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砂海の賢者 第四節

 サネトとリャージャは、音声を途中で停止して、一旦聞いた内容を整理することにした。

「おや、どこまで聞いたんだい?」

 しかし機械音声をヨベクは手話で通訳していなかったため、ネーパットはどこで音声を中断したのかがわからなかった。

「タナーシャとかいう、<玄黄>の政治家が、星を滅ぼそうとした魔人を倒した、ってところだよ。このタナーシャ、何者なんだ?王族らしいが」

「ふむ、そういえば素性は音声に記録されていなかったかな?このタナーシャというのは、神術使いの(エセト)だよ。しかも、神器使いだ」

「神器使い!?」

 サネトとリャージャは、ネーパットの説明に目を見開く。

「かつて祖先は<天藍>にいたんだが、ある事件が切欠で<玄黄>に移動した一族なんだよ。ちなみに、隣のバルーというのは元<紅玉>出身の王族だよ。<パエス>って覚えてるかい?あそこの竜因の子だよ。ああいや、こっちは音声にも記録されていたかな?」

 二人は次々と披露される、驚きの事実に、もはや黙って口を開き続けるしかなかった。

「まあ一旦最後まで聞いてはどうかね?今思っている疑問も、多少解決すると思うよ」

 ネーパットは、ヨベクに指示を出し、再生装置のボタンを押させる。




「なぜ、我々が魔人を倒したことや、魔人が星を滅ぼそうとしたことを知っている?」

 タナーシャが、<紅玉>の政治家であるクトゥンに詰め寄る。

「……、仕方ない。これも正直に言いましょう」

 そう言って、クトゥンはある資料を鞄から出し、それをタナーシャの方へと渡す。

「『星門閉鎖における星間双方向通信衛星の運用』……なんだこれは」

 タナーシャは、その計画書のようなものをぱらぱらとめくるが、大事な要点はほぼ全て黒塗りにされており、斜め読みしても計画の全容は掴めなかった。

「はっきりと言ってしまうと、我々<紅玉>世界政府は、<玄黄>、及び<天藍>を、神の門が閉鎖された後も、いえ、厳密には『閉鎖されたからこそ』、星の間にある通信衛星を用いて監視し続けていました。」

「では、貴方達は、望遠鏡のようなものを宇宙に浮かせていると?」

 そのようなものだとクトゥンは答えたが、しかしヴァラムはその回答に違和感を覚えていた。

「待った。望遠鏡は無理だろ。<玄黄>と<紅玉>の間の距離を、望遠鏡で観察するには、『時の壁』を超える必要があるだろ。いくら魔工でもそれは無理な話だ。なんせ創世の権能に匹敵する技術がいる」

 どうやらヴァラムの指摘は、クトゥンの痛いところを突いたようで、彼はばつが悪そうな顔で、視線を落とした。

「いや。まぁ仰る通りです」

「なんだ、真相を話すと決めたのなら、勿体ぶったり取り繕ったりしないでくれ」

「……えっと、私も専門外なので詳しくはないですが。実は通信衛星は、情報の送受信しかできない中継地点で、そうした映像や音声の記録機能はありません。現地に配置した記録装置などから映像を送られてきたものを、受信、その後我々の星に向けて送信するだけのものです」

 その説明で、タナーシャとバルーは得心が行っていなかったが、一方ヴァラムは、その意味を瞬時に理解した。

「待て待て、じゃああんたら、<玄黄星>のあちこちに、盗撮装置しかけてるっていうのか?」

 気まずそうにクトゥンは首をゆっくりと縦に振る。

「厳密には、違いますが。魔工宗匠(ウェル・ヘムウェト)が開発した新たな技術、『超小型機械』というものがあります。これ自身はそれほど色んな事ができるわけではないんですが、まるで病原菌のように、他の機械に感染します。そして通信端末や、映像装置など、様々なものの機能を、使命の達成のために勝手に借りるわけです」

「馬鹿な!そんなもの、許容できるわけがない!他の星の生活や権利を何だと思って……」

 タナーシャが声を荒げるが、申し訳なさそうなクトゥンが更に縮んでいく様を見て、一旦口を閉じる。

「わかっています。ですが我々も、神の門の閉鎖という、前代未聞の事態に取り乱していたんです。そしてそれを取り仕切った、貴方たちの星のアムゥという宰相が、その後どのようなことをしでかすのか、心配だったわけです。勿論神の門開放後は、全ての機械を撤収させています。信用はできないかもしれませんが……」

 クトゥンの言い分は、タナーシャの義憤を少し冷ました。確かに、星中に監視装置を無断で仕掛けるなど許されざることだが、客観的に見れば先に神の門の閉鎖などという暴挙を行った<玄黄星>の自業自得とも言えなくはない。

「……それで知ったんですね。宰相アムゥが魔人で、星を滅ぼさんとしていて、それを我々が阻止したことを」

「ええ。タナーシャさんが神器使いで、バルーさんが竜因、そしてヴァラムさんが、機械技師であることも存じ上げています。で、その最初に申し上げた、我々が貴方たちと同盟を築きたい二つ目の理由ですが、本来魔人が人どころか、別の生命体を脅かすことは決してない存在であることはご存じですか?」

「え?」

 <玄黄>の三人は、クトゥンが披露した魔人の知識に驚愕していた。

「……とても信じられませんよね、あのようなことがあった後ですから。ですが、魔人は、常に魔力に飢えた魔獣と違い、常に魔力を生み出し続けることが可能な器官を持つ。ですから生存競争ということをする必要が無い。だから他の生命を脅かすことはない。それが我々<紅玉>の常識で、少なくともこの星の第三次文明崩壊以降の記録では、魔人が人を襲ったというものはない。だから貴方たちの星で起きたことは衝撃的でした。星の監視を今後も続けるべきだという議論が沸き上がるほどに。もし魔人が襲うならば、我々はその対策を講じなければならない。特に今は魔力資源を千年先まで計画的に利用する構想まで立てようとしている真っ最中。そのような不安要素は取り除かねば。だから我々は、魔人を倒したお三方に、事の真相を尋ねることにしたわけです」

 三人は互いの顔を見合って、真実を話すかを考えている様子だった。ただタナーシャたちは、少なくともここまで誠実にクトゥンは真実を語っていたことに報いるべきだと考えていた。

「……アムゥは、私達の星の魔人は、人を恨む理由があった。あれは、たまたま人類の中に入り、そして大事なものを見つけてしまった。それを不条理に失ったことが、彼の人類への報復の火種だった」

「魔人が人類と交流を?それは……なおの事興味深いが……。いえ、ならばある程度議会も納得、安心することでしょう。少なくとも今まで通り魔人と交流をしなければ、不要な争いを生むことは無いということ」

「え、それだけでいいんですか?もっとこう、復讐を何故しようと思ったのか、とか」

 あっさりと真実の追及をやめたクトゥンに、タナーシャたちは拍子抜けしてしまう。

「良いんです。私の仕事は、貴方たちと同盟を結んで、我々世界政府がそちらの星界同盟とは違うことを人々に示し、そして魔人が人を襲うことは無いという確信を得ることです」

「……すまない、同盟の事なんだが……」

「まだ懸念点が?」

 同盟締結の話が、さも纏まっているような論調のクトゥンに、タナーシャが割って入る。

「まず、第一に、私は国家元首ではあるが、私一人で全て決めるべきではないし、そもそも首相としての役目も、あくまで仮だ。そして第二に、私は『貴方は』信用できるが、世界政府についてはまだ確信を得てはいない。我々<ドゥスエンティ>の民は、一度、『世界を一つに統一する』という名目で、凄惨な目に合っている。それを繰り返すわけにはいかないんだ」

「仰る通りです。私も、今日明日で決まるとは思っていません。ただ、今の感じでは、前向きに、というわけでもなさそうですね?」

 タナーシャは、沈黙したままであったが、それはクトゥンの問いへの明瞭な答えであった。

「わかりました。では、折角ですし、二、三日、我々の星を視察してはどうでしょう。神の門がある以上、星の移動など気軽なものですが、いつでもできるものほど、できる時にしなければ、意外としないものです」

「それは良い。元より我々はここに三日ほど滞在する予定だったんだ。里帰りも兼ねていたので」

「おや、ひょっとして、ヴァラムさんか、バルーさんは、<紅玉>に縁がおありで?」

 てっきり、クトゥンは、自分たちの素性を知っていると、タナーシャたちは思っていたので、彼が「誰が<紅玉>出身なのか」を知らなかったことは意外だった。

「えっと、その」

 ヴァラムが何かを言おうとするが、そこをバルーが制止する。

「僕が、<紅玉>出身だ」

「へえ、バルーさんが。竜因なのも納得だ。どこのご出身で?」

 クトゥンは特に悪気も無く、純粋に気になったから、そう問うたのだが、バルーにとっては、決してそれは耳障りのいいものではなかった。何か癇に障る態度を取ってしまったかと、心配になるクトゥンを見て、バルーは意を決して、話始めた。

「<パエス>王国、かつて大暴れし、魔工に倒された竜因の王のことは知っていますね」

「え、ええ。存じ上げ……」

 そこまで言いかけて、クトゥンは突如、全ての歯車がかみ合ったかのように、ある真相に辿り着いた。

「まさか、ファリア様?」

 クトゥンは、必死に平静を装うとしていたが、力なく垂れ下がるその両耳は彼の感傷を明示していた。

「今はバルーです。<パエス>で起きたことは、僕にとっても複雑なもの。だからそう憐れんでもらう必要はないです。『<パエス>王の子』、『次期竜因』の肩書は、ただただ重いだけで、息苦しかった。それに母は、人々を苦しめた暴君だった。……けど、故郷は故郷だし、母は母です」

 バルーはそう言いながら、まるでクトゥンを宥めるように優しく微笑んだ。

「……そうですか、そうですね。では、<パエス>の最高の宿をこちらで取っておきましょう」

「いえ、そこまでしてもらう必要は……」

「いいえ、あります。確かに、我々は階級社会を否定した。だがその結果、王家の人々が、必要以上の犠牲を強いられることがままありました。人々の中には今まで特権を享受していたのだから、多少の辛苦は債務のようなもの、と言うものも少なくありません。ですが、最終的に、我々世界政府は、必要以上の犠牲や、罪に問われた王族への、保障や社会復帰を支援することを決断した。だから、これはバルーさん、貴方に対する我々の責務です。どうか受け取ってください」

 三人は、遠慮なくその権利を受け取ることに決め、部屋を後にしようとした。しかし扉を出る寸前で、クトゥンが慌てて声をかける。

「すみません、ヴァラムさん、貴方に一つお聞きしたことがありました」

 クトゥンは、タナーシャやバルーではなく、ヴァラム個人を呼び止めた。

「魔人の心臓、どうされましたか?」

「え、あ、いや、恒久的な魔力生産装置の素材に使ったけど」

 ヴァラムはその質問の意図がわからないまま、正直にそう答えた。

「それなら良かった。魔人の心臓は貴重な魔力器官です。もし生身で持っていれば、色んな連中に狙われかねない。ですが、既に加工済みなら話は別でしょう」

「えっと、魔力物質の不可逆性だっけか。前に論文で読んだよ」

「はい。とはいえ、その状態でも十分貴重なものであることには変わりありません。くれぐれもご用心してください」




 音声は、ここで途絶えた。

「おや、その様子じゃ、音声再生は終わったようだね。どうだった?」

「……一つわかったことがある。魔人が人に危害を加えるから倒したいという、お前の名目は少なくとも大嘘だということだ」

「ははは。そうさな。あれは美辞麗句じゃ。正直に言えば、わしはこの星の連中が『魔人の心臓』に目を付ける前に、さっさと集めたいというのが本音だ」

 ネーパットはあっさり、自分の嘘を認めた。

「だがな、忘れちゃならんのは、魔力資源の支出を均等化するという、世界政府の新たな方針は、必ず魔力資源の占有と奪い合いを誘発する。そうなれば魔人は必ず狙われるだろうね。そして十中八九、ろくでもない金目当ての実力の見合わない狩人が動く。この街に、わしの技術をあてにしにきた連中のようにね。そうなれば魔人を刺激することになり、結果的に人類に対する怒りを抱かせかねず、<玄黄>のような事件がこの星でも起きるかもしれない。あながち、わしの言ったことも間違いではないじゃろ?」

 ネーパットは開き直って、サネトを敢えて刺激するような物言いをする。

「さて、サネト、リャージャ、察しの通り、わしが魔人の心臓を狙うのは、わしの目的のためだ。魔人から人類を救うなどという大望は一切抱いていない。だが確実なことは、その目的で、人類が何らかの負の遺産を負うことはないということ。それにこのまま魔人を放置すれば、確実に世界政府は魔人を狙う。<玄黄>の魔人が討たれたことが知られれば、それこそ魔人狩りは加速する。どちらにせよ同じ結果になるなら、無用な争いが起きる前に、さっさと済ませてやるべきじゃないかね?」

 サネトとリャージャは、お互いの顔を見ながら、自分の意見を脳裏で纏めていた。

 そして十数秒経った後、二人は特に言葉も交わさなかったが、その視線でお互いの意思を確認し合った。

「わかった。引き受けよう。前金有、魔人一体毎に報酬を支払う。討伐の中断は常に我々の判断に委ねる、前金の返却は無し、どうだ?」

「ふむ、討伐中断の場合の、前金返却については初回だけでも構わんかね?」

「ああ、それでいい。報酬は一体一億だったな」

 ネーパットは快く頷き、再びヨベクに何か手話で指示を出す。

 すると再び、サネトとリャージャの端末に通知音が響き、確認すると、そこには先ほど支払われた二千五百万に加え、五千万テレムの送金が確認できた。

「なぁ、一応聞いとくんだが、この金で、俺たちが世界政府から疑われ、狙われるなんてことはないよな?」

「そんなこと、天地がひっくり返ってもあり得んから安心したまえ。ただ、先に言っておくが、私のことは当然口外無用。魔人狩りについても他の狩人に話すなよ」 

 ネーパットは二人に釘を刺しながら、再びヨベクに指示を出す。するとヨベクは、また新たな装置を取り出し、それを机の上に置く。それはすぐに、空間に映像を投影する。その映像は見たところ、彼らのいる<エフゼクト>大陸を映した地図のようだった。

「さて、最初に倒してもらう魔人は<エッペフィ山地>の岩窟の中にいる。未だ開拓の進んでいない無人地帯だ。人目を気にする必要はないだろう。まぁそれだけ魔獣も多いので注意は必要だが」

「おい、そこまで特定できてんのか、魔人の居場所」

 サネトの疑問に「当然」、と軽く答えるネーパット。

「さてこの魔人一号だが……、ふむ『高貴なるもの』とでも呼ぼうか」

「高貴なるもの?」

「名前が無いとイチイチ『<エッペフィ>の魔人』って呼ばなきゃならないし、面倒だろ?それに、その魔人の本質を掴んだ良い呼び名だ、見れば君らも納得するさ」

「ふーん、名前って言えるかは怪しいけど、それ」

 リャージャは冷めた声で茶々を入れる。

「で、その『高貴なるもの』とやら、何か他の情報とか無いのか?どんな戦い方をするのか、とか、弱点はあるのか、とか」

「残念だが、あまりないね。とはいえ搦め手とかをするような奴じゃないのは確かだ。君たちが好きなだけ優位に立てるような状況を作るといい」

「そういえば、魔人の心臓を傷つける、なんて事態は起き得ないのか?」

 サネトが、念のために尋ねると、ヨベクが机の上の映像装置を切り替え、別の画面を移す。それは、どうやら学術的な論文のようであったが、素人のサネトとリャージャでは、読む気が起きないほどに難解なものだった。

「この論文を要約すると、我々が魔人の心臓と呼んでいるものは、魔獣の心臓とは似て非なるもの、ということだよ。魔獣のそれは、魔力を形作るために必要な器官にして核心。しかし魔人の場合は、実際に心臓があるわけではない。過度に破壊、破損され、魔力不足に陥った場合に、魔人は休眠状態の姿を取る。それが魔人の心臓と呼ばれているものさ。だから、どんだけ魔人を傷つけたとしても、休眠状態にならない限りは、魔人の心臓の価値や機能が下がることは無い。ただ、心臓になってからは、攻撃はやめろよ?魔人の心臓は、かなりの硬度で、加工するのも困難な代物だが、万が一ということもあるからね。ではよろしく頼んだよ」

 ネーパットはそう言って、椅子から立ち、奥の暗がりへとヨベクを連れて戻ろうとする。サネトとリャージャは特に呼び止めはしなかったが、あまりに話が早いので、少し呆気に取られていた。

「契約書とか、書かなくてよかったのかな」

「まぁ、いいんじゃねえかな……」

 サネトとリャージャはその日、宿に真っ直ぐ戻る。既に日も暮れ始めていたが、二人は自室で、明日の準備を済ませてから、床に就いた。




 次の日の早朝、サネトとリャージャは宿と別れ、水晶門へと向かう。だが<エッペフィ>山地は、<ケクスペス>同様、<タヤサー>砂漠の中央に位置する荒涼とした場所で、しかも最寄りの街でさえ、<エッペフィ>からは車を使っても半日以上かかる距離にあった。

 仕方なく最も近い<ヘペイパ>という小さな集落へと一旦向かうことにし、そこで二人は装備や乗り物の用意をすることにした。

 水晶門の空間転移で、<ヘペイパ>は、小さな集落ではあったが、<ケクスペス>とは違い、土地再生が進んでいるため、砂漠の中にあってなお、水と緑が豊富で、砂漠特有の身体を内部から乾かすような、砂交じりの空気ではなく、過ごしやすいものだった。

「まずは宿、その次に車を買うか借りるかしよう」

 サネトの提案通り、二人は街の外れの宿を借りた。街は中心から外れると、すぐに緑が失われ、日光を受けて輝く砂漠が露になる。宿の主人に車の当てを聞くと、中古車を扱った店があると聞いて、そちらに向かう。

 中古車を扱う店主に、二人は手ごろな値段で交渉しようとするが、二人は懐が温かいことを思い出し、砂漠や荒れ地でも動くのに十分な性能を持つ、最も質のいい車を買うことにした。使い捨てにはなるものの、前金で貰った五千万はまだ潤沢に残っていることから、躊躇うような買い物でもなかった。また二人が気前よく払うものだからか、店主も気をよくして、車のみならず、変えの車輪から、燃料の容器、簡単な整備用の道具、更には水や食料を保存する容器まで付けてくれた。その四輪車は、荒れ地の機動力だけでなく、重い積載をものともしない馬力もあり、特に携帯可能なまでに小型化はできるものの、重量自体は変えられないリャージャの大砲程度ならば、六つは積めるかというほど強力だった。

 二人はその車を宿の近くに止め、携帯していく武器や道具を買い込み、宿の部屋で作戦を立案していた。

 二人は、ネーパットに教えてもらった座標の地図を開く。地図から読み取るに、<エッペフィ>山地は、乾燥してひび割れたのか、大地のあちこちに深い裂け目が出来ており、それは標高が高くなっても変わらなかった。そうした裂け目のせいで、陸路では目的地までの道のりを探すのは、まるで迷路のような難行であった。結果、十分以上かけて、漸くその道筋を理解するに至る。

 そして肝心の目的地、岩窟があるとされる、座標の周辺を、衛星写真から復元された、立体地図で見ると、それは山地の中では最も標高が高い場所であり、しかも件の岩窟は、その標高の高い場所を裂く、崖の奥底にあった。不幸なことにその裂け目は、少なくともその立体地図からは、別の侵入場所がなく、従って、山の頂上から降りていくしか、そこへ辿り着く方法は無かった。

 彼らが買った車両は、多少は浮遊することができるが、それは地表から離れる程度で、流石に裂け目を安全に降りるほどの浮力を生むことはできない。そこでリャージャは、山の頂上と岩窟までの距離、そして事前に購入していた鋼索の長さを比べていた。

「うん、ちょっと足りないけど、これくらいなら飛び降りても問題なさそうだね」

 リャージャは、そう言うと鋼索を別の部品と組み合わせ、簡単な下降用の装備へと作り替えていた。サネトは、魔人を倒すための策を練っていた。肝心の岩窟内部の様子がわからなかったため、従って彼は、魔人を外におびき出し、そこで戦う算段だった。

「なあリャージャ、ここの突き出た岩、脆いと思うか?」

 サネトが、作業中のリャージャに、立体地図のある箇所を指さした。

「うーん。岩石の質的に、ちょっとした衝撃で崩れるとは思うけど」

「そうか」

 リャージャの解答は、サネトの推測と同じであったためか、彼はそれに納得して再び作戦の立案の作業に戻った。




 そして翌日、早朝に二人は大量の装備を車両の荷台に積み、サネトの運転で目的地に向かう。車は激しく揺れ、小柄なリャージャと違い、サネトは思わず何度も頭を天井にぶつけそうになる。しかし運転手をしている以上、頭を必要以上に屈めるわけにもいかないため、途中でリャージャに運転を変わってもらった。

 直線距離で見れば、二時間も走らせれば十分辿り着けるはずだが、悪路や高低差、そして大地に数多く走る裂け目や、辺りを徘徊する魔獣も相まって、当初の予定通り、八時間近くかかった。リャージャは丁寧に、鋼索の機械を頂上の大岩と、そして自分たちの車の二つに固定し、崖下までそれを垂らした。二人は一本の鋼の縄を、器用に手繰りながら降りていく。最後は事前の計算以上に鋼索は足りず、およそ五階建ての建築程度の高さがあったものの、二人は、その程度の高さならば飛び降りても問題はなかった。

 すると、すぐに二人の前に洞穴が現れる。二人はその穴に入る前に、事前に話し合っていた通りに、二手に分かれて戦いの準備を始める。

 サネトは岩壁の突き出た岩に爆弾を仕掛け、その真下にまた別の機材を地面に埋め込む。リャージャは大砲を準備しつつ、洞窟内に入るための装備も、リャージャは整えていた。

「うっし、行くか」

「うん。気合い入れなきゃね」

 二人は装備を身に纏い、洞窟の中へ進んでいく。サネトは双銃の先に取り付けた蛍光灯で暗闇を照らしながら先導する。洞窟は荒野の中にしては僅かに湿った空気が流れており、張り詰めた緊張感は二人の背筋に不気味な寒気を与えていた。

 洞窟は想像以上に深く、彼らは暗闇の中で、三分近く歩き続けていたが、これといった反応は無かった。永遠同じ景色が続くので、更には、彼らに進んでいるのかどうかわからないという錯覚を与えていた。そうした洞窟の暗闇の生み出す漠然とした緊張と不安が、彼らの心を締め付ける。

 そして、更に一分経った後、変化が訪れた。

 サネトもリャージャも奇妙な気配を確かに感じ取っていたのだ。続いて、莫大な魔力の嵐に気づき、二人は思わず足を止めてしまう。

 

 恐怖。


 勿論彼らは何度も死線を潜ってきたが、決して恐れ知らずなわけではない。恐れとは、制御さえできるならば、戦いにおいて有用な感情である。

 だが今回の恐怖は違う。純粋に、自分より遥かに強大な相手と対面することで生まれる委縮、生存本能を上回る諦観、それは例えば肉食獣に襲われた草食獣が自ら意識を手放すかのような、命を諦めるという生理現象に近い。

 逃げ腰すら許さぬ、ただ体と心を凍らせる脅威。

 しかしそれでも二人は意を決して前へ進む。一歩、二歩。近づけば近づくほど、その魔力の渦は強まっていく。すると、照明が、初めて岩以外のものを捉えた。

「これが、魔人か」

 光が照らしたのは、赤黒い鎧を纏う騎士のような姿。一見すると、それは岩の上にじっと、ただ佇んでいるだけだったが、鎧の中から覗かせる赤い光の一瞥は、歴戦の狩人たるサネトとリャージャを絶望に突き落とした。


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