魔の極致 最終節
リャージャの、腰を深く落とし、両腕を大地につける、その姿勢は極めて奇妙なものだった。魔人たちは、その姿勢がどのような行為を意味するのかは全く理解できなかった。陸上競技の走り出す前の準備姿勢にしては、重心がかなり下にあるように思えたし、迎撃の構えなのだとしても、やはり不自然なまでの前傾姿勢はむしろ隙が多く見えた。
その姿勢の真意を、魔人が理解したのは、リャージャの両腕に極めて高い魔力が集中していることに気づいた時だった。
だが、遅かった。
突如、重厚な鉄塊同士がぶつかったような音がしたかと思うと、「高貴なるもの」が遥か後方に吹き飛ばされていた。銀と赤の鎧を纏う魔人が立っていた場所には、いつの間にかリャージャが立っていた。
『馬鹿な』
思わず、悪態をついたのは、蒼き魔人、「勝利するもの」。
速さに優れる、「勝利するもの」は、その光景に目を疑わざるを得なかった。其は、今目の前で起きたことをはっきりと目視できなかったのだ。
つまりそれは、自分よりもリャージャが速度で勝ることを意味した。
しかし、その結果からみれば、何が起きたかは明白だった。
超高速で、リャージャは「高貴なるもの」に突撃し、吹き飛ばした。
『厄介だな。竜の力を随分使いこなしているようだ』
遥か彼方に吹き飛ばされた、「高貴なるもの」は、ゆっくりと立ち上がりながら、そう述べた。かなり激しい衝突だったが、その魔人の赤と銀の鎧には、それらしい傷はついていなかった。
魔人の言う通り、リャージャは現在、自分の体に眠る白竜の因子を覚醒させつつあった。それと同時に、白竜の力の本質についても、リャージャは理解していた。
白竜の力は、凍結能力だとされてきた。
しかし、やはりこれは白竜の力の一面に過ぎなかった。
かつてサネトは、リャージャが竜の力を用いて高熱を発したことに対し、現代の紅式魔術では、炎熱と凍結はいずれも『力能』魔術という、同じ系譜に属することを指摘した。
しかしこれも、結論から言えば、白竜の力の本質ではない。
奇しくも、白竜の力は、紅式魔術の六つの体系の一つである『移動』の魔術に酷似していた。
つまり、今のリャージャは、その魔力と魂の器の許す限り、あらゆる力を、思いのまま操ることができる。先ほど見せた超高速の突進も、魔力を推進力として高め、打ち出したことによるものだった。そしてこれまでの炎熱の力のように見えたものは、周囲の力を魔力で移動させ、熱という形に変換したものに過ぎない。
だが、予想よりも魔人がその攻撃によって破損しなかったのは、移動に力を回しすぎた結果、突撃の際に衝突させた右肩から上腕にかけて、それほど魔力を籠められなかったためだ。この世界は物質世界ではなく純粋な質量は存在しない。言い換えれば、この世界では光の速度で飛ぶ単なる礫よりも、魔力を込めたものが、ゆっくりとぶつかる方が遥かに致命的な威力を発揮する。
だが、この僅か一手で、二体の魔人は、極めて自分たちが劣勢にあるという事実を受け入れざるを得なくなっていた。
最高速度で凌駕されたからではない。今のは単なる直線運動に過ぎず、リャージャ自身もその軌道を殆ど制御できていなかった。だから、速度においてはむしろ、未だ、「勝利するもの」は自分に分があると考えていた。
むしろ、問題となるのは、別の部分。彼らは竜因ではないが、深く魔に関わるものとして竜の力に対する知識、そして脅威をよく理解していた。
そして白竜の力の恐ろしさは、まだ別の部分にあることも熟知していた。
『私が、奴を捕らえる。少しでも動きが止まれば、最大火力で仕留めろ』
『承知した』
蒼き魔人が、赤き魔人に指示を出す。
両手に二つの剣を構え、「勝利するもの」が、リャージャに高速で迫った。
リャージャは魔人の移動を察知し、そちらに顔を向けるが、すでに魔人はリャージャの背後まで迫っていた。
左腕の剣が、リャージャの背を斜めに切り裂いた。
かに見えた。
リャージャは何もなかったかのように、背後を振り返り、蒼き魔人をその拳で振り払う。魔人たちの予測通り、リャージャが咄嗟に放った裏拳は、今までに比べれば格段に速かったとはいえ、未だ「勝利するもの」の反応速度を持ってすれば余裕をもって回避できるものだった。
しかしやはり問題となるのは、先ほどまで容易に切り裂けていたはずのリャージャの肌に一切傷をつけられなかったことである。
「わかっているんだろ。白竜の力は全ての力を移動させる。その程度の力なら、今の私なら労せず受け流せる」
そう。これこそが魔人たちが危惧していた、白竜の力。
自らに降り注ぐ災厄をすべて払いながら、自分以外のすべてを暴風で薙ぎ払う、無敵の竜。実際に会ったことはないが、彼ら魔の存在がその魂において継承してきた記憶。
とはいえ、リャージャ自身は決して無敵の存在ではない。魔力世界でも物質世界でも、あるいは神々の住まう居城であっても変わらぬ理がある。
魔力であれ神気であれ、それが発生させた現象は、それよりはるかに強い力によって抗することができる。
常に強い力が勝利する。例え時を止め、空間を入れ替える術であっても、その術者よりも遥かに次元の高い存在にとっては、それは単なる児戯に過ぎない。
そしてこれは、力が拮抗したもの同士でも変わらぬ事実である。
結果的に魔人たちとリャージャの勝利条件は一意に定まった。
魔人は、「高貴なるもの」がリャージャを魂ごと破壊するだけの力を溜め、それをリャージャに的確に命中させること。
リャージャは、「高貴なるもの」の力が溜まるまえに、「勝利するもの」を消滅、あるいは戦闘不能にさせ、それを阻止すること。
実に明快な勝利条件。つまりこの戦いの命運は、「勝利するもの」がどれだけ時間を稼げるかどうかにかかっている。
先ほどのように、推進力を限界まで高めた突進攻撃は、もう通用しない。そんなことをしようとすれば確実に阻止されるどころか、防御に十分な魔力を回すことができなくなり、不要な傷を負うことになる。
最初に動いたのは、リャージャだった。向かう先は既に力を溜めつつある、「高貴なるもの」。白竜の力を利用した、高速飛行にさえ見える一足飛び。確かに速いが、やはり溜めがないためか、その速度は少なくとも「勝利するもの」にとっては、さほど脅威ではなかった。
蒼き魔人は、その背後を追いかけ、すぐに追いつく。其の双剣で刹那のうちに、十を超える斬撃を振るうが、やはりその背中には傷一つつけられない。
だが魔人の横やりによって、リャージャの飛行は中断を余儀なくされた。速度にその能力を振っているとはいえ、最上位の魔人による攻撃を完全に無効化できるわけではなかったため、剣に込められた圧力自体は、消滅させられなかったのだ。
無論、リャージャはそんなこと想定している。この突進が成功するとは最初から思ってもいなかった。リャージャは右足の裏に力を籠め、中空で移動を制御する。そして態勢を百八十度回転させ、背後から襲い掛かった、「勝利するもの」へと突進する。
飛行の勢いのまま振るわれたリャージャの右拳だったが、蒼き魔人はそれを紙一重で躱す。「勝利するもの」は回避と同時に左腕の剣で、リャージャの腹部を切りつける。当然再び傷をつけることは叶わなかったが、体勢的にも無防備な部位への一撃はリャージャから反撃の機会を奪った。剣を振り抜いて、魔人はそのまま、リャージャの背後に回るが、今回は背後への攻撃は行わず距離をとった。
僅か一回のやり取りだったが、リャージャはこれにより、この魔人との戦いは、これから同じ展開が続くことを直感した。恐らく、機動力では、この魔人に勝ることはできない。一対一の戦いであれば、最終的にはリャージャに趨勢が傾くことはわかっていた。だが、その状況に至るまでにはひどく時間がかかる。
そうなれば、完全に魔人の思惑通り。最後の一手をどのようにリャージャに打ち込むかの方略は別に必要となるだろうが、それでもリャージャに明確な負け筋が生まれてしまうことは必至だった。
だからこそ、リャージャはこの戦い、ある程度賭けをしてでも、速く終わらせる必要があった。
リャージャはゆっくりと振り返り、「勝利するもの」と、その背後で力をため続ける「高貴なるもの」を睨みつける。そして腰を少し落とすと、その身から爆発的な魔力を昂らせた。
強大な魔力を持ち、生存本能などとっくに捨てた魔人ですら、畏怖を覚えるほどの魔力量。その一瞬の気の緩みをついて、リャージャは「勝利するもの」のもとへ、高速飛行する。一瞬の力の溜めがあったためか、先の移動よりも一段速くはなっていたものの、未だ蒼き魔人の最高速度と機動力、そして反射をもってすれば容易に回避可能な攻撃。だが現在、一直線上に魔人たちは並ぶこととなっており、安易な回避は、結果として「高貴なるもの」への攻撃を可能にさせかねない。
つまり、この攻撃に対する魔人の最善手は、攻撃を回避しつつ、先ほどと同じくこの高速移動の軌道を逸らすこと。
リャージャが左拳を振るう。それを再びぎりぎりまで惹きつけて蒼き魔人は回避する。先ほどよりも速度が上がっていたことから、余裕のある回避とまではいかなかったものの、追撃を許さない角度への移動、及びこちらの反撃を可能にする隙まで作りだすことができた。
完璧、理論値に近い最高の動きだった。
蒼き魔人は再び左腕に持った剣で、リャージャを切りつける。
魔人は先ほどと同じような結果になると考えていた。だが今回は何かが違った。
手から伝わる感触の違和感。いや、むしろあまりの違和感のなさこそが、魔人に言い知れぬ不安をもたらす。今までの斬撃は、まるでなめらかな皮の表面を滑らすかのような、奇妙な感覚だった。それは当然斬撃の力を害がない程度に無効化する、白竜の力によるもの。
だが今回はそれが無かった。容易く振り抜けるはずの剣は、何かに抵抗され、わずかに静止した。
「捕まえた」
それは実際にリャージャが発した言葉かどうかは定かではない。刹那の隙間で戦う彼らにとって、音声発話は、あまりに遅い伝達手段だ。だが確かに魔人はその耳で、その声を聴いたのだ。
違和感を確かめるべく、魔人が自分の刃の方を見る。すると、その刃は、リャージャの腹を確かに切り裂いていた。そう、リャージャはこのとき、自身の腹部への白竜の力による防御を解いていた。だが、刃はリャージャの腹の表面をちょうど切り裂いたところで静止していた。
つまりリャージャは、腹筋でその剣を白刃取りしていた。
勿論魔人はすぐにその剣を手放せば、問題なくリャージャから距離を置くことはできた。それは実際には拘束と言えるようなものではない。
だが、リャージャが実際に捕らえたかったのは、魔人の剣ではなく、違和感によってわずかに混乱が生じた、魔人の意識だった。
そしてわが身を賭けてとった奇策は見事に成功した。「勝利するもの」は自分の身に起きたことを理解する間もなく、リャージャの剛腕によって、上半身すべてを吹き飛ばされていた。
『うおおおお!』
蒼き魔人が消滅するよりも早く、力をその大槍に込めていた魔人「高貴なるもの」が槍を構えて、リャージャに向かって突進してくる。当然ながら、リャージャを傷つけられるほどの力はまだ溜まっていない。だが、いやだからこそ、魔人の勝機はここしかなかった。
今、リャージャの腹部には、未だ蒼き魔人の剣が刺さっている。そして「高貴なるもの」は、この状況を見て、今のリャージャの腹部は、白竜の力による防御が行われていないことを悟った。当然すぐに防御を張りなおされる可能性は十分にあった。しかし赤き魔人は、未だ竜の力を理解したばかりのリャージャであれば、そのような繊細な作業は、まだ一瞬で何度もできるような代物ではないだろうという可能性に賭けたのだ。
実際、その推測は正しい。リャージャの腹部は未だ白竜の加護はかかっておらず、そしてその剛槍を受けるまでに、再び加護をかけなおすことも、技量の未熟さゆえにできなかった。
魔人は、大盾を捨てた、速度と攻撃にすべてを込めた一撃を繰り出した。しかして繊細な槍捌きは、的確にリャージャの腹部、同胞が傷をつけた腹部へと打ち込まれた。
だがその槍は、腹部を貫く寸前のところで止まった。
「お前なら、ここを狙うと思ってた」
今度は、リャージャは自身の手で、その槍を受け止めていたのだ。しかしいくら力の蓄積を途中で中断したとはいえ、今の魔人の槍は白竜の加護を持っても、無傷で防げるようなものではない。
これこそ、リャージャのもう一つの賭け。実のところ、今リャージャは腹部どころか全身の加護を緩めていた。そして、その力を全て、自身の両手につぎ込んでいた。つまり、仮に、蒼き魔人が腹部以外の、全く無抵抗な首などの急所を狙ってきた場合、剣を受け止めることはできないばかりか、最悪の場合加護を解いていることを察した、赤き魔人が追撃の一撃を加える可能性さえあった。
だが、時間さえ稼げばいいという「勝利するもの」の意識が、極めて慎重で、確実な攻撃をすることへ誘導した。一度目のやり取りの経験も、相まって、「勝利するもの」は、腹部を攻撃する以外の選択肢を考えられなかったのだ。
そしてそれは同時に、後方で様子を見ていた「高貴なるもの」に対する二重の罠でもあった。傷ついた場所に追撃を加えるというのは、実に論理的な判断だ。
「高貴なるもの」の動きは、「勝利するもの」と比べれば鈍重と言って差し支えないが、その槍の一撃だけは、瞬間速度で「勝利するもの」に迫るものがある。だからこそ「どこに攻撃がくるか」をあらかじめ予測しなければ、このように突きを精確に受け止めるなど不可能だった。
だが同胞があっさり敗れたことによる動揺、もはやここしか勝機はないと思わせる危機感、それでいてどのような状況であれ太刀筋が狂うことのない達人的な技量、それらすべてが欠けることなく重なりあったことで導出されたものが、今この状況だった。
ひょっとすると、あまりに無駄で無謀な賭けのように思えたかもしれない。しかし神の視点で見ると、実際この勝負は、魔人とリャージャは五分五分に近かった。
奇妙なことかもしれないが、神の敷いた青地図は、人を気味が悪いほどの小径と裏道へと案内する。人間の尺度で行われる帰納と演繹では測り切れないからこそ、神の計略なのだ。
リャージャは槍を静止しているが、実際には、槍に込められた力を、その竜の力が奪っているのだ。そして奪われた力は、どこへ行くか。
リャージャの双眸が爛々と光り始める。腕を伝い、移動した力は、熱へと変換され、そしてリャージャの魔力も加わって、破壊的な光が今にも零れそうな時だった。
『見事だ』
魔人の最期の言葉は諦観を嘆くものではなく、敵に対する賞賛だった。
そして、リャージャの目から、莫大なまでの熱量が放たれ、「高貴なるもの」の重厚な鎧を一瞬で溶解した。
「はあ、はあ」
目の光が止まり、リャージャが肩で息をしていた。腹部の傷は回復しつつあったが、莫大な魔力の使用の結果、今まで感じたことのない疲労感に襲われていた。
物質的な肉体が存在しないこの世界で、疲労感は実質、魂の疲弊を意味する。そしてそれは、単なる疲労感以上の、危険な状態になりつつあることを示唆している。
「畜生。主人がどこにいるか、聞く前に倒しちまった」
リャージャは周囲を少し見渡す。だがどちらにも、ただただ暗闇が包まれているだけで、道しるべになるようなものはなかった。
どちらに進もうか悩んでいた、その時だった。
『困っているようだな』
突如、リャージャの背後より、くぐもった声が聞こえてくる。そちらを振り返ると、そこには紫の靄のようなものがかかった、人影らしきものが立っていた。
「お前も、魔人か?」
『ああ。だが安心したまえ。僕は、別に君を阻止する気はない。我らが主人のもとへ連れて行ってやろう』
リャージャは、この正体の知れぬ魔人に対し警戒心を解くことができないでいた。
『なにか勘違いしているようだな。先ほどまで、魔人たちが君に襲い掛かっていたのは、別に主人の命令じゃない。そもそも主人は、闖入者を自分の元へ連れてこいとまで言っていたんだ』
「え、そうなのか?じゃあなんで襲ってきたんだ」
『彼らは悪い意味で忠実すぎるのさ。主人に敵対する可能性がある存在をみすみす連れていく気にはなれなかったんだろうね』
リャージャも、これを聞いて最初「支配するもの」が自分を主人のもとへ案内するような口ぶりだったことを思い出した。
「ふーん。じゃあお前はいい意味で忠実な従者ってことか」
『そうでもないさ。僕は色んな意味でこの争いに興味がないだけだ』
これまでの魔人とは、対照的な態度に、リャージャは余計不信感を持ち始めていたが、どちらにせよ、今この場に、「主人」と呼ばれる存在への手がかりはない以上、目の前の魔人についていく以外の選択肢はなかった。
「わかった。寄り道せず、まっすぐ連れて行ってくれるとありがたい」
『承知した』
魔人は、ある方向に向かって、すたすたと歩き始めた。リャージャもその後ろを、周囲への警戒心は保ちつつ、慎重についていくことにした。
「ところで、あんたのことは何て呼べばいいんだ?」
『呼び方か。そもそも魔人には固有名詞は存在しないが』
少し間を置いたのち、再び魔人は口を開いた。
『君たちの魔人の呼び方を借りて、「始まりのもの」なんてものはどうだ』
「なんで、あんた、私たちが使ってた魔人の呼称を知ってるんだ?」
『それも、我らが主人が教えてくれたんだよ。僕はこう見えて、君が戦った魔人よりも先に、この世界に来たからね。色々教えてもらったのさ』
「ふーんそれで始まりのもの、ってわけかい」
そうリャージャが言うと、特に魔人は答えず、沈黙を保った。
リャージャはそれを無言の肯定と受け取ったが、実のところ、「始まりのもの」を自称するその魔人の真意は別にあった。
だがそれを口にしたところで、いずれにせよリャージャたちのあずかり知らぬものであると考え、彼は特にその心中を明かすことは、その後の道中でもなかった。
『さあ。ついたぞ、ここからまっすぐ行けば、我らの主人の元へ行く』
しばらく歩いたあと、魔人は徐にその歩を緩めながら、前方を指さした。しかし、軽く見ただけでは、その先に続く光景は、これまでのそれとまったく変わらない、魔力空間だった。
「なんだ。最後まで案内してくれないのか?」
『悪いな。さっきも言ったが、僕はそれほど忠実な従者じゃないんでね。僕の姿を目にしたら、主様は機嫌を損ね、僕を消し去るかもしれない』
「そんな癇癪持ちなのか」
『はは。ただの癇癪持ちの方がよっぽどマシさ。さあ行きたまえ』
リャージャは、少し魔人が指さす先をじっと見つめる。どれだけ見ても光景に変化はない。しかし、どこか、第六感のようなものが、この先に進むことに恐怖を告げていた。
「ああ。さっさと物質界に戻ってやるさ」
リャージャは、白竜の力を使い、恐怖を振り切るかのように、一気に飛行で、その暗闇を突き進んでいった。
『頑張りたまえ。僕が消えてしまったせいで、犠牲者に選ばれたんだ。少しくらい応援をしたって、罰はあたるまい』
魔人のつぶやきは、当然リャージャには届かなかったが、まるでその声に反応するかのように、魔人の背後の魔力空間が、わずかに明滅した。




