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秘奥と秘密 最終節

 七人の魔工宗匠が一堂に会する機会は決して多くは無い。

 彼らは一人一人がその分野の最高権威であり、従って例え肩書が同じ「宗匠」となっていようと、彼らは基本的には自分の象牙の塔に籠っている。

 では何故サネトと出会った時、宗匠が皆集っていたのは、何かの偶然か?

 いや違う。確かにサネトと魔工たちの出会いは偶然だ。しかし全員が集っていたのは必然であった。

「そう、クトゥンちゃん、レアケたちが出会ったサネトっていう子が、魔人狩りしているんだと思う」

 レアケら魔工宗匠は、大きな画面に映し出された映像越しに、猫耳を生やした遷者のクトゥンと連絡を取っていた。

『ふむ、魔人狩り、彼らの動向は掴めそうですか?』

「うーん。一応それなりの仕掛けはしたけど、多分駄目だと思うよ?あれを作った人なら、すぐにバれちゃうね」

 レアケはまだ猫かぶりをしていたが、その語気には少しだけ苛立ちが滲んでいた。

『それなら、次に向かった場所くらいはわかりますか?』

「今、彼らがいる場所がわかるのは、多分明日だろう」

『どうしてそんな遅れるんですか?』

 ユヴェクの答えに、クトゥンは疑問を抱く。ユヴェクは後ろにいる第七の宗匠、キュペイラに視線を送る。

「えっと、まぁ仕込んだのは私の小型機械。けど知っての通り、私の子たちは、忍び込んだ機械の元々の機能を借りるのが最大の特徴だ。今回、忍ばせた双銃には通信機能が無いから、小型機械が自ら”工夫”して、初めて位置情報の発信ができるようになる。だから送受信できる情報量はたかが知れてるんだよ」

『なるほど。しかしことの首謀者の一味が割れただけでも、進歩です。サネトという青年は、幸い狩人連合にも登録がありました。彼の端末経由で、今後の動きを把握することも可能になったはず』

「いや、多分そう簡単にはいかないと思う」

 レアケはそう言って、端末を操作し、ある情報をクトゥンに送信した。

「今送ったのは、ここ最近のサネトくんの携帯端末の各種情報」

『待ってください、宗匠の皆さんとはいえ、勝手に個人情報を……』

「まぁ、そう言わず」

 クトゥンは呆れた表情をしながら、仕方なくレアケの送った情報に目を通した。

 それを見ていると、彼の表情は怪訝から、困惑へと徐々に色が変わっていった。

『なんですかこれ、位置情報、決済情報、通信履歴、全部滅茶苦茶じゃないですか』

「でしょ、まるで文字化けみたいになってる。復元も試みたけど、残念ながら効果はなかったよ。そして何よりの問題は、この情報の書き換えや表記を、世界政府の通信施設が何の不具合とも認識しなかったこと」

『それって、つまり、世界政府そのものの情報や通信が、謎の組織によって完全に掌握されている、ということでは?』

「はい、その通りです!とっても腹立たしいですよね!」

 レアケの表情は大変明るかったが、その顔は憤慨と屈辱で歪んでいた。

『……わかりました。こちらの職員で今後その問題については捜査させましょう。だが困った。言い換えれば、もうサネトという青年を使って、その黒幕に辿り着くことさえできなくなったということでは?』

「まぁ無理だと思う。というか、今この会話さえ盗み聞かれてる可能性が高いし、こっちの動向の方が筒抜けだろうな」

 怒りをこらえるのに必死なレアケを見かねて、再びユヴェクが話し始めた。

『なら今後の調査や連絡の方法については、少し考えなおした方が良いかもしれませんね』

「ああ、こちらでも対策を考えておくよ」

 魔工宗匠と、中央政府の官僚の通信は、そこで切れた。

「あの、ちょっと、考えてみたん、ですけど」

 今まで静かにしていたアテセルが、通信終了後の沈黙を破った。

「もし、その、『黒幕』さん、が、この星を、支配しているも、同然なら、今更、秘密裏に、人を雇って、魔人狩りだなんて、どうして、するんでしょう?」

「確かに。その動きを悟られたくない相手がいるのか、あるいは自分からは動けないのか」

 アテセルの疑問に、テテンが答える。

「しかし、もしそうなら、もしかしたら『黒幕』というのは、案外少人数、ひょっとすると、一人、だったりするのかもしれませんね」

 セスケトの言葉は、単なる憶測でしかなかったが、それはかなり的確な予測であった。




『まぁ、好きなだけ勘繰るがよいわ』

 一人、暗室の中で、全てを見る、全てを知る者が、そう心の裡で呟いた。




 その頃、サネトとリャージャは、魔人とお互い睨み合いを続けていた。

「リャージャ、魔人は多分まだ油断してる。一撃は多分入れられるが、おそらくそれでは足りんだろう。魔人は俺たちが傷をつけられることがわかれば、必ず反撃に出てくる。お前には足止めを頼みたい。攻撃は、俺に任せろ」

 リャージャはその提案をのみ、首を縦に振った。

 サネトが、自身に加速魔術をいつも通りかけ、魔人に高速で接敵する。

 魔人はやはり動かない。サネトは剣形態に変え、魔力の剣を生み出した。すると、僅かに、魔人が指先を動かしたが、速さで勝るサネトの攻撃に今から防御で間に合うはずが無かった。

 サネトの剣は、魔人の胸の間、分厚い装甲の隙間になる、人間でいう胸骨部分に突き立てられた。魔人も腕を振り回して、サネトをまるで羽虫のように振り払おうとする。

 サネトはその攻撃を軽く躱して、少しだけ距離を取った。サネトとリャージャは、じっと剣の突き立てられた箇所を見た。多少自然光が入り込むとはいえ、洞窟の暗さもあり、はっきりと認識できるわけではなかった。しかし、その光を纏う鎧に現れたその一点の曇りは、サネトの剣が有効であったことを意味した。

「さて、こっからが本番だぞ」

 サネトの言う通り、魔人「偉大なるもの」は、禁を破ったかのように動き始めた。その魔人が、サネトを脅威だと認定し、そして同時に、ここからは抵抗をするのだということを明示している。

「リャージャ頼んだぞ。ここからはどれだけ同じところを攻撃し続けられるかが鍵だ」

「了解、あれから溜まりに溜まった鬱憤もあるからね。今ならどこまでも力が出せそうだ」

 そう言いながら、リャージャは自身の拳同士を力強く打ち合わせる。それと同時に、その両腕には黒い装甲の機械腕が現れた。

 リャージャが魔人を取り押さえようと走り出したその時だった。

 二人は、目の前の魔人が、以前よりも強い光を発していることに、ようやく気付いた。そしてその輝きが、魔力の高まりを示していることにも、遅れて気が付いた。

 サネトは、リャージャを抱えて、急いで洞窟の入口へと向かって走り出す。そして二人の背後からは、魔人を中心に放たれる強烈な光の渦が迫る。

 彼の判断は早かった。しかし広いとはいえ、一方通行の洞窟で、直線に伸びる閃光から逃げきるのは困難であった。 

 光は、分厚い洞窟の壁と天井を切り裂き、一瞬で彼らのいた洞窟を日の光のもとに晒したのであった。リャージャは、サネトを庇って盾となったが、サネトの判断の早さが功を奏し、何とか光の威力が減衰する地点まで逃げ切ることができていた。従って二人とも大きな傷を負うことも、そして洞窟の崩落に巻き込まれることも無かった。

「サネト、大丈夫?」

「ああ、なんとか。リャージャも無事のようだな」

 二人は砂礫に塗れながらも、互いの安否を確認し合った。

「しかし、まさかこんな大砲を持っていたとは」

 二人は改めて、自分たちがいた場所を眺める。洞窟を崩すほどの破壊力を持った爆発によって、まるで巨大な椀のような歪な地形が生まれていた。もし爆心地にいれば、例えリャージャであってもひとたまりもなかったであろう。

 そしてその光の中心だった地点に、やはり輝きを失わぬ異形、魔人「偉大なるもの」が、まるで自身の武威を誇るかのように、凛々しく立ち尽くしていた。

「は、むしろ広くなって戦いやすくなったってもんだ。リャージャ、戦い方はそのままで。行けるな?」

「勿論」

 サネトは再び高速で走りだした。しかしサネトは中々魔人との距離は詰めようとしなかった。先ほど見せられた、光の爆発、これを警戒して、彼は魔人が反応できない時機と角度を見極めていたのだ。

 だがそのようなサネトの牽制に対して、魔人はやはり微動だにせず、ただ爆心地の中央で立ち尽くしていたことは、彼にとっても気がかりなことであった。

 相手は依然として格上、攻撃が通用するといっても、致命傷を一度に与えることは不可能。そして、反対に、「偉大なるもの」は、ただの一撃で形勢を覆すほどの力を持っている。安易な一手を打つことはできないが、安全策で倒せるほど生易しい局面ではない。

 とはいえ手掛かりが無いわけではない。サネトは、魔人の反応速度と、反撃の速度は先程目にしている。確かに光の爆発は強力で、全方向を包み込む。しかし結局のところ、無駄うちしないためには、サネトの接近を視認してから撃つ必要があり、であればやはり死角から攻めることは有効なことに変わりはない。

 だが魔人にとっての死角とは、必ずしも背後とは限らない。魔人の魔力で出来た身体は、魔獣と同様、最も根幹を成すような中心的記憶の持ち主の模倣に過ぎず、そして生物学的にも同じように機能するわけではない。聴覚が耳、嗅覚が鼻にあるとは限らないように、その視覚もまた、その双眼に依拠しているとは限らない。

 しかし、生き物の模倣であるのであれば、意識に偏りが生まれることもまた真である。故に彼は慎重に見定める必要がある。魔人、「偉大なるもの」、その存在にとっての「意識の隙間」、それを見極め、突く。

 こうして走り回っているのも、魔人の僅かな反応の差を見るためである。不幸なことに、その意図に気づいてか知らずか、敢えて魔人が身動きを取らないことは、その判断を遅らせることになった。

 サネトほどの手練れならば、この微動だにしない魔人の姿からも意識の隙間を見出すことは不可能ではない。だが確実性は勿論格段に落ちてしまう。金庫の暗証番号を、回転錠の僅かな手触りだけで解読するような繊細な作業が、彼には求められていた。

 彼は何度目かの周回後、魔人の後方右肩側、そこを通るたびに僅かに意識が外れる感覚があったことに気づいていた。その意識の外れが、果たして意図的なものなのか、あるいは本当に「隙」なのかは、やや賭けだった。だが彼は迷いなくその隙を突っ込んだ。

 一歩、一歩、魔人に近づいていく。高速で走り、ものの一秒もしない間に到達するほどの距離でしかなかったが、意識も高速化しているせいか、あるいは極度の緊張ゆえか、その一歩は彼にとってひどく重く、そして遅く感じていた。

 そしてその極度の緊張が張り詰める境界に来た。それはもしこの一歩踏み出したと同時に、魔人の身体が光始めれば、もう手遅れだという位置の瀬戸際である。

 彼の判断の正誤がわかる瞬間でもある。

 そして、

(とった)

 彼は賭けに勝った。魔人は未だ反撃の姿勢を見せていない。であれば、今から魔人が反応したとしても、サネトはその前に攻撃を加えたうえで、安全圏まで離脱することができる。

 サネトは魔人の傍を通りすぎる。魔人はようやくサネトの姿を認識し、反撃に出ようとしていた。サネトはすれ違いざまに大量の魔力を込めた弾丸を、先程斬撃を与えた場所に、寸分の狂いなく叩きこんだ。そしてそのまま全力で離脱、彼の背後を追いかけるように放たれた光の爆発は、サネトを捉えることはなかった。

 そしてサネトは、この数度のやり取りで、この光の爆発という、一見死角の無い反撃の短所を見抜いていた。

 爆風が晴れた後、魔人は自分の頭上から急速に迫る存在に気づくことはできなかった。

 魔人の輝く兜に、巨大な黒の塊が勢いよく叩きつけられる。その勢いのまま、魔人は大地に痛烈に叩きつけられる。

 魔人の光の爆発は、極めて高い防御力を誇るその鎧に、必死に攻めかかる相手を返り討ちにするには、確かに合理的な攻撃だ。しかし、それで相手を仕留め切れなかった場合、その光の爆発は、単に魔人の視界を一時的に覆うだけでなく、強烈な魔力照射によって、魔力感知も鈍くなる。更に光の爆発は、防御に用いる魔力を一時的に攻撃に回して発動する大規模な技。従って、爆発が終わった一瞬の隙に、魔人は防御も回避もすることができない、唯一の隙が生まれる。

 リャージャは、そこを的確についたのだ。とはいえ、魔人の装甲はその攻撃後であっても、未だ堅牢さにおいては破格の性能をしている。リャージャの重力と魔力を乗せた一撃でも、魔人の兜が僅かにひしゃげるだけで、大きな傷害を負うことは無かった。

 しかし普段であれば、文字通り”びく”ともしなかったであろう攻撃が、魔人を弾き飛ばしたことは、サネトとリャージャにとって、絶好の機会を生み出した。

 魔人が起き上がるよりも早く、再び上から降りかかるものがいた。今回はサネトでその右手には剣形態に変形させた双銃が握られていた。それを先ほどから執拗に攻めている魔人の胸の傷痕に迷いなく突き立てる。魔力の刃は煙を上げながら、鎧を徐々に突き通し始めていた。当然魔人はそれを阻止しようとするが、その両腕をリャージャが抑え込んだ。

 「偉大なるもの」が、どれだけ圧倒的な防御力を誇っても、腕力はリャージャに、素早さはサネトに劣る。従ってこの状況に持ち込まれれば、魔人の取れる行動は、先程から見せていた光の爆発のみだった。

 だが魔人は、一向に爆発の技を用いず、その体を何とか捻って、この状況から逃れようとするだけだった。

 魔人は理解していたのだ。ここで光の爆発を使えば、反応速度を究めたサネトは、決してその初動を見逃さないだろう。そして、その瞬間、魔人の身体から防御用の魔力が抜け、爆発のためのものへと転換される瞬間に、その胸に突き立てられた刃は一気に魔人の身体を貫通させる。サネトならば、僅か一瞬の隙でも、容易に魔人を切り裂くことが可能である。

 だから「偉大なるもの」は、爆発を使わずに、そしてその剣が魔人の身体を突き通す前に、リャージャの拘束から抜け出る必要があったのだ。魔人の右脚から、突然骨がつぶれるような鈍い音が響いた。魔人の右膝は、人体ではあり得ない方向に九十度曲がっていた。そのままその折れ曲がった足で、自分の上半身にまたがるサネトを蹴り飛ばす。そしてサネトが自分の身体から離れた瞬間を突いて、その上半身を光らせる。今までのものより、小規模の爆発、威力こそ低かったが、溜め時間が短く、従ってリャージャが魔人から離脱する余裕はなかった。

 直撃はしたが、今回の攻撃ではリャージャを仕留めるには至らない。だが拘束から完全に逃れることができ、魔人は体から先ほどのような奇妙な音を立てながら起き上がった。

「ちっ、あと一息だったんだがな」

 サネトがそう悪態をつきながら、魔人を睨みつける。魔人は今までの尊厳ある振舞から、まるで獣のような、あるいは壊れた傀儡のような、不気味な動き方をし始めていた。

「あと、二手、三手ってところか」

 魔人の胸の傷痕はかなり深くなっており、その部分だけは、あの頑強な装甲は見る影も無かった。

 だがサネト自身も、銃に使える魔力が徐々に減っていることに気づいていた。思った以上に、先程の剣形態の攻撃が、魔力を浪費させていたのだ。五割程度の出力にすべきだという魔工の忠告だったが、サネトはいつの間にかその限度を超えた出力を解放していたのだ。

 ここからは、サネトは無駄な攻撃を行うことはできない。全てを寸分違わず傷痕に叩きこむ必要があるうえ、しかも最大威力を与えることができる的確な距離と角度で完璧に繰り出していく必要が出てきた。

 だがその追い詰められたような感覚は、むしろサネトを昂らせた。決して悪手を振ることが許されない状況、普通の人間ならば、怖気づいて一層慎重になってもおかしくない。彼はそんな極限の中で、しかし更に大胆になり、勢いづいていく。サネトは、一気に最高速度で魔人へと距離を詰める。獣のような動きを見せる魔人は、今までとは違って、サネトをその両腕で捕えようとする。よく見れば、腕には先ほど見せていた光を纏っていた。サネトに向かって拳を振るう。その拳は空を切り、勢い余って大地に打ち付けられたが、突如爆弾でも炸裂したかのような、大きな爆風が巻き起こる。

 魔人の腕力はこれほどの威力を有してはいなかったが、光の爆発を転用した技によって、凶悪的な破壊力へと達していた。

 だが今のサネトには、この攻撃は破壊力こそ脅威ではあったが、速度は大したものではなかった。大ぶりの攻撃によって生まれた隙を突いて、サネトは胸に向けて二発、至近距離で打ち込む。反撃が来る前に離脱し、再び駆け寄る。

 魔人の迎撃は躱す。

 隙を見て急所に反撃する。

 サネトの目論見通り、あと一回で、魔人を仕留め切れる。

 だが仮初とはいえ、命の危機に瀕して、魔人の動きは更に過激に、そして予測不可能な動きへと変わっていく。

 手負いの獣の恐ろしさは、サネトはよく知っている。

 だからこそ、その対処法も良く知っているのだが。

 サネトは、姿勢を低くした体勢で、狂乱状態の魔人の元へ走り出した。辺りを血眼で暴れまわる魔人の周りには土煙が上がり、視界が悪くなってはいたが、サネトは悩まずその煙の中へ突っ込んでいく。

 敵の接近を察知して、更に魔人は激しく動く。

 だがサネトの目は動き回る魔人の身体のただ一点を、ひたすらに見つめていた。

 武器は剣形態に変形、だが刃はまだ形成させなかった。

 あと五歩。サネトは魔人の攻撃で生み出された砂礫を躱す。

 あと四歩。魔人はサネトを認識、迎撃の姿勢を取る。

 あと三歩。魔人は拳を振りかぶる。

 あと二歩。サネトの頬を、魔人の拳が掠める。

 あと一歩。サネトは魔人の懐に、だがまだ魔力の刃を生み出してはいない。

「終わりだ」

 完全にサネトと魔人が密着し、サネトは魔人の傷痕に剣の柄をあてがう。そして、その瞬間、刃を最高出力で形勢、その刃は魔人の身体を貫き、そしてそれを勢いよく真上に振りぬいた。胸から首にかけて、魔人の身体が切り裂かれた。だがここにきて、サネトは僅かに誤算があった。

 魔人の身体が、いつものように霧散しない。

「サネト!!離れて!!」 

 リャージャの忠告は一歩遅かった。魔人の身体が鈍い光を発し始める。

 その魔人の顔は、重い兜で包まれ、その表情は伺えない。だが、戦いの中で歪に変形したその兜の傷は、まるで魔人が笑っているかのように、サネトには見えた。

 そう彼が思っていると、魔人の身体は今まで最も明るく、そして残酷に光り輝いていた。

 



 魔工たちの拠点において、魔工宗匠たちは、大きな液晶画面を皆で眺めていた。

「あれ、やっぱり<ウシャネプ>荒野の禁域、魔力流図がちょっと変ですね」

「とすれば、ここが魔人の住処ですか。そういえば、気になっていたんですけど、レアケおばあちゃん、僕たちで魔人を倒しちゃうってできないんですか?」

 そう言ったのは、最年少の魔工宗匠ラーヤ。

「うーんとね。結論から言うと無理だよぉ。禁域なんていくらでもあるし、禁域の魔力の乱れなんて日常茶飯事。魔人がどこにいるかなんてわからないよ。それに、わかったとして、私たちじゃ倒せないよ」

「そうなんですか?」

「ラーヤちゃん、前のサネトちゃんの義手見たでしょ?あんなのを二個、三個使えて、なんとか魔人を倒せる、って次元なの」

 ラーヤは、レアケにそう言われて、ひどく取り乱していた。自分たちは最高峰の魔工である。それは驕りでも何でもなく、純粋な事実だ。そんな彼らでさえ作れないほどの高度な技術の兵器を三つ使ってようやく討伐できるというのだから、驚きを隠せなくとも無理はない。

「以前、私たちは、魔人もどきを倒したことがある。ラーヤの祖母、先代『生物』の宗匠、そしてアテセルの先代の『変質』の宗匠と共に。元竜因の暴君が、魔人の心臓を使って暴走したんだよ。それを宗匠総出で討伐した。結果は六人がかりでほぼ互角。勝利こそしたが、その折に、アテセルの先代は重傷を負い、後にその怪我が原因で亡くなった。もどきでその規模の災害だ。得られる利益と、失う損益を比べれば、まぁ魔人になんて手を出さないのが賢い人間の考えというもの」

 黒衣を纏ったユヴェクが、ラーヤの身長に合わせて屈みながら、そう諭した。

「けど、さ。こうして見てるだけ、ってのも歯がゆくないか?まぁ私もその元竜因騒動の頃を知らないから、そう言えるのかもしれないけど」

 キュペイラは、サネトたちに取り付けた超小型機械からの発信が無いかを、腕時計型の機材で確認しながら、そう諸先輩方に問いかけた。

「勿論、私たちも手を打つさ。けど、今はとりあえず待機。後ろの大物を引きずり出さなきゃ、この一件の本質的な解決にはならない。どうせ知恵では勝てない相手だしな。それに、ま、皆も気付いているとは思うが」

 テテンは一度言い淀んで、隣のユヴェクの顔を見る。ユヴェクが何かを察したかのように、小さく頷くと、テテンはその続きを口にした。

「どうせ、私たちの会話は、全部『黒幕』さんに筒抜け。邪魔してやる、阻止してやる、そんな会議をしていて、警告の一つも寄越さない。私たちのことなんか、最初から警戒してないのさ。脅威とも障害とも思っていない。いや、躓くかもしれない小石程度にもみなされていない。そんな相手に、その場限りの焦った策、通用すると思うか?」

 若手のラーヤ、アテセル、キュペイラも、それは薄々感づいていた。だが改めて、このように言語化されると、自分たちの無力さに、打ちひしがれるしかなかった。




「サネト、無事?」

 光の爆発の爆心地、そこには魔人の心臓と、身体の表面が、まるで焦げたかのように真っ黒に覆われたサネトの姿があった。

 その見てくれから、リャージャはサネトが爆発によって全身に大やけどを負ったのだと心配していた。だが事実はそうではなかった。

「生きてるよ」

 サネトの身体を覆っていた黒い物質に、突如ひびが入る。それはぽろぽろと、まるで渇いた粘土のようにサネトの身体から次々と剥がれ落ちていく。そしてその全てが外れる頃には、目立った重傷を負った様子の無いサネトの身体が露になった。

「緊急生命保護機能。予めネーパットから聞いていたとはいえ、いざとなると中々ビビるもんだな」

「……あれを、耐えたの?」

「らしいな。流石に義手の魔力は尽きかけだがな。今はちょっと動きの悪い義手って感じになっちまってる」

 そう言いながらサネトが立ち上がり、隣に落ちていた魔人の心臓を手に取る。

「最後の一撃、ってところか」

「……死にそうだからって、いっそ自分の存在を掛けた一撃を放って同士討ちを狙うなんて、変なの」

「ああ、獣と侮った俺の失態だな。忘れてたよ、魔人の記憶、行動原理の根幹には、人間のそれが多分に含まれてるってことを」

 サネトは少しふらついていたので、リャージャの肩を借りて、巨大な崩落の穴から抜け出した。ゆっくり、力の回復を優先させながら、サネトとリャージャは魔人の荒野を後にした。




 サネトとリャージャは、魔人討伐後、<セレヴェト>の宿屋に戻り、一旦休息を取った。そしてその翌日に荷物を整理して、水晶門へと向かう。すると奇妙なことに水晶門の前には、二人を待ち受けていたかのように、見知った顔があった。

「サネト様、リャージャ様、討伐、ご苦労様でした」

 白い肌、白い髪、白い目、無機質ささえ感じるその見た目、ネーパットの僕たるヨベクが、水晶門の前で、礼儀正しく頭を下げ、二人に会釈する。

「ヨベク?何の用だよ」

 サネトは、魔工たちとの接触があったので、ヨベクの来訪に、少し不安がよぎる。

「いえ、大したことではありません。ネーパット様が、今回私を派遣できなかった分、その苦労と奮闘を労ってこい、そう仰られたので、こうしてお迎えに来た次第です」

「……」

 明らかに、方便なのはサネトもリャージャもわかりきっていた。

「そうか、まあこれといって骨折りしたわけでもないから、何もしてもらわなくても大丈夫だよ」

 そういってリャージャは、いそいそと水晶門をくぐろうとする。サネトもリャージャの影に隠れるようについていく。

「おや、サネト様」

 だが、そんなサネトをヨベクが呼び止める。

「な、どうした?」

 突然ヨベクに呼びかけられ、サネトが焦って上ずった声をだしてしまう。

「いえ、”虫”がついていますよ」

 そう言って、ヨベクはサネトの右腕の義手に触れる。

「……?」

 だが、ヨベクが右腕に触れても、その指先には虫らしきものは無かった。

「すみません。肉眼では見えぬほどの小さな虫でした。機械の身ですから、こういうものも目に留まってしまうのです」

「そ、そうか」

 サネトはヨベクの不気味な無機質の表情と、その不明瞭な行動に怖気づきながら、改めて水晶門に向き直る。三人は、その後、特に言葉を交わすことなく、水晶門をくぐり、ネーパットの待つ工房へと戻った。



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