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砂海の賢者 第三節

 <玄黄星>、この極彩色の地が、星を統べ、そして滅ぼさんと試みた暴君の魔の手から解放され、はや三年。ここ二十年以上の間、暴君の指揮の元で推し進められた統一同盟により、全ての土地が事実上一国支配されていたが、初めてこの統一同盟から離脱し、独立に成功した国が生まれた。

 それは、<ドゥスエンティ>という名の国であり、かつては王国であったが、統一同盟から離脱後、現在は共和国として新たな道を歩み始めていた。

 そんな<ドゥスエンティ>の独立を先頭に立って実現したのは、<ドゥスエンティ>王室の最後の生き残りにして、先王の長子であるタナーシャであった。彼女は、独立前の<ドゥスエンティ>の「地方行政官」として勤めていたが、最初の一年で自治区に、そしてとうとう、今年の初めに、独立を達成するという、見事な手腕を披露した。勿論それは、多くの人々の支持と声が無ければ成し得ることはできなかっただろう。

 そんな彼女が頭を悩ませていたのは、共和国として、新たな政治体制を樹立するうえでの、行政の長の選別であった。国民から選ばれる代表を政治の長とすべきところであったが、誰もが、タナーシャがその長になるだろうと勝手に思い込み、そしてそれこそが最適な答えだと考えていた。

 しかし一方のタナーシャは、政治家として自分は未熟であり、一時的な熱狂だけで選ばれるべきではないと考え、そうした「自身を行政長として推す」声には、素直に喜ぶことができないでいた。

 結果として、一旦これから一年は、タナーシャが「仮の首相」として政治を取り仕切り、そして一年後に選挙を行って、新たな政治家を首相としようという妥協案が、彼女と議会の政治家たちの合議で決まった。だがタナーシャは既に、その次年度の選挙に立候補すべきかどうかを決めあぐねていたのだ。幸い、この<ドゥスエンティ>は王国ではあったが、議会自体は開かれていたので、そうした政治の経験者に事欠くことは無かった一方、絶対的権力である王が無き今、そうした政治家さえ、どこかタナーシャに頼りがちになってしまうのも、悩みの種であった。

 いつものように頭痛と付き合いながら、タナーシャが慣れない書類仕事を進めていた時だった。彼女の執務室の扉を二度叩く音が響く。

「入ってくれ」

 タナーシャが来客を迎え入れ、扉が開く。そこには赤みを帯びた肌の青年と、褐色の肌の青年が立っていた。

「おお、バルー、ヴァラム、来てくれたか」

「失礼するよ、首相殿」

 その二人の青年はタナーシャの友人である、ヴァラムとバルーであった。

「首相殿だなんてやめてくれ。それより、手紙でも書いたが改めて。結婚、おめでとう」

 タナーシャは、先程までの頭痛や疲弊など無かったかのように、満面の笑みで二人を迎え入れた。

「はは、ありがと。まぁまだ決定しただけで、実際に結婚するのは来年なんだけどさ」

「それでも、若者がこうして人生の一つの山場を迎える決意をしたのは、とても喜ばしいことだ」

 タナーシャは、実際二人よりも一回り小柄であったが、年齢は二人の二倍近くあるため、友人とはいえ、どこか親や叔母のような穏やかな目線であった。

「まぁそれはそうとして、タナーシャも首相就任おめでとう。本当はそのお祝いもしたくて、気の早い結婚の連絡をしたんだが……その様子じゃ、あまり祝うって感じでもなさそうだな。少し休憩したらどうだ?」

 バルーはタナーシャの後ろの机の上に散乱した資料の山や、タナーシャの目元のクマを見て、何かを察したように労いの言葉をかける。

「はぁ、そうしたいところだが、議会に出ていると、勉強不足と至らぬところがすぐに露呈してしまう」

「とは言っても、根を詰めすぎても良くないだろ。そうだ、今日の晩、一緒に食事しないか?俺が腕によりをかけて料理を作るからよ!」

 ヴァラムが人懐っこい笑みを見せながら、腕の袖を捲る。そんな友人の優しさに触れ、タナーシャは、少し肩の荷が降りたような気がした。が、そんな時だった。執務室の扉を再び誰かが叩く。また資料が増えるのかという予感で、穏やかになりつつあった彼女の心が再びどっと重くなる。

「入ってくれ」

 少し沈んだ調子の声でタナーシャは、入室の許可を出す。

「失礼します……、と、ご友人様とご一緒でしたか」

「構わないよ。何の用だい?」

 入ってきたタナーシャの助手は、タナーシャに封筒を差し出した。

「これは?」

「それが、<紅玉星>の世界政府の高官からの書簡のようでして」

「<紅玉>の?」

 タナーシャはその封筒の宛名を確認するが、その書簡の裏面には確かに、<紅玉>の政治家の肩書と、「クトゥン」という名前が書かれていた。すると徐々にタナーシャとヴァラムの視線が、書状からバルーの方へと移っていく。

「……」

 バルーは黙っていた。二人が彼を見たのは、彼が<紅玉>出身であったためだ。

「とりあえず開けてみよう」

 タナーシャはペーパーナイフで、その書状の口を切り、中の手紙を取り出した。

「あー、仕事なら、邪魔だし出て行こうか?」

 タナーシャが、紙を広げ、手紙に目を通していると、ヴァラムとバルーが気遣って、部屋から出ようとする。しかしそんな二人を、タナーシャは手を掲げて制止した。

「待て、二人とも。奇妙な話だが、これは二人にも関係あることのようだ」

 そう言って、彼女はその手紙を、ヴァラムたちへと手渡した。二人は困惑しながら、その手紙を受け取り、その文面を二人で読む。

「……拝啓、ドゥスエンティ共和国首相、タナーシャ殿。この度は念願の独立……」

「読んで欲しいのは最後だ」

 形式ばった序盤の書き出しをタナーシャは飛ばすよう言うと、二人はその通り、その書面の最後の段落部分に目を通した。

「うーんと?『貴国の独立を、我ら<紅玉>世界政府も共に祝いたいと考えております。そこで、公の場ではありませんが、特別な席を設けさせていただきたく存じます。ご友人であるヴァラム様、バルー様もお連れいただき、ぜひ<紅玉星>にお越しください。再度、<ドゥスエンティ>の独立を心より祝福申し上げます』……うん?」

 文面を読み上げながら、ヴァラムとバルーはその内容に違和感を覚えた。

「待て、何で<紅玉>の世界政府が、僕たちとタナーシャが友人だと知っているんだ?」

 バルーはその違和感の正体を突き止める。二人はタナーシャの友人ではあるが、しかし政治的な立場は持っておらず、また公の場に表だって出ることもなかった。そのため、この星でさえも二人がタナーシャの友人であることを知る者は少ない。

「……わからん。だが、二人の名前が出た以上、このクトゥンという、高官は、我々の何かを知っている。そして確実に、我々と取引をしようとしているんだろう」

「ひょっとして、僕の出自と関係あるか?」

「……けど、ここで考えても仕方ないだろ?バルーは里帰り、タナーシャは旅行と思ってさ。行こうぜ、<紅玉星>」

 ヴァラムが、思い悩む二人の肩を抱き寄せながら、そう言った。

「ああ、そうだな」

 二人ともヴァラムの提案に乗り、招待状に書かれた場所と時間を確認し、この場を後にした。




 三日後、ヴァラムとバルー、そしてタナーシャは、神の門の前に立っていた。神の門には、大きな関所が設けられており、そこから多くの人が出入りしていた。三人が向かったのは、<玄黄>と<紅玉>を繋ぐ神の門。タナーシャが、有名人なのもあり、予め関所の職員には来訪の連絡をしていた。三人は職員に連れられ裏口から移動、そして神の門の前まで三人は人波に揉まれることも無く、すんなりと通された。

「ここが、神の門、初めて来た」

「そうか、ヴァラムは初めての星間移動か」

 神の門は、兎に角巨大で、摩天楼の高層建築でさえすっぽり入りそうなほどの高さと広さであった。当然、それを覆う関所も、巨大な建物となっていたが、神の門の前までの通路は、向こうからの来客とかち合わないように、あるいは移動するものの大きさに合わせ、細かく複数に細分化されていた。タナーシャたちが通されたのは、その中でも賓客のみが用いることができる通路だった。

「……バルーとタナーシャは使ったことがあるんだっけ」

「そうだな。が、昔はこんな関所は無かった」

「うん。僕が使った時も、神の門は開きっぱなしで、前に建物は作られてなかったな。ただお陰で星間移動はかなり円滑になったそうだし、事故も無くなったそうだ。もっとも、ここは元々、神の門に近づこうとする人間を追い払うための施設だったみたいだが」

 ヴァラムは初めての神の門の利用ということもあり、少し物怖じしていた。円形の門の中に満ちた、星空とも深淵とも思えるその奇妙な領域に身を委ねるのは、彼にとって勇気がいることだった。

「心配しなくても、神の門の移動中に身が捩れたりしないさ。それに、宇宙に飛び出そうっていう夢を持つ男が、こんなことで怖気づいてちゃ、駄目じゃないか?」

 バルーが、そんなヴァラムの背を優しく撫でながら、そう呟いた。

「……そうだよな」

 ヴァラムはその言葉で気合が入ったようで、少しずつ神の門へと近づいていく。

「じゃあ、お先に!」

 そう言い残して、ヴァラムは勢いよく神の門に飛び込んだ。一瞬視界が闇に染まったと思いきや、すぐさま光が現れ、視界が開ける。

 彼が目にしたのは、先程彼がいた通路とよく似た場所だった。そのせいで彼は自分が移動していないのではないかと混乱してしまうが、すぐさま目の前にいた職員が、

「さ、前へどうぞ」

 と促すので、彼はそれに従い、前に歩く。その職員は先程まで彼らを案内していた者とは異なっていた。ヴァラムが後ろを振り返ると、そこには、先程目にしていた神の門の移動領域があり、ほどなくして、そこからバルーが出てきた。

「どうだった、初めての星間旅行は」

 その様子を見て、初めてヴァラムは、自分が<紅玉>へと移動していることに気が付いた。

「なんか思ったよりあっさりだったな」

「僕も最初はそう思ったな」

 二人が話していると、ほどなくしてタナーシャも現れた。

「<紅玉>に来るのも久しぶり……、まぁ神の門の閉鎖騒動があったから、大抵の人にとってそうだろうが」

 タナーシャを見ると、先程ヴァラムに声をかけた職員が、彼女に近寄っていく。

「タナーシャ様、及びご友人様がた、お待ちしておりました。では、早速こちらへどうぞ」

 黒服の職員は、そう言って三人を案内する。

 暫く通路は真っ直ぐ伸びていたが、途中、勝手口のような小さな簡易扉の鍵を開け、そちらに進んでいく。その先は、明らかに渡航客用のそれではなく、まるで整備員が使うような、簡素で見栄えも良くない、暗い道だった。

 タナーシャたちは、少し不安になるが、その道は意外と短く、すぐにまた扉に行き当たった。その扉を再び職員が開錠し開くと、また白い清潔な通路に出る。

「ここを真っ直ぐ行けば、出口になります。出口には車を待たせておりますので、そちらにお乗りください」

 職員が手で示す方向には、確かに外へ繋がる扉があった。

 三人は職員に軽く会釈をすると、そちらへ向かって歩く。その扉は、やはり正門といった風ではなく、どこか裏口のような簡素なものとなっていた。扉は簡単に開き、その先には人目のない裏路地然とした暗がりがあり、更に大きなゴミ箱の存在が、ここが清掃員などの用いる通路であることを意味していた。そしてそこには職員の言う通り、一台の車があったのだが、廃品置き場には似つかわしくない、黒の高級車が停まっていた。ヴァラムたちは車に詳しいわけではなかったが、その優雅な曲線美を持ち、高級さを醸し出す黒の光沢の車体は、それが職人技と時間をかけて生み出されたものであることを物語っていた。また車窓は内側の覗けぬ特殊仕様であった。

「お待ちしておりました。タナーシャ様ですね」

 その車の隣には、目立った装飾は無いものの、洗練された黒服に身を包んだ、初老の運転手が立っていた。彼女は後部座席の扉を開き、三人を招き入れる。

「私は<紅玉>世界政府専属の運転手でございます。どうぞ、お乗りください」

 三人は運転手に言われるがまま、その車内におずおずと乗り込む。彼らは、何かを疑っていたわけではなく、迎賓館のような豪華で広々とした内装に、狼狽えてしまったのである。タナーシャでさえ、これほど豪奢な装いの車を見たことがないほどであった。

「いやはや……これほどの高級車とは……」

「はは、私もこの車を運転するのは久しぶりにございます。なんせ国賓用のこの星で一台限りの代物ですから」

「は?」

 思わず三人は、その運転手の言葉に目を見張った。確かに自分たちは賓客であろうが、これほどの待遇を受けるとは、思ってもいなかったためだ。

「し、しかし、こんな高級車では、反対に目立つのではないか?」

 タナーシャが声を裏返しながら、疑問を口にする。確かにこれまで、まるで人目を忍ぶかのように、案内されてきたにも関わらず、一転して今度は目立つ最上級の高級車に乗せられたのは、いささか奇妙であった。

「確かに仰る通りです。しかしこの車は、実は目立たぬのです」

 三人は、運転手の言葉が理解できなかった。そんな三人の戸惑う様子をまるで楽しむかのように、彼女は何も言わず車を起動していく。

『外景投射開始、周辺人工知能への秘匿命令開始、指定車線への誘導を開始します』

 機械音声がそう告げると、車は驚くほど穏やかかつ滑らかに発進した。

「外景投射……まさか、透明になってんのか、この車」

 機械に明るいヴァラムが、その音声の意味を全てではないが、理解していた。

「その通りでございます。こちらの車両、実は光学迷彩を用いており、周囲からは見えません」

「待て待て、そんなことしたら、他の車や飛空艇にぶつかるのでは?」

 バルーが、慌てて運転手に問いかける。

「ご安心を。<紅玉>は十年ほど前には、既に空路地路海路問わず、全交通路の人工知能統御を達成しております。全ての車両、艦艇は自動運転です。それにこちらは、確かに周りからは見えませんが、周囲の機械には、こちらの車両を躱すことや、交通路を邪魔せぬよう暗号化された命令を送っています。勿論、その命令を、人間が感知したり、解読することはできません」

 その説明にタナーシャら三人は思わず圧倒されてしまう。タナーシャとバルーは、以前<紅玉>を訪れたころとは比べ物にならないほど発展していることに驚嘆し、そして工学の道を歩むヴァラムは、その想像を絶する高い技術力の積み重ねに、目を奪われていた。

「いや、これを公職の私が言うと、政府広報のようですが、実際、世界政府成立以降の<紅玉>の発展は目覚ましいものです。神の門の閉鎖はむしろ我々の発展を促しました」

 運転手の言葉を受け、外を眺めると、そこには<玄黄>の最大都市とは見た目は大きく違っていたが、極めて高度に発展した都会が目に入った。そこには林のような摩天楼ではなく、まるで一枚岩、あるいは高山のような巨大な人工物が四つ、五つほどそびえていた。

「あれ、人が住んでいるのか?」

「はい。あれは建物であると同時に、街でもあります。正式名称は……なんだったか。人々は『城』と呼んでいますが、実際そういうものでしょうね。一つにつき、およそ百万人が暮らすことができますが、三次元的に構想された計画都市なので、人口の過密は感じさせません。とても暮らしやすい……はは、やはり宣伝ぽくなってしまいますね」

 タナーシャを乗せた車は、浮遊し空路を取る。空路には、道が無いにも関わらず、地上と同じように全ての車両が見事に整列して移動していた。

「ちなみに海中も道が整備されていますよ」

 三人は運転手から、他にも様々な<紅玉星>の現状を聞いていたが、悪評の類は耳に入らず、殆どが称賛に近いものだった。その度に運転手は、まるで自省するように、繰り返し自分が、政府に都合のいいことだけを話す広報係のようだと呟く。

 そんなやりとりを続けていると、彼らの目の前には、大きく開けた広い大地の真ん中に、一際大きな計画都市の『城』が現れた。

「あれが世界政府の中央局のある都市です」

「首都ってことか?」

「いえいえ、首都ではありませんよ。あくまで形式的に政治の場として人が集まるというだけです」

 車が「城」の外壁の中に入ると、それは駐車場のような場所で停止する。

「さて、ここからは車を乗り換えます。都市内では、光学迷彩と人工知能への命令は、不具合の原因になりかねませんし、それに高速車より、こちらの方が街をゆっくりと眺められて、お気に召すかと」

 運転手に連れられ、三人は駐車場から離れると、目の前には多くの人々が立ち寄れるほどの広場があった。だが、その広場の前には、大きな金属の筒があるだけで、車らしきものはなかった。少し待っていると、その筒に取り付けられた複数の扉が開く。扉の先には、既に複数の人々がいて、そうした様子から、三人はここが駅であり、そして目の前のものが所謂列車の類であると理解した。

「さてでは、ようこそ、<ヒュテヴ>へ」

 四人が乗り込むと、扉が閉まり、列車が動き出す。すると線路の役割を果たし、列車を覆う金属の筒が、突如透明なものへ変化する。それによって三人は、街の景色を一望することができたが、しかし彼らは目を疑った。「城」を取り囲む銀色の壁とは裏腹に、その中の景色は非常に色彩豊かであった。多層の構造でありながら上から下まで、自然光が取り込まれ、最深部でさえ人の活気ある活動が目に入るほどであった。人々の往来は多かったものの、鉢のような形状の都市内に、人々が狭苦しそうにひしめくことも、混雑した様子も見受けられない。そして何より目を引いたのは緑と水の多さである。人工物だけの無機質なものではなく、ところどころの広間には噴水や、果樹園と見紛うような豊かな木々が生い茂っていた。

「これが、都会……の景色なのか?」

「ええ、私が子供のころの『都会』の概念も、もう少し雑然としたものでしたよ」

 二分ほど、三人は街の景色を楽しみながら、列車を楽しんでいると、四、五駅ほど乗り越えた先、その都市の北部中層付近の駅に、列車は辿り着く。

「お疲れさまでした。ここが目的地、中央局前駅になります」

 運転手はそう言うと、一人車外に出て、タナーシャたちもその後に続いた。駅から出てすぐに、彼らの目の前に巨大な建築物が現れる。<ヒュテヴ>の街並み同様、中央局の建物も、どこか近未来的でありながら、自然と調和したものになっていた。

 運転手の案内はここまでのようで、三人は、中央局の玄関を潜る。

 中央局の内部は、先程の線路のように全体的に透明な素材でできており、まるで空にいるかと錯覚するようであった。あちこちの通路や部屋に多くの職員と思われる人々が行き来していたが、中には常人の二倍はあろうかという遷者(マクム)の姿も目に入る。想像する政治的中枢の堅苦しさは殆ど無く、まるで自由を謳歌する学生街のような様相さえ呈していた。

「タナーシャ様とご友人様ですね?」

 三人が入り口付近で、その中央局の内部の光景を眺めていると、突然声を掛けられる。

「えっと……貴方は?」

「私はクトゥンさんの助手です。この施設はカードが無ければ入れない場所も多いので、私がご案内します。こちらの昇降機へどうぞ」

 助手を名乗る人物が、タナーシャたちを、玄関広間に数ある昇降機の一つに案内する。彼は、昇降機の前の端末に自分のカードをかざすと、起動音のようなものが鳴り、昇降機の扉が開いた。

 四人がその昇降機に乗り込むが、普通のものとは違い、その昇降機には階層を示すボタンが無く、ただ開閉をするための二つがあるだけだった。

 だが不思議なことに、昇降機は扉を閉めると、どこへ行くかわかっているかのように、ひとりでに動き出す。三秒ほど経つと、昇降機の扉が開く。

「ではクトゥンの部屋までご案内します」

 玄関広間同様、美しく整った廊下を、助手に連れられ、タナーシャたちが歩く。二度角を曲がったところにある部屋の前で助手は足を止め、扉の隣にある呼び鈴のボタンを押す。

 すると呼び鈴の装置越しに「どうぞ」という声が聞こえ、扉ががちゃりと音を立てる。

「失礼いたします」

 助手が電子錠の外れた扉を開け、三人を迎え入れる。その部屋は、真ん中に十人は座れるかという、大きな円卓がある、小さな会議室のようだった。

「遠路はるばるようこそ、タナーシャ様、ヴァラム様、そしてバルー様。私がクトゥンです」

 会議室の、入り口の方へ、そう言いながら一人の男性が向かってくる。彼はよく見ると、猫のような耳と尻尾が生えていた。彼が挨拶に差し出した手は、指先こそ常人のそれだったが、手首までは白い毛皮に覆われていた。

「ああ、どうも、クトゥン様。私がタナーシャです」

 タナーシャは、快く握手に応える。

「様など。クトゥンで構いませぬ」

「なら、私もタナーシャと」

 タナーシャがすかさずそう答えると、クトゥンは一杯くらったと微笑んだ。

「ふふ。では、タナーシャ、さんと。王族とお聞きしていましたが、どうやら親しみやすい方のようだ。国民からの信頼が厚いのも納得です」

 クトゥンはお世辞を言いながら、タナーシャの元から離れ、机の方へと向かう。

「立ち話もなんですから、どうぞおかけになってください」

 クトゥンは、円卓の三つの椅子を後ろに引き、三人に座るよう促した。しかしヴァラムとバルーは少し混乱した様子であった。

「あの、俺たちもいていいんですか?」

「当然です。タナーシャ様、いえ、タナーシャさんのご友人であれば、国賓と同じ扱いをして然るべきでしょう」

 クトゥンは三人のために引いた椅子とは少し離れた椅子に移動し、腰かける。

 タナーシャは、戸惑うヴァラムとバルーよりも先に、引いてくれた椅子へと向かい、一言断りを入れてから腰かけた。ヴァラムたちも、その後に続いて、椅子に腰かける。

「ところで、どうして我々がタナーシャの友人だと知っているんですか?」

 バルーが率直に、疑問を投げかける。

「それは、我々も少し情報通ですので」

 しかしクトゥンは、適当な言葉で、バルーの問いかけを躱すだけだった。

「では、単刀直入に。本日、私たちが呼ばれた理由、いや、貴方たちの目的は?」

 タナーシャは、そんなクトゥンと目を合わせ本題に入る。

「……手紙に書いていた通りです。我々は、是非お祝いしたいのです。<ドゥスエンティ>共和国の独立を。そして、我々<紅玉>世界政府は、<ドゥスエンティ>の皆様と友好を結びたいと思っております」

「友好……」

 タナーシャたちは、クトゥンのその言葉を文字通りには受け取っておらず、その裏にある内容を探り始めていた。それに、クトゥンも気付いたのか、彼は小さくため息をついたと思うと、突然彼の表情が切り替わった。

「はあ、やっぱり、政治家の真似事なんてするもんじゃないな、全く」

 彼は近くにいる、タナーシャたちが僅かに聞き取れる程度の小さな声でぶつぶつと呟き始める。

「あ、あの」

 そんな様子のクトゥンを心配して、ヴァラムが声をかける。するとはっと、我に返ったように目を見開いた後、軽く咳払いして、クトゥンは仕切りなおそうとする。

「えっと、実は他の党員からは、上手く取り入れと言われたんですが、どうも苦手なんですよ、こういうの」

 するとクトゥンは扉を施錠するよう助手に指示を出した後、こう述べた。

「実は今回お三方を呼んだのは、二つの目的があります」

「それは、当然我々の独立の記念と、同盟の締結ではない、ということだな」

「はい。むしろ我々党員は貴方たちの独立を、それほど快く思っていない、というのが実情です」

 建前で取り繕いもせず、あっさりとクトゥンは実情を暴露する。

「というのも、我ら世界政府にとって、<玄黄>の騒動は非常に迷惑なわけです。『星界統一同盟』などと我々世界政府の構想を真似ておきながら、勝手に失敗したわけですから」

「つまり、<ドゥスエンティ>は、その失敗の証だと言いたいわけですね」

「勿論我々の星の構造が、貴方達の一件よって容易に崩されるとは思っていません。ですが、人々には共感というものがある。隣の星で失敗した。なら我々の星でも同じことが起こり得るのではないかと、そういう悩みの種が生じるのを、我々は恐れている、というわけです」

 タナーシャは、何か物申したい様子ではあったが、じっとクトゥンの言葉を聞いていた。

「で、二つ目、というのは」

 押し黙るタナーシャに代わり、バルーが続きを問う。

「ええ。それこそ、ヴァラムさんとバルーさんをお呼びした理由です。二つ目の理由、それは貴方たち三人が倒したという、<玄黄星>を滅ぼそうとした魔人に関することです」


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