有史以来の未曽有の危機?らしいので最強パーティを派遣すると大惨事に
とある夏の日の夜、神々は一つの決断を下した。それは地上からの人類の一掃である。理由は定かではない。膨張する人類の文明に嫌気がさしたか、はたまたただの気まぐれか。どちらにせよ、後世で「史上最悪の厄災」と呼ばれる事件が始まった。そのことを神から通達されたギルドは頭を悩ませていた。
「うーん。これ、どうしましょうか?」
ギルドの参謀であるエルフは言う。会議室に集まったのは総勢10名のギルドの最上位の面々。
「まあ、もう起っちゃったものは仕方ない。彼らに任せるしかないよ。」
「しかし、その…我々にも準備というものがありますし。」
「まあここは成り行きに任せようや。ほら。」
そういって小太りの男がさした先は魔法画面だ。そこには6人の冒険者が映し出されていた。
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「あー、暇だな。」
獣人、おそらくは狼人であろう灰色の髪の男は言う。彼らは今ギルドから発令されたクエストで大陸中央に生まれた巨大モンスターの討伐に向かっている。実をいうとその巨大モンスターというのが神々が産み落とした化け物なのだが、そのことを伝える前に6人そろって飛び出してしまった。
「仕方ないでしょ。この大陸の中央だなんてギルド本部からでもめちゃくちゃ遠いのよ。あんたが急げっていうから必要最低限の荷物で来たのに。」
狼人に対して言ったのは金髪の細剣使いの女だ。腰にぶら下がっている細剣は美しい模様が刻まれている。
「あ?お前な、普通ならここら辺はモンスターのたまり場だろ?なんでこんなに静かなんだって言ってんだ。決して道のりが遠すぎるとは言ってねえ。」
会議室にいる人々はため息をついた。このパーティを招集して、事情を説明した時のことは考えるだけで頭が痛くなる。大陸中央部に新種の巨大モンスターが出たと言った10秒後には全員いなかった。まあといってもあの狼人にみんな引っ張られていったという表現が一番合う。
「本当に君たちは仲がいいね。でも確かに静かすぎるのは一理ある。僕らが普段ダンジョンにいて、ここに来るのだって久しぶりといってもこの森はモンスターの巣窟だってことは流石に有名だからね。」
パーティの中央でポケットに手を入れながら歩いている少年が言った。武器らしきものは持っていない。
「だがまあどちらかと言えばモンスターがビビってるって感じか?反応はあるが、襲ってくる気配がない。」
パーティの先頭ドワーフがそう言う。全身に着ているのはアダマンタイトで作られている装甲だ。巨大な盾を二つ背中に背負っている。
「まあそうですね。ありがたいですけど体が冷えちゃいそうです。」
そう言うのは純白の杖を持っているエルフの少女だ。体のあちこちに精霊を宿している宝石を身に着けているが、決して着飾っているように見えず、美しさを感じさせる。
「みんな、前を見なさい。」
黒いローブを深くかぶった人物が忠告する。その声は男性か女性かの区別がつかない。そもそも人族かすら怪しいと噂されている。
「なんだ?あれ。」
前方に大きく開けた場所がある。この森は大陸の中央部から四方に広がる大密林でこのような広場は存在しない。そしてその広場の中心、に黒く大きい影ができている。
「な、なに…あれ。」
エルフの少女が空を指さす。その先にいたのは、
「おいおい、巨大とかそういう次元じゃねえだろ。」
「体長は大体500mといったところか。本当に巨大だね。どこから来たのかな?」
空に飛んでいるのは超巨大な黒龍だ。思わずギルド本部にいる者たちは息を詰まらせる。映像越しでも十分威圧感は伝わってくる。しかし少年は笑みをたたえる。その目には恐怖など微塵も感じれない。
「はっはー!討伐対象はあいつだろ?じゃ、行ってくるわ。」
狼人はそう言って飛び出す。あまりにも無謀に見える跳躍。しかしパーティメンバーは怒るというより呆れの方が強そうだ。
「本当に少しは待ってくださいよ。」
各々は戦闘に使うものを準備する。細剣使いも少年に向かって言う。
「私も行っていいですか?」
その目はキラキラと光っている。楽しそうだ。
「どうせ止めも行くんだろう?派手に行ってこい。」
その言葉が終わる前にすでにいなくなっている。恐ろしいスピードだ。
「空飛んでるからって、油断すんなよ!」
狼人は黒龍の腹を下から一度蹴り上げる。そもそも一回の跳躍でそこまで届くのが驚異的である。
グギャアア
黒龍は大きく打ち上げられる。しかしその巨体だ。すぐに体勢を立て直す。
「久しぶりに見れますね、彼らの戦闘。」
会議室では給仕から紅茶が提供されて優雅なティータイムが始まっていた。
「ヴェラ・イードアスね。種族、狼人。レベル7の攻撃手で、拳闘士。スキルは2つで1つ目がありふれた身体強化系の超筋力。ただ、他の冒険者とは一線を画すスキル強化をしてあるおかげで魔力を想像を絶するスピードで消費する代わりに強化量は常人の20倍と推定される。現在拳闘士ランク1位、攻撃手総合ランクも3位にいるわ。通称、牙狼。」
ヒュー、と口笛の音がする。拳闘士は武器を持たないゆえにほかの攻撃手に比べると威力が不足しがちで、攻撃手ランクを上げづらいのだがとんでもない。
「もう一つのスキルというのは?」
「牙の王という名前ですね。全身から大きさ5㎝ほどの牙を出すことができる。攻めにも守りにも使える万能スキルでしょうか。」
「お、画面を見てみろ。」
全員の視線が画面に向く。
「ははは、これりゃあ凄い。」
画面上では黒龍の周囲に光の線が飛び回っているように見えている。しかし実際には違う。
「レイ・メランだな。神速って呼ばれるだけ魔法画面じゃ中々詳しく見れんな。」
「レイ・メラン。通称は神速。ヴェラと同じくレベル7の攻撃手で細剣使い。その速さのもとは彼女のスキルである風の導き。そのスキルは高速移動だけでなく空中での方向転換や反応速度上昇なども効果として持っている。現在は細剣使いランク2位、攻撃手総合ランク5位ですね。」
このパーティの前衛二人はともに世界を代表する強者だ。しかし、この二人だけではなく、そのほかの4人もモンスターすらも恐れる化け物である。
ギャアア!
黒龍は尾を大きく振り、攻撃手2人を振り落とす。二人は地面に叩きつけられる。普通の冒険者、いや上級冒険者でも死ぬであろう場面である。
「いってえな。」
「本当に硬いね、あれ。」
両者立ち上がる。これは2人が強いというのがそうだが、守られたのだ。その守り手は先ほどのドワーフだ。
「でた、ガイオス・ワームリングの盾だ。」
「ガイオス・ワームリング。通称、千変の盾。スキルはの名は不落城。質量の無い盾を自らの視界内のどこにでも展開できるというもの。盾自体は両手の指で操作しているため最大枚数は10枚。さらに質感も自由のため先ほどのようにクッションとしての役割もこなせる。守護者としては最高レベルであるレベル6。」
「本当に便利なスキルですよねぇ、それ。盾の硬さ自体はほかの守護系スキルに劣る場合もあるが、魔力が続く限り壊れたらすぐに展開できる。」
グギャラララ
黒龍は口内に炎をためる。こんな場所で炎を吐けば辺りの森林は全て燃え尽きてしまうだろう。森を愛するものとしてエルフはそれを許さない。
「精霊よ、森よ、草原よ、星々よ、我が呼びかけに応じ今枯れんとする命を救い給え。我は世界の超克者。今ここにその真意を解き放つ。精霊姫の慈愛」
辺り一帯に回復魔法を使う。その魔法の対象はパーティメンバーだけでなく周辺の木々、草花にまで及ぶ。次の瞬間黒龍は炎を吐くが辺りの植物は焼けるごとに再生していき、ついぞ炎は一つも命を奪うことなく燃え尽きた。
「はは。これが命の守り人、ルーファナ・ツェオリーの回復魔法か。あんなのがいたら死ぬ気がしないな。」
「ルーファナ・ツェオリー、エルフの治療師。スキル、精霊姫の慈愛はこの世の回復魔法の中で最も広範囲を同時に回復できる。さらに驚異的なのは魔力効率の良さ。己の魔力のみで一個大隊を癒しきることも可能。魔力をつぎ込めばつぎ込む分だけ回復量と範囲が増大する。」
誰もが羨む圧倒的な回復魔法。しかし、ここまでの戦闘でとある一つの疑問が会議室の中に響いた。
「あの人たち、魔力が多すぎませんか?特にあの治療師なんてありえない。」
それを言ったのは最近幹部まで上り詰めた若い男だ。聡明故に気づいたのだろう。
「はっはっは、そうか。君は知らんのか。」
「な、何をですか?」
「さっきから何もしていないように見えるやつらがおるだろう?」
確かに、この超次元戦闘の真っただ中で何もしていないのか2人。少年と黒ローブだ。
「まさか、あの黒ローブが何かしているんですか?」
若者は聞く。
「いや、あれは本当に何もしてない。」
「へ?」
拍子抜けという表情をする。
「じゃ、じゃああの少年が何かしているというのですか?」
信じられないという表情だ。確かにこの現場を見ている限り何かのスキルを発動しているようには見えない。
「あの子の名前はルーク・リフィタル。通称、魔王。スキルは3つ。魔力共有、魔力増幅、魔力回復。まあ、その名の通りって感じのスキルですね。支援者としては最高レベルのレベル5で当然支援者ランクは1位。あのパーティが魔力をとんでもないスピードで消費しても彼のスキルはそれを賄いきることができる。」
「そんなスキルが存在するのか…特に魔力増幅なんて、最強のスキルじゃないですか。」
「いや、実際には制限も多い。魔力回復や魔力増幅は調整ができないんだ。そのくせ一度発動するととんでもないスピードで魔力が生産されていく。故に生半可な魔力消費量じゃ、パーティ全体に魔力がたまりすぎて魔力暴発が起こるんだ。」
そう、あのスキルは強化の選択肢が魔力の回復量や増幅量増加しかないため強くなるごとに使い勝手が悪くなっていくという代物だ。
一方、その最強パーティは、
「おらっしゃあああ!」
ヴェラの一撃が黒龍の脳天をかち割り、黒龍を爆散させたところだった。
「ようやく終わったわね。」
レイとヴェラは4人がいるところまで戻る。その体にはほとんど傷がない。
「本当に硬さだけは手強い龍でしたね。」
と、6人が談笑していると大地が揺れだす。
「なんだ?」
ガイオスはみなを守る体制をとる。しかし、出てきたのは驚愕の代物だった。
「おいおい、ふざけんなよ!」
「1、2、3…軽く見積もって20匹はいるか。」
空から突如として先ほどの黒龍が20匹ほど産み落とされた。神々は結構本気らしい、ということをギルドの面々は思い知った。
「うーん、流石に1匹にこれだけ時間がかかったんだ。全部倒しきる前に少なくともこの大陸は焼け野原かな?」
「私が行こう。」
黒ローブが言った。これまで何もしてこなかったこの人物はどれほどの実力者だろうか。
「…わかった。あれを使ってくれ。ただ、今回が初めての行使だろう。行けるのかい?」
「大丈夫だ。では、魔力は任せた。」
黒ローブが手をかざすとそこから一振りの杖が現れる。その杖はルーファナの物とは対称的な漆黒だ。
「彼は魔術師なんですか?」
「そうだな。本名不明で通称、大賢者。これまで確認されているだけで10種の攻撃系魔法スキルを持っている。そのすべてが強力なものでこの世に1人しかいないレベル8の到達者だ。魔術師ランク1位、攻撃手総合ランク1位の正真正銘の世界最強だ。」
「うへえ、じゃあこの魔法は必殺級の何かってことですか?」
「天に住まう隕鉄よ、地に眠る厄災よ。今ここにその姿を現し給え。我が目の前にあるすべてを打ち砕き、我にその威光を示し給え。」
ずいぶんと長文の詠唱だ。そしてここまで詠唱したところでところでギルドの一人が言った。
「あの詠唱、ギルドの公式記録にはない…未報告の魔法?」
そうなればギルドの規約違反だが、すでにギルドの興味はどのような魔法が使われるのかということに集中しており、そのことを気にする者は誰もいなかった。
「えー、ちょっと待ってよ!それ使ったら、この森はどうなっちゃうの?」
「仕方ないだろう、これを使わないと被害はさらに甚大になる。」
ルークが答える。しかしまだルーファナは異議ありといった表情だ。
「そ、それにこれは絶対にギルドに見られてますよ!あとからどうやって説明するんですか?規約違反の罰金だって科せられるかもだし。」
ギルドの幹部たちはまずこの監視が気づかれていたことに驚きだ。
「もう、わかりました。私もあれ使いますからね!説明はルークがしてください。」
そういってルーファナは詠唱を始める。
「満点の星々よ、我らの罪を許し給え。煌々な月よ、我らの業を雪ぎ給え。今ここに草花を枯らすことを贖罪しよう。」
会議室は未報告の魔法が2つに増えたと大盛り上がりだ。流石ギルドの上層部、もともと高名な冒険者が多いだけある。ルール違反よりも魔法だ。
「世界を燃やし尽くせ、星降りの黄昏」
「散らんとする命を救い給え、大地の抗い」
まず変化が起きたのは、空だ。空が突然夕焼けのように赤くなる。
「な、なんじゃありゃー!」
その上空から降ってきたのは巨大な隕石だ。高温なことを示す赤い塊はとてつもないエネルギーを秘め、大地に落ちる。その瞬間に響いたのは爆音。
「むむむむむ…なかなかやはり威力が高すぎるな。」
ガイオスが盾で守るがそれでも爆風の一部がパーティを吹き飛ばさんとする。
「終わった。」
レイが呟く。目の前は先ほどのうっそうとした大密林とは似ても似つかない荒れ地だった。地面には巨大な穴が開き、植物はほとんどが死滅してしまっている。
「みんな、すぐに生き返るからね。」
ルーファナはそういう。その言葉の通り、辺りに生命の息吹が吹き荒れる。その後草木が芽生え始め、花が咲き大地を緑に変色させた。
「この魔法は…」
「先ほどのルーファナさんの魔法でしょう。植物のみを蘇生する魔法。確かにこれはギルドに報告するまでもないかもですが。大賢者の方はちゃんと報告してもらわないと困ります。」
「いや、でもよかったすね。黒龍、全員討伐完了っす。」
「これで神様たちも懲り懲りしたでしょ。さ、事後処理をするわよ。」
と、ギルドが動き出そうとしたとき異変は起きた。
「ん、なんだありゃ?」
ヴェラが指さした方を見ると、地面に裂け目ができ始めているのが見える。
「おいおい、まだなんか来るのか?」
「いや、モンスターの反応はない。あれは…地面が割れてるのか!みんな、走れ!」
ルークがそういうと全員が全速力でその場を離れる。そして一息ついたところで後ろを見てみると、
「ありゃりゃ~、やっちゃったわね。」
レイはそう呟く。この世界最大の大陸は先ほどの魔法の衝撃に耐えきれずに4つに割れてしまったのだ。あれほどの大魔法にあれほどの魔力を注ぎ込んだのだ。まあそうなる。それを認知したパーティは全員で満場一致の決断をした。
「みんな、逃げるぞ!」
そう、このパーティは責任から逃れるために社会から逃亡することを決断した。ギルドの監視魔法を断ち切り駆け出した。もっと詳しく言うととても遠い島国まで逃げたのだが、それはまた別の話である。
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そう、これが後世で「史上最悪の厄災」と呼ばれる事件のあらましである。この後ギルドは大陸の分断とその直前の大爆発をうまいこと説明するために最強パーティが新種の巨大モンスターと戦い、相打ちになったという情報を流した。そう、これは苦渋の決断だったのである。決してめんどくさかったからとかそういう訳ではない。