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砂海の賢者 第二節

 巨大な魔獣が、<ケクスペス>を襲っている最中、ある人物が、建物の陰からそれを覗く者がいた。その人物の視線の先にあったのは、しかし巨大な魔獣ではなく、それに対して二人で奮戦しているサネトとリャージャであった。




 サネトとリャージャが魔獣を討伐し、先程食べ損ねた酒場の料理を食べていた。早々に、緊急討伐依頼完了の連絡が届いたが、この連絡は、全く戦功の乏しい他の十数名の狩人にも届いたようで、そのため山分けになった報酬金は、先日倒した虫の魔獣のそれと比べると著しく低額であった。討伐に参加したか否かは、緊急討伐の場合は、どうしても自己申告制にならざるを得ないため、今回のように、一切戦いに参加していない狩人でもおこぼれに預かることが多々あるのだ。無論、そうした問題を見越して、また緊急時の唐突な依頼であるということも加味され、金額自体は、通常の討伐依頼よりも遥かに高く設定はされているのだが。

 サネトとリャージャも例外ではなく、覚悟はしていたとはいえ、思ったよりも低い報酬金に、最初は嘆いていた。しかし、街の皆は目撃した。たった二人で巨大な災害となりかねない魔獣を葬った雄姿を。従って、二人は、街の人々から食事代や宿泊代、その他諸々の感謝の気持ちを受け取り、結果的に意外なほど懐は温まった。

 二人が食事を終え、酒場に集まった街の人々に感謝の言葉を投げられながら、外に出る。酒場の外でも、すれ違う人は皆、彼らの顔を見るや否や、謝意や憧れをすかさず投げてくる。人から感謝されやすい職とはいえ、流石に街全体が羨望の眼差しを一点に向けてくるのは、サネトとリャージャでさえもむず痒いものがあった。

 二人は逃げるわけではなかったが、未知の機械の聞き込みという当初の目的も忘れ、足早に宿に向かう。人々の相手をしていて、酒場でやりそびれた今後の予定の相談や、武器や装備、そして魔力の消費に伴う体の不調の有無などの確認も込みで、サネトの部屋に二人とも集まっていた。

「街の人達の協力は得やすくなったとはいえ、手掛かりは未だゼロだ。それどころか、機械の実物さえ目に入らん」

「やっぱり、嘘だったのかな」

 現代の技術では実現不可能な機械の噂のこと自体は、せいぜい暇つぶし程度にしか思っていなかったとはいえ、こうして実際に徒労に終わると、立て続く魔獣との戦いもあってか、心身ともに重くのしかかるものがあった。

「仕方ないよ。切り替えていこう、サネト。私はもう、機械とかどうでもいいから、今日の晩にお付き合いするかわいこちゃんを探したい衝動に駆られているよ」

「性欲お化けめ」

 まるで、子供を諫めるかのように、軽い手刀でサネトはリャージャの額を小突く。

「サネトも、美形なんだから、遊べばいいのに。あ、まぁ私は君みたいなデカいの嫌だけど」

「俺もお前みたいなチビじゃなくて、背が高い方が好みだっての。それに俺は、恋人一人派なんだよ。行きずりの相手なんてもってのほかだ」

 二人がお互いの好みの容姿を言い合っている最中、突如二人の部屋の扉を二回叩く音が聞こえる。二人はそれを聞いて、少しだけため息をつく。

「これで何人目だ?」

「四人目。全く部屋来てまで礼なんていいのに。報酬はちゃんともらってんだから」

 そう言いながら、リャージャは立ち上がり、扉の前で一息ついてから、来客を確認すべく扉を開ける。

 するとそこには、どうにも奇妙な人物がいた。

 フードを深々と被った、黒くて体を全て包むような長い外套を纏う人物で、とてもではないが、感謝を伝えに来た人間の風体とは思えない。

「なに、君」

 唐突に現れた顔を隠した人物に不信を覚えるリャージャが、その人物を睨みつける。その人物はリャージャよりは少し高い程度であったので、リャージャは下から覗き込んだが、暗闇の中に光る瞳は、どこか不気味で、それでいて無機質に見えた。

「失礼。サネト様とリャージャ様ですね」

 二人はその外套の人物の声に違和感を覚えた。特別常人とかけ離れた声というわけではなかったものの、その抑揚の付け方がかなり独特に感じたのだ。

「私はある方の使者です。先ほどのお二人の戦いを目にし、私の主が、貴方たちに興味を抱いたのです」

「残念だけど、私達は興味ないかな」

 そう言って不躾に扉を閉めようとするリャージャであったが、扉が完全に閉まる直前に、その外套の人物はある言葉を言い放つ。

「未知の技術、その持ち主を探しているのでしょう?」

 リャージャは、一度サネトに視線を送る。サネトは無言で小さく頷き、それを見たリャージャは再び扉を開けた。

「お前が知っているのか」

 サネトが立ち上がり、彼も玄関の方へ向かう。するとその外套を纏った人物がフードを脱いで、その表情を露にした。

「はい。私はヨベクと申します。我が主こそ、その技術の持ち主。ご興味がありましたら、ご案内いたします」

 その人物の容姿は、先程の声と同じくらい不気味であった。白い肌と白い長髪といえば、どこにも変な箇所は無いように聞こえるが、実際その「白」は、色が無いと言った方が適切なほどで、皮膚の後ろにある血管すら見えない。そして何より驚愕なのは、その白い瞳。虹彩の色が無く、白目と同化しており、中心の赤い瞳孔だけが、眼球の中に浮いているようであった。

 だが、そんな不可解な容姿が、反対に二人の興味を惹く結果となった。この「使者」の言う、「主」が、未知の技術の担い手か否かに関係なく、目の前の「ヨベク」を名乗る人物が、厄介で、それでいて新鮮な何かをもたらしてくれる気がしたのだ。

 二人は、半ば二つ返事で、そのヨベクの誘いに乗った。答えを聞いて、ヨベクは再びフードを深く被ると、「こちらへ」と一言呟いた後、ゆっくりと踵を返す。サネトとリャージャは最低限の装備だけを手に、ヨベクの後を追いかけた。

 ヨベクの後を追いかけると、その足取りは徐々に人気のない、暗がりへと向かっていく。表の大通りの雰囲気とは全く対照的な、暗い裏路地は、砂漠の中にあって、なお湿った雰囲気を醸している異様な空間であった。

 本能的に、近寄りがたい空気が漂うその場を、ヨベクは慣れた足取りで歩いていく。サネトは警戒して辺りを見渡すが、しかし目に入るのは、もう潰れかけのボロ屋だけであった。

 そんな裏路地を一分ほど歩くと、突然ある廃墟の前でヨベクが足を止めた。

「こちらです。お入りください」

 騙されても構わない、という心持のサネトたちでさえ、ヨベクが案内した家屋に素直に入ることは躊躇われた。外壁の土壁がはげ、中の木材がむき出しになり、扉さえも蝶番が外れているのか、斜めに大きく傾いていた。いくら秘術の管理者だからといって、こんな廃屋に暮らす時点で、本当に技術の高い魔工が暮らしているとは、とても思えなかった。

 だがヨベクは、そんな壊れかけの扉を、まるで高級宿の給仕のように丁寧に開き、二人が入るのを待っていた。サネトとリャージャはお互いの顔を見合わせた後、意を決し、その扉をくぐった。

 その奥に待っていたのは、外観から全く想像通りの、古ぼけた内装だった。床板はめくれ、家具はカビが生え、更に暗い室内に差し込む光から、舞い上がる埃の多さがはっきりとわかる。

「本当に、これが魔工の暮らす家か?」

 思わずサネトは本音が漏れてしまう。専門的な機械も見当たらないし、そもそも人が暮らすだけでも不十分にさえ見えたからだ。

「ではここでお待ちを。私の主を呼んできますので」

 二人の後に続いて家に入ったヨベクは、サネトたちに一礼すると、その家の奥へと向かっていく。暗闇の中にヨベクが消えると、サネトとリャージャは部屋を見渡し、何かが隠れていないかを物色する。だがどこを見ても怪しい所は見当たらない。つまり、どれだけ見回しても、ただの廃屋にしか見えなかった。

「お待たせしました」

 ヨベクが帰ってくると、その後ろには、小柄な老婆がいた。その老婆は見るからに弱々しく、老いもあってか、指先は震えてさえいた。

「ようこそ、おいでなさった。わしはネーパット。先ほどの戦い様は、それを通じて見ておったよ」

 その老婆の声は、身体の弱々しさのせいなのか、ヨベクとはまた異なった、奇妙な発音を伴っていた。

「もしかして、アンタが噂の技術者、ってわけじゃないよな」

 サネトがネーパットと名乗った老婆にそう問うが、ネーパットは答えず、隣にいるヨベクに視線を移していた。

「申し訳ありません。我が主は、耳が聞こえません。普段は疑似聴覚を用いていますが、先日故障したため、よろしければ手話による会話をお願いします」

 ヨベクがそう言うと、ネーパットはまるで自分の障害を明示するように、自分の耳を指で軽く叩く。

『手話、できなくはない。しかし、下手だ』

 リャージャのたどたどしい手話を見て、ネーパットはヨベクに指で指示を出すと、ヨベクはリャージャとサネトの背後に回り込む。

「でしたら、私が翻訳をします。お二人は音声会話を続けてもらって構いません」

 ヨベクはちょうど、ネーパットの視界に、サネトとリャージャ、そしてヨベクが皆入る場所に立っていた。

 サネトは、何故か言葉を発さず、リャージャに目配せすると、リャージャも何かを了解したように、小さく頷いた後、ネーパットの方を向き直る。

「じゃあ、単刀直入に。貴方がこの街に、極秘裏に流通しているという『未知の技術』の持ち主なのか?」

「ふむ。半分正解、半分外れだ」

 そう言うと、その老婆は、古ぼけた机の前の椅子に腰かける。椅子も、老婆の小さな体でさえぎしぎしと今にも壊れそうな音を立てていた。

「婆だから、すまないが座らせておくれ」

「それで、半分外れ、というのは?」

 リャージャが、痺れを切らして、ネーパットに詰め寄る。

「嘘というのは、わしが流通させたのは、『未知の技術』ではなく、『未知の技術が、この街にある』という噂じゃよ」

 これを聞いて、リャージャの後ろにいるサネトが頭を抱える。今の彼は、目の前にいる老婆が、ただの頓智と悪戯が好きなだけの、隠居老人にしか見えていなかった。

「焦りなさんな。半分正解だと言ったじゃろ。真実は『わしらは確かに未知の技術を持っている』ということじゃ」

 もう諦めかけていたサネトとリャージャであったが、ネーパットが述べた言葉を聞いて、僅かに興味を取り戻す。

「……証拠を見せて」

「証拠か。そうだ、先程から後ろでヨベクの様子を見ている、そこの背の高い方。君は何か気づいたんじゃないかね?

 はぐらかすように、ネーパットは、リャージャの肩口から覗くサネトに話しかける。だが彼は何も答えようとしない。

「まあ警戒するのもわからなくはないが、わしだって秘密を明かすんだ。少しくらい慎重になるのも許しておくれ。さ、気づいたことを言ってみなさい」

「……ヨベク、って言ったな、お前」

「はい」

 サネトはネーパットの言葉を受け、にわかに後方で通訳を続けるヨベクに話しかける。

「アンタ、今から俺の言うことを手話で通訳してみろ」

「ええ、承知しました」

 相棒の突然の提案に、リャージャは戸惑いつつも、頭のキレる彼のことを信頼し、口をつぐんで見守った。サネトは少し深く呼吸をした後、こう続けた。

「十人の移民は、一人一人が異なる力を持つ。長寿、足が速い、頑丈、力が強い、心を読む、他人を操る、姿を変える、毒を吐く、火を吐く、未来を予知する。だが彼らは皆、鉄と蛇が苦手で、人里でも野山でも暮らせない。だから空に昇って、自分たちだけが暮らせる宮殿を雲の上に建てた」

 サネトが突然口早に話し始めたのは、御伽噺のようでありながら、誰も聞き覚えが無く、しかもそれでいて斬新さも特に感じられない、陳腐な作り話であった。

 ヨベクは、特に何の疑念も持たず、サネトの言う通り、彼の言葉を翻訳し、彼が言葉を言い終えるとほぼ同時に翻訳を終え、誰かが話し始めるのを待っていた。

 しかしサネトはそれを見て何かを確信したような表情を見せた後、振り返ってネーパットの方を見る。

「ネーパット、このヨベクっていうのは、アンタが作ったのか?」

 そうサネトが言うと、ネーパットは、にやりと口角を吊り上げた。一方リャージャはというと、理路が見えていなかったため、少し戸惑ったような表情を見せていた。

「リャージャ、このヨベクは、今までずっと、お前の言葉をほぼ同時に翻訳していた。お前が言葉を言い終わると同時に翻訳が終わるほどにな。そして俺が今、即興で考えた作り話でさえ、同じように翻訳した。普通言葉の同時翻訳ってのは、多少の時間差が生まれるもんだろ。聞いて、頭で訳して、話す。だがこいつはその処理が著しく速かった。どんだけ頭が回ろうが、そんなのは無理だ」

「つまり、こいつは、機械人形、ってこと?」

「そういうこと、だろ?」

 ネーパットに対して、サネトは答え合わせを求める。すると彼女は、両手をゆっくりと叩いて、彼の明察を称えた。

「その通り。ヨベクはわしが試作した機械人形さ。どうだ?この性能なら十分納得いってもらえるかな?」

「いや、言語処理に特化させるなら、これくらいはできる魔工もいるだろ。それに拾い物って可能性も捨てきれないしな」

「なるほど、君もわしと同じくらいは用心深いようだのお。なら色々試すといい」

 ネーパットは、まるで好きにしろと言わんばかりに、両手を開く。

 すると一瞬だけ沈黙が訪れたのちに、サネトが腰帯の拳銃を瞬きするのも許さぬほどの速さで抜き、そして隣のヨベクに向けて一発打ち込んだ。だがヨベクの頭に打ち込まれた魔弾は、その頭脳を貫くことはできなかった。この銃は大型の魔獣にさえ有効な威力を持つが、ヨベクの表面の肌部分を焦がすに留まっていた。

「頑丈に作ってるよ。壊れたら治すのが面倒だからねえ」

「じゃあこれはどうだ」

 サネトはしかし、ヨベクに向けたままだった銃口を、今度は正面のネーパットに向け、再び引き金を引いた。

 すると今度は、その魔弾を、いつの間にかネーパットの前まで移動していたヨベクの右腕が防ぐ。

「サネト、アンタ」

「やりすぎだって?まあな。だがこれで、ヨベクが、少なくとも”今は”お前に属する機械で、そして極めて高性能な機械であることは証明できた」

 サネトはそう言いながら、自分の拳銃を再びしまい込んだ。

「これだけでいいのかい?超高速で料理作ったりするところも見せたかったが」

 ネーパットも自身に銃口を向けられたにも関わらず平然としており、またヨベクも即座に手話通訳を再開していた。

「話は早い方が良い。それで、アンタが俺たちに近づいた目的はなんだ、ネーパットとやら」

「ふむ。実はね、わしは強い狩人を探していたのさ。機械の噂を流したのも、狩人をこの街に近づけるため。だが来るのは、勇者というよりは、安易に強くなりたいだけの腰抜けばかりだった」

「じゃあ、私達は違うと?」

 リャージャは、机の上に座りながら、そう問うた。

「そうだ。君たちは十分な実力者だ。狩人に詳しいわけではないが、見たところ君たちは、かなり上位の強者のようだ。わしの依頼を達成する可能性も十分にあるだろう」

「依頼?っていうと何か頼みごとがあるのか。連合経由でない魔獣討伐依頼は違法ってのは知ってるか?」

「知っているとも。こう見えて長生きだからね」

 ほっほっほ、と笑いながら、ネーパットは懐から煙管を取り出し、それに火をつける。

「まぁ一応聞いてやろうか。俺たちを犯罪者にしてまで狩りたい相手とはなんだ?」

「魔人」

 ネーパットは変わらずゆったりと煙草を燻らせているが、その一言は、サネトとリャージャの表情を一転させた。

「帰るぞ、リャージャ」

 サネトもリャージャも、机から離れ、突然踵を返して扉の方へ向かう。

「おおい、お待ちよ。せめて報酬の話を聞いてから断りなよ」

「報酬?ふざけるな。どんだけ貰っても割に合わんわ。魔人が討伐依頼に出ない理由を知らんとは言わせんぞ」

「人間が挑むには、あまりにも強く、それでいて魔人は『魔獣の心臓』の上位互換たる魔力器官、通称『魔人の心臓』を持つことから、他の生命体を決して襲わない、人畜無害な連中だから」

 ネーパットは、まるで何でもないことかのように、そう言ってのけた。サネトは途中で振り返り、ネーパットを睨みつけた。

「わかっていて何故狩らせる?お前狂人か?」

「無論違う。わしは極めて論理的で、理性的だよ」

 まだ煙を吹き出している煙管を、灰皿にかけ、ネーパットは真剣な面持ちで立ち上がる。

「わしはな、その『魔人の心臓』を集めている。それを使い、あるものを作っているわけだ」

「あるもの?」

「悪いがそれは言えん。だが報酬は高いぞ?お前たちの年間の基礎収入と、狩人の報酬金を合わせた額、あるいはそれ以上渡してもいい」

 それは、サネトとリャージャには驚きの提案だった。

「お前、基礎収入と報酬を合わせた額がどうなるかわかってんのか?」

「ふん、さっきから『言わせんぞ』だの『わかってるのか』だの。よかろう。魔人の心臓一つにつき一億じゃ。一億テレムやる」

「は?」

 サネトは耳を疑った。一億テレムなど、一個人が簡単に支払えるものではない。

「依頼を受けてくれるなら、先払いで五千万やってもいいぞ」

「馬鹿にするな。基礎収入五十年分だぞ。そんな額を、アンタ一人でどうやって集めたんだ」

「ヨベク」

 いきりたつサネトを無視して、ネーパットは隣のヨベクに合図を出す。すると、ヨベクは一度両目を閉じる。数秒した後、再び目を開くと、サネトとリャージャの通信機に、通知音が同時に響く。

 同時に通信が来る場合は、大抵緊急討伐依頼や、狩人連合からの重要な通知であることが多かったため、二人は会話の途中であるにも関わらず、いつもの癖で装置を取り出し確認する。

「なんだ、これ」

 通信装置の液晶に表示されるものに二人は驚く。そして同時に驚いたことで、二人はお互いの画面に表示されているものが同じであると察した。

「送金、できたようだね」

「じゃあ、この二千五百万はお前が?」

「そうさ」

 あっけらかんと、ネーパットが答える。

「だが、まだ受けるとは言っていない」

「それは口止め料みたいなものさ。わしの秘密を知った。受ける受けないに関わらず、それは返さんでいいよ。だがもし受けてくれるなら今すぐ前金分五千万渡してやろう。見事討伐が完了すれば、更に五千万。口止め料込で一億二千五百万だ」

「いったい、いったいどこから……」

 サネトとリャージャは互いに顔を見合わせ、二人の共用の口座に実際に送られてきたその大金の出所に不安になる。

「まぁ不安になるようなら教えてやろう。この星の総人口は何人いるか知っているかね?」

「……確か、三十億か、そこらだったっけ?」

 リャージャは、何か深く考え込んでしまったサネトに代わって、ネーパットの質問に答える。

「じゃあ、彼らの一部から一テレムを貰えば、三十億の財源ができるということだな」

「……待て待て、無理だろ。銀行口座は、保安と監視が厳しい。魔工が何十人がかりでも解除できない、多次元経由の暗号で封印されてるはずだ」

「じゃあ、わしとヨベクはそんな魔工何十人よりも優れているってことだな」

 再び、ネーパットは、置いていた煙管を手に取り、優雅に嗜み始める。

「サネト、ちょっと」

 リャージャが、サネトの肩を叩いて、ネーパットから少し離れた場所に誘導する。

「もし、本当に銀行口座をこのお婆が自由に引き出せるなら、私たちの口座も無事じゃないかも」

「けど、あり得るのか?本当に?」

 二人は、ネーパットに背を向けながら、小声で話し始めた。

「わからない。でもこっちには、ネーパットほどの交渉の材料がない。口止め料なんて言ってるけど、仮に口座を自由に操れるほどの技術者なら、例え密告されても簡単に逃げられる。圧倒的に向こう有利だよ、この状況」

「そりゃそうだが……」

「あと、多分この会話、全部筒抜けだね」

「だな」 

 二人は振り返ると、手話通訳を終えた、ヨベクの姿が目に入る。

「おや、秘密会議は終わりかい?」

「うるせー。一つ聞かせろ。魔人なんて討伐して、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫とは?魔人は強いから、負けるのが不安なのかい?」

 ネーパットは敢えてサネトの感情を逆撫でするような物言いをするが、しかし彼はその挑発には乗らなかった。

「今世の中は、魔工たちや学者主導で、魔力消費と生産量の収支を合わせようとしている真っ最中だ。そんな中、大量の魔力生産者である魔人を葬れば、魔力の調和が崩れる可能性高いだろ。私利私欲の魔人討伐は、そういう危険性を孕んでないのか、って聞いてんだ」

 それは鋭い指摘であったためか、今回ばかりはネーパットは冗談めいた返答はしなかった。

「安心しろ。その危険性はない。無論多少、魔力の全体的な調和は一時的に乱れる。だが星の上の魔力の総量は変わらないし、わしのすることで、それが極端に減じることもないことは約束しよう」

 その説明で、サネトとリャージャは未だ納得はいっていなかったが、それを見越してか、ネーパットは立ち上がり、ヨベクに手話で指示を出していた。

 ヨベクはネーパットの指示を受け、部屋の奥へ向かい、その後十秒程度で、小さな片手に入る程度の機械を手に戻ってきた。

「それに君たちは魔人が、人類に危害を加えないと思っているのだろうが、そうではない。君たちは知らないだろうがね。つい最近、ある魔人が、人類を滅ぼそうとした。しかもそれは、人間に化け、密かに実行に移されたんだ」

「馬鹿な。魔人は生存競争をする必要が無い。それに知性があると言っても、人間に化けるなんて……」

 彼女の話を信用しきれないサネトらであったが、そんな二人の前の机に、ヨベクが自身の持ってきた機械を置いた。

「これは世界政府の高官と、<玄黄星>の行政官の、中央局で行われたやり取りを記録したものだ。ああ、どうやったかなんて野暮なことは聞かないでおくれ。先ほども言った通り、わしとヨベクにかかれば、この国の秘密などすぐにわかる」

「……」

 二人は、黙って目の前の録音装置を眺めていた。

 サネトもリャージャも、目の前のネーパットは信用に足る人物とは思えなかった。だが一方で、昂る好奇心を抑えきれないのも事実だった。魅力的な報酬以上に、魔人という未知の相手との戦いへ興味が湧きつつあったのだ。優秀な狩人である二人にとって、もはや大型の魔獣など、心を躍らせる相手にならない。

 そんな心の相克を保てるのも、恐らくここまでだろうという確信があったのだ。この音声を聞けば、もう戻れない予感があった。

 しかし、やはり、二人は選んでしまった。

「いいぞ、聞かしてもらおうか」

 二人はお互いの顔を見合った後、サネトが代表して答えを出した。

 ネーパットはその答えを聞いて、一瞬だけ笑みを浮かべたのち、自ら手を伸ばして、その録音装置を再生した。

『ご機嫌よう。<ドゥスエンティ>の行政官、いや、こう呼ぶべきかな?<ドゥスエンティ>王、タナーシャ様』

 その装置から最初に流れてきたのは、落ち着いて聞き取りやすい、男の声だった。



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