竜の落胤 最終節
「ルセッタ、本当にこの辺なのか?」
背の低い、赤髪の男が、隣の同じくらいの背丈の人物に話しかける。
「……うん。さっき、あの人の気配を感じた。どんどん強くなってる、よ」
ルセッタと呼ばれた、蒼い肌と白い髪の遷者は、少し不安げな様子で辺りを見渡しながら、友人たちを導いていた。
「バウカちゃん、もう何度聞くの。竜因の繋がりは、単なる勘じゃないのよ。ルセッタちゃんが言うなら、間違いなくいるのよ?」
ルセッタ、そして赤い髪の男、名をバウカと呼ばれた竜因の後ろから、二人よりも背丈の大きな女性が話しかける。彼女もまた、見ただけで遷者とわかる風貌で、肌は赤く、耳は尖り、頭からは羊のような角が生え、更には衣装の裾からは、鰐のような尾がはみ出ていた。
「しかし、竜因の繋がりというのは、私たちにとって未体験のものです。疑いたくなるのも仕方ないことでしょう」
「ほほ、そうさな。まぁいつか、ラフグアにもわかる日がくるじゃろな」
隻眼の背の高い女性、衣装も黒、肌も黒、腰まである長い髪も黒と、遷者でないのに目立つ風貌の、名をラフグアという女性は、その隣にいた老年の女性と、集団の中では最後尾を歩いていた。
「ユーボス様も、お若いころに同じ黄竜の竜因と出会ったことがあるんですよね?」
「ああ、あれはもう百年前とかだったか。私が王位に就く前のことだったからの。偶然民衆の中で黄竜の竜因を見つけての。ありゃ感動ものだったわ」
ユーボスと呼ばれた老婆は、からからと昔のことを思い出して笑い始めた。
「……!皆、あの人、近くにいる。間違いない」
いつの間にか六人の周りの人々はざわざわと彼らの方を見ていたが、皆それについてはいつものことのように、特に気にしている様子はなかった。だがある所で、ルセッタが足を止め、辺りをぐるりと見渡し始めた。それにつられて、残りの五人の竜因も、周囲を眺め始めた。
「……ねぇルセッタ、ルセッタ」
そうルセッタに声をかけながら肩を叩いたのは、藍色の美しい長い髪をたなびかせた、眼鏡の人物。
「どうしたの、アリウ……って、あ!」
ルセッタが、そのアリウと呼ばれた竜因の指を差す方を見ると、そこには、ルセッタの求めていた人物の姿があった。
「あそこ、あの喫茶店の中だよ!ほら、硝子窓の傍の席!」
ルセッタが先ほどのおどおどした様子から一変、嬉々とした様子で、飛び跳ねながら竜因の仲間に知らせた。ルセッタのその様子を見て、喫茶店内のリャージャは、まるで自分の顔を隠すかのように頭を両腕で抱えた。しかし時すでに遅し。気づいた竜因たちは、そそくさとサネトたちのいる喫茶店の傍まで近寄ってくる。突然のことに狼狽えていたのは、サネトとリャージャだけでなく、店内に少なからずいる他の客、更には先程竜因たちに散々悪態をついた店員も同様だった。むしろ事情を知らないため、サネトたちの周囲の人間の方が、より騒然としていた。
「な、なにが起きてんだ?」
厨房奥で仕事をしていた店長が、騒ぎに気づいて、表に出てくるが、しかしその問いに答えられる店員はいない。誰も彼も困惑している中、喫茶店の扉が開け放たれ、六人の竜因が店の中へ堂々と入ってきた。
そして彼らは一直線に、サネトたちの腰かける席へと向かっていく。
「やぁ、久しぶりだね、リャージャ殿」
第一声、声をかけてきたのは、黒ずくめの竜因、ラフグアだった。
だが、リャージャは、自分の名が呼ばれているにもかかわらず、それに応答しなかった。
「えっと、初めまして」
言葉を発さない友人に代わり、サネトが竜因たちに向かい会釈をする。
「やぁ、初めまして。私はラフグア。貴方は?」
「えっと、サネトって言います。リャージャの仕事仲間してます」
ラフグアの丁寧な言葉遣いに引っ張られ、サネトも思わず慣れない堅苦しい口調で挨拶を返す。
「ねぇ、リャージャさん、僕、覚えてますか?ルセッタです。あの、同じ白竜の竜因の」
ラフグアの後ろから、ルセッタが顔を出し、未だ顔を伏せるリャージャに声をかける。その瞬間、周囲のざわめきが更に強くなった。
「おい、今」
「聞いたかよ。あそこにいる二人組も竜因なのか?」
彼らは、ひそひそと声を潜めてはいたが、奇妙にもサネトとリャージャの耳には鋭く響いた。
「なぁ、ここで立ち話も何だし、場所変えないか?ほら、俺らの宿とか」
「サネト!!」
そこで初めてリャージャが顔を上げ、声を荒げた。サネトとしては、この場に居続けても目立つだけなので、早々に一目のつかない場所に移動したかっただけだが、宿に連れていくという案を、リャージャが賛同できるはずもなかった。
「はは。いや、それなら我々の宿に招待しようか。ほれ、我々はどうしたって迷惑かけるからの。それに、我々の宿は六人の大所帯で泊まり込んでも、まだ余るほどの大部屋だからな」
最も年齢が高いように思えるユーボスが、そう提案する。だがその提案は、なおリャージャを悩ませた。
「なぁリャージャ、面倒とは思うだろうけど。ほら、俺たちの抱える問題を考えろ。竜大公ほどの勢力と付き合いを持つのは、悪くはないだろ?」
サネトは、リャージャの耳元で、周りに聞こえないよう囁く。サネトの指す問題とは、当然ネーパットのことだ。魔工宗匠に加え、竜大公、この星で一二を争う狩人の集団かつ、最大戦力である彼らと懇意になっておくことは、彼らが想定する最悪の事態になった際の保険となり得る。しかし理性では納得できても、リャージャには抵抗感があった。
「……わかった、わかったよ」
最後には、リャージャは理性によって、感情を飼いならした。冷静になって自分の姿を俯瞰してみると、駄々をこねる子供のように幼稚に思えたからだ。
「やった!じゃあ行こう、リャージャさん!それにサネトさんも!」
ぴょんぴょんと、今にも悦びで飛び上がろうとするルセッタ。サネトとリャージャは席を立って、勘定を払い、逃げるように店を後にする。しかし最後に店に残ったラフグアが、店員にこう告げた。
「迷惑をかけた。これは迷惑料だ」
ラフグアは懐から、端末を取り出し、何かを操作する。すると、喫茶店の機械端末に新着の連絡がすぐさま入ってくる。不思議がって、店舗の端末を店員が手に取り、その連絡を確かめると、すぐに目を見開いた。
「てててて、店長、これ!」
店員が、端末の画面を恐る恐る店主に見せる。
「なんだ、騒がしい……お、おい、これ、討伐料の引換券じゃねえか!しかもこの金額……」
魔獣討伐の報酬引き換え、この制度は、主に二つの目的のために設立された。第一に、国庫の支出を抑える目的である。魔獣討伐の依頼は、ほぼ毎日、世界中で登録されているため、一度に多数の依頼が解決されると、貨幣が過剰に市場に供給され、物価の相対的上昇、それに伴い基礎収入の価値の低下が予想される。従って、一度に供給される討伐料の支払いを制限するため、段階的に支払いを行う、引換券制度が導入された。
そして第二の理由が、狩人登録自体は、個人毎に行われている一方、魔獣の討伐は、複数の集団で行われることが多く、報酬の集団間の均等な分配などが必要とされたためだ。また単に戦いの場に立ったものだけでなく、狩人ではないが銃後の支援を行った人々や、該当の狩人が戦いで死去するなど、不慮の事態で引き取れなかった場合、親族などに受け渡すことが可能になっている。引換券には、討伐に関する情報、つまり討伐者と、その討伐対象、場所、日付などが事細かに記録されている一方で、引換券の譲渡自体は、討伐者に限り、自由に行うことが可能になっていた。
店員と店長がお互いにそこに表示された、迷惑料として受け取るには、あまりに多すぎる金額に目を疑っている最中、すでにラフグアは店の外に出ていた。
「さぁ行こうか、お二人を我々の宿に招待するよ」
竜因たちと、サネトとリャージャは、そのまま衆人の注目を集めながら、この街における最高級の宿まで歩いて行った。
宿の中は実に見事な作りで、この世界政府下で、これほどの豪華な装飾を施せるものなのかと、サネトは疑問を抱いていたが、しかし館内の説明を読むと、あくまで宿が作られたのは、かなり昔のことで、その頃、一代で財を築いた豪商が建てたのが、この宿だという。世界政府になってからは、一定の稼ぎ以上の税の徴収が激しくなったこと、また基礎収入の実施に伴い、従業員が減少。結果、接客の質が一定の水準を下回ったことで、一時は経営が危ぶまれていた。しかし、後に狩人制度が始まって以降、稼ぎが安定はせずとも、派手な遊びをする狩人が現れ始め、安定したとは言えないまでも、経営難は乗り切ったのだという。
「狩人っていうのは、案外こういう金満主義の最後の砦だったりするのかね」
そうぼそっと、リャージャが呟く。
「はは。文筆家、芸術家は基礎収入のお陰で随分増えたが、こういう観光産業は水晶門の存在もあって、衰える一方だからね。私たちのような狩人が支援せねば」
ラフグアは、リャージャに対して、そう言った後、宿の職員に一言声をかけた。
「皆様のご友人とのことで。荷物がありましたら、私たちの方でお運びしましょう」
すると職員は、サネトとリャージャに向いて、そう尋ねてきた。
「いや、結構。荷物は俺たち、自分の宿に置いてるんだ。大したものは持ってないよ」
「左様でしたか。よろしければ、そちらの宿の方まで我々が連絡し、荷物をこちらに運ぶこともできますが」
「俺たちは長居せんよ」
そう言うと、職員は少し困った表情で、他の職員や、手元の機材を操作し始めた。
「あの、言いにくいのですが、宿泊目的以外での来館は、禁じております」
「いや、そりゃ一理あるが」
「おや、こりゃ忘れ取った。ほれ、ラフグア、この二人の宿泊料を支払ってやれ」
サネトとリャージャが困った事態になっていることを察した老女のユーボスが、ラフグアの肩をつつく。
「では我々と同じく、こちらでの支払いで頼む」
そう言って、ラフグアが再び懐から端末を取り出すと、おそらく先ほどと同じように、討伐料の引換を利用して、二人の宿泊費を立て替えようとする。
「待った待った。いくらなんでも、そういうことなら、話し合いは、ここじゃなくてもいいでしょ?」
そう言って、ラフグアを制止しようとするリャージャ。
「いや、ここは言葉に甘えようじゃないか、リャージャ。それに、俺にとっては、竜因たちと話せる機会なんて滅多にないし、楽しみだろ?」
しかしサネトは、そんなリャージャを呼び止めた。サネトは、それ以上特に言葉を発さなかったが、彼の含みのある作り笑いに、不服ながらもリャージャは押し黙るしかなかった。
「サネト殿、だったかな?君は中々話の早い御仁のようだ。話の早い人は、私も好きだ」
ラフグアは、その後昇降機の操作盤に触れ、扉の開閉ボタンを押すと、まるで従者のように、皆がその昇降機に乗り込むのを待った。
「皆さま、ご搭乗ください。なんてね。昔はこういう職員がいたのだ」
広い昇降機だったが、八人も乗り込むと僅かに手狭で、最初に乗り込んだサネトとリャージャは、六人の竜因に押しつぶされるように、昇降機の奥でくっついていた。
「ねぇサネト。アンタにも狙いがあるのはわかるけど、なんか変じゃない?」
「おいおい、俺は問題解決の手段を手に入れたいだけだ。裏なんてないぜ?」
しかしサネトの視線が、自分に向いていないことに気づいたリャージャは、サネトのその目の向く先を追いかけた。するとそこには、最後に昇降機に乗り込み、操作盤の前に立つ、黒服の竜因、ラフグアの姿があった。それにリャージャは、ようやく妙に従順なサネトの態度の理由に気が付いた。
「はぁ。アンタ好みの見た目だね、そういえば」
「なんのことだ?」
おどけたように、片眉だけ吊り上げ、すっとぼけるサネトに、リャージャは少し怒りを覚えた。
「はぁ、会わせるんじゃなかった。もう後悔し始めたよ」
「いやいや、そんなこと言って。お前こそ、ほら、あの青い子、好みの顔だろ?それが、同じ白竜の竜因だなんて、奇跡的じゃないか。なぁ?」
「うるせー、馬鹿サネト」
二人は、お互いにしか聞こえないほどの、小さな言葉で悪態を吐き合っていたが、自分が呼ばれた気がして、ルセッタは二人の方を見ようとする。しかし、大柄なクスベムが、サネトとリャージャの前に立っていたので、どれだけのぞき込もうとしても、二人の様子は掴めなかった。
昇降機が停まり、扉が開くと、最初にラフグアが降り、外の操作盤で、皆が降りるまで扉が閉まらぬよう制御した。
竜因たちと、サネトたちが昇降機を降りると、奇妙なことに、そこは廊下ではなく、部屋の中だった。
「おいおい。一階、一部屋かい。こりゃ、このご時世、廃れるわな」
「けどこんな部屋だからこそ、内緒話するにはもってこいだろ?」
ラフグアは、宮廷のような室内で、適当に椅子を二つ持ち上げ、それをサネトとリャージャの前に置いた。掛けたまえ、と二人に一声かけた後、竜因たちは余った椅子や、寝台、そして寝台前の箱椅子などに腰かける。
「さて、リャージャ殿、息災だったかな?しかし近づいてきたルセッタに気づかなかったとなると、最近は竜因の力はあまり使っていないのかな?」
ラフグアの問いかけにリャージャは特に答えない。しかしその代わりにサネトが竜因たちにこう尋ねた。
「あの、リャージャと皆さんは面識あるようなんですが、俺は初めまして、なので皆さんの名前を教えてもらっても構いませんか?」
「ああ、そうだね。失礼した。では一人ずつ自己紹介から始めよう。まずは私から。私はラフグア。最年長というわけではないが、この一団の長をしている。ちなみに紫竜の竜因だ」
サネトはその名前に聞き覚えがあった。禁域と呼ばれる土地が九割を占めるとされる、禁忌の大陸、<ミューン>大陸にて、唯一の王国であった、<ケヴェス>王国の主の名前であることを、すぐに思い出した。
「おや、その様子だと聞き覚えがあるようだね。嬉しいよ。といっても、私が王をしていた時期は、随分幼いころだがね。では次の方、どうぞ」
そう促され、次に前に出てきた竜因は、赤い肌の大柄な女性である。
「こんにちは。私はクスベム。黒竜の竜因だよぉ。ラフグアよりちょっと年上だけど、一応、副官みたいな立ち位置よ」
「ああ、貴方も存じております。確か、<フィンレー>王国の若き王……」
「ふふ、悪評じゃないと良いんだけど」
そんなことはない、と言おうとするが、サネトは思わず口をつぐんだ。クスベムが有名なのは、悪名からではない。むしろ、最初に、革命期の機運を理解して、人々の期待通りに王位を譲り、その後の竜因王の退位の流れを作った、勇敢でかつ賢明な王というのが、一般的な評価である。
しかしそれは、あくまで民衆の中での評価である。このような、竜因しかいない場で、クスベムのその功績は、むしろ「自分たちが地位を失った切欠」として、記憶されていてもおかしくない。そう思うと、クスベムの評価をやすやすと口にはできないでいた。
「じゃあ、次は、私じゃな。私はユーボス、黄竜の力を持っておる。こんな歳じゃが、まだ力を受け継ぐ子を成しておらんでの。よろしくな」
老齢の女性、ユーボスは椅子に座ったまま、サネトに挨拶しながら手を振る。クスベム、ラフグアとは違い、彼はユーボスの名は聞いたことはあったが、その治世については詳しくは知らなかった。サネトは軽く会釈をすると、特にその後やり取りも無く、ユーボスの隣に座っていたルセッタが、待ちきれずに立ち上がった
「あ、はい!初めまして、僕はルセッタです!リャージャさんと同じ、白竜の竜因です!あの、よろしくお願いします!」
小柄の遷者であるルセッタは、立ち上がっても、座っている大柄なラフグア、クスベムと変わらないほどだった。しかしそれを補うように、真っ直ぐ背筋を伸ばし、手を挙げて元気に名乗りを上げるその姿を見て、サネトは思わず笑みが零れた。なるほど見れば見るほど、リャージャの好みの容姿、性格の子だと。年齢も見た目通りであれば、サネトやリャージャよりも少し年下、といった雰囲気で、実際若々しさがその語調からも現れていた。
「ああ、よろしく。リャージャから、君のことはよく聞いてるよ」
「ほ、本当ですか!」
無論、嘘である。サネトは悪戯な微笑みをリャージャに見せるが、リャージャは彼に睨み返した。だが、視界の端に映る、目を輝かせるルセッタを見て、憤りも徐々に収まっていく。癪だが、実際ルセッタの見目は、驚くほどリャージャのツボを的確に付いているのだ。
「おのれ……」
小声でついたその悪態を、他の人間が聞き届けることは無かった。
「はいはい。じゃれつくのは後。俺はバウカ。意外かもしれねえが、男の竜因だ。蒼竜の竜因だぜ」
肉食獣のように尖った牙を口から覗かせながら、ルセッタほどではないが、背の低めの赤毛の男、バウカがサネトに挨拶する。上着を着ていた時には気づかなかったが、肩から指先まで刺青がびっしりと刻まれていて、更に胸元からも刺青がちらりと覗いており、何となく上半身に隙間なく彫られているのではないかということが推測された。
「あ、ああ。よろしく」
なんとなく同い年くらいに見えたこと、そして今までと違ってどこか親しみやすい雰囲気が、サネトの固い敬語を崩させた。
「初めまして。私はアリウプクスト。皆からはアリウ、と呼ばれています。翠竜の竜因です。水を出せます」
独特の挨拶をしたのは、少なくともサネトの目線からは、ラフグアに匹敵するほど美形の人物だった。ラフグアの光を受けて眩しく輝く黒髪、黒肌とは異なり、アリウは艶やかな色白の肌と藍色の髪の毛が特徴的だった。
「あ、どうも。あの、眼鏡、素敵っすね」
サネトは、独特のアリウの自己紹介に影響を受けて、つい奇妙な返答をしてしまう。
「おー、お褒め頂き、ありがとうございます。私もこの眼鏡好きです。ちなみに認識障害用の眼鏡です。外すとサネト氏は水色の球体で構成された、金色の立方体に見えます。不思議」
認識障害については、サネトも聞きかじった程度であるが、魔力による感覚調整が比較的容易な難視難聴などと異なり、認識障害は、今でも調整が難しく、こうした外部機材を頼る必要がある。つまり、アリウのそれは、外見では単なる眼鏡にしか見えないが、相当な技術と費用をかけて作られた、精密な機械だということだ。
「さて、これで皆の紹介は終わった。折角だから、サネト殿、貴方の事も教えてくれ」
そうラフグアに言われ、サネトも何となく立ち上がり、口を開いた。
「えっと、サネトです。大体八年前くらいに狩人始めました。リャージャと会ったのもその頃です」
「へー、だとすると結構古参の狩人なんだな。若いのに意外だ」
サネトの自己紹介にバウカが素直に思ったことを口にした。
「いやまぁ、色々あってね」
特にサネトは仔細を説明しなかったが、竜因たちはそれほどそこを追求しようとはしなかった。しかしリャージャだけは、少し物足りなさそうな表情をしていた。
「あ、そうだ。一つ聞きたかったんだけど、竜因の皆さんは、どうしてこの街に?街の人達が皆、好き勝手に話題にしてたぜ」
サネトが、やや強引に話題を転換する。それに対して、竜因は、はぐらかされたように感じていたが、リャージャだけは少し違う印象を受けた。何かを企んでいるような、そんな声色に聞こえたのだ。
「いや、何。少し、<メプケ>から離れて、観光してみたくなったのさ」
ラフグアがそう答えるが、それを聞いてサネトが一瞬だけ口角を吊りあげた。
「なるほど。<メプケ>も良い所だと聞いたが、ここも良い街だからな。俺たちも、今日初めて街を観光したが、来てよかったと思っているよ」
サネトの言葉を聞いて、一瞬、竜因たちの間に、微妙な空気が流れた。彼は目敏くそれを感じ取っていた。
「意外だったかな?俺とリャージャは、<エフゼクト>が主な活動拠点だからな。こうやって別の大陸に来るのは珍しいんだぜ?」
リャージャは、サネトが何かを企んでいることは、その語調から確信していた。だがまだ、その意図を掴みかねていた。竜因たち相手に、何の駆け引きをしているのか、何を引き出そうとしているのかも、理解できてはいなかった。
「さ、互いの紹介も終わったところだし、リャージャ、俺は一旦、宿に戻るわ」
「は?」
サネトは突然、席を立った。これから何か企てを行うのを期待していたこと、そして、自分を竜大公の中に置いていこうとする彼に、二重の意味でリャージャは驚いていた。
「サネト殿、折角お会いできたのだし……」
「いやいや、竜因は竜因同士、積もる話もあるだろ?」
ラフグアの制止も聞かず、サネトはすたすたと、部屋を後にしようとする。
「待ってくれ!」
ラフグアが初めて声を荒げて、サネトを呼び止めた。
「俺たちは実は三人組でな。宿に戻って、もう一人も呼んで来ようと思ったんだ」
そう言ってサネトは竜因たちをじっと見つめていた。リャージャには、それが返答を待っているようにも見えるが、一方では彼らの反応を観察しているようにも見える
そして、ここでようやくリャージャはサネトの狙いに気づいた。
「ああ、そうだった。じゃああの子、早く呼んできてね」
それは意図に気づいたリャージャの、的確な支援攻撃だった。サネトもその追撃をとてもありがたがった。
「おう、できるだけ早く帰ってくるわ」
そう言ってサネトが昇降機のボタンを押そうとした時だった。
「サネト殿、悪いが、この部屋から出るのは禁止だ」
いつの間にかラフグアが、サネトの隣に立ち、そのボタンを押そうとする手を掴んだ。
「へぇ、意外と本性を明かすのが早かったな」
ラフグアは強く手を掴んでいたわけではなかったので、サネトがその手を振り払うと、部屋の中央に戻っていく。
「さて、竜大公、何が目的か聞かせてもらおうか?」
サネトの態度は先程から一変して、不敵なものだった。
「目的とは?単に私たちは軽々とこの宿から出てほしくないだけだよ。私たちの動向を執拗に追いかけてくるものは今でも少なくない。実際この宿には、大枚を叩いて、私たちの情報を外に流さぬようしてもらっている」
「つまり、俺がお前たちの情報を横流しする、物好きな報道記者の仲間だと考えているのか?それは随分な論理の飛躍だ」
「そういう意味ではない」
サネトは軽口を叩くと、威圧的な言葉がラフグアの口から返ってきた。今まで余裕を見せていたサネトだったが、思わず冷や汗をかく。その言葉もそうだったが、何より今六人の竜因から発せられる敵意は、自分が今、文字通り竜の巣にいることを思い出させた。常人なら、これだけで狼狽し、最悪気を失ってもおかしくない。だが数々の修羅場を潜り抜け、そしてリャージャが共にいるということが、彼の心を強く保たせた。
「悪いが俺は、駆け引きは好きだが、犯人の分かった推理小説を最後まで読むほど、気長な性格でもなくてな。単刀直入に言うぞ。あんたら、世界政府に頼まれて、俺たちを探していたんだろ?」




