栃岡宮工業高校 入学式
まだ少し肌寒い気温の中、朝日に照らされた桜並木が薄いピンクに色づき、今日という日に何とか間に合ったと言わんばかりに春の訪れを告げている。
桜並木の下を、本日行われる入学式を控えた県立栃岡宮工業高校の新入生達が歩いていく。
多くの新入生は地元の高校に進学した中学の同級生とは離れて、全く異なる環境での生活となるため、期待に胸を膨らませている者がいる一方で、緊張の面持ちを浮かべている者も見受けられる。
そんな新入生達が高校の校門をくぐると、教室への案内がボードに貼り出されているのが目に入る。教室はもちろんクラスごとに分かれているが、ランダムにクラス分けがされているわけではなく、工業高校という特性上、次のように学科ごとにクラスが分けられている。
○情報システム科
略称は「情シス」。
コンピュータのプログラミングやネットワークについて、ソフトとハードの両面から学ぶ。
○建築デザイン科
略称は「建デザ」。
建築とデザインの両方を学ぶことができ、工業高校ではあるが人数は女子の方が多い。
○機械科
略称は「機械」。
機械に関わる加工技術や製図、設計などを全般的に学ぶ。
○電気電子科
略称は「電電」。
電気回路と電子回路の両方を学べることに加え、資格取得が最も盛んに行われている。
○土木科
略称は「土木」。
工事に関わる測量から計画、工程管理などを一通り学ぶ。
○環境化学科
略称は「環境」。
主に基礎的な化学を学び、その応用として環境調査などを行っている。建デザに次いで女子が多い。
こんな感じで、新入生達は学科ごとに各々決められた教室へ入り、黒板に書いてある指定の座席に座って式を待つ。各クラス40人で構成されているが、ほとんどの新入生はお互い初対面であり、その多くは黙々と入学式を待っている。一方、同じ中学から進学し、学科も同じだというレアケースな者同士の間では、恰好のおしゃべりタイムとなっていた。情報システム科の堺秀明と鈴鹿蛍もそのケースに該当していた。
「あれ、もしかして中2の時同じクラスだった鈴鹿?」
「あっ、堺くん!久しぶりだね。堺くんも同じ高校だったんだね」
「しかも同じ学科ってすごい奇遇だな。知り合いがいて少しほっとしたわ」
「私も知ってる人が誰もいないと思ってて不安だったから、同じ中学の人がいて良かったぁ~」
「でも工業高校って男ばっかで女子は居づらいイメージだけど、何で鈴鹿はここの情シスを受けたんだ?」
「私はそこまで勉強できるわけじゃないし特技があるわけでもないから、何か手に職をつけようと思ったんだけど、親がウェブデザイナーの仕事をしてることもあって、私もそっちの道に進めればいいかなぁと思ってここを受けたんだよね」
「なるほど、でも、ちゃんと将来のことまで考えてるんだな。俺なんかお金が欲しくて、早く働きたい一心で何となく工業高校に進学したから、これからどうするかとか全然考えてないわ」
「いやいや、お金を稼ぐために早く働きたいなんて立派だよ~。高校の3年間でやりたいことが見つかるといいね!」
「だといいんだけどな。おっと、担任の先生が来たぞ」
入学式が行われる体育館へは担任の先生の引率で向かうことになっており、情報システム科の教室にも少し冴えない風貌の男の先生が入ってきて自己紹介を始めた。
「えーおはようございます。私は情報システム科1年の担任の今治進次郎です。担任を持つのは初めてで私も皆さんと同様緊張していますが、これからどうぞよろしくお願いします。……こういう時って他の先生方はどうされているんですかね?移動まであと5分あるんですが、皆さんに自己紹介してもらうには時間無いですしね……。私の自己紹介をもう少ししますか。えーと、私はこの高校に新卒で着任して3年目になります。ですので、先生としての経験値はまだまだ浅くてですね……。これからの3年間で皆さんと一緒に私も成長していきたいと思っています。あっ、これからの3年間っていうのは、うちは工業高校という特性上クラス替えが無いので、担任もそのまま持ち上がりなんですよね。ですので、何か大きな問題が無い限りは3年間私が皆さんの担任を受け持つことになると思います。……皆さんは大丈夫です……よね?多感な時期なので多少のいざこざはあるかもしれませんが、あまり問題を起こさないでくれると助かるなぁ~と思っていますので、どうか皆さんと一緒に卒業式を迎えられるよう何卒よろしくお願いします……」
これから入学式なのにもう卒業式の話かよ————とクラス全員が心の中でツッコミながらも今治先生の話は続き、生徒たちが聞き飽きてきたところでとうとう入学式の時間がやってきた。各クラス名前順に教室の前の廊下に整列し、担任の引率で体育館へ向かう。情報システム科の教室は一番体育館に近いため、整列が終わると他のクラスに先駆けて進み始めた。体育館へ向かっている途中、堺は隣に並んでいた男子生徒におもむろに話しかけられた。
「最初から友達がいていいなぁ……。あっ、僕は川西光輝ね!よろしくぅ!」
「お、おう、俺は堺秀明だ。よろしく」
「へへっ、よろしく~。僕の中学校から進学した人、今年いないみたいでさぁ。だから全然知り合いがいないんだよねぇ~。よければ友達になってくれない?」
「おう、俺も新しい友達は作ろうと思ってたし、もちろんいいぜ」
「ありがとう!友達できるか不安だったから初日に友達ができて良かったぁ~。あ、ねぇねぇ、そういえば入る部活ってもう決めた?」
「いや、まだ決めてないな」
「じゃあ入学式の後、部活の体験入部があるみたいだから一緒に見に行かない!?」
「へぇ、入学式当日にもう体験入部があるのか。ちょっと鈴鹿にも確認していいか?」
「もちろん!」
堺は念のため、後ろに並んでいる鈴鹿にも付いて来るか確認してみようと振り返った。
「鈴鹿、入学式の後に部活の体験入部があるみたいなんだが、一緒に付いて来るか?」
「あーごめん!実は堺くんが来る前に、同じクラスの女の子に一緒に体験入部行こうって言っちゃったんだよね~」
「友達作るの早いな!まぁ、確かに女子も少ないし、そういうところで友達を作るのはいいことだな」
「だから申し訳ないけど、川西くんと二人で行ってもらってもいいかな?」
「もちろん大丈夫だよー!」
すかさず川西が会話に入ってくる。
「急にごめんね、僕は川西って言います。鈴鹿さんも何かの縁だし、これから仲良くしてくれるとうれしいなぁ~」
「もちろんだよ!これからよろしくね~」
「ありがとう!こちらこそよろしく~」
「よしよし、じゃあそんな感じで、川西は入学式の後よろしくな」
「うん!どの部活に行くかはまた入学式が終わったら決めよう!」
こうして話していると、いつの間にか体育館の入り口に到着していた。他のクラスが到着するまでの間、担任の今治がクラスを静かにさせていると吹奏楽の演奏が始まり、それを合図に入場が始まった。体育館の真ん中に作られた花道を通って、新入生が次々に入場していく。1クラス40人とはいえ、6クラスで240人はいるため、それなりの時間をかけてようやく入場が完了した。
そこからは一般的な入学式の通り、校長先生の式辞や在校生代表の祝辞などがあり、続いて新入生代表挨拶のターンになった。新入生の代表は例年、入試の成績がトップだった者が行うことになっており、代表がうちのクラスにいるのではないかと気にしている生徒も少なからずいる中で、今年の代表が壇上にあがった。
「春の息吹が感じられる今日、私たちは栃岡宮工業高校に入学いたします——」
ありきたりな導入から入り、何の変哲もない挨拶を淡々と述べていく。しかし、新入生代表だけあって、見た目からは知的さが溢れ出ている。単純に眼鏡をしているからかもしれないが、制服の学ランをビシッと着こなしており、秀才のオーラ、もとい真面目なオーラがひしひしと伝わってくる。それもあってか、「笑いを起こそう」とか「盛り上げよう」といったことは特になく、あくまでも新入生としての礼儀を重んじた無難な挨拶をしっかりとこなし、最後に終わりの言葉を述べる。
「——以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます。新入生代表、電気電子科1年、宇治義政」
多くの生徒は関心が無いまま、一部の生徒は「今年の総代は電気電子科かぁ」などと思いながら、続く在学生歓迎挨拶や校歌斉唱が終わり、入学式が幕を閉じた。