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最果ての王 第一節

 ふと頭の中で、声がした。

 最初、何と言っているのか、はっきりとはわからなかった。その声は明瞭だったが、突如聴覚機能ではなく、直接何者かによって記憶領域に書き込まれた情報を、機械人形のヨベクは上手く処理することができなかった。

『こちらへ来てください』

 再び、同じ声がする。今回は、意識を記憶領域に向けていたためか、うまく情報を読み取ることができた。

『何者ですか』

 自身も同じ手法で、返答を書き込む。

『こちらへ来てください』

 しかし、自身の応答に対して、返答は変わらなかった。ここで、ヨベクは、その声が、自動的な入力であることに気づいた。

(しかし『こちら』とはどこのことでしょうか)

 ヨベクはその声の入力がどこから行われているのかを探知しようとするが、それは上手くいかなかった。しかし、よくその入力を見ると、階層化された情報であることに、ヨベクは気づいた。それを解き、読み取ると、数字の羅列が出てきたが、それが「空間座標」であることは、ヨベクにはすぐわかった。

 しかも、それはどこか遠くではなく、このネーパットの拠点内であった。

 ヨベクは悩んだ。現在の主であるサネトとリャージャは、まだ昏睡状態。しばらくは目が覚めないことは明白だった。更に問題なのは、かつての主であるネーパットだ。これが彼女の仕組んだ罠である可能性も否定できない。

 数秒後、ヨベクは意を決し、その座標へ向かうことにした。その数秒はヨベクほどの高速計算ができるものにとっては、常人の数時間に及ぶ熟考に相当するものである。あらゆる過程と、生じうる結果を計算したうえで、今はこの声に従うことが、サネトたち、現在のヨベクの主人にとっては有利な状況をもたらす可能性が高いと判断したのだ。

 それから、数時間後。サネトは寝台の上で、目を覚ました。寝起きのぼんやりとした意識を、全身に走る鈍い激痛が吹き飛ばし、彼は飛び起きた。

 サネトは、慌てた様子であたりを見渡す。すぐ隣にリャージャが横になっているのが目に入り、そして、ここがネーパットの研究室であることもわかり、一旦は安心する。

 しかし完全に意識が覚醒したことで、自分の身に起きたこと、そして最後に目にしたものが、おもむろに思い出されてきた。圧倒的な力を持つ魔人に完敗した自分とリャージャ、しかしそんな魔人相手に一方的に勝利したヨベクの姿。

 彼はすぐに寝台から降り、リャージャが安静にしていることを確かめた後、研究室を歩き回った。

「ネーパット!ネーパットどこだ!」

 サネトは息を荒げながら、あの謎多き老婆の名を叫ぶ。

 数十秒それを続けていると、広い研究室の一室から、目当ての人物が出てくるのが目に入った。

「ネーパット!おい!聞きたいことがある!」

 しかしネーパットは、サネトの怒号に対し反応を見せない。

「このやろう」

 サネトが簡易な魔術で、一瞬強い閃光を生み出した。その光にようやくネーパットは反応した。

『あー、すまない』

 簡単な手話だったので、サネトにもそれは読み取れた。ネーパットは懐から何かを取り出すと、それを両耳にはめながら、こちらへ近づいてくる。

「すまんすまん。補聴器外してたよ。目が覚めたんだね」

「ああ、そして、約束のものを貰うぞ」

「ふふ。せっかちだね。リャージャくんは起こさなくていいのかい?」

「構わん。後で俺から伝える」

 ネーパットは微笑みながらサネトに応対したが、彼のまったく冗談が通じなさそうな雰囲気を読み取り、彼女も感情を切り替えた。

「わかった。こっちへおいで。長話になるから、座って話そう」

 ネーパットは、長机が中央にあり、その周りに複数の椅子が置かれた、簡単な会議室にサネトを連れていく。

 ネーパットは適当な椅子に座るよう、サネトに言うと、壁際に置かれていた給湯器から、湯を器に注ぎ、その中に珈琲の粉を入れる。

「簡単なもので申し訳ないがね」

 そのカップをサネトの前に置き、彼女も席に着いた。

「さて、何から話そうか。いろいろあるからね」

「じゃあ、一つ話題を出そう。ヨベクの力、見たぞ。あれだけの力があれば、今までの魔人も軽く屠れたはずだ。どうして『弱い』俺たちにわざわざ頼んでいる?」

 サネトは、ネーパットに会話の主導権を渡す気はなかった。あえて、具体的な話題をこちらから提供することで、ネーパットにとって都合のいい話の構成を作らせないようにした。

「よろしい。ではその話からしようか」

 しかしネーパットはそんなサネトの思惑を気づいてなお、余裕を崩さなかった。

「ヨベクを使わない理由はいくつもある。まず今回あれが行ったのは『制限解除』というものだ。わしの作った術式を、更に使えるようにするものだが、それには代償を伴う。実際今、ヨベクは魔力回路が一部焼き切れていて、少し修理が必要になってるんだ。あ、修理代を請求したりしないから安心してくれ」

「ほかの理由は?今の口ぶりなら『治せる』程度の故障だろ?なら時間はかかるが、間隔を開けながらやればいいだけの話だろ」

 サネトの詰問に、ネーパットはやや不快な表情を見せる。

「うーん。結局わしの計画を一から話すのが一番良さそうだな」

 その言葉に、サネトは内心で舌打ちした。主導権を握ろうとして攻めるあまり、結局ネーパットに整然とした説明を行う機会を与えてしまうことになったからだ。

「ことの発端は、やはりこの星の窮状だ。この星、いや星神が死にかけている」

「は?」

 サネトがネーパットの説明に割って入ろうとするが、彼女は最後まで話を聞けと言わんばかりに、視線で圧力を与える。

「かつて起こった第三次文明崩壊、これは星神の衰退が引き起こしたものだ。星神の衰弱により、この星の魔力が欠乏、結果、自然の恵みが著しく低下したことで、人類含む星の生命が一気に衰退した」

<紅玉星>の第三次文明崩壊は、新星界暦で、ざっと五千年前の出来事である。サネトもそれが、星の生命が数多く死滅した事件であることは知っていたが、文明の崩壊により前後の史料が一気に紛失したことで、その文明崩壊の原因を知るものはいない。つまりネーパットがその原因を知っているのは、ほらを吹いているか、誰も知らない資料を持っているか、あるいはその当時のことを知っているかの、いずれかになる。

「君はこう思ったね?『なぜお前が知っているのか』と。簡単さ。それをわしは見て、そしてこの文明崩壊を解決したのも、わしだからだ」

 慣れない音声会話を続けているからか、ネーパットは細かく話の合間に珈琲をすすって喉を潤していた。

「わしは、星神の衰弱をなんとかするのが急務だと思った。その解決策として編み出したのが、魔人の心臓などに代表される強力な魔力核を素材に製造した、大量の魔力を恒久的に生産する装置だ。これを私は『魔導星核』と呼んでいる。五千年前、私はこれを作り、星神の補助としてこれを星の中心に打ち込んだ。だが当時の私は計算を誤ったんだ。永遠に働き続けるはずだった魔導星核だったが、五千年足らずで機能停止することに、私が気づいたのは大体今から千年前さ」

「もしかして、その時にヨベクを作ったのか」

 ご明察と、あえてネーパットは手話で返答する。

「だが、問題はもう一つあった。星核の素材にする魔人の魔力核が、十分に集まらない可能性があったということだ。だからすぐに動けず、魔人の出現と成長を待つ必要があったんだ」

「だが、俺たちが動いているってことは、今なら、魔人の心臓は、魔導星核を作るのに十分なものだってことだよな?」

 サネトがそう言うと、ネーパットは少し困った表情を見せた。

「まさか、足りないのか?」

「今は、残念だが足りない。わしが待っているのは最後の魔人『終わりのもの』の成長だ。これにはあと数日を要する。ここ最近になって魔人狩りを始めたのは、できる限りほかの魔人たちが成長するのも期待していたのもあるが、あまり拙速に狩りすぎても星の魔力の流れを乱し、『終わりのもの』の出現と成長に悪影響を与える可能性があったから」

「ヨベクのような機械人形を大量生産して魔人の心臓をさっさと集めきらない理由はわかった。だが、それは、俺たちの力を敢えて借りている理由の説明にはなってないぞ。俺たちの魔人狩りの速度と同程度の間隔で魔人を、お前とヨベクで狩ればいいだけだろ」

「ふむ。いくつかサネトくんが勘違いしていることがあるね」

 そう言いながらネーパットはカップ片手に立ち上がり、何もない空間に手をかざす。

 すると、そこに、青い光で、映像が投影される。その映像は、ヨベクの設計図のようなものが写されていた。

「まず、わしといえど、ヨベクを大量生産はできない。そして、ヨベクの力の源である術式貸与だが、これは文字通りの意味だ。複製しているのではなく、貸与している。だからヨベクが使っている術式は、わしは使えない。そういう制約のもとで作ったからね。反対にわしが使っている間は、ヨベクは使えない。だから仮にヨベクを大量生産できたとしても、結局総力としては、あまり変わらないんだよ」

 ネーパットの話を図示するように、空間の映像は動いていた。

「そしてこれはもう一つ。サネト君も気になっているだろう話。ずばりわしの正体と関わることだ。わしは、この星の生まれじゃない。旧星の生まれだ」

「はい?」

 サネトは、驚きを通り越して呆れた表情を見せていた。三星分裂以前の存在というのは、それこそ五千年前どころの話じゃない。三星分裂以降は、文明復興という長い時代があり、そして文明復興期が終わり、続く新星界暦でさえも既に一万年に近い。普通ならば、真に受けるはずもない。

「しかし、当然、わしも普通の人間だ。旧星の人間は、三星分裂以降の人間よりもいささか丈夫ではあったが、それでも寿命が千年万年を超えることは、えーっと、そうなかった」

(あるにはあったのかよ)

 サネトは思わず口に出しそうになったが、話の腰を折りたくないので、それを心にしまった。

「わしは、一種の誓約者でな。多大な寿命の代償に、この地から移動することができなくなっているんだ。土地に縛られていると言えばいいか。まぁ数秒だけなら外に出ることもできるんだが、あまりに長く出ていると、とんでもない事態になる。したがって、わしはヨベクと二手に分かれて魔人狩り、というわけにもいかない。そして魔人たちの魔力量が十分な域に達してから、星の寿命が尽きるまでの時間内で、ヨベク一体で魔人全てを狩るのは困難だと判断した。そこで君たちに声をかけたのが一つ目の理由」

「待て、なんでお前はそんな重い誓約をかけてまで、生き残ろうとする?」

「私は根っからの研究者だからね。文明大崩壊で研究成果は失われたが、何とか旧星で培ったものを取り戻すくらいはできたよ。新しい研究に取り組もうとした矢先に、<紅玉>の星神の寿命が尽きるとわかってね。今は自分の研究ではなく、そちらに取り組むのが最優先になったよ」

「それで二つ目の理由は?」

 ネーパットの手が、「一」の数字から、「二」の数字へ移る。

「二番目が、これは必須条件というわけではないんだが。魔導星核を打ち込んだあとに起こる事態が関係している。以前、この星に心臓を打ち込んだ後、星の魔力量が急激に上がったせいで、魔獣が大量発生してな。この時は文明の崩壊で人類の数も少なく、せっかく救った人類が、魔獣たちにたちまち襲われるという事態に発展してね。それも揃いも揃って強大な魔獣ばかり。まぁそのおかげで、新たな星核を作るに足るだけの魔人が現れたとも言えるんだが。だからそうなったときに、強大な魔獣と戦える存在が必要になる」

「つまり、魔人狩りは、人類の守護者の育成も兼ねているのか」

「ああ。ヨベクは魂の器が育たないからね。さあ、わしは全部説明したつもりだが、何か抜けはあるかね?」

 今のところ、サネトはネーパットの話に大きな瑕疵は見つけられない。ネーパットが、三星分裂以前の人物というのは信じがたいものの、ネーパットの異常に高度な技術を思えば、それすらもあり得るような気がしてくる。星が窮地にいるというのも、以前のクトゥンや竜大公、魔導宗匠とのやり取りで、真実なのだろうことが推察される。

 ネーパットが本当に魔導星核を作っているのか、それが星の窮状を救うものなのかの判断はまだつかない。だが少なくとも彼女の説明にサネトは矛盾を見つけることはできなかった。


 だが、いくつか嘘をついていることは見抜いた。


 嘘を見抜くのは、さほど難しいことではないが、今回は少し話が異なる。

 こういう信じがたい話の中に混ぜられた嘘は、極めて判別がつきにくい。ある程度衝撃的な真実は、否が応でも「嘘だ、信じがたい」という反応を生み出してしまうからだ。

 そのせいで、嘘をつかれていること自体は明白だが、それがどこなのかまで突き止めるのができないでいた。

「もう一つ聞いておきたい。そもそも、なんで星神は衰退したんだ?」

「一番の理由は、この星との相容れなささ。星神の座は、そもそも神によってつくられたもの。しかしこの星の上では、魔しか繁殖ができない。神と魔、相反する力が互いに削りあっていたのが、この<紅玉星>さ。実はわしが魔導星核をこの星に打ち込むまでは、大して魔力は高い星じゃなかったんだよ?」

 これまた、サネトの常識を覆すような事実だ。『<紅玉>は最も魔が栄えた星』。誰もが不変の事実のように認識しているそれさえも、五千年前のネーパットの働きによるものだというのだから。

「なるほどな。あと一つだけ条件がある。それを吞んでくれたら、今まで通りお前の言うことを信じ、仕事をしよう」

「いいよ。なんでも言ってくれ」

「魔導星核の設計図をみせてくれ。以前も作ったなら、あるはずだろ?」

「お安い御用さ」

 そう言ってネーパットは会議室の出口に向かい、そこでサネトに目配せをして、ついてくるよう指示をする。

 ネーパットは最も奥の研究室に、サネトを連れて行った。

「さて、いくつか設計図があるが、まぁこれが一番いいだろ」

 そう言ってネーパットは、虚空に向かって手話で合図する。きわめて早い手話ではあったが、なんとなくサネトには、それが数字の羅列であるのだということはわかった。

 すると研究室の中央、大きな机の上に、映像が投影される。それは、かなり複雑な設計図だった。

「さぁ好きなだけ読んでいいよ」

「うむぅ」

 サネトが唸り声をあげたのは、あまりに文字が細かく、それでいて内容も難解だったからだ。とてもじゃないが一見しただけでは、それが正しい設計図なのか判断がつかなかった。

「なぁ、これ、ヨベクに後で見せても良いか」

「構わんよ。好きなだけ見せると良い。あと数時間もすれば、ひとまず立ち歩くくらいには復旧できるはずだ。ただ高度な術式の行使には、もう少し復旧の時間がいるがね」

 サネトは一旦、全ての設計図に目を通した。後でヨベクに読ませた際に、内容が改変されていたり、都合の悪いところが隠されたことに気づけるようにだ。もちろん難解で、長大な設計図を短い時間で読み取れるはずもないが、加速魔術の応用で、これを克服した。運動能力だけでなく、思考も加速できるこの魔術を応用すれば、実時間で一分の体感が、常人の数十分に相当する。つまり内容の理解はできなくとも、ものの数分で、この複雑で冗長な設計図を、隅から隅まで目を通すこと自体はそう難しくはない。

(まぁ記憶力はいい方だしな)

 設計図を合計三度読み終わったところで、サネトはその研究室から離れることにした。

「ネーパット、ヨベクはどこで復旧してる?」

「リャージャくんの寝台の近くにあるよ。具体的な場所については、工房に直接聞いてくれ。君にその程度の権限を与えておくから」


 サネトはその実験室の外に出た瞬間、勢いよく走って、リャージャの元へ戻る。

 リャージャはちょうど目が覚めたところのようで、体を気だるげに起こしていた。

「リャージャ、よかった。すぐに話したいことがある」

「え、サネト?何があったの?」


 その後、サネトはリャージャに、全てを話した。いくらか時間はかかったが、リャージャにもその内容を逐一伝えきれた。その間に、ヨベクも機能を復帰したようで、サネトが呼び出す以前に、二人のもとに戻ってきていた。

「それじゃ、せっかくだしヨベクに聞こうか。今の話と、あなたの残っている記憶領域、何か矛盾はあった?」

「私は途中からですので、判断はしかねるところはありますが、少なくとも奇妙な部分は見当たりませんでした。サネト様、先ほど仰られた設計図、さっそく見せていただいても?」

「ああ、ついてきてくれ」

 サネトは、再びネーパットの最奥の実験室へ向かう。

 ネーパットはまだ実験室の中にいて、椅子の上で心地よさそうにくつろいでいた。

「ネーパット、あの画像、また見せてくれ」

「いいよ」

 片手間に手話を行うと、再び机の上に画像が投影される。

 ヨベクはさっそくそれを読み始めた。サネトも隣で、何か変化や省略がないかを確かめていた。

「特に、違和感はありませんね。でたらめな設計図には見えません。この通り作れば機能するかと思いますが……」

「が?」

 ヨベクが口ごもったかと思えば、その目線の先には、くつろいでいるネーパットの姿があった。

「構わんよ。話してくれ」

「承知しました。確かにこれは、魔人の心臓など、巨大な魔力源から、恒久的な魔力炉を作るというような、仕組みであることに間違いはありません。しかし、この設計図には更新箇所がいくつか見られます。少なくとも千年前に、いくつかの改訂が行われています。つまりこれは、厳密には、五千年前に作られた魔導星核と同じものではありません」

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