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血塗れの島 第四節

 時を同じくして、サネトは、生産区の避難誘導をあらかた終えた後、壁の上まで昇って、自分の目で様子を伺おうと考えていた。通信の混線からか、工業区で今目下生じている魔獣の流入が何故起きているのかも、理解できていなかったからだ。勿論それは工業区にいるナーレを心配していたからでもあるが、それ以上に、工業区で起きていることが今後あらゆる場所で起こり得るのかどうかの判断が必要だったからだ。

 壁を登り終えると、そこには絶望的な光景が広がっていた。今にも壁を登り切ろうとする魔獣たちを間一髪のところで重力砲弾が押しつぶす。だが、間髪入れずに同じ道を魔獣が駆け上がり、再び重力弾が叩き潰す。そんな阿鼻叫喚の様子が、壁上のあらゆる場所で繰り広げられていた。

「砲手のあんた!今これ、どうなっているんだ!」

 サネトが、砲台の操作盤を操っている砲手に声をかける。

「どうもこうもない。どこの砲台も、壁を登ろうとする魔獣を押し込むので手一杯なんだ」

「だが、工業区の方から、壁を超える魔獣が出てるぞ、砲手がやられたのか?」

「いや、三十六門、全て稼働中だ。だがどうやら工業区の方は、弾幕が足りないらしい。砲台回りの魔獣は何とか撃ち落とせているが、砲台と砲台のちょうど中間点辺りから、少しずつ魔獣が漏れているそうだ」

 どうやら砲手同士の通信は辛うじて繋がっていたらしく、サネトが話しかけた砲手は、事情を理解していた。

「じゃあ、どこもかしこも、同じ状況に今後陥る可能性はあるってことか」

「ああ。とはいえ壁の上伝いに魔獣が砲台を落としにかかるってことは、無理だとは思うが、街に魔獣が流入するのは時間の問題……」

 その言葉を聞いて、サネトの眉間に皺が一瞬寄った。思わず目を背けたくなるような悲惨な状況だったが、彼はすぐさま切り替え、危機を脱する手段を冷静に思案し始めた。

「……わかった。司令部は世界政府への緊急連絡はもう行っている。少なくとも魔工連中は五分と経たず駆け付けるはずだ。だから、あと二分もすれば魔工は必ず現れる。それまでは被害を最小限に……」

 奇しくもサネトが辿り着いた答えは、ナーレと同じだった。今彼ら、<ヤイヴィヴィム>の防衛隊が取るべき策は、魔獣災害が収まるまで戦い続けるのではなく、魔工や狩人が駆け付けるまでの時間稼ぎ、つまり長期戦ではなく短期決戦に向けたものである。

 世界政府直属の、特殊な狩人である魔工たちは、彼らの意思問わず、甲級魔獣災害には駆け付けなければならないという誓約がある。そして水晶門を使う以上、援軍が駆けつけるまでに、かかる時間は数分程度である。

 だが、サネトとナーレの判断は、結論から言えば間違っていた。

 いや、そもそも、もうこの<ヤイヴィヴィム>という都市に、生存の道は無いのだ。

 そしてその誤算を証明するかのように、突如、サネトたちの背後、工業区の壁からけたたましい爆発音が鳴り響いた。

 その方向を慌ててサネトが見ると、不朽不壊を謳っていたはずの鉄壁に、大きくできた裂け目が目に入った。鋭利な刃物で斬り割いたというよりは、無理やり力づくで引き裂いたような、歪な裂け目である。

 そしてその裂け目から入ってきたのは、街の真反対側からでも、よく見えるほどの巨大な蛇だった。その巨大な蛇がずるりと壁の内側へ侵略すると、その通り道となった裂け目からは、さながら決壊した堰の如く、魔獣がなだれ込んだ。

 サネトはあまりの出来事に、数秒、思考を停止させてしまった。そして瞬きをするたびに、街の中がどんどん魔獣に侵入され、そして五度ほど瞬きした後には、すっかり<ヤイヴィヴィム>の街は、隙間なく、魔獣の群れに飲み込まれてしまっていた。

 魔獣の津波が観測されてから、わずか三分。

 この星最大の魔獣防衛線を誇る<ヤイヴィヴィム>は、たった三分で、魔獣の手によって陥落した。

「嘘だ、嘘だ嘘だ」

 皮肉にも街を守るという使命を負った防衛隊は、壁の上、そして重力砲弾の庇護下にいたことで、その半数以上が生き残った。特に生産区側、魔獣の侵略を許した工業区とはちょうど対称の位置にある砲台にいる狩人たちは、傷一つ負わずに、魔獣による大虐殺を生き延びたのだ。

「ナーレ、ナーレ、ナーレ」

 サネトは思わず膝を折りそうになる。こんな状況下では、確実に工業区で戦っていたナーレは死んでいる。そんなことが脳裏に思い浮かんで、絶望に沈みそうになった。が、

「いや、まだだ、まだだ!」

 サネトは、すぐさま壁から飛び降り、<ヤイヴィヴィム>の街中へ飛び込んだ。魔獣は既に、生産区側にも大量に集まっている。だがまるで小島のように浮かぶ背の高い建物の屋根を伝って、サネトは魔獣の海を渡っていた。

 勿論、その道中、魔獣がサネトの行く手を阻もうと、建物の天井に飛び出してくる。だが、サネトはその魔獣さえも軽く飛び越え、高速移動の魔術の使用も相まって、十秒と経たず、その大都市を横断した。だがサネトにとっては、それでさえも遅すぎるという印象があった。

「ナーレ!ナーレ!どこにいる!」

 恐らく工業区と思われる場所には辿り着いていたが、しかし辺りは魔獣に覆われており、それ以外の存在は一切目に入らなかった。彼は、そんな魔獣の群れの中、少しでも異常を見逃さぬよう、街に注目していた。

 だが、注意を街の中に向けすぎてしまった。ナーレへの心配が上回り、自身に迫る危機を、彼は察知できなかったのだ。一瞬の油断で、サネトは自分の背後に近寄っていた中型魔獣の突進を、回避は愚か、防御さえできず、直撃してしまう。

 不幸中の幸いか、サネトはその衝撃で、隣の建物の屋上に吹き飛ばされた。もし眼下に広がる魔獣の群れの中に叩き落とされれば命は無かっただろう。

 だから彼は、不意の一撃によって意識を失っても、この恐るべき災禍を生き残ることができたのだ。




「で、その後、俺が起きた時には、魔工たちの新作の機械兵八体が、<ヤイヴィヴィム>の魔獣たちを一掃していた、というわけだな」

 サネトの昔語りは、突如精細な描写が失われ、乱雑なものへ変化した。

「ちょっとちょっと。大事な所が適当じゃないの。あの後、どうなったのよ」

 リャージャは、物足りぬといった様子で、サネトに更に詳細な説明を求めた。

「うーん。いや想像は付くだろうよ。今の俺が防衛隊から離れ、お前と出会うまで一人だったのは、そういう理由だよ」

「いや、そうだけど、そうだけどさ……」

 サネトが語りたがらなかった理由には、リャージャも察しがつく。だがどうにも彼の口から大事なことが聞けぬままなのは、はぐらかされたようにも感じたのだ。

「わかった、わかったよ。そんな顔すんなよ。あの後、俺は魔工に救助され、<ヤイヴィヴィム>の野戦病院に連れ込まれた。<ヤイヴィヴィム>は、工業区生産区含む、第一層は全滅だったが、居住区のある第二層は、何とか被害は軽微ですんだ。二枚目の壁のおかげだな。あれまでは魔獣も超えることはできなかった。勿論、そのためには、第一層にいる逃げ遅れた人々を壁の外側に見捨て、第二の壁を封鎖する、という方法を取らざるをえなかったわけだが」

「けど、緊急通信、だっけ。あれは間に合ったんだね。というか水晶門って街中にあったんだよね?どうやって魔工は来たのさ」

「ああ。俺も直接目にしたわけではないが、元々当時魔工たちは、精鋭の機械兵が水晶門を通らないという問題を抱えていたらしい。一度解体して、現地で組みなおす、っていう作業をしていたらしいが、これじゃあ時間がかかって仕方がない。だから大規模輸送機と、電磁射出という新たな技術を作り、<紅玉>中に五分で精鋭を送り込める状態にしたんだと。実際、俺が気を失ってから一分も経たずに、機械兵が<ヤイヴィヴィム>に辿り着いていたらしい」

 サネトは再び、リャージャの要望通り詳細に昔語りを始めた。

「機械兵の迅速な処理によって、<ヤイヴィヴィム>の第二の門は陥落すること無かった。だが一番労働時間が盛んな時間の災害。最初に俺とナーレの指示を聞いて、居住区に退避した人間以外は、まぁ殆ど駄目だったな。唯一の生き残りが」

 サネトは自分のことを指さす。

「じゃあナーレもダメだったんだね」

「ああ、残念ながらな。もっとも、死体が見つからない、とかならまだ淡い希望も持てたんだが、まぁ現実は甘くない。魔獣に食い散らかさて、見るも無残だったが、まぁ間違いないようもないナーレの死体が見つかってしまったわけだ」

 それを聞いて、リャージャは自分から催促しておいて、サネトの心の傷を抉っているように感じがして、今になって自責の念を覚え始めた。

「けど、ナーレが最初の魔獣の侵入を引きつけていなければ、最初に俺たちが避難誘導した人々も、居住区への避難が間に合っていなかったかもしれない。アイツが具体的にどれだけの時間を稼いだかはわからんが、あの猶予は、間違いなく人命を救った。それは、ナーレの戦いを見て、生き延びた人々がいることが何よりの証左だ」

「なんていうか、アンタが防衛隊を離れた理由はわかるよ。けど逆にわからなくなったな。何で狩人になろうと思ったの?」

 サネトは、先程まで重苦しい過去を淡々と語っていたが、ここにきて初めて言い淀んだ。

「うーん、なんというか」

 そんな彼の様子を見て、リャージャは渋い表情でこう切り出した。

「もしかして、自棄になってる?」

「うーん。そう言われればそんな気もしてきたな」

 リャージャの鋭い指摘に対して、サネトから返ってきたのは曖昧な答えだった。

「まぁ、そういう部分もあるとは思うんだよ。ナーレが死んで、滅茶苦茶落ち込んだし。けどそう単純じゃない気がする。しかし、上手く言語化はできんな。すまん」

 リャージャは以前から、サネトという人間は、どこか測りがたい奴だと考えていた。そしてその気持ちは今もなお、変わらぬどころか、むしろ増す一方だった。だからこそ、こうして過去の語りを聞けば、何かサネトについてわかるかもしれないと考えたのだが、そうはっきりとした成果は結局得られずじまいだった。

「でも、まぁあの時のサネトの態度にはちょっと合点がいったよ」

「ううん?どういうことだ?」

「サネト、私たちが狩人の相棒になる、って狩人連合からの通達を訓練場で聞かされた時、凄い嫌そうな顔してたでしょ」

 それを聞いてサネトも、当時のことを思い出した。

「私としても不本意だったけどさ。単独での活動は、余計な犠牲を生みかねないから、これからは最低二人組を組んでもらう、なんて急な通達聞かされて、突如知らない人間と相方になるなんて嫌だったよ。けど、それを加味しても、アンタの嫌がり方は相当なものだった。見ているこっちが不愉快になるくらい」

「そうだったのか、なんかすまんな」

 サネトはあまり過去の自分の感情をあまり覚えていないようで、どこか他人事のような様子だった。

「けど、あれは、アンタが一人でやりたかったからでしょ。仲間を持てば、また失うかもしれない。何だか今の今まで、ネーパットの依頼を受けるまで、妙によそよそしかったのって、そういうことだったのかなって」

「うーん、どうかな。俺はあんまり自己分析をする方じゃないからな。その時の感情を優先しがちだし。ていうかそれを言うなら、お前もそんな感じだったぞ。『自分は世界で一人の人間なんだー』、みたいな雰囲気いっつも醸し出してたし」

 リャージャはそう言い返され、少し照れた様子で顔を背けた。

「はは、私たちって、結構面倒くさい人間だったりするかな?」

「そうだな、意外と似た者同士だ。ほら、俺たちどっちも自分が大好きだろ?」

「違いない」

 サネトとリャージャは、昔二人が交わした、好きな相手の容姿の談義を思い出し、思わず吹き出してしまった。それは二人が出会って数カ月後の話である。二人は食べ物の好みも戦い方も正反対だ、という話になった折に、なら好きになる相手の容姿も全く正反対だったりするのか、という話題になった。結果的に言えば、それも正反対だった。サネトは背丈が高く、凛々しい人間が好きだ、と言い、リャージャは背丈が低く、愛らしい人間が好きだ、と述べた。そして二人はそのことを聞いた後、「それってお互い、自分に似た容姿の人間が好きなだけでは?」という結論に至ったのだ。

 だから、ここにきてリャージャもサネトも、確かに表面的な部分では多くの違いがあるが、どこかその中心、核となる部分では、その精神性は似通っているのではないかと、そう思えてきたのだ。

「『鏡面の自己は最も理解できぬ他者である』。紋切り型の古臭い格言と思っていたが、なかなかどうして」

「はは、今聞くと良い言葉だね。確かに」

 サネトとリャージャは、一周回って互いの理解が深まったように思えた。そしてそれは、今までの付き合いを絆に変え、互いの評価を信頼に変えるほどのものだった。あれほど心配していた、次の魔人二体のことも、すっかり気に留めなくなっていた。その後も互いに今まで話したことのなかったような話題や昔語りに花を咲かせていた。

「あ、やべ。結局魔人対策の話してねえじゃん」

 そうサネトが呟いたときには、既にヨベクに頼んでいた装備の改修の終了時間が迫っていた。




「それで、昔話をしていたら、魔人の対策会議を忘れたと」

「ははぁ、面目ない」

 改良した装備を受けとるついでに、サネトはリャージャに、自分たちが強力な魔人二体相手にこれといった策を考えていないことを正直に告げた。

「仕方ありません。私も手を貸しましょう。ネーパット様からは、自己判断で動いて構わない、との許可を頂いておりますので、私もご同行させていただきます」

「同行っていうと、まぁありがたいんだが、だが今回の相手は飛び道具やら、高速移動やらはしないだろ?」

 サネトの言うように、これまでのヨベクの活躍は、対応の難しい相手の技量を抑え込むことが中心だった。だが今目下の課題となっている二体の魔人、「力強きもの」と「硬骨なるもの」は、目にも止まらぬ速さを持つわけでも、知略に長けた戦いを強みとするわけでもない。ただ硬く、ただ強い。それこそが、ネーパットから渡された情報から得られる魔人の全貌だった。

「ええ、その通り。私の火力では、『硬骨なるもの』の鎧は突破できませんし、また反対に私の装甲では、『力強きもの』の爪の前には役に立たぬでしょう」

「じゃあ、何ができるんだよ?」

 サネトにそう問われると、ヨベクが右手の人差し指を立てる。すると突如ヨベクの姿が消えた。

「な」

「こちらですよ」

 正面にいたはずのヨベクが一瞬で消えたかと思ったら、いつの間にか二人の背後にヨベクの姿があった。

「お前。今のは、空間転移か?」

「いえ、ネーパット様なら、空間転移くらい造作もないことでしょうが、今の私には、不可能な技です。手品の種は、こういうことです」

 ヨベクが指をぱちんと鳴らすと、先程までヨベクがいた場所に、再びヨベクが現れる。また転移をしたのか、そう思い背後を二人は見るが、そこにはまだ同じくヨベクがいた。そう後ろにも前にも、まるで鏡合わせのように、二体のヨベクの姿があった。

「まさか、幻術?」

「いえ、精神操作に類する魔術ではありません。これは光と音の魔術の組み合わせです。光を屈折させ、音波を操って、お二人の背後に私がいるようにお見せした、ということです」

 答えを聞かされたので、リャージャが半信半疑で背後のヨベクに触れようとすると、確かに蜃気楼のように実体なきもので、触れることはできなかった。

「驚いた。だが、魔人にこれが通用するか?いや通用したとして……、ああ、そういうことか」

 サネトは、ヨベクが提案したがっている作戦を理解できた。確かに、その手段であれば、二体の強豪の魔人を倒す算段もつく。しかし隣のリャージャはサネトとヨベクが話している内容が把握できていない様子だった。

「ねー、勝手に納得しあうのやめなよー。感じ悪いよ、それ」

 リャージャが不満そうにそう文句を垂れると、サネトは、彼が今思い付いた戦略を、リャージャにも共有した。

「え、いや、そんなことできるの?普通に気づかれない?」

「だから、上手くやる必要がある。特に誘導係だな。この場合は俺だと思うが。そして恐らく第二第三の案も考えておく必要もあるな。不測の事態は必ず起きるだろうし。対応力が求められるな。まぁ何にせよ、現地調査も必須だ。それで今後の予定なんだが、一旦明日、現地に偵察、そして明後日に決戦という形にしようと思う」

 サネトの提案に、リャージャは少し首をひねった。

「え、今日行かないの?」

「ああ、もう日が暮れる。俺たちの作戦にとって、西日は敵だ。それにより寸分の狂いの無いようにするには、ある特定の時間をじっくりヨベクに観察してもらう必要がある。だから明後日だ。ここまで言えば、わかるだろ?」

 リャージャも流石にその説明に得心が行き、引き下がった。

「ということでだ。これ以上特に説明する事項が無ければ、今日は休息としよう」

 サネトの言う通り、その日の会議はそこでお開きとなり、サネトとリャージャは宿へ、そしてヨベクはそのままネーパットの工房で待機した。

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