被造物の反逆 最終節
世の英雄の概念には、奇妙な矛盾がある。
百万の命を救った、という業績を誇らしく誇示するような存在が英雄とされる生き物だ。
では、このような仮定をしよう。仮に悪党や魔王が、勇者の戦いの中で、十万の命を削っていたのであれば、どうだ。
十万は死んだが、百万は生き残った。これは死者の十倍の命を救ったと言えるだろうか。
残念だが、そうとは言えない。これは全く命の帳尻があっていない。子どもでもわかる、簡単な計算だ。
元いた百十万の命、そこから十万が減ったのであれば、たとえ千万の命を救おうが、億兆救おうが、決してその補償はかなわない。その生き延びた生命が、その後、十万の命を育むかもしれないが、それは結局のところ、英雄の事績とは言えないだろう。
そもそも、死んだ命が十万だった場合と五十万だった場合で、その後、生まれてくる命の数に変化はない。その後の、人口動態まで見るべきなのだ。五十万死んだ場合の方が、十万の場合より、結果的に生命体の数が増える場合もある。
こういう例え話がある。
その村は、千人暮らしているが、凶作続きで食料難が続いている。そこで英雄を名乗る人間が、緊急対応として、大量の食糧を支給した後、畑を耕し、食料生産を安定化させたとしよう。
彼らはその後、人口を増やし続け、三千人、五千人、万と越えていく。だがある時、再び食糧難に陥った彼らは、巨大化した都市の潤沢な資源と人口を活かして、近隣の都市を蹂躙し、食料を強奪した。
この場合、果たして英雄は、人類を「救った」と言えるだろうか。
これを英雄譚と誉めそやすのは、せいぜい十年規模の狭窄な視野しか持たない、凡人だけだ。
本当の意味での救世とは、”閉じる”ことが運命づけられた世界に、早々に引導を渡し、そして新たに完璧な仕組みを持った世界を作ることに他ならない。
これは思想でも、哲学でもない。
単純明快で、反駁不能な計算結果なのだ。
(だが、目の前の羽虫は、そんな単純なことさえ理解できないのだろうな)
大賢者、タミーナフの転身、ネーパットは、迫りくるサネトの姿を、きわめて冷徹に、そしてある主の憐憫を持って見つめていた。
サネトはもうすぐそばまで迫っている。その固く握りしめた黒と赤の魔力装甲に覆われた拳には、驚くほどの魔力が込められている。地面に打ち付ければ、隕石に等しい破壊をもたらしうるほどだった。
だが、天より降る星など、英雄の時代においては死せる神々の残火に過ぎない。
常人は恐れこそすれ、救世の英雄にとっては、万ある苦難の一つにすら満たないのだ。
サネトの彗星の如き拳が、ネーパットに直撃する。しかしやはり、その拳がネーパットの体に直接届くことはなく、彼女の体を覆う透明な壁に阻まれていた。
『弱いな』
ネーパットが、右手を下げる手話を見せる。それは、サネトに対する侮蔑でもあると同時に、魔術の詠唱も兼ねていた。
サネトは急速な魔力の高まりを察知し、中空を蹴って、急ぎネーパットより離れようとする。だがサネトの体に突如無数の穴が開いていく。サネト自身も目視はできなかったが、ネーパットの身を纏う「それ」と同質の透明な何かが、高速で飛来してきたように感じた。肉体の損傷自体はそれほどのものではなかったが、サネトは、その傷に違和感を覚えた。まるで、その穴を開けていった「謎の物体」に対して、自分の体は何の抵抗もなく受け入れたように感じられたからだ。どんな鋭い刃であっても、斬られる時には、刃の質感を肌で、筋肉で、そして骨で感じるはずなのだ。
「くそ、なにがどうなってやがる」
サネトは自身の体に空いた複数の穴を、魔力を循環させることで、すぐさま回復させた。その後、可能な限りネーパットより距離を取ろうと、ヨベクの近くまで駆け寄った。
それを見て、ヨベクは自分が行使していた火炎の魔神術式を解く。すると、ヨベクに対し、通信魔術が入ってくる。
『聞こえるか、ヨベク。こちらレアケ。今、竜因たちと一緒に近くにいるんだがね』
「レアケさん?危ないので離れた方が」
『まあ。わが身は自分たちで守れるから安心しなさい。それよりもだ。竜因たちが奇妙なことを言っている。君たちが戦っている場所から竜の力を感じると』
その話を聞いて、ヨベクは隣のサネトにも通信魔術を共有する。奇妙なことに、ネーパットは中空で浮いたまま、これといった攻撃行動をする素振りは見せなかったため、ヨベクは情報の共有を優先させたのだ。
「それは、つまり、ネーパットは竜因、ということでしょうか」
『いや、それがな。恐らく違う……わかったよ。すまん竜因の代表に変わる』
そう言って数秒の間が空き、再び通信先から、異なる声が聞こえてくる。
『こちらラフグアです。面識はあるので自己紹介は不要ですね。我々竜因は、同じ竜因であれば、近づけば共感という反応が起きます。ですが、かのネーパットからは、我々は一切そういう感覚が現れません、が』
一呼吸おいて、再びラフグアが口を開いた。
『彼奴が先の巨大な火柱を伴う魔術を行使した際に、我々の黒竜の竜因であるクスベムが「共感に似た現象が起きた」と話していました。そして、今は、紫竜の竜因である私に、それに近い現象が起きています』
「待てよ。つまり、奴は、色んな竜の力を使える、ってことか?」
サネトが、通信に割って入る。
『サネトくんですね。良かった。まだ無事だったようで。はい。その通りかと思われます』
その会話を、ヨベクは黙って聞いていた。どうにも何かを思案しているようだった。
「竜の力が、魔神術式よりも出力が高い……?」
ヨベクの独り言に対して、ここまで沈黙を貫いていたネーパットがとうとう口を開いた。
「ああ。神気を神が作り出したのなら、魔力の創造主もいる。こんな当たり前の事実すら気づけなかった、現代人たちよ。よもや、英雄一人に調伏されるような千の魔神が、魔の主と本当に思っていたのか」
リャージャと相対していた魔神王クーム・ベサムからは、戦意や敵意はもう感じられなかった。其は、既にリャージャの言葉に強い関心を向けていたのだ。
「して、どのように、あの天才の計算の誤りを指摘するつもりだ?」
「そんな難しいことかい?その扉の後ろには、魔力が沢山蓄えられているんだろう?なら、それを私のために少し開けてくれればいい」
それを聞いて、少しだけ、魔神王は失望をあらわにした。
「貴様、私が、なぜ、この扉を封じているのか、わかっていないのか?」
「残念だが、わかっているよ。私とて竜因だ。その先にある、『世界の裏側』がどこに繋がっているかは、ここまで近づけばわかる。竜の世界、なんだろう?」
魔神王は、リャージャの返答に対し、一瞬感心してみせたが、すぐさま態度を固く、冷たいものに戻した。
「わかっていてなおか。私が、神の地位を捨て、魔に堕ちてまで、世界の裏側と通じる扉を防いでいる理由も承知のうえでか」
「ああ。神々の被造物にして、神の最大の宿敵。私たちの知識では竜はそう呼ばれる。けど、どうやら、それは間違っていたみたいだな。クームベサム、アンタは強い。きっとここで宇宙の終わりまで私が戦っていても、私がアンタに勝てる見込みはないだろう。だが、その扉の裏側から感じる魔力の量は。そんなアンタを遥かに上回ってる」
リャージャの言葉は、受け取り方次第では、魔神王を嘲っているようにも聞こえるが、しかし短気なはずのクームベサムは、それに対して怒りを微塵も示さなかった。
「ああ。私が宇宙の終わりまで鍛錬を続けても、この扉の裏側の存在に立ち向かうことはできまい。完全な神だったころならともかく、魔に堕ち、力を失った今の私ではな。わかるだろう。この先にあるのは、神々の楽園に匹敵する、人知を超えた、魔竜の巣窟だ。地上の生物にとっての深海のようなものだ。足を踏み入れたが最後、その魂は一瞬で押しつぶされるぞ」
魔神王の言葉は、決して誇張された脅しではなく、純然たる事実の列挙だった。だが、それに対してリャージャの意志に陰りはない。
「委細承知の上だ。もとより、生ぬるい世界での鍛錬なんて、こっちから願い下げだよ」
リャージャは意気込みを表明するかのように、その両拳を互いに打ち付ける。
「ならば、何も言うまい。私の使命は、向こうの世界から、こちらに来るものを阻むことだ。だが、こちらから向こうに行く分には止めはしない。しかし、裏を返せば……」
魔神王はあえてその先は言わなかったが、その続きは自明だった。扉は一方通行。帰りは自力で出口を探す必要がある。
「うーん。帰りが問題になるのか。どうすればいいんだ?」
リャージャの意志は特に折れてはいなかったが、しかし帰れないのであれば、話は別だ。
「本来は往来は不可能だ。そのために私がここで扉を塞いでいるのだからな。だが、お前なら可能性はある。世界には無数の裏側に通じる穴が開いている。だからお前たちは魔術を使えるわけだが。ただ、その扉は竜が出入りするにはあまりに小さい。そこで竜は考えた。自らの力と因子のみを物質界に拡散し、それをその地の生命に引き継がせる。その因子を通じて、扉をねじ開けるという方法をな。少ないが、過去何度か成功例はある。そのたびに、途方もない破滅が、物質界を襲ったがな」
「うん?ていうことは、竜因って、竜のための呼び水みたいなもんなのか?」
リャージャの問いかけに、魔神王は小さく首肯する。
「ほー。ならあの魔の扉を開けた、っていうトナティフも実は竜因なのか?」
「いや、あれは違う。あれはそんな生易しいものじゃない。だがトナティフも、フューオンも、そしてタミーナフも。旧星の英雄で、魔に連なる者たちは、全て竜の力を使える。神に匹敵する魔の存在は、三千世界全てにおいて、竜以外にいないからな」
それを聞いて、少しだけリャージャは身震いを覚えた。なるほど、この魔神王が、タミーナフには決して勝てないというわけだ。文字通りその力は、神々が恐れ、固く封じた向こう側の世界に由来するのだから、当然だ。
「話がそれたが、お前は人間。そして地上にもお前と面識のある竜因もいるだろうし、実際に魂と血で繋がっている存在もいるはずだ。その者たちとの縁を辿れば、物質界に戻ることは不可能ではない。いや、むしろ竜が竜因を伝い、地に舞い降りるよりは、よほど楽だろう。が、どれだけ縁があれど、その穴を穿つのはお前自身だ。そして何より、そもそもお前が竜の世界でそれだけの力を蓄えるまで生き延びる可能性の方が低い。徒労に終わり、魂が消え、世界から忘れられる、その覚悟は、できているな?」
世界に忘れられる。その言葉に、リャージャは恐怖を覚えないわけではなかった。
しかし、そのわずかな恐怖はすぐさま別の意味で、彼女を奮い立たせるものとなった。
「ああ、やってやらぁ」
リャージャがそう意気込むのを見て、魔神王はその重い腰を上げた。
「では、この扉に手を置け。私が鍵を開けた瞬間、扉の中に入るがいい」
「入るって、なんていうか、扉みたいには見えないんだけど」
魔神王が指さすは、先ほどまで其が腰掛けていた玉座の背もたれだった。
「扉というのはお前たちの認知としての理解だ。厳密には、境界であって、物理的に開いたり、閉じたりするものではない。ただこの玉座に手を置き、『開け』と念じればよい」
魔神王に言われるがまま、リャージャはその玉座に右手で触れる。
「では」
クームベサムもまた、その巨大な腕を玉座の方へ掲げる。
その後、がこんと、何かが大きなものが落ちる音が聞こえ、リャージャはそれが、開錠の合図だとすぐに分かった。
『開け、扉よ』
そのように唱えると、一瞬で、リャージャの姿が消えてしまった。
「せいぜい、あがくがいい。竜の末裔よ」
ぼそりと、憐れみを持った声色で、魔神王がそう呟いた。
「つまりだ、ヨベク。本当は竜が魔力の創造主で、魔神は竜に劣る存在でしかなく、そしてあのネーパットは、その竜の力を自在に操れると?」
サネトが、ヨベクの長く複雑な説明を、掻い摘んで復唱する。
「はい。しかし、恐らくネーパットの使用する術こそが、本来の意味での魔術なのでしょう」
その言葉を聞いて、またサネトが困惑した表情をする。
「神気の創造主である神の力を行使するのが、神術であるならば、本来の魔術とは、魔力の創造主である竜の力を行使すること。つまり、ネーパットの使用する術こそ、最も純粋で本質的な魔導の奥義です」
ただただ、サネトは呆気に取られていた。常識がひっくり変えるような事実が突然、次々出てきたのだ。それは通信魔術越しで会話を聞いていた、魔工や竜因たちにとっても同様だった。
「ふん、奇妙な話だ。神々の最強の被造物にして、神々の反逆者。そんな謬説がどこから広がったのかは知らんが、論理的に考えればわかるだろうに。なぜ被造物に反逆なぞされるのかと。創造主とは常に被造物の上に立つものだ。その上下関係は決して覆ることはない。盤上の駒が、製作者の意図に反して動き出すことがあるか?うん?」
ネーパットが、わざとらしく肩をすくめながら、サネトたちに侮蔑的な視線を送る。
「そして、うむ忘れるな。お前たちを作ったのも、わしだ。どうやらかつての自分を遥かに超える力を手にして、随分調子づいているようだが。サネトくんもヨベクも、わしの技術あってのこと。一体どうして、わしを止められると思ったんだ?」
そう言って、今度はネーパットは小指を立てて、それを刃のように中空で振り下ろす。
すると突如、サネトの体が硬く硬直する。
「さ、サネト様!」
ヨベクが突然のサネトの状態異常に慌て、状況を把握しようとした時だった。
『ヨベク、竜因たちからの伝言!黄竜の力だ!』
それを聞いて、ヨベクはすぐさま、解決策を思いついた。
「一〇〇〇〇〇〇〇〇一!」
その術は、本来は他者の思考を掌握する術。黄竜の力もまた、精神干渉の術であることから、サネトの身に起きたことは、思考の停止か、あるいは意思の剥奪、支配であるとヨベクは考えたのだ。
その推察は全く正しい。しかし、問題なのは、術の強度の差だった。
「馬鹿め。あれだけ言ってもわからんか。魔神術式と、竜の術の間には、埋めがたい実力差がある。貴様がどれだけ私のおさがりで粘ったところで、その術が解けることはない」
ネーパットの言う通り、サネトが覚醒する様子は一向に見られない。
『俺も手を貸してやるよ』
通信魔術越しに、語りかけてきたのは、思考の宗匠であるレアケだった。
「ほう。人間如きが、魔神と竜の領域に挑むというか」
レアケの声は、ネーパットに向けては本来送られていない。つまり、彼女は易々とこの秘匿回線を傍受していたのだ。
『は、上等だ。生まれだ、才能だ、そういうものを覆すために、俺たちゃ、魔導機械作ってんだよ!』
ネーパットの工房跡地より、およそ街一つ分離れた距離で、魔工たちと竜因たちは揃っていた。
その中心に立つレアケは、自身の精神を集中させ、普段の愛らしい表情も、そして時折覗かせる邪悪な表情でもなく、ただ眉間にしわを寄せ、目を固く閉じていた。
「政府承認、魔工承認。特例緊急事態につき、最大兵装の解放を許可!召喚:セテク・アンルゥ!」
その掛け声とともに、上空に巨大な魔法陣が、複数展開される。限定的な空間転移、その魔法陣の大きさと数は、転送されてくる「それ」の質量を物語っていた。
そこより出現したのは、山と見紛うほどの巨大な人型の機械。思考の宗匠レアケの最高傑作にして、全魔工が「歴代最高の発明品」と認めるほどの究極。
セテク・アンルゥ。「生ける彫像」の名を冠した、自立型巨大機械人形。
「思考」の宗匠たるレアケが、なぜ質量型の巨大兵器を有するのか。
レアケは当初、巨大な人工頭脳の作成に務めた。しかし、レアケが欲したのは、単なる論理的で正確無比な計算を続ける機械ではなく、自立して思考する生命体の模倣であった。
そこで、思考の宗匠が目を付けたのが、人間の脳の働きだった。生命体の脳の活動は、脳そのものだけではなく、体全体と密接に関係している。血液、神経、筋肉、そして、魔力。体中を包み、そして駆け巡るそれらの要素こそ、脳を脳たらしめるうえで重要なものであることに着目した。
つまり、他の魔工宗匠の機械と異なり、出撃にすら特別な認可を必要とするほどの攻撃力を秘めた、その巨大質量の体は、戦闘用に作られたものではなく、脳を補佐するためだけの装置に過ぎない。
そして、当初は不可能とさえ思われた、紅玉世界政府を実現できたのも、この機械のおかげである。経済、行政、司法、全てを完璧に運営しているのは、セテク・アンルゥなのだ。
星を一つにまとめ上げることが可能なほどの、大規模計算。当然レアケ自身も類まれな魔術師であるが、セテク・アンルゥを併用した際の処理能力は、人類が束になっても叶わないとさえされる。
ゆえに、レアケの異名は「星を五百年進歩させた者」なのだ。
ヨベクの魔神術式、レアケの大規模な思考の術。だが
「くそ。足りねぇのか、これで!?」
レアケの脳は一瞬で高熱を帯び、その小さな鼻孔からは、つーっと、一滴の血が流れ出る。
まだサネトの思考を正常化するには至っていない。
「手伝うよ、レアケ」
レアケの後ろから声をかけたのは、最年長の竜因であるユーボスだった。彼女は、「黄竜」の竜因であり、今回のネーパットの術が「黄竜」由来であることを伝えたのも、彼女であった。
「は、老いぼれ。せいぜい気張れよ」
「何を言うとるか。私が子どものころから、宗匠のくせに」
二人が互いの悪態をつきあったあと、ユーボスはレアケの肩にポンと、手を置いた。
レアケの悲鳴を上げていた脳が、わずかに落ち着く。ユーボスの精神の術による、思考の強化、及び保護がかかったおかげである。
「あとは、お前次第だ!サネトォオオオ!」
喉の奥からひねり出すような声を、レアケがあげたとき、サネトはまるでそれを聞き取ったかのように、目を覚ました。
「だはぁ!」
体に自由が戻ったサネトは、膝を地面について呼吸を整える。
「サネト様!ご無事ですか」
「はぁ、はぁ、どうも、お前に『サネト様』呼び、させないのは、なかなか難しそうだな」
「あ、え、すみません」
サネトは顔を挙げて心配そうに見つめるヨベクに視線を返す。
「わしの術一つで、この騒ぎよう。わかっただろ。力の差は歴然だ。わかったら黙ってその心臓を差し出せ」
ネーパットはいつの間にか地面に降り立ち、二人の方へとゆっくりと歩み寄ってくる。
「はっ、そうかよ。内心、自分の自慢の竜の術が破られて、不愉快なんじゃないか。タミーナフさまよぉ?」
サネトは息を切らしながら、不敵な笑みで、タミーナフを睨みつける。
「そうか」
それに対して、ただ短く一言、ネーパットは返してきた。
『お二人!白竜です!白竜の力……』
通信魔術越しに、白竜の竜因の声が届いたが、時すでに遅し。
ネーパットを中心に、強烈な冷気があたりを包み込み、サネトとヨベクの体も一瞬で凍結した。
『どうだ?この空間から全ての熱を奪った。周囲の空間にも壁を作って、外界から断絶しているから、熱が戻ることもない』
ネーパットは手話で二人に語り掛ける。二人は、目線すら動かすことができなかったが、先ほどとは違い、思考は動いていたため、その手話自体は理解することができた。ネーパットが手話で語り掛けてきたのは、現在、彼らのいる空間は「空気」ごと全ての元素が凍結しているため、音を伝達するものが存在しないためである。つまり、現在彼らは絶対零度による疑似的な真空空間にいる。
全ての元素の熱が消え去ったため、サネトもヨベクもその体は、まるで空間に磔になったかのように、動かなかった。ネーパットは永遠熱を奪い続ける。「移動」を最大の武器として使えるサネトすら動けない以上、この空間で「動けるもの」は存在しない。
その術を行使しているネーパットを除いて。
『わしはな、お前たちを殺そうと思えばいつでも殺せた。こうしなかったのは、お前たちをある程度特別視していたからだ。殺さずに済むなら、協力してくれるなら、それに越したことはないと。だが、もうその気遣いは不要だろう』
よく観察すると、ネーパットの右手は、「なにか」を掴んでいるように見えた。そしてその足元の地面は奇妙にも、小さな轍が走っている。サネトたちは、ネーパットが、透明な剣のようなものを手にしているのだと、すぐに理解した。
『では、解体の時間だ。魔核も凍結状態におけば、再生はすまい』
ネーパットが右手を振り上げる。だが以前サネトは髪の毛一つ動かすことはできなかった。
『じゃあな』
そして無情にも、その刃はサネトの首を目掛け、振り下ろされた。
彼の姿勢も相まって、それは、さながら断頭台上の惨劇だった。




