竜の落胤 第一節
サネトとリャージャは、ネーパットの工房で、義手と大砲の改良を行っていた。
「しかし、いいのかい?今回も報酬の殆どを費やして強化することになるが」
ネーパットが念のために、二人に確認を取る。
「構わん。手元に一千万も残れば十分だ。それに魔人との戦い、今回で思い知ったよ。まだまだ油断ならない相手だ」
「そうかい。ほら、終わったよ」
二人にネーパットは預かっていた魔導機械を渡した。
「言われた通り、銃との接続に特化、伝達の際に失われる魔力量を最小限に減らし、また最大魔力量も、以前より増やした。しかしわしの作品は、あくまで生命の模倣だったんだぞ?それを武器に特化させるなんて。それなら最初から腕じゃなくて、大砲にでもするか?うん?」
「いや、これでいい。右腕が右腕として機能するのは、今までの感覚を保つためにも大事なことだ。特に俺は、身体強化の術を使うからな。見た目が腕じゃなくなると、術の精度が落ちるかもしれない」
ネーパットは、彼のその説明に納得したのか、特にそれ以上言い返してこなかった。だが、その直後、彼女は二人が想定していなかったことを呟いた。
「しかし、魔工宗匠に銃を作ってもらうとは、中々顔が利くようだな、サネトくん?」
それを聞いてサネトとリャージャの表情が、一気に青ざめる。
「おや、まさかバレてないと思ったのかい?構わないよ。彼らの技術は見事なものだが、わしに追いつくには、あと五千年は必要だろう。下手に目立つことをしないなら、その腕や大砲を誰かに見せても、別に問題ないよ」
「……けど、魔工宗匠は、一応この星で竜大公に並ぶ著名人だ。そんな彼らに技術をひけらかすような真似は、その、『下手に目立つ』に該当しないのかい?」
一安心した様子のサネトに追い打ちをかけるように、リャージャが質問を投げる。
「はは、この星一番の技術者を自負するからこそ、自分たちの理解できない技術の存在を公にすることがないのさ。というか、そんなものがあると彼らが言ったとしても、この星の連中が信じると思うかい?魔人狩りも恐らく中央政府は勘づいているだろう。だけど彼らは表立って関与することは無い。同じ理由だね。魔人を狩っているなんて、誰も信じない。信じがたい真実というのは、最も民衆に気づかれることのない隠れ蓑なのさ」
話の規模が大きすぎて、サネトやリャージャには想像のつきにくい世界だったため、二人の表情は納得というよりも困惑の色が強かった。
「そうだ、サネトくん、折角だし次は君の銃を改良してやろうか?」
ネーパットは、サネトに提案を投げかける。
「いや、必要ない」
しかしサネトはきっぱりとその提案を拒んだ。
「そうか」
サネトの腹の内を、この短いやり取りで、ネーパットも、隣で黙って聞いていたリャージャも察した。サネトは、ネーパットの息のかからない兵器を手にしておきたかったのだ。竜因のリャージャとは異なり、サネトは独力では、大きな破壊力を生み出すことができないためだ。
そしてそれは、彼がネーパットを信頼していないことも暗示している。
だがそのことを知りながらネーパットはサネトに対して、何か警鐘を鳴らすことも無く、ただその不信を黙認した。
「さて、では、サネトくん、リャージャくん、次の標的についてだが、実はもう<エフゼクト>大陸には魔人がいないんだ」
「この大陸にはいない?じゃあ次は別の大陸?」
リャージャの問いに答えるように、ネーパットは映像機材を操作し、大きな地図を表示する。その衛星からの映像には、命なき漂白地や、砂漠の多い<紅玉>には珍しい、比較的緑の目立つ大陸が表示されていた。
「次は<アーヴェ>大陸か?」
「その通り、<アーヴェ>大陸の、広大な<ドゥユイ・ヴムン>密林に、魔人が一体潜んでいる。だが、これまでの魔人と異なり、今回の個体は、定住地を持たない」
ネーパットにそう言われ、サネトら二人は困惑した表情を見せる。
「おいおい。ただでさえだだっ広い、それも視界も悪い<ドゥユイ・ヴムン>の魔人がよりにもよって、あちこち駆けずり回ってんのか?しかも、今、あの密林は雨季だろ?」
「すまないねぇ。本来活動するための糧を必要としない魔人は、争いを避け、生命亡き不毛の地で鎮座することが多い。だが魔人『疾走するもの』は、珍しい魔人でね。その核を成す記憶は獣であり、狩人でもある。一見すると魔獣にさえ見える、あの存在は、他の魔人とは少しだけ生命の論理が異なるんだ」
ネーパットが映像機器の端末を操作すると、地図上に赤い点が複数表示される。
「これは、魔人の活動が確認された場所、とかか?」
「ご明察。<玄黄>のように地軸も傾いておらず、<天藍>のように二つの恒星を有さないために、季節無き<紅玉>で、唯一雨季乾季の区別がある、あの大密林。その無二の特徴ゆえに、三星分裂以降、かの地が生命を枯らすことはなかった。そんな命と魔の横溢する世界を、何故わざわざ『疾走するもの』が居住地に選んだかといえば、狩りをするためさ」
ネーパットが続けて液晶に表示させたのは、複数の写真。その写真には決まって、矢のようなものを突き立てられ、事切れた獣の姿があった。
「これは、全部、その『疾走するもの』がやったのか?」
「その通り。魔人に狩猟を促すものが、本能なのか、矜持なのかはわからんが。わしがこの魔人を最初に観測した五年前から、既にこの狩りはしていたようだね。しかし幸い、魔獣も溢れる場所であるせいで、禁域並みに人の出入りが無いおかげか、まだ人間が襲われたという報告は無い。ま、『この密林で失踪した人間』が、この魔人に襲われている可能性はあるがね」
サネトが画面に近づいて、その狩られた獣たちの姿をまじまじと眺めている。今までの三体の魔人たちも、確かに尖った特徴を有する存在だったが、狩りという習性を持つ魔人は、彼にとっても興味深い事例だった。
「ふむ。じゃあ、俺たちが密林に足を踏み入れれば、向こうから襲ってくる可能性もある……か?」
彼の呟きに、リャージャは耳を疑うように目を見開き、一方でネーパットは、まるで待っていたと言わんばかりに不敵に笑みを浮かべる。
「馬鹿言わないで。どの画像にも獣には矢が一本しか刺さってない。それに獣の脚や身体には傷も汚れも見当たらない。これが意味することがわからないほど、アンタは呆けてはいないでしょ?」
「ああ、わかるよ。恐らく死を実感する暇も、危険が迫っているという予感も無かったんだろうな。飢えたる魔獣もいる密林で、長らく暮らし、五感冴えわたる獣でさえも、この有様。必中必殺、不可避不可知の一矢を、俺たちが躱せる道理は無いだろうな」
「わかっているなら……」
リャージャがそう言いかけて、あることに気づいた。画面を観察していたはずのサネトがいつの間にか、ネーパットの方へ顔を向けていたのだ。
「はは、サネトくん。中々察しが良くなったね。その通り、わしがその矢の対策をしてやろう。まぁ厳密にはヨベクだが」
そう言って、ネーパットが手を叩くと、突如工房の奥にある、兵器などの実験をするため、一際頑強な造りの隔離室に、ヨベクが現れる。サネトとリャージャは、工房と隔離室を隔てる超硬質硝子越しに、その機械人形が、頑丈かつ重厚な鎖枷で手足を縛られていることに、すぐに気づいた。
「では」
ネーパットが指を鳴らすと、それを合図に、突如隔離室の中に激しい火花と煙が巻き上がり始めた。厳重に密閉され、分厚い壁に覆われているにも関わらず、その外にいるサネトたちにも聞こえるほどの激しい爆発音の連続。最初は何が起きているか、二人はわからなかったが、困惑しつつも目を凝らすと、その隔離室の中では四方八方から高速で飛来する何かがあることに気が付いた。その飛来物は放たれる場所こそ、違ったが、目的地はいずれも同じだった。その全てが、音を遥かに上回る速さで、中央の身動き取れぬヨベクに向かって飛んでいるのだ。
「今、隔離室で放たれているのは、サネト君が宗匠に改良してもらった銃に匹敵する破壊力と速度を秘めた銃弾さ。それを毎秒五発撃つ機械銃、合わせて五十六丁が、四方八方からヨベクを精確に狙い撃っている」
ネーパットが、何でもないことのように、平然とそんなことを言ってのけると、爆音と煙は、徐々に収まっていく。
「な、何してんだ。いくら機械人形だからって、あんな……」
だが煙が晴れると、サネトの心配もよそに、そこには彼らの予想を裏切って、全く無傷で立つヨベクの姿があった。
「え」
「どうだい?信用できないなら、君も自慢の銃で撃つかい?祝福、あるいは呪い、どう呼ぶかは君たちに任せるが、何にせよ、今のヨベクには、生半可な飛び道具は一切通用しない。勿論、その周囲にいる存在もね」
よく見れば、中央のヨベクは勿論の事、よく見るとそれの周囲の床にも、弾痕らしきものは見当たらなかった。
「いやいや、どんな仕組みだよ。弾が勝手に避けていくとでも言うのか?」
「馬鹿言うなよ、神術じゃあるまいし。高速で飛来するものの移動の角度を自動的に切り替える魔術障壁を張っているのさ。まぁ、その角度の計算は全部ヨベクが行っているんだが」
サネトとリャージャにとっては、そのネーパットの説明も、十分常識外れだった。
「いや、なんだ。前も聞いたかもしれないが、何でヨベクを使って魔人狩りしなかったんだ?」
「うーん。それは焜炉を使って、敵地を焼き払えと言ってるようなもんだね。あれは高性能だが、優秀じゃないんだよ。こと戦闘においては特にね」
サネトとリャージャは、上手く言い込められているような感覚だったが、反論する気には不思議となれなかった。
「ま、ということだ。サネトくんとリャージャくん、ヨベクを連れて、密林に行くといい。あの魔人の性質なら、半日もいれば襲ってくるだろうさ。あとは必殺の一射を、ヨベクの力を借りて躱すといい。あとの展開は君たちに任せる」
その後、ネーパットとサネトたちの間で、これといって言葉を交わすことは無く、一旦この日は解散、サネトたち二人は仮の宿へと戻っていった。
サネトとリャージャの二人は、宿の部屋で、一通り次の魔人の対策を話し合った後、ただ黙って部屋で時間を潰していた。しかし話が終わったにも関わらず、リャージャは自室に戻ろうとはせず、サネトの部屋にそのまま居座っていた。
サネトは、リャージャが何か他に用があるのだと察してはいたが、こちらからは言いださずリャージャから話し始めるのを待った。リャージャも、彼のそんな態度には気づいていたものの、中々切り出すことができないでいた。
そんな沈黙を破るように、宿の部屋の外から、二人くらいで会話する声が聞こえてくる。それは少しずつ大きくなって、そして再び遠ざかっていく。この宿に泊まっているまた別の狩人たちであろうが、その会話内容は、扉越しでは聞き取れない。
だが再び完全な沈黙が訪れる前に、リャージャが心中に秘めているものを口にした。
「ねぇサネト、アンタ、ネーパットを信用してないの?」
「ああ、してないよ。お前もだろ?」
あっさりとサネトは、自分の本心を告白した。
「じゃあ、魔工たちがアンタの腕に細工して、追跡装置をつけていたこと、それをヨベクが取り払ったことも、全部気づいていたの?」
「ああ。ま、確信は無かったが、あの不自然なヨベクの態度でな」
「どうしてそんなことを?」
ここまで間髪おかずにリャージャの問いに答えていたサネトだったが、その問いには一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「魔工宗匠にネーパットの存在を気づかせるため、かな」
「どうしてそんなことを?一つ間違えれば」
「わかってるよ。殺されてもおかしくなかった。少なくともお前には前もって相談しとくべきだったな。すまん」
サネトがリャージャに頭を下げる。しかしリャージャは怒りというよりも困惑の気持ちの方が強かった。
「……いいよ、もう。それより、理由の続き、聞かせて」
「ああ。まぁ、何となくお前も察している通りだよ。仮にネーパットの目的が、何かを大きく犠牲にするようなものなら、俺たちはそれを阻止する責任がある。だが、知れば知るほど、ネーパットの技術力は計り知れない。いざとなれば、俺たち二人でどうこうできる相手じゃないだろう。魔工宗匠たちと知り合えたのは本当に偶然だったが、その時閃いたんだ。最悪、彼らの力を借りられるようにすべきだとね」
サネトの説明はリャージャにとっても異論のないことだった。リャージャ自身もネーパットを善良な存在だとは完全に信じきっていない。だがそれでも今は波風を立てる気もなかったのだ。
「ねえサネト、確認だけど、アンタ、気づいてるよね?」
リャージャは敢えて、目的語を省いた。だがサネトは、何を問われているのか、すぐにわかった。
「ああ。この会話、全部筒抜け、ってことだろ?」
「……やっぱり、そうよね」
「そりゃな。あのヨベクとかいう機械人形なら、少なくともこの街の範囲程度なら、どんな話し声も聞き逃さないだろ。そもそも俺たちの機械だって、ネーパットのもんだ。これを持つ限りは、秘密を保つことは不可能だろうな」
薄々気づいていたことではあったが、こうして言葉に出されると、リャージャも頭を抱える他なかった。
「知で勝てず、力で敵うかも定かではない。謀略も通用せんとなると……」
サネトは、リャージャの言葉に何も返さなかった。ただじっと、自分の右腕に生える魔力の塊を見つめるだけであった。
あれから数日後、サネトたちは、渇きと砂の地が土地の九割を占める<エフゼクト>大陸ではなく、水と緑が目立つ<アーヴェ>大陸にいた。彼らが水晶門をくぐると、予測通り、二人は雨に降られた。激しい風雨ではなかったものの、慣れぬ気候に二人は少し驚き、急いで雨を凌げる屋根の下に退避した。
「さて、リャージャ、どうする?すぐに密林行くか?」
「いや、先に拠点を確保しよう。密林の様子はその後に確かめよう」
先の計画では日が暮れる前に密林の偵察から始める予定だったが、この雨ではいずれにせよ視界は悪いと判断し、二人は一旦宿探しから始めた。
二人が借りた宿は、いささか割高な宿だった。ただし<アーヴェ>大陸は他の大陸と比べ漂白地が少ないことや、穏やかで過ごしやすい環境も相まって、人口も旅行客も多い土地である。加えて<ドゥユイ・ヴムン>密林の近郊都市、<ヴェペドヴェムン>は、元々観光地としても人気の高い大都市だったことから、これでも比較的安い宿だった。二人とも資金に困っているわけでは勿論なかったが、リャージャの目立つことは避けようという提案もあり、あくまで質素な宿を選んだ。
雨に濡れた衣服などを乾かしつつ、宿の窓から二人は密林を眺めていた。雨のせいで視界は白んでいたものの、眼前に広がる大密林の鬱蒼さは、そんな状況でもはっきりと分かった。
「いやいや、思った以上に、密林ですなぁ」
少し呑気にも聞こえるリャージャの言葉だったが、内心ではこれから待ち受ける苦難からひどく重圧を感じていた。
ただでさえ慣れぬ環境、大して経験の無い密林、そして相手は凶悪な魔人、どれか一つの条件ならば、二人は上手く対処しただろうが、これが全て重なるならば、それは無謀な挑戦に近いわけで、気後れするのも無理のないことだった。
「というか、ヨベクはいつ来るのさ」
「さぁな。今日中には寄越すと言っていたが」
今回はヨベクの助力が得られるとのことだったが、しかしネーパットは後で送ると言って、一旦二人で出発することになった。
「とりあえず、雨の勢いが少し弱まったら密林へ行こう」
結局その日は雨脚が弱まることはなかった。翌日、雨は少し小ぶりになり、二人は雨具を纏って密林の入り口まで向かう。遠くからはわからなかったが、密林の周りには物々しい鉄柵が自然と人間社会を切り分けるように配置されていた。
「これ、魔獣避けか」
鉄柵の役割は特に書いているわけではなかったが、密林の魔獣の多さは聞き及んでいたので、その役目については簡単に推測できた。
「とはいえ魔獣が居心地のいい密林を離れることは、あんまりなさそうだね」
リャージャが鉄柵を眺めてそう言ったのは、鉄柵やその周囲の地形、建物には、目立った傷跡は無く、魔獣が侵略を試みた様子などが伺えないからだ。
「ま、人間が入る分には問題なさそうだな」
周囲を眺めても守衛のような存在は見当たらず、また鉄柵も、頑丈な造りではあったが、リャージャとサネトならば軽く飛び越えられそうなものだった。
「サネト様、リャージャ様」
二人が鉄柵を眺めていると、背後から黒い頭巾をかぶった者に声を掛けられる。
「ヨベクか?」
聞き馴染みのある声から、サネトがその顔が殆ど隠れるまで頭巾を深々と被った人物の正体を言い当てた。
「はい。お待たせしました。ネーパット様から調整をいただいておりました」
「そうか、今日はまだ攻略しないから、別に構わないよ。それよりヨベク、この密林の中で、魔人がいそうな場所、推測できるか?」
そう言われて、ヨベクが雨よけの頭巾を外し、その機械の水晶体で、密林の中を観察する。
「はい。魔力流から判別を試みましたが、密林は全体的に魔力が高く、魔人の特定は難しいです。しかし魔人が動き出せば、魔力流が乱れるはずです。その瞬間を捉え次第、迅速に報告いたします」
ヨベクはあっさりそう告げると、サネトとリャージャに向き直る。
「では、参りますか?」
「いや、待て待て。突入は明日だ。今日は雨が昼から強くなる。ただでさえ密林は暗いからな。明日の予報は晴れ、早朝、日が昇る前に突入する。そして魔人が襲わなければ日が暮れる前に撤退。良いな?」
サネトはそうヨベクを諭すと、ヨベクは納得したのか、「承知しました」と告げると、あとは黙ったままだった。
サネトとリャージャは、ヨベクを連れて、宿に戻る。ヨベクは自分のための部屋を改めて用意しようとしたが、二人は自分たちの部屋にそのまま宿泊することを薦めた。事前に示し合わせたわけではなかったが、どうせ自分たちの会話や考えが筒抜けならば、目に見える場所にヨベクがいた方が良いと、二人の意見は一致していた。
とはいえ、二人がヨベクを改めて問いただすこともなく、ただ気まずい沈黙が、その夜は支配し続けた。
密林の中は、雨こそ降っていないが、暑さによる汗ばみ、そして鬱陶しい湿度によって、ただ歩いているだけで、身に纏う衣服が一瞬で水滴に塗れる。念のため撥水性の高い衣服を着ていたが、極端に気密性が高いせいで、その不快感は一層増していた。
だが慣れていない環境とはいえ、危険な地域、場所の探索経験が豊富なサネトとリャージャにとっては耐えられないようなものでもなかったし、そしてそもそも不快感など持ち合わせていない機械のヨベクが、その旅路に不平を漏らすわけはなかった。
「それで、ヨベク、反応は?」
「まだありません」
サネトがまるで沈黙を埋めるように、一定の間隔でヨベクにそう問いかけていたが、しかし決まって答えは同じだった。
リャージャは、ただ黙ってその定型のやり取りを聞いていたが、リャージャはどこか、今回の密林の魔人討伐に言い表せぬ不安を感じていた。だが、どうにもその焦燥感を覚えているのは、自分だけであることに気づいたリャージャは、それを何かの思い過ごしだと考え始めていた。
そんな折だった。突如ヨベクが足を止める。
「どうした?魔人の動きか?」
「いえ、一点、確認しておきたいことがありまして」
ヨベクの言葉に、思わずサネトとリャージャに緊張が走る。
「リャージャ様、貴方は、白竜の系譜、第七世代竜因、で、お間違いないですね?」
「そう、だけど」
突然の質問に困惑しながら、リャージャは答えた。
「ですが、竜の権能をお使いになりませんね?以前も腕に魔力を貯めるだけでした。出し惜しんでいらっしゃるのですか?」
その問いかけには、リャージャは答えなかった。
「おい、あんまり」
「いいよ、サネト」
リャージャは無作法なヨベクを制止しようとするサネトに、目配せをしながらそう言った。
「白竜の権能、『凍結』だっけ?私が何色の竜の力で、どんな能力か、なんて、大人になってから知ったこと。私は子供のころから、この力をこう使ってきた。出し惜しみも、手加減もしてないよ」
「いえ、こちらこそ出過ぎたことを。竜の力はまだまだ未知の事も多い。貴方が直感的に正しいと思うのであれば、そうなのでしょう」
「……やっぱ、私、アンタのこと嫌いだわ」
リャージャがふいと無愛想にヨベクから顔を背けた時だった。
「お二人とも、魔力流に動きがありました」
その言葉を聞いて、サネトとリャージャが一瞬で意識を切り替える。
「いつ襲ってくるかはわかるか?」
「そこまでは、ただ少しずつ魔力の乱れが大きくなっています。恐らく、こちらに近づいてきているかと」
サネトは双銃を、リャージャは大砲を構え、お互いの背を合わせて死角なく警戒網を張る。
「これは……魔力流の乱れが収まりました。来ます、お二人とも準備を」
「ヨベク、お前こそ、障壁の展開を怠るなよ」
静寂、雨も降っていない、風も吹いていない。にもかかわらずこの鬱蒼とした密林の草木をかき分ける音さえ聞き取れない。本当に魔人が近づいてきているのか、サネトとリャージャがヨベクの警鐘に疑念を持ちかけた、その時だった。
がきん。
軽快な衝突音が聞こえたと思えば、サネトの近くの木が、ぎぎぎと音を立てながら地面に倒れ込む。
その木の折れ目は、不思議なことに、綺麗な円形の傷痕になっており、まるで鑽孔の重機で削り取ったかのようだった。
「サネト!矢の弾道は?」
「……わからん」
サネトは突然の出来事に、それが魔人の攻撃かどうかさえ判別がつかなかった。
「サネト様、矢の飛んできた方向はあちらです。ですが流石にもう場所は移動しているかと」
ヨベクが淡々と、二人ができなかった不意打ちの出所を指で指摘する。二人はすぐにその方を見るが、しかしその先にはやはりただ青々とした木々が葉さえも揺らさず佇んでいるだけだった。
「<三重加速>」
サネトは加速魔術を使って、一瞬の矢の動きも見逃さぬように、周囲を見張る。
常人の数倍の反射速度で、枝から落ちる葉の一枚、木々から滴り落ちる昨日の大雨の一雫に至るまで、あらゆる変化を捉えていた。
がきん。
再び、矢が木を切り裂いた。この状態のサネトでさえ、しかし矢の弾道を捉えられなかった。だが、彼はそれも予想通りだった。
「ヨベク、矢が撃ち込まれたのは?」
「あちらです」
全神経を集中させて、サネトはヨベクの示す方向を見る。確かに先ほどと同じように、魔人の姿など影も形も無い。だが
「そこかぁ!!」
サネトが一気に密林の中を突貫する。
サネトには見えていた。一瞬の木々の揺れを。本来ならば見逃してもおかしくない、ほんのわずかな、静寂の中のさざ波のような変化を。
サネトがそんな僅かな変化を見切って、走り込んだ先には、しかし確かにネーパットから聞いていたものと同じ魔人の姿があった。
馬のような四つ足、それでいて本来首のある場所からは、人間の上半身が生える。また右腕には大きな弓を持っていた。獣なのか、人なのかさえわからない、奇抜な姿かたちをした魔人だった。
しかし、まるで木々が避けるかのように密林を自由に疾駆するその姿、まさに「疾走するもの」の名にふさわしい存在だった。




