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竜の落胤 第四節

「竜大公……あいつらもこの街に。確か<メプケ>が拠点だったはずだけど……」

 竜大公という言葉を聞いて、リャージャは、寝台の上で頭を抱えている。

「いや、まぁ、嫌ってるのは知ってたが、そんなになのか?」

 サネトはリャージャと出会って長かったが、リャージャと竜因の関りについては、さほど触れてこなかった。それはリャージャの根幹にあるような深い傷と密接に結びついており、またサネト自身はリャージャとはあくまで仕事仲間としか認識してこなかったからだ。そこには確かな友情があり、お互いの理解もかなり深まってはいたが、しかしどこか守るべき場所には立ち入らせない関係を保ち続けていた。

 だが、ネーパットの依頼以降、サネトとリャージャの関係には少し変化がもたらされた。その最後の禁域に、二人とも立ち入ってみたいという気持ちが高まっていた。そして最初に、その一歩を踏み入ったのが、サネトだった。

「……はぁ。まぁ特に何かされたわけじゃないよ」

 リャージャは自分自身も、サネトの奥にある、最後の領域に興味があったので、長い付き合いの中で今まで聞こうともしなかった部分に触れてきたことを、驚きはしなかった。だが予想できたからといって、その質問に答える覚悟ができていたわけではない。リャージャはしばらくの間、逡巡をしていたが、その間、サネトもまた答えを待って、黙ったままだった。しかしその無言の視線に耐えかねて、リャージャはおずおずと口を開いた。

「私は、家出した後、竜因について調べようと思い始めた。けど、家出したばかりの頃は社会の混乱もあったし、あと竜因に対する恐れもまだ残ってたから、意外と情報が出ていなくてね。けどその後、魔工宗匠たちが<パエス>の一件で竜因の王を打倒して以降、突然秘密にされていた情報が溢れ始めた」

「ああ、俺も覚えてるよ。あの頃は、価値観の変わり方が激しかったな。竜因様と呼ばれていたのに、いつの間にか竜ども蛇どもと、散々な言われ方してたな」

 サネトが相槌ついでに、当時の記憶を思い出す。

「うん。それで自分の力について調べ始めたら、最初は黒竜の竜因なんだと思った。私が母を助けた時、暴走した力は間違いなく炎熱の力だったから、『燃焼』の力の竜因、黒竜の眷属なんだって。けど、そうやって思い込んでいたら、ある日『竜大公』の連中に目を付けられてね」

「それまたなんで」

「えっと、まぁ詳しくは聞いてないんだけど、竜大公の連中が言うには、『竜因の事を調べ続けている人間』として、目を付けてたんだって。ひょっとすると、はぐれ竜因か、迫害された王族の可能性があるかもしれないから、と」

 そんなことがあるのか、と怪訝な表情をしながらサネトは茶をすする。

「まあ真相はわからないけどね。で、当時、新世界連盟が、世界政府に変わって、狩人連合が組織された直後だった。色々美辞麗句は並べてた気がするけど、結局のところ『私たちの仲間にならないか』って誘いだったな」

 それを聞いて、サネトは少し首を傾げた。

「あれ、なぁ俺とお前が試験場で出会ったのって、それこそ魔獣狩りが始まって一年とか二年くらい経った頃じゃなかったか?もしかしてあの時も、竜大公の誘いは受けてたのか?」

「そうなるね。結構しつこかったから、あの人たち。で、その時、竜大公の仲間にいた、黒竜の竜因の人と少し仲良くなってね。まぁ仲間に入る気は無かったんだけど、竜因のことは詳しく聞いておこうと思ったんだ。それで黒竜の竜因が、私の力を黒竜とは思えない、そう言ったんだ」

「それは、何か検査とかしたわけじゃなく、その竜因の勘か?」

 こくりと、リャージャは首を縦に振る。

「竜因であれば、同じ竜の眷属は、どの世代であっても、家族みたいなもんだから、何となく仲間かどうかわかるんだって。私も、最初は半信半疑だったんだけど、信じざるを得ない状況になった。白竜の竜因、遅れて、彼らの仲間になったその子の姿を見て、互いにピンときたよ。ああ、間違いなく、自分たちは同じ竜の力に繋がっている、って」

「ふーん。不思議なもんだな」

「うん。実際竜因でも、その感覚を知っている人は少ないんだって。現に黒竜の竜因、あの有名なクスベムなんだけどさ。その人と、竜因の中では最年長の黄竜の竜因だけが、経験があるんだと」

「そうか、<紅玉>っていっても、竜因はそう多くはないもんな。クスベムって、革命期の初期に王位を退いた竜因王だよな。なるほど、そう言えば<パエス>も黒竜の眷属が王だったな」

 いつの間にか、茶を飲み干していたサネトは、コップを鏡台の机に置き、リャージャに改めて向き直る。

「そ。それで直感的に私は白竜の竜因なんだとわかった。けど、白竜の力は『凍結』、黒竜の力である『炎熱』とは対極のはずだけど」

「いや、でも、そりゃ、旧式の魔術理解なら、の話だろ。紅式の魔術言語なら、凍結と炎熱は、同じ力に過ぎないわけで」

「私もそう思ったんだけど、とはいっても竜の力、古も古の力だよ?どうして現代人の魔術理解に一致するんだよ」

 そう言われて、サネトは黙って考え込み始めた。十数秒、沈黙が続いたが、徐にサネトが再び口を開き始めた。

「前に、紅式の魔術師が、旧式の魔術を訓練したが、上手くできなかった、という話を聞いた。片方の魔術に長く親しんだ人間には、もう一方の術式を行使できない、そんな話だった気がする。もしそうなら、リャージャ、お前も近いことが起きてるんじゃないか?白竜の竜因、凍結の力を、紅式で理解してしまった。竜因の一族は、この星で唯一未だ旧式の魔術に拘ってる連中だ。それを彼らは代々受け継いでいるが、リャージャは別だ。お前はあくまで紅式に慣れ親しんだ一般的な家系の生まれ。だから、竜因の力にも変化があったのかもしれない」

「そんなことも、あるのかねぇ?」

「さぁ。それで、本題に戻るが、この街に来ている竜大公の連中のことだ。もし会いたくないなら、観光辞めてさっさと<エフゼクト>に帰ろうか」

 今度はリャージャが逡巡を始めた。リャージャも、自分の思いを言語化したことで、どこか竜因たちに対する苦手意識も、時を経て少し薄れつつあるように思えた。そんな悩むリャージャの姿を見て、サネトは再び口を開いた。

「いや、やっぱり折角だし観光しよう。水晶門で簡単に来れるとはいえ、物のついでだ。それに、竜大公に絶対に遭うとは限らないからね。<ヴェペドヴェムン>は広い街だし」

 この一言が、余計だった。<エトルムン>は、神によって定められた宇宙の中心であるならば、全ての合縁奇縁もまた、神の定めゆえに。


 

 

 リャージャとサネトが、互いの身体の調子を改めて確かめ、観光の準備をし始めている頃。<エフゼクト>大陸の砂漠の町、<ケクスペス>の地下で、魔工ネーパットは、自身の作品であるヨベクと向かい合っていた。

『こちらが、魔人の心臓二つです』

 そう言ってヨベクが取りだしたのは、鉱石のようでも、有機物のようでもある、紫色の独特の物質。それらをネーパットは手に取って、くるくると見まわしている。

『ご苦労。しかし、今回は災難だったね』

 二人の会話は、音声言語によるものではない。ネーパットは普段は聴覚の補助器を付けているが、ヨベクと二人で会話する限りは、基本的に手話による会話である。

『いえ、ネーパット様の術式貸与と、お二人の奮戦によって事なきを得ました』

『ふむ。いや、予想外の事態に適応してくれてたいへん感謝だね』

『ネーパット様でも予測できていなかったので?』

 ヨベクの問いかけに、ネーパットは答えず、卓上の機器を弄り始めた。すると、机の上の液晶に、航空地図のような画像が投射された。

『ここ数日の魔力流図を見ていたんだが、魔人の移動は観測できていなかった。あの黒豹の魔人、『狡猾なるもの』は、どうやら、魔力を押し殺しながら、<アーヴェ>大陸を縦断してきたようだ。智慧が回るとは知っていたが、あるいは』

『指示を出した者がいる?』

 ご明察、と指を動かし、ネーパットが答える。

『何、少なくとも予想外のことが起きることについては予想済みさ。彼らは獣じゃない。智慧のある存在だ。仲間が次々狩られていることを知れば、何らかの動きは見せるだろうとは想定していた。これからはその予測も含めて、あの二人には指示を出す。勿論お前にも働いてもらうよ、ヨベク』

 そう言って、ネーパットは立ち上がりながら、こう続けた。

『契約貸与の上限にはまだ引っかかっていないね?今は<ゲメスト>、<ガースガース>、<ヌシュト>だけだったか。あと一つはいけるか。次の魔人には、四つの契約を相手に併せて適宜貸し与えよう』

『了解しました。次の目的は一体?』

『それはまた、二人が帰ってからね。わしはできればお前に与える情報も最小限にしたいんだ。どんなことがあるかわからないからね』

 ヨベクは、ネーパットの説明に承服したのか、特にその後は何も言わなかった。だが突如、背後の魔力流図に変化が現れた。緊急時を知らせるための光が二度三度点り、ネーパットもその異常を察知した。ネーパットがその魔力流図を食い入るようにしばらく見つめた後、ヨベクの方を振り返り、こう話し始めた。

『ヨベク、調整は簡略で行く。明日の夜くらいには、一仕事する必要があるかもしれない』

 ヨベクはネーパットの言葉に頷く。

『そうだ、そろそろサネト君たちは竜因に会えただろうか?』

 ヨベクはその言葉に答えない。今回はその言葉の真意が理解できなかったためだ。

『いや、なに、次の一手をあちらが切ってきた。だから、こちらもそれに合わせて対応をする必要があるんだ。そしてそれには、竜大公と呼ばれている彼らにも、手伝ってもらわなきゃならん。だから、そろそろ会っといてもらわなきゃ困るんだなぁ』

 やはりその説明でも、ヨベクは理解が及ばなかった。ヨベクは、常人では不可能な演算速度を持ち、非常に高い知能を備えた機械人形だ。だが、そんなものでさえ、ネーパットの高すぎる視点から紡がれる意図を全て推測するには、まだまだ性能が足りなかった。

『さて、あの二人、そして竜因たちは、思い通り動いてくれるかねぇ?』

 腕を動かしながら、浮かべたネーパットの笑みは、実に邪悪であった。




 サネトとリャージャは、あれからお互いの身体の調子などを確かめていた。しかし、ヨベクの治療が的確だったためか、あれほどの重傷が痕跡すら残らないほど回復しきっていた。

「さて、じゃあ出かけるか。今日は雨降らないといいな」

 雨季の大雨を警戒しながら、二人は宿を後にする。二人の期待通り、街は久しぶりの快晴で、出かけるにはもってこいの天候だった。宿の外、路面は僅かに先日まで降っていた雨で濡れていたが、太陽の光がその薄い水面に清々しく反射し、宿から出てきたばかりの二人は思わずその眩しさに目を覆った。

 徐々に目も慣れ、大通りへと繰り出す頃、正午に近づいてきたこともあり、大通りは徐々に人々も増え、賑わい始めていた。また人通りが増えるにつれて、街には少しずつ香ばしい匂いが充満していた。大通りの左右を囲む建物の先には、屋台や露店が立ち並び、そこでは匂いの源となる、色とりどりの料理が置かれていた。

「いやぁ、やっぱり、<アーヴェ>の料理はうまそうだな。<エフゼクト>の野菜料理は味付けが雑だし質素なんだよな。それに対して、<アーヴェ>大陸、流石の香辛料大陸だ。野菜料理とっても、味付けも調理法も多種多様で素晴らしい」

 サネトは左右の食事処を眺めながら、昼食に何を選ぼうか吟味していた。

「ここは肉料理も美味しいけどね。『食の宮殿』とまで言われるこの街で、野菜だけって、勿体なくない?」

 だが目を輝かせるサネトを、リャージャは少し冷やかした。

「は、身体の魔力生成に必要な栄養は、野菜だけで十分とれるんだ。それに、野菜料理というのは、味の調和、調理の技術、素材の品質と相性、これらの出来がはっきりと味に現れる。言うなれば巧妙な芸術であり、高度な科学なわけだ」

「まったく、料理しないくせに、小うるさいんだから。飯にまで合理性求めるなっての」

 リャージャは、いつものようにサネトの説教臭い論理に楯突いた。

「配給食堂の飯を見てみろ。技術と、素材の質の悪さを補うかのように、肉料理ばっかだ。それに対して、この自由市場の料理たち!鮮やかで輝かしい緑に覆いつくされているじゃないか!皆、金出して食べたいのは野菜なんだ。わかるかね?」

「ぶーぶー。どうせ私は安い肉料理で満足する貧乏舌ですよーだ」

 サネトが理屈っぽく文句を並べ、それにリャージャは反駁が面倒になり折れる。それが彼ら二人の意見対立があった際のいつもの風景である。勿論リャージャは論駁されたわけではない。これは結局のところ、リャージャとサネトの間の、議論における姿勢の違いである。

 理解されなければ、どこまでも論理をかざして白熱していくサネトに対して、理解されなければ、ただ黙って相手を認めるリャージャ。

 勿論二人も、互いのそうした姿勢を理解している。ここで繰り広げられている風景は、所詮じゃれ合いのようなもので、サネトは別にリャージャを打ち負かしたいとも思っていないし、リャージャもサネトを鬱陶しく思っているわけではない。

 そんなやりとりを暫く続けていると、両者ともにある店に目が留まった。それは大きな食堂で、半分は屋内で、半分は屋根だけある露天になっている。その露天も、台になっている木組みの床は、<ヴェペドヴェムン>を挟む大河に突き出していて、それは遠くから見ると、まるで川の上で食事をしているかのようだった。昼食時で、店も随分と賑わっていて、そのおかげか二人は店外から、従業員が運んでいたり、卓の上に乗せられている、その店の料理をいくつか目にすることができた。そしてそれらを見て、一時的に割れていた二人の意思が合流した。

「この店だ」

 そう言って、二人は目の前の食堂に入っていった。賑わいこそあったが、空席はいくつかあり、幸い二人は特に並ぶこともなく、すぐに席に着くことができた。二人は献立や周りの料理を見て、注文する料理を決めた。サネトは揚げた茄子と生の新鮮な夏瓜と赤茄子を薄く切ったものに、独自開発の調味料で味付けした豆のペースト、それらを黍の粉で作った生地で包んだ料理、そしてリャージャは香辛料で味付けされた、炒めた羊肉と玉ねぎを同じく黍の粉の生地で包んだ料理を頼んだ。

 二人とも食事の供に酒を頼んだが、ここでは名産の花茎酒を頼むことにした。花の香と、蜜のような甘さがしながらも、喉を焼くような強い酒であることから、元は愛の神でありながら、死を司る権能をも持つようになった、<炎の魔神(ウタナ)>の名を冠した酒である。その名が表す通り、<ウタナ>酒は、一口目こそ甘美でまろやかな口触りで、頬が落ちそうになるが、しかしすぐさま鼻にまで通るような強い酒気が舌を痺れさせ、最後には、劫火を思わせる酒が喉を焦がす。まさに愛のように燃え上がり、死のように身を焦がす酒である。だが苦しみにも似たその強い酒気は、<ヴェペドヴェムン>の香辛料を複数用いた、味付けの濃い料理には、これ以上ないほど相性が良い。いつの間にか死の香りさえ忘れ、再び舌が、あの愛の味を求めてやまなくなる。

 これはもう食欲ではない。最早愛欲とさえ言っていいほどの飢えと渇きが、サネトとリャージャを支配していた。特に回復したての二人の身体には、至福の料理と<ウタナ>酒は、刺激が強すぎたのかもしれない。彼らは食中の会話などは一切することなく、目の前の皿と酒瓶を空にするまで、口を動かし続けた。

 僅か五分程度であっただろうか、お互い二人前の料理を頼んでいたはずだったが、あっという間に料理は綺麗に片付き、空になった酒瓶四本がその中央に置かれていた。

「うまかったな」

「うまかったね」

 食後、二人の口から出てきたのは、美味と美酒をたらふく嗜んだ後とは思えないほどの、紋切り型の短い感想と、香辛料と酒気交じりの吐息だけだった。

 



 食堂を後にした二人は、何故か食事にも関わらず妙な緊張で気疲れしていたので、どこか落ち着ける場所を探すことにした。雨天ではないことはありがたかったが、一方で快晴の空から容赦なく降り注ぐ陽光は、雨季の湿度も相まって、あまり心地よく思えるものではなかったので、屋内、かつ涼むことができる喫茶へと行くことにした。

 喫茶の中には、仕事の休憩中の地元住民か、疲れを癒す観光客がちらほらと見えたが、昼過ぎとは思えないほどには静かだった。二人は先程の食堂でのことも思い出し、どうにも活気こそあるが、人通りが今日はあまり多くないことに気づいた。地元住民ではなく、長くいたわけでもないが、しかし最初訪れた時、雨天にも関わらず賑わい多い<ヴェペドヴェムン>の姿を見ているので、今日の街の雰囲気は違和感があったのだ。

 たまらず、サネトが、喫茶の店員に、注文を告げるついでに、一言声をかけた。

「なぁ、今日、何かあるのか?」

 そう問われた店員は、二人の身なりを見て、何かを納得したような顔をしたと思えば、今度は気まずそうに首をかき始めた。

「いや、アンタら、知らないのかい。竜大公だよ、竜大公。アイツらが<メプケ>を離れて、この街に来てるんだよ」

 何に怯えているのか、店員は周りの人達に聞かれないように、二人の顔の傍で小さな声でそう呟いた。

 二人はそれを聞いて、少し互いの顔を見合わせた。

「ああ、それは、初耳だ、なぁ、サネト?」

 話を合わせろと、サネトに対して目で語りながらリャージャは店員にそう返した。

「やっぱりか。アンタら旅行者だろ。気を付けなよ。<メプケ>じゃ、すっかり貴族気取りらしい。全く、魔獣狩りしてまで、元々の王族暮らしに戻りたいだなんて、卑しい連中だよ、あの蛇ども」

「ああ。そう言えば、竜大公たちは、狩人をしているんだったか。あの魔工宗匠にも勝るとも劣らない、一大勢力だと聞く」

「そうさそうさ。全く、魔工宗匠は良いよ、彼らはどれだけ稼いでも、この星の生活を豊かにするような技術を作ってくれる。それに対し、竜大公の連中はいつまでたっても浪費するだけ。仕返しのつもりなんだろうけど」

 店員とのやりとりは、奥の店長からの呼びかけで突然終わってしまったが、二人はしかし求めていた答えは得られた。

「なるほどな。しかし竜大公、嫌われてんな」

「サネトはどうなの?あんまりそういうこと聞いたことないけど」

「いや、特に思うとこはねえな」

 ふーん、とリャージャは愛想の無い返事を返し、茶をすする。その後、こう続けた。

「私もそうだけど、皆、竜因の事、本当は嫌ってないんじゃないかな」

「ほう、というと?」

 リャージャの口にした言葉は、突拍子もないものだったが、サネトは不思議と特に驚きはしなかった。

「今の私たちの星は、比較的、皆、平等に暮らせる。けど実際は魔力が力の格差をもたらし、それが貧富の格差をもたらす歴史があった。それにいつ揺れ戻るか、そういう心配が心のどこかにあって、それを竜因にぶつけてるんじゃないかな」

「なるほど、誰も迫害される側に回りたくない。だから迫害すると。わからんでもないね。それに竜因は恨まれても仕方ないとは思う」

「私の前で言う?」

 リャージャが冷たい目つきで頬を膨らませながらサネトを睨む。

「いや、そうじゃなくてだな。竜因の王国では、政治の長は竜因だろ?政治的手腕や知恵、性格なんて一切鑑みず、竜因を受け継いだ者が後継者になる。それで民が悲鳴を上げることは多々あったし、それに、人権侵害的な母胎信仰は、どうしたって許しがたいだろ」

「そうだね。しかもよりにもよって、最後の竜因王が、最悪の王と名高いあの<パエス>王国、しかもそれを倒したのが魔工宗匠。竜因が敵で、魔工が英雄。わかりやすい図式が生まれるには最適な事例だよね」

 リャージャの目からは、どこか諦めとも哀れみともとれる色が漂っていた。サネトは、リャージャの気持ちを慮ることはできないでいた。竜因でありながら王族ではなく、一般家庭の生まれながら、この星で唯一忌むべき存在の仲間と思われる。

 恐らく、今この星で最も複雑な事情を抱えているのは、他でもないリャージャだろうと、サネトは思い始めていた。そんな人間が心に抱いた思いを、わずか七年程度の付き合いしかない自分に、理解することは難しいだろうとも。

 だがそれでいて、サネトの胸中には、リャージャのそんな感情をより詳しく知りたいという気持ちも現れ始めていた。そう思い始めたのは、ネーパットの依頼を受け始めたことが原因なのは間違いない。今までとは違い、表向きでは許されない非合法の依頼を受け、魔人との戦いで刺激的な命のやり取りを繰り返す。そうした日々を通じて、サネトにとってリャージャは単なる仕事仲間ではなくなり始めていた。友人として、力も知恵も貸してやりたいと、そう思い始めていたのだ。

 そう思う中で、サネトは、どこかリャージャが竜大公と呼ばれる竜因たちと、偶然出会ったりしないものかと、願っていた。こうして<ヴェペドヴェムン>を観光しようと誘ったのには、そうした思惑もわずかながら含まれていた。リャージャは嫌がっているが、竜因との遭遇は、実際大きな刺激になるはずだと、そう考えていた。自分だけでは切り出せない、込み入った思いや、複雑な心情が、竜因たちの前なら思わず吐露されるかもしれない。勿論、それがリャージャに悪影響を及ぼし、いらぬ負荷をかけてしまうかもしれないが、それを加味しても、意義のあることだと信じていた。

 しかしサネトも、この大都市の中で、流石にばったりと竜因に会うとは思っていなかった。あくまで今回の観光は、二人の心労を癒すことが、何よりも第一の目的だった。特にここ数日、死に瀕する苦闘が多かったこともあり、骨を休めるべき時期だとサネトも考えていたので、ネーパットの提案はうってつけだった。折角だし、明日も、<ヴェペドヴェムン>だけでなく、観光名所の多い<アーヴェ>大陸を色々見て回ろうか、などと頭の中で計画していた、その時だった。

 目の前に腰かけているリャージャが突然立ち上がる。その音に驚いたサネトがリャージャを見ると、リャージャは何かに驚いたように、店の大きな硝子窓越しに、喫茶に面している大通りの方をずっと見ていた。サネトもその視線を追いかけ、窓の外を見る。

 するとそこには、ざわざわと慌ただしい様子の群衆の姿があった。窓越しでは何を騒いでいるのかは定かではないが、どうにも人々は、皆一様に同じ方向を見ていることがわかった。

 大通りの中央、高貴さを具現化したような、豪奢な衣装を身に纏った、六人の集団が立っていた。明らかに周囲とは、その恰好だけでなく、立ち居振る舞いからも違う、異質な六人だった。その六人には、サネトも見覚えがあった。

「竜大公……」

 『神々の大いなる青地図』という言葉があるように、この世界で偶然というものは存在しない。わかってはいても、しかしサネトとリャージャは、驚きを隠せなかった。

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