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血塗れの島 第五節

 翌日の朝方、サネト、リャージャ、ヨベクが訪れたのは、奇しくもサネトと因縁深い<ヤイヴィヴィム>と同じ<イエインデュエ>諸島の北島にある小さな廃村。かつての魔獣災害の折に、<ヤイヴィヴィム>からは遠く離れているにも関わらず、その「余波」で滅んでしまった小さな漁村である。<ヤイヴィヴィム>同様、人間の立ち入りを禁止された魔力濃度の高い禁域として指定されている。

「なんとまぁ、凄惨なこって」

 リャージャは、かつての魔獣災害の凄惨さを、この廃村に残る爪痕で感じ取った。普通、魔獣災害というのは、生命が狙われることが基本だ。そのため家屋や人工物が殊更破壊されるということはあまりない。勿論魔獣の群れの規模が大きくなれば、それだけ物的被害も強くなることは多い。

 だがこの漁村の様子は、少し違っていた。家屋が徹底的に破壊されていて、まるで空爆でもあったかのような有様であった。勿論魔獣が無駄に建築物を破壊することはない。彼らの持っている欲求は食欲であり、破壊衝動ではない。ならばこの不必要な破壊の跡の理由は一つだ。

 魔獣の群れは、この漁村の生命を全て喰らっても、それでもまだ足らず、あちこち生命の痕跡を探しまわったのだろう。餌求め廃棄場を食い散らかす鴉か、あるいは空き家を荒らしまわる窃盗団か。人間を探し回って、魔獣は徹底的に命の痕跡を辿っては、それを破壊し回った、ということなのだろう。

「俺もここには初めて来たが、ひでぇ有様だな」

「ねぇ、サネト、大丈夫?」

 心の古傷が、この凄惨な光景で抉られていないか、リャージャはサネトを心配そうに見る。

「安心しな。魔獣の被害で心が病んでるなら、俺は防衛隊にも狩人にもなってないって」

 そうは言うが、サネトの顔つきは、リャージャには少し重苦しく見えた。

「まぁとりあえずだ。魔獣はワラワラ出るみたいだが、この村は俺たちが行く、<ウシスムン>湖に一番近いんだ。屋根のある建物見つけて、そこで今日は一泊だ」

 その後、サネトとリャージャは廃村で仮宿探し、そしてヨベクは一足先に、魔人がいるとされる、<ウシスムン>湖へと向かった。湖と同名の山の上にある湖だが、大した高度の山ではないにも関わらず、あまりに登山者がいないことから、「人知らずの山」とさえ呼ばれるほどである。


 その理由は、険しい山道でも、荒々しい気候でもない。


 ただ何千年も前から、この<ウシスムン>山は、大量の魔獣が湧く地であり、手練れでもこれを切り抜けながら登頂するのは難しい。

 だが、そんな山であっても、ヨベクにかかればそう困難な道程でもなかった。生命ではないから、魔力の消費を極力抑えさえすれば、不必要に魔獣を寄せ付けることもない。そして仮に襲われることがあったとしても、未来予知に近いヨベクの計算能力をもってすれば、魔獣の爪や牙が、ヨベクを傷つけることは決してない。特にこれといってヨベクは動作をしておらず、ただ真っ直ぐに道なりに進んでいるだけだったが、奇妙にも魔獣たちの攻撃は、ヨベクの身体を掠めることさえなかった。

 

 それから数分歩いた後、ヨベクは八合目に到着する。稜線にそってしばらく歩いていると、少し開けた地形に、背丈の短い草花の生い茂る高原に出た。そしてその高原の中央、あれほど見かけた魔獣を一切見かけなくなったにも関わらず、魔力濃度は更に濃く強くなっている場所に、屹立する二体の魔人。

 一方は、全身、鎧を思わせる黒の重骨格で覆った者。姿こそ人のようではあるが、しかし大猩々のような肥大化した剛腕は、その分厚い鎧においても際立って巨大だった。それでいて、今にも地面につきそうなほど長く、不均衡な腕と身体の比率のせいか、その者の肩はだらしなく落ちていて、それでいて背もやや前傾していた。

 一方は、全身を白と紫の細身の鎧に身を包む者。同じく人の姿をしてはいるが、異様なのは、その手首より伸びる刃のような形状のもの。よく見ればその刃と腕の間には幾重にも折り重なった薄い鋼が見える。それは翼膜なのであろう。つまりかの者の腕は、蝙蝠のような形状をしている。

 幸い魔人たちはまだ、遠くから見つめるヨベクに気づいていなかった。ヨベクはその距離を保ちながら、その風景を眺め続けた。

「空間情報記録開始、魔力流図対照、時空間情報演算、力能評価、因果律調整」

 ヨベクの目が、大量の情報を一斉に記録、演算し始めた。

 一方その頃、サネトとリャージャは意外にも仮宿探しに手間取っていた。魔獣の襲撃による被害もさることながら、高温多湿の熱帯気候において、長らく人の手が入っていないことで、家屋の多くは荒れに荒れていた。そのせいで、中々風雨を凌げるような屋根のある家が滅多になく、結局適当な廃材や布の端切れを組み合わせて、即席の天幕を作った。

「まぁ、一日二日いるだけだし、こんなもんだろ」

 僅かに穴や隙間が空いていたが、サネトの言う通り、しばらくの間過ごす程度であれば十分だった。

「しかし、ヨベクの方は信頼できるのか?いつも自分が過ごしている工房の中でなら兎も角、自然光に包まれた露天の環境、しかも気候の変わりやすい山頂近くときた。本当に空間情報を完全に記録なんてできるのかね?」

 リャージャが心配そうにサネトにそう問いかけた。

「さぁてね。だがあの計算能力、俺たちの想像以上なのは間違いないだろ。少なくとも俺たちが考える作戦を実現できる可能性があるのは、あのヨベクっていう機械人形だけだ、というのは確実だろ」

「そういうことじゃなくてさ。ヨベク頼りの作戦なんかで本当にいいのか、って話よ」

 それを聞いて、サネトは少しだけ目を細めた。サネトは何も口にせず木の枝を拾うと、それで地面を引っ掻き始めた。

「大丈夫だろ、だって、あのネーパットの機械人形だぜ?俺たちの義手や、お前の大砲よりも遥かな性能を持っているはずだろ」

 楽観的な口調とは裏腹に、サネトの顔は不自然なまでに冷徹だった。

 そして彼は器用に話しながら、地面に文字を記していく。

「ふーん。まぁアンタがそう言うなら、私も信じるよ」

 リャージャもまた、その視線はサネトの顔ではなく、彼が地面に彫っている文字を見つめていた。

『ヨベクは囮』

 サネトが地面に記した文章は、ヨベクと事前に行った打ち合わせでは存在しない内容だった。


 翌日、サネトとリャージャは、仕事を終えて帰還したヨベクを迎え、再び魔人二体の鎮座する天空の湖へと向かった。先日のヨベクの登山風景を知らぬ二人は、繁殖する魔獣たちが不自然なまでにサネトたちを避けていく様子を、不思議そうに眺めていた。

「これも、お前の機能の一つかね」

 サネトがそう言うと、二人を先導して前を歩くヨベクはこう返した。

「はい。そのようなもので」

 どこかはぐらかしたヨベクの言い回しに対して、サネトは何か納得したような表情を見せた。隣のリャージャは、そんなサネトの様子を奇妙に思うが、一方で先日二人の間で内々に話し合った内容を踏まえると、彼のそんな態度にも得心がいった。

 それから十数分ほどで、二人とヨベクは、当該の湖が視界に入る場所までたどり着いた。

「さて、では、リャージャ、それにヨベク。計画分岐は頭に入っているな?分岐の判断は各々に任せる。行くぞ」

 そう言ってサネトが走り出した。魔術も使わず、身体の魔力だけでの動きだったが、あっという間にサネトは事前に話していた持ち場にまでたどり着いていた。

(なんかサネト、前より足、速くなってない?)

 義手のおかげなのか、それとも死線を潜ることで得た経験値のお陰か。どちらにせよ今目にしたサネトの身のこなしは、どうにも以前よりも優れていた。

 リャージャもサネトの後を追って、走り出した。すると、リャージャも自分の体が妙に軽いような気がした。サネトの変化を目の当たりにして、ちょっとした変化に機敏になっているだけなのかもしれない。改良してもらった大砲を手にしているとはいえ、このように「自力」が増している感覚は初めてのものだった。しかしどう考えてもその原因はわかりそうもないので、リャージャは結局その疑念を頭の奥底に押し込め、今は目の前の任務に集中することにした。

 サネト、リャージャ、そしてヨベクも、各々の持ち場についた。彼らの立ち位置は、浅い水位の<ウシスムン>湖、そのちょうど中心に立ち尽くす二体の魔人から、同程度の距離だった。魔人には悟られていてもおかしくない距離ではあるが、まだその二体はじっと立ち尽くしていた。

『ヨベク、合図しろ。それと同時に、俺たちが一斉に飛び出す』

 サネトからの通信を聞いてヨベクは再び先日見せた演算機能を働かせ始めた。

「承知しました。合図します。十秒前……。三、二、一」

 ヨベクが数字を数え降ろす度に、サネトとリャージャの身体に魔力が満ちていく。

「零」

 最後の数字をヨベクが伝えると同時に、サネトとリャージャは飛び出した。サネトは加速魔術を使っていたので、先に魔人の元へ到着したのは彼だった。双銃を変形させ、剣形態で、「硬骨なるもの」に襲い掛かった。鋭い剣閃を魔人に放つが、その魔人は防御姿勢さえ取らず、ただその刃を受け止めた。しかしその魔力の刃は、魔人の外骨格を僅かに焦がした程度で、深い傷をつけるに至らなかった。

「やっぱ、硬いな」

 その後、魔人はサネトに対して、その丸太のような腕を振り回す。とはいえ、まるで耳障りな蠅を払うかのような、乱雑な動きで、それはとても反撃と言えるようなものではなかった。楽にそれをサネトは躱すが、突如背後から悪寒を感じ取り、身体を更に翻した。

 サネトの後方に、先程まで視界に入っていたはずのもう一体の魔人「力強きもの」がいつの間にか回り込んでおり、その死角から鋭い爪を勢いよく振りぬいていた。

 サネトの直感のおかげで、なんとかその危機から脱することはできたものの、「力強きもの」の攻撃は終わっていなかった。大きな爪に似合わず、まるで剣術のような精確さを持つ巧みな爪の動きは、高速移動・高速思考が可能なサネトにとっても、無傷で避けきるのは難しかった。

 肩に爪が掠めた程度ではあったが、あまりの鋭利さに肌が自ら裂けたかのように、徐々に傷口が開き、瞬く間に左腕が赤く染まった。痛みは殆どなく、また左腕も指の動きが衰えるということは無かったが、思った以上の出血量にサネトは動揺し、思わず魔人たちから距離を取ってしまう。

 だが魔人もまた追撃をしようとはせず、二体ともじっとサネトの方を見つめるままだった。その静かな睨み合いを割り込むように、「硬骨なるもの」の背後にいつの間にか迫っていたリャージャが、その剛腕を魔人に見舞った。完全に無防備な状態に、死角からの一撃であったにも関わらず、事前情報同様、リャージャの鉄拳は、その魔人の体を傷つけることはできなかった。魔人はただ体勢を崩しただけで、すぐさまリャージャへの反撃を試みる。サネトとは違い、リャージャはそれを自分の両腕で受け止める。リャージャもその反撃の勢いを完全に殺しきれなかったが、何とか両足を大地に踏ん張りながら、吹き飛ばされぬよう持ちこたえた。

 相手は全くの無傷で態勢を僅かに崩しただけ。一方自分は、機械の鉄腕越しにも、腕が痺れるほどの衝撃を浴びている。完全な奇襲にも関わらず、そのやりとりにおける傷害の収支は完全にリャージャの方が赤字だった。一方でリャージャは、むしろそのやりとりに手ごたえを感じていた。

 かつて戦った中にいた、同じ防御自慢の魔人である「偉大なるもの」には、リャージャの全力の攻撃を繰り返しても、傷どころか姿勢を崩す事さえできなかった。一方、今回の魔人に対しては、不意を突いたとはいえ、たった一度の攻撃でよろめかせることができたのだ。つまり今回の魔人は、先の「偉大なるもの」ほどの理不尽な防御力は持っていないことがわかった。それは今回の戦いの勝率を、前評判以上に格段に上げる重要な情報だった。

 そして更に状況は好転した。「硬骨なるもの」はリャージャ、そして「力強きもの」はサネトといった形に、標的が分かれたのだ。これは彼らが立案した作戦の第一段階にして、最初の関門であった。思った通りに二体の魔人を分断できる可能性は低く、ここに思った以上に手間がかかる可能性の方がはるかに高かった。それがたった一度のやりとりだけで完成したのだから、サネトたちにとっては願ったり叶ったりの状況だった。

「よし、ヨベク。第二段階に進めろ」

『了解』

 通信機越しに、サネトがヨベクに合図を出すと、再び魔人「力強きもの」に突撃する。加速魔術は既に三重掛け。だがまだ彼の魔力量も、そして身体の限界にも達していなかった。

 

 サネトも、リャージャが感じていたような、身体の変化に気づいていた。それも今回の戦いからではない。数日前にあった、<ウッティン・シュビ>山脈での魔獣災害の折に、彼は自分の身体が、以前にもまして無茶が利くようになっていたことに気づいた。

 そして、それが単に魔力の塊である義手を装備しているからでもないようにも感じていた。その予兆は「疾走するもの」含む二体の魔人との、密林での激戦を終え、宿でリャージャより先に目覚めた時の事である。彼は寝覚めに湯を浴び、その後、リャージャの寝顔を見ながら、浴室に入る前に淹れていた豆茶を取ろうと右腕を伸ばした。だがその右腕が、カップを手に取ることは無かった。当たり前だ。彼はその時、湯浴み前に義手を外していたのだ。普段はあまり外さず、そのまま入ることも多いが、接合部も念入りに洗いたいと思っていた彼は、それを外して湯を浴びたのだ。

 そのことを浴室から出た後、すっかり忘れたまま、いつものようにカップを取ろうとしたのだ。

 

 幻肢。


 義肢を使い始めた人間には、よくある現象だ。そこにないはずの腕が「あるはず」と思い込み、普段通りに動かそうとしてしまう。だが、サネトの場合は事情が違う。魔剣と呼ばれる技術、固形魔力を加工した道具を使う場合、その人間は文字通り拡張されたような錯覚を覚える。それは莫大な魔力を得ることによって生じる現象だ。

 だからこそ、サネトは、最初はこの義手を付け外す度に、まるで自分の体が大きくなったり小さくなったりする感覚を覚えていた。だがいつの間にか、その違和感が、今の自分にはなかった。だからこそ幻肢という現象が自分の身にも降りかかったのだろう。

 そう、自己分析した最中だった。

 かたりと、カップが揺れたのだ。勿論、カップには誰も手を触れていない。最初は隣室で何か強く動いたのか、あるいは地面が少し揺れただけか。最初はそう思っていた。

 だが、不思議なことに、自分の右腕が今はなく、義手も身に着けていないと「再認識」したうえで、未だサネトにはその腕があるような感覚が消えていなかったのだ。そして不意に「カップを触れよう」と試みた。それは違和感の正体を突き止めるためでもあった。

 そして予感は的中した。再びカップが揺れる。しかも今度は、それが机の上から持ち上がり、浮遊していた。更に、今も感じ続ける幻の腕、その先からは、カップを持ち上げている指の感覚が伝わってくる。

「これ、俺が持ってるのか?」

 物を浮かす魔術は、そう難しいものではない。しかし魔術を使用してもいない状況でそんな芸当は可能なのだろうか?

 目に見えない指が本当にあり、それがカップを支えている。最早錯覚と言えず、それは実感としか思えなかった。

 数秒してカップが机に落ちた。それと同時に、サネトの幻肢の感覚も消えていく。

「こりゃ、一体」

 その時は結局、自分の身に起きたことが何かはわからなかった。だが、やはり日増しに強くなる自分の成長は、単なる錯覚の産物ではなかった。


「<四重(ゲクス)>」

 初の三段階強化の加速魔術。試したことすらない領域の魔術。

(はは、こりゃ、すげぇわ)

 自分の成長を実感したこともあってか、あるいは三重魔術さえ使い慣れたせいか、限界を超えた先の魔術にもかかわらず、サネトは未だ余裕さえ感じるほどだった。

 魔人「力強きもの」の振るう大爪は、先程よりも更に鋭く、素早く動き、網のようにサネトを引っ掻けようとするが、しかし一向にサネトを捉えられる様子はなかった。

 サネトも危なげなくその攻撃を軽々掻い潜り、細かく攻撃を加えていく。「力強きもの」も身体の速度は遅いわけではないため、時折サネトの攻撃を躱すこともできたが、一度二度避けている間に五度六度と攻撃が加わっており、さほど意味はなかった。

 一方のリャージャと「硬骨なるもの」の戦いは、サネト側の戦いとは異なる様相を呈していた。素早い攻撃と、回避行動による常人の目に映らないサネトと「力強きもの」との戦いとは異なり、リャージャと「硬骨なるもの」はというと、互いの頑強さと腕力を相手に思い知らせるかのように、ひたすらに拳を打ち込み、打ち込まれ続ける戦いだった。

 全く正反対の戦いではあったが、どちらも状況は拮抗。しかしそれは現時点の話であり、長期戦となれば、おのずと魔人側が有利となる。未だサネトに致命傷を与えることはできていないが、「力強きもの」の攻撃は先程のように掠めただけでも十分な威力を秘めている。速さでどれだけ勝っていても、サネトが「力強きもの」を倒すために至近距離での攻防を続けている限り、いつその爪が肉を斬り割いてもおかしくはない。

 リャージャにしても、互角に殴り合いができているようだが、当然蓄積している傷害の量は、平等ではない。防御力において劣るリャージャの身体は、徐々に悲鳴を上げていた。また魔力の塊に過ぎない魔人とは異なり、生命体であるリャージャは、戦い続ければ続けるほど、疲労による動きの衰えも出てくる。物理的な面だけでなく、度重なる痛みの蓄積による精神的疲弊は、リャージャの戦意を僅かに削り取っていく。

 だが彼らにとってこの均衡は時間稼ぎでしかないのも事実だった。二人の狙いは、魔人の分断。そして彼らは今、第三段階へと進むに十分な時間と距離を稼いだ。

『時空間情報書き込み完了。視界掌握完了。第三段階、いつでも』

 ヨベクからの通信を合図に、サネトは動き出した。

 今までの魔人の攻撃を掻い潜りながら、攻撃を加えるのではなく、魔人と距離を取る動き方だ。単純に言ってしまえば「逃避」と言えるだろう。

「ヨベク、準備はできてるんだな?」

『はい。合図していただければ、すぐにでも投影できます』

「よし」

 サネトの逃げ方はいささか無造作に思えた。魔人から一定の距離を取るが、その距離は、魔人の爪の範囲よりも更に離れていた。当たり前だが、今のサネトは魔人に速度で上回る。単に戦場から離脱するつもりなら、さっさと逃げ切れるし、仮に何かの隙を伺っているなら、不必要に距離を取り過ぎれば、その隙を突く絶好の機会を失ってしまう。

 つまり、他に何か狙いがあったのだ。とはいえ魔人はその別の狙いを考えることはなく、ただ目の前のサネトを追いかけ続けた。足場は水浸しであるが、人が沈むほどの深みも無く、そして山頂の開けた高原の上なので、追い込むのに適した場所も存在しない。だからただ魔人はサネトを追いかけ続けた。

 そんな逃走劇を数秒続けていると、サネトの脚が初めて止まった。背後、すぐ傍に、いつの間にか「硬骨なるもの」と戦っていた、リャージャの姿があったのだ。

 魔人「力強きもの」はこれ幸いにその方へ迫った。サネトに逃げられても、ついでにリャージャは仕留められる絶好の機会。リャージャは「硬骨なるもの」を見ていて、未だサネトたちが近づいていたことに気づいていない様子だった。

「力強きもの」は一番の最高速度で移動し、サネトに迫る。彼はその魔人の爪を避けたが、魔人はそのまま爪を構え前に突貫した。そして、結局リャージャは後ろを振り返ることもなく、その背中を魔人の爪によって深く抉られたのだった。

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