最果ての王 第三節
不気味な声にサネトらは周囲を見渡すが、その声の主は見当たらない。
『お探しですか?』
再び声がするが、やはり声の方向には、何も存在しない。
「サネト様、リャージャ様、これは魔力を媒介に音を届けているだけです」
ヨベクが、機械的にこの状況を冷静に判断する。動揺していたサネトとリャージャも、その詩的に冷静さを取り戻す。
「ヨベク、なら魔力が流れてくる方向はわかるか?」
「はい、あちらより、強力な魔力を感じます」
ヨベクが指さす方向に、サネトとリャージャは向き直る。
『おやおや、気づかれてしまいましたか』
小高い丘から、その声の主が顔を出した。その全身は、今までの魔人同様、金属質の鎧状の外殻に覆われていた。薄い桃色に黒が混じった、不気味な色合いの外殻は、先ほどの生ぬるい声質を体現するかのようだった。
「支配するもの」
サネトたちには、今対面している存在が、ネーパットにそう呼ばれていた存在であることに、すぐ気づいた。よく見れば、その魔人の足元には二体の、同じような姿をした、黒い狼が忠実に従っていた。
「魔獣、か。付き従わせてるのか」
今までの魔人に、このように魔獣を伴っていた事例はいないが、それでもサネトがさほど動揺しなかったのは、その魔人の名前の持つ印象から、そう乖離したものではなかったからだろう。
『こんばんわ。サネトさんにリャージャさん、そしてヨベクさん』
空洞の鉄瓶から響くような声。くぐもっているはずなのに、奇妙なまでに透き通っている音だった。
「なんで俺たちの名前を知っているんだ?」
『存じておりますよ。私の大事な友たちを消した敵対者の名前くらいね』
「魔人が連帯感を持つとは意外だね」
リャージャは魔人と魔獣の動向を警戒しつつも、そう軽口を叩いた。
『そうですか?確かに個が強すぎるものも多いですが、少なくとも我々の魂の記憶には、かつて生物として活動していたわけですから。同胞への憐憫や情を持つことは何も奇妙なことではないでしょう』
魔人は、側に仕える魔獣の頭を愛玩犬のように、柔らかに撫でていた。
『それに、あなたたちが倒した「疾走するもの」「狡猾なるもの」。あれらは私の子のようなもの。実はこう見えて、少し』
一度、そこで「支配するもの」が言いよどむと、突如周囲の空気が、冷たく重くなった。
『怒っている、のですよ』
それが合図となり、二頭の魔獣が勢いよく、走り出した。かなりの距離が離れていたはずだが、その魔獣の速度はその距離を刹那で詰める。
サネトとリャージャが一頭ずつ対処するが、それは想定以上に苦戦を強いられた。
「こいつ、ただの魔獣じゃないのか!?」
速度で勝るも膂力に劣るサネト、力では上を行くものの、速さについて行けぬリャージャ。これまで数多くの魔人に対処してきたはずの二人でさえ、決して楽な相手ではなかった。
「ヨベク!俺たちが抑えている間に、こいつらの飼い主を仕留めるだけの力をためておけ!」
「承知しました」
魔獣の爪牙を、機械剣で受け止めながら、サネトはヨベクに指示を出す。
『ふむ。やはりそう来ますよね』
魔人の声が突然耳元で聞こえて、サネトの背筋が凍る。さっと周囲を見渡すものの、魔人の姿はない。
「がぁ!?」
悲鳴が響いたのは、魔獣を対処していたリャージャの方から。リャージャの方を見ると、魔人の腕が、その体を貫いていた。
「りゃ、リャー……」
仲間の窮地に駆け付けようとサネトが走ろうとするが、自分と相対していた魔獣に突き飛ばされ、大地を転がる。すぐに復帰しようとするものの、義手を魔獣に嚙みつかれ、そこからあちこち引きずり回される。
ヨベクも、リャージャと敵対していた魔獣に襲われ、リャージャの救援に行くことができなかった。
前後左右上下がわからぬほど、力任せに振り回される中、サネトは、魔人に胸を貫かれていたリャージャの様子を必死に見ようとした。
「くそ、放せっての。ヨベク、リャージャはどうなってる!?」
地面に何度も叩きつけられながら、サネトはヨベクに現状がどうなっているかを尋ねる。
「正確に、把握は、できませんが、リャージャ様の心肺機能は落ちていません」
「なんだって!?」
ヨベクの回答に、サネトは驚きを隠せない。
「いえ、何か変です。魔力、魔力が」
「魔力吸収か、厄介な」
「いえ、逆です!サネト様、リャージャ様の魔力が、増えています」
「は?」
当のリャージャは、自分の身に何が起きているのか、わかっていなかった。魔人の腕が、その胸を貫いたときから、意識が朦朧としていたのだ。
『頃合いか』
魔人が腕をリャージャから引き抜く。するとリャージャは大地に力なく倒れ込んだ。
『さて、私の新たな友となるか、それとも、彼らの仲間になるか』
「支配するもの」はサネトとヨベクを襲っている二体の魔獣を一瞥した後、再びリャージャに目を戻す。
するとリャージャの胸から、黒いヘドロのようなものが、どくどくと、間欠泉のように湧き出てくる。あっという間にリャージャの体を黒い泥が包み込んだ。
「くそ、この、いい加減、放しやがれ!」
サネトは不自由な体勢から、何とか左手に握っていた機械剣を、魔獣の首元に突き立てる。刃は貫通こそしなかったが、それにひるんだ魔獣の顎の力が弱まり、何とか、サネトは離脱することができた。
「リャージャ!!」
友の救出をしようとするが、サネトはすぐに、リャージャがどこにいるか判別できなかった。リャージャが、その黒い泥に包まれていたところを、サネトは目にしていなかったため、それが、リャージャなのだと気づかなかったのだ。
「くそ、なんだこれ!?」
サネトが、泥に手を突っ込もうとするが、硬度こそそれほどでもなかったが、粘性が高すぎるため、腕が思ったように進んでいかない。
その目の前の様子を、魔人は邪魔をするでもなく、ただじっと眺めていた。表情は見えないが、なぜか愉悦の笑みをたたえているようにサネトは感じた。
「ちくしょう、てめぇ、リャージャを解放しやがれ!」
魔人にサネトは突っかかるが、軽く「支配するもの」はそれを躱した。
『言われなくても、そのうちリャージャくんは解放されるとも』
すると、黒い泥は、突如、硬質化していき、金属のような、光沢を見せ始める。その材質に、サネトは見覚えがあった。
「まさか」
『おめでとう、成功だよ』
魔人がそういうと、リャージャを包むものに、大きなひびが入る。さながらそれは、蛹から出る蝶のようであった。そのひびから、突如拳が勢いよく飛び出してくる。そして更に、もう片方の腕も突き出てくる。蛹を脱ぎ捨て、現れたのは、リャージャだった。しかし、その体は、リャージャの黒い肌とは対照的な、蒼白の金属質の外殻が、腕や足など、体の至る所に張り付いていた。
『リャージャくん、君の「魂の器」なら、間違いなく魔人になると思っていたよ』
「りゃ、リャージャ?」
サネトは、その変貌したリャージャを見て、困惑と動揺を隠せない。一歩一歩、リャージャの方に歩み寄ると、リャージャもまた、サネトの方へ近づいてきた。
しかしリャージャは、サネトの横を一瞥もせず通り過ぎ、魔人の元へ歩いていく。
『さて、これから君は私の友だ、リャージャよ』
リャージャはそう言われると、魔人の目の前で、膝をついた。主の前にひざまずく、従者のように。
「お前、リャージャに、リャージャに何をし」
『もう君には用はないよ』
「支配するもの」へ突貫するサネトだったが、彼は死角から迫っていた魔獣に気づかず、背後から、激しい突進を受けてしまう。サネトは、その一撃で、頭を強く打ち、意識を手放しつつあった。
「りゃ、りゃー、」
意識を失う寸前、サネトが目にしていたのは、魔人と共に立ち去るリャージャの姿だった。
「……ト様、サネト様!」
ヨベクの声に、サネトは目を覚ました。
「あ、ヨベク……」
覚醒すると同時に、サネトは自分の最後の記憶も思い出す。
「そうだ、リャージャ!リャージャは!?」
あたりを見渡すが、そこにはリャージャの姿はない。それどころか、自分がいる場所も、最後にいた光景とは異なっていた。
「ヨベク、ここはどこだ、リャージャはどうした!?」
「ここは、先ほどの場所から少し先に合った廃村です。リャージャ様は、魔人と共に姿をくらましました。魔力探知にもひっかかりません。私の呼びかけにも答えませんでした」
ヨベクは混乱して質問を投げかけるサネトの問いに、冷静に過不足なく答えた。
「なんてことだ、あれは、まさか」
「あの魔人の言葉通りなら、リャージャ様は魔人化したようです。信じられませんが。私はあとをつけようと考えましたが、最後まで魔獣に邪魔されてしまいました。何とか一体は倒し、その後、もう一体は逃がしました」
サネトは、落胆しかけたが、ヨベクの言葉の真意に気づいて、顔を上げた。
「よくやった、ヨベク。魔獣の痕跡は」
「はい。追跡可能です。リャージャ様の魔力探知ができなくなったため、魔獣には超小型の追跡装置を打ち込みました」
「よし、それなら」
サネトは立ち上がろうとするが、頭の痛みで、よろめき、それをヨベクが慌てて受け止める。
「ダメです。危険すぎます。あの魔人「支配するもの」の実力も底知れません。まずは一旦態勢を立て直しましょう」
「けど、リャージャ、リャージャを助けねえと」
サネトが目に涙を滲ませながら、ヨベクに詰め寄る。そんな時だった。
「サネト様、ネーパットより通信です。出ますか?」
「……っ」
最悪の時宜だった。任務の失敗と、続行が不可能に近いことを報告しなければならない。だが、今は、何よりリャージャの人命を優先だと、サネトは考えた。
「よし、ネーパットにつなげ。俺が話す」
『やっとつながった。おい、ヨベク、一体何があった!?』
ネーパットの声が、ヨベクの体を通じて聞こえてくる。その内容から、どうやらヨベクは何度もあったネーパットからの通信に、サネトが失神している間、一度も答えなかったらしい。
「ネーパット、「支配するもの」に帰路で襲われ、負傷した。それどころか……」
一瞬、サネトは言葉に詰まった。ここでリャージャの魔人化を伝えた場合、最悪の事態が想定されたからだ。魔人は、「支配するもの」を入れて、あと二体。しかし、リャージャが魔人化したのなら、最後の一体分の心臓を、ネーパットはリャージャから取ってしまうんじゃないかと不安になったからだ。
「ネーパット、約束してほしいことがある」
『サネト君か?なんだ!?』
「最後の魔人、俺が確実に倒す。これ以上報酬もいらない。だからリャージャを助けてくれ」
『助ける!?どうしたんだ、リャージャ君に何かあったのか!?』
一息ついてから、サネトはその問いに答えた。
「リャージャが、「支配するもの」に魔人にされ、連れ去られた」
一瞬、沈黙が訪れた。通話越しながら、ネーパットが言葉を選んでいる様子が察せられた。
『わかった。サネト君、一度帰還しなさい』
「馬鹿言うな、リャージャを助けるのが先だ」
『だから、救う方法を教えてやるから、戻って来いと言っているんだ』
サネトは悩んだ。助ける方法を知っているという、ネーパットの言葉を信じ切れなかった。
「待て、その方法を先に教えろ」
『馬鹿を言うな。教えたら君一人で行くつもりだろう』
ネーパットの言う通り、その方法は、自分で実践する気だった。
『じゃあ聞かせてくれ。「支配するもの」は、サネト君もリャージャ君も襲える状況だったんじゃないか?』
ネーパットの言う意味はあまりわからなかった。だが言われる通り、リャージャが仕留められる瞬間、サネト自身も魔人に背後から襲われる可能性はあった。
『なら、魔人は二人とも襲える状況、つまりどっちも魔人化させられる状況で、リャージャ君を選んだ。この意味は分かるか?」
ここまで聞いて、サネトはネーパットの真意を理解できた。
「つまり、俺は、リャージャと比べれば魔人化する可能性は低かったと」
『その通りだ。奴は君を襲えなかったのではなく、襲わなかったんだ。なら今回、君一人で行ったところで、軽くあしらわれるぞ。それどころか、今はリャージャも奴の配下なんだろう。君が魔人を搔い潜り、リャージャ君を抑えこみ、魔人化の治療を行うと?不可能に近いぞ』
「良いから教えろ」
サネトの気迫に折れたのか、蛮勇に呆れたのか、ネーパットからため息のような声が聞こえてくる。
『わかった。リャージャが魔人化したのはいつだ?』
「今から28分前です」
意識を失っていたサネトに代わりヨベクが答える。
『ならまだ全然猶予はある。魔人化ほどの大転化なら、一時間、二時間程度では完了しない。今のリャージャは、半人半魔といった状況だ。おそらく魔人の心臓もまだ定着していないはず。なら、その体には、魔人の心臓の未熟な核があり、それを摘出すれば、リャージャは元に戻るだろう』
「で、それは俺一人、あるいはヨベクの助けがあれば可能なのか?」
『可能だ。そう難しい仕事ではない。だが、それは、全く無抵抗な状態で手術台に乗せたら、の話だ。君は半魔人のリャージャを昏睡させ、「支配するもの」から逃げ切る必要がある』
サネトはしばし沈黙した。ネーパットが、「支配するもの」の討伐ではなく、逃避を提案したのは、暗に彼らでは、かの魔人を討伐することができないことを意味していた。普段であれば見くびるなと啖呵を切るところだが、残念ながら、先の戦闘で見せた、「支配するもの」の実力の片鱗は、明らかにサネトを凌駕していた。
「わかった。何とかしてやる」
『……サネト、もしものことがあったときのために、君たちの追跡をしておきたい。ヨベクの発信機の点灯を許可してくれるかい?』
「そんな機能、お前にあったのか?」
サネトが、今まで聞いたことが無かったヨベクの機能を耳にして、怪訝な顔をする。
「はい。本来説明すべきでしたが、おそらくサネト様、リャージャ様はこの機能を用いることへ抵抗があるだろうと推測し、自動で機能を停止していました」
主の意志を忖度する機械とは、何とも気味が悪い。そうサネトは思っていた。
「ならいい。発信を許可する。でもネーパット、俺たちの場所がわかったところで、お前はどうしようもないだろ」
『ああ。わしは以前言った通り、工房の外に長時間滞在はできんが、いろいろ方法はあるからね。宗匠たちに声をかけるもよし、竜因たちに助けを求めるもよし。なんなら世界政府に訴えるのもいいな。なんにせよ、わしのできることならなんでもやるつもりだ』
サネトは、慎重にネーパットの言葉を聞いていた。通信機越しで、真偽の判別はいつも以上に困難だが、しかしネーパットが適当なことを言っているようにも思えなかった。
「お前、そんなことしたら、世界政府に干渉されたり、いろいろ条件をつけられたり、不利になるんじゃないのか?」
『構わん。わしにとって、君たちは意外に重要なんだ。君たちを救えるなら、どんな代償も軽いもんだ』
気味が悪いほど協力的なネーパットに、裏を感じつつも、この場ではサネトはそれを断る理由もなかった。彼もリャージャを救えるなら、手段を選ぶつもりはなかったからだ。
「わかった。もし危機に陥ったらヨベクに連絡させる。もし俺たちがどうにもならなくても、リャージャだけは助けてやってくれ」
『君たちにはまだ倒してほしい魔人が「支配するもの」含め二体もいるんだ。サネト君もリャージャ君も、必ず救ってみせるよ』
そうネーパットは言い残し、通信は切れた。




