。そこをすかさず、小さな楔のようなものを六つほどネーパットは手に取り、それを一つずつ、接合部の危惧に取り付けていく。

「それは?」

 痛みに耐えるサネトに代わって、リャージャがネーパットの見慣れぬ道具について問いかける。

「今、サネトの右腕の切断部は接合装置と魔術で一体化している。物理的な接合は、身体に穴を開ける必要があるし、耐久面にも難があるからね。とはいえ、この状態でも魔力の乱れなどが問題で外れてしまう可能性はある。そこで、この楔を打ち込む。この楔は二つで一つでね。今、融合しているサネトの腕と器具を繋ぎとめる役割だが、当然物質肉体としてのサネトの身体に穴を穿つわけではない。あくまで形而上の留め具だ。そして留め具と接合装置の概念的な命題の二律背反を利用した……」

「ああ、細かい話はいい!!早くしてくれ!」

 ネーパットが手を止めて詳しい解説をしようとするものだから、未だ不快な痛みに苛まれるサネトが声を荒げる。

「ああ、わかったよ。ほらこうしてこうして、こうだ」

 ネーパットは慣れた手つきで留め具を全てはめると、接合部と腕の融合が上手くいっているかを確かめる。確認が済むと、彼女は次に義手を手に取った。

「さて、サネト、今から腕を付けるが、前にも言った注意事項、覚えているね?」

「ああ、極端な体内魔力上昇の拒絶反応だろ?」

「え、何か副作用みたいなのがあるの?」

 事情をよく知らないリャージャが、サネトとネーパットに問いかける。

「ああ。普通の機械義手なら、神経接続、肉体同化、魔力経の接合は特に問題は無い。だがこれは、固形魔力の塊だ。これを『体の一部』として肉体に理解させるわけだが、当然身体は唐突な魔力の増加についていけない。肉体のはずなのに異物にしか思えない。その生理的な矛盾が、心身を悩ませることがある。まぁ、慣れればなんてことはないんだけど、特注品だからね。あとで返品と言われても困る、という話をしただけさ」

「その程度なら耐えてやるよ。ほら、さっさと済ませるぞ」

 サネトに急かされ、ネーパットはその義手を、接合部へとあてがう。がち、っと機械音がすると同時に、光を拒絶する黒の義手は、突然血管のような細くて赤い光を幾重にも灯らせる。サネトは激しい痛みや嫌悪感は覚えていないようだったが、小さく呻いていた。

 数秒し、腕の光が少しずつ収まっていくと、義手の指先が動き始める。

「さ、サネト、ちょっと動かしてごらん」

 サネトが椅子から立ち上がると、彼は、最初は手の先、指を動かし、次に手首、そして肘と、全ての関節が随意に動くかどうかを確かめる。

「大丈夫そうだ。拒絶反応も思ったより感じない」

「そりゃよかった。ああリャージャ、君も念のため、後で大砲を実際に試運転しよう。君なら過剰償却なんて起きるはずもないとは思うが、まぁ念のためね」

 リャージャはそう言われて、素直に首を縦に振る。




 数時間後、使い慣れ、愛用していた戦闘服と、新造の装備を手に取って、サネトとリャージャは、新たな仲間ヨベクを伴って、ネーパットのあばら家の外で立っていた。

「さて、ヨベク、お前は外出したことがないわけではないんだよな?」

「はい、そもそもお二人を救出したのは私ですので」

 そう言えばそうだったと、思い出し、サネトはヨベクから顔を逸らす。

「じゃあまずは、水晶門に移動だね」

 どこか気まずい空気が流れるのを、リャージャが割り込み、移動を促した。

 三人は<ケクスペス>の水晶門を通って、<ヌンフュス>山のふもとの三叉路に出る。どうやら元々は集落があった地域沿いの三叉路だったようだが、しかしすっかり人がいなくなり、もう久しく誰も使わなくなっている水晶門となっていた。

「で、<タラス>遺跡は、こっからもう少し行った場所か。遠いけど、徒歩でも二、三時間くらいで行けるな」

 サネトは携帯端末で、地図を開きながら目的地までの道のりを確認する。

 サネトが先導する中、特に会話することも無く、黙々と歩くことで、想定の時間よりも早い一時間半程度の時間で目的地の古代集落を黙視することができた。山のふもとの、丈の短い草しか生えない乾燥地帯の中、忘れ去られた遺跡ではあったが、人に代わって大量の魔獣が住み着いていた。

 更に魔獣の巣窟と化した秘境の中心では、禍々しい力が渦巻いていた。

 三人は直感した。その渦の中心にいる存在こそが、今回の標的であると。

 彼らは、牙をむいて襲い掛かる魔獣たちを、次々と片手間であしらいながら、その遺跡中心部へと向かっていく。

 そして中心の一際大きな煉瓦の家、その中央に、蒼と黒の鎧を身に纏う存在がいた。

 「高貴なるもの」の重厚で丸みを帯びた鎧とは違い、目の前の魔人が見に纏うのは、細身で軽やか、そして鋭角の目立つ鎧だった。

 サネトたちが一歩、二歩と、武器を構えながら魔人ににじり寄る。しかし魔人は一切身動きをしない。いや、そもそも意識の動きさえも感じられない。

 掠奪と繁殖を教義とする生命の原理を持たぬ魔人ゆえの静観か、はたまた最速の魔人という異名ゆえの余裕かはわからない。だがその全く動かぬ様子は、自分の勝利を信じて疑わぬかのようであった。

 「勝利するもの」、賢者が名付けた綽名に相応しき魔人の容態を前に、しかしサネトとリャージャの心は一層昂っていた。

 早く、手にした新たな兵器を試したい、そんな気持ちも大きい。

 しかし彼らを奮い立たせるのは、高額の報酬でもなく、どちらかといえば、彼らを臨死の重体に送った、先の「高貴なるもの」との戦いの記憶。

血と骨、腸さえも潰しながら挑んだ強者との死闘こそが、彼らの最も生き生きとした「命の使い方」であった。


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