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4 ネニュファールのおにぎり


 驚いているローリを含めた5人のリコヨーテ兵と、7人のクライスタル兵が同じ曲を弾いている。というのは、身につけている国のイメージカラーで判別した。

 空をいい気持で翔んでいたゆいなはパラシュートに乗っているかのように地面に足をつけた。そして少し引きずられる。

 月影のキンケイと月影のてんとう虫はゆっくり降下していき、見事に着陸した。

月影の姿がわかった。アゲハチョウの月影、キンケイのメスの月影、大きな蚊の月影、ヤママユガの月影、モモンガの月影。トンボの月影。


「君達がキンケイの月影とてんとう虫の月影を使役していたのかい?」


 ローリはインバネスコートを着用している。


「はい。ローリはなぜここに?」

「調査の為出てきたのだが皆の士気を上げるためと、ここから小さな鳥で降りるのは風の影響で不可能なんだ。僕は大きくなれるけれど訓練していないネニュファールは大きくなれないからね」


「それでは、かわりに願い石をとってきます、どこにあるんですか?」とビオが言うと、ローリは悔しそうな顔を見せた。


「リコヨーテの宝物庫にあるのだけれど、一足先にフェルニカ兵が来て、願い石でこの砂漠の大穴を開けられたんだ」

「そんな、それじゃああんなに集めた願い石はもうないのか?」


 太陽は脱力して座り込んだ。


「いいや、宝物庫は全部で3つあるよ」


 ローリは苦し紛れに笑った。


「後2つの場所って?」

「中庭から巻物を使った方法で降りて、更にまた巻物で降りる。1つはそこにあるのだよ。盗られたのは実在している地下の宝物庫で、もう1つはゴブリンたちの鉱山のトンネルの出口にある、フェレットの石像の下にある空間にある、どっちにしろ、夜が明ければこの砂漠の大穴は収まると思うよ。とりあえず、僕の城の地下の地下にある願い石でこの事態をどうにかしたまえ。パース」


 ローリは全長50センチくらいの巻物を2つ、箱から出して太陽とビオに渡した。


「わかったけど、もうリコヨーテにも降っているんじゃないか?」

「それは……大変申し訳ない」

「ローリ様は、この大穴からなるべく月影を日本に送らないよう努力してますわよ」


 ネニュファールはライフルを肩に背負って、太陽を頭から足まで眺めた。


「これからリコヨーテに行きますの?」

「ああ、皆を助ける為にな」

「パース。これは餞別ですわ」


 銀貨にふわふわのレースのシャトルのような髪留めを斜めにつけてとめている、ネニュファールは箱から両手に手に収まる物を太陽に渡した。


「何だこれ?」


 太陽は葉っぱで包まれた不思議な匂いのする物を6個もらった。太陽はショルダーバッグに入れた。


「わたくしが握ったおにぎりですわ」

「あのな、ネニュファール、こんな時に悠長におにぎりなんて食べられるわけ無いだろうに」

「それはあなた次第ですわ」

「それはどういう」

「陛下! 皆さん! 曲を止めてはなりません! 攻撃も続けてください」


 メイド服に猫耳をはやした女性が全員を急かす。


「すまないね。キマリ、もう大丈夫だよ。君達も道中気をつけてくれたまえ」

「行こう、皆」


 太陽は巻物を抱きかかえ、ロープに張り付いた。


「用は済んだかしら? 行くわよ。ママ」

「ビオさん、平気ですか?」

「すみません、巻物持っていただけますか? 頭痛がして」


 ビオはゆいなに巻物をもたせる。


「「リコヨーテのスターリング城まで連れて行って!」」


 美亜と遥の声が被った。

 そして月影のキンケイと月影のてんとう虫は羽ばたいた。

 ゆいな一行は大穴に沈むように入っていった。

 リコヨーテまでは少し時間がかかるらしく空気の薄くないように、人にも見られないように注意して低く翔ぶ。


「ねえ、止まって見て、……あたしじゃなくて。下よ」


 美亜の声にこの場の全員が下を見下ろした。

(25メートルほど下だろうか?)

 暗闇に目が慣れたゆいなは誰かの叫び声を聞く。

バン! バン!

 1人の警察官が銃を発砲している。

 相手は赤い目をした、3メートル級のハツカネズミの月影だ。

 ハツカネズミの月影の傷は煙と化して、すぐに血も蒸発する。

 警察官の拳銃の玉はすぐに切れたようだった。そして袋小路に迷い込んだ。


「助けよう」

「待って、武楽器は1回触ると重力に逆らえなくなるのよ」

「遥さん、鳥をもう少し左に誘導してもらえますか?」

「キンケイ、少し左に行き、留まれ」

「ちょうどこの位置です。ウォレスト」

「ちょっと」


 美亜が口を出そうとすると、ビオは口に人差し指で喋らないように行動で示した。

ポロン♪

 ビオの触れたハープが落ちていく。重たいので風に飛ばされたりすることはない。


キキーーー!

 ハツカネズミの月影に当たったようだった。

 断末魔の叫びのようであった。


「ウォレスト」


ポロン♪

 ビオは再度ハープを落とした。

 今度はハツカネズミの月影は鳴かなかった。


「美亜さん、援護奏お願いします」

「わかったわよ、ウォレスト」

「ウォレスト」


ポロン♪

 ビオはハープを3回落とすと黙った。

 キンケイの月影とてんとう虫の月影は少し降下した。


「いくわよ。ショパンで、ノクターン2番」


 美亜はロープに手をかけ足を足場に器用に乗せながらクラリネットを弾き始めた。きれいな音色は夜によく染み込むようだった。

 ハツカネズミの月影の血肉は金貨、銀貨、銅貨、装飾品、貴金属類などに変わり、舞い上がって美亜の持つクラリネットに入っていく。

 ゆいなはその様子を眺めていた。骨だけになったハツカネズミの月影を見ると、頭の骨が粉砕されていたので背筋が凍った。


「すごいわね、重力で倒しちゃうなんて」

「俺、ビオさんだけは敵に回したくないよ」

「突風の吹く予兆はありませんでしたし、緯度と経度を測って、目算でしたがうまくいきました」

「あたしも、ビオが仲間で良かったわ」

「こちらこそ」

「あの警官は?」


 警察官は目の前に起こった出来事に腰を抜かしている。


「放っておきましょう」

「美亜さん、遥さん、鳥と虫にまた命令してください」

「「リコヨーテのスターリング城に向かって翔びなさい」」


 遥と美亜の声で止まっていた者たちが動き出す。先程よりも高く翔ぶ。

 リコヨーテのはるか上空から下降していった。

 城の真上まで来た。霧が濃くて入るのを月影の2体は恐れている。風は強くなってきている。


「大丈夫、安心して入りなさい、ローリの帰還かもしれないから殺られることはないわよ」

「台風の目は何事もなっていないと思います」

「「だったらこのまま直線に進みなさい」」

 

 遥と美亜は声が合わさった。

 皆は落ちないように必死にロープをたぐる。

 そして、城の中庭に月影2体とも降りることができた。着地する人たち。


「月影ダ! 討ち取レ! ウォレスト」


 中庭にゴブリンや執事のような服の使用人が湧いて出た。


「ナー、落ち着ケ」


 静かな声で金髪のゴブリンを落ち着かせたのは老いたメスの黒髪のゴブリンだった。


「霧で包まれているはずなのに、ここがどうしてわかったんだ! ウォレスト! 水圧で殺そうと思うが、どう思う? サトル?」


メガネをかけた、分厚い唇をしていて、くせっ毛の、太った男性がトロンボーンを出した。


「待てファンボ。多分、この方たちは去年一緒に大地、水、太陽、風を吹いた方たちだ」


 サトルの口元は隠れて見えないが、焦っているように見えた。


「本物カ? 偽物の可能性もあるゾ?」

「おい、俺は太陽だ、偽物ではない」

「なんかいい匂いがするゾ?」

「なんだハン! 俺は何も感じない」

「もしかしてこれのことか?」


 太陽はショルダーバッグからネニュファールのおにぎりを出した。


「それは! ネニュファールさんのめはりずしダ」


 ナーはおにぎりを太陽から奪う。そしてむしゃむしゃと食べた。


「まだある」

「ということは、本当にマスターに言われてきたのカ? 4つ、くレ」


 ハンは4つのおにぎりを太陽から受け取るとそういった。

「そうだ、この月影は使役している月影だ」


「今城にいるのは女王ガウカ様、ゴブリンが5体、使用人は3人、ルコ様は先程日本へ旅立たれた」


「4人と5体しかいないのか?」

「皆呼んでこイ、マク」

「はイ」


 黒髪の老いたメスのゴブリンは返事をして城の入っていった。


「あ! もしかしてビオ様じゃないですか!? サインください」

「おい、エア、勝手な行動するなヨ」


 ハンに一喝されたエアは元々小さな痩せている体を更に小さくさせる。


「女王のお出ましダ、頭が高イ。控えおろウ」

「お主ら、来るのが遅いのじゃ」


 ガウカは見事な黒色で牡丹柄のドレスを着ている。

 隣には博士が実験して爆発したような髪のゴブリンと晴れた空のような水色の毛髪と同じく水色の目を持ったメイドがいた。


「ボン、アリア。ようやく全員お出ましか」


 太陽は呟いた。

 城に残っていたのは、

 ゴブリンのナー、ハン、マク、エア、ボン

 人間のサトル、ファンボ、アリア、ガウカだった。


「今、町は月影が降っているんだろう? それで使用人は駆り出されたのか」

「そうでス」

「お主達、ロー君に言われてきたのじゃろう?」

「ああ」

「この城のどこに宝物庫があるのじゃ?」

「それは人払いとゴブリン払いをしてからだ。多くのものに知られるとよくない。それとロープ切るからハサミを用意してもらえるか?」

「わかったのじゃ。使用人はハサミを用意するのじゃ」

「私、持ってます」


 アリアから太陽はハサミを受け取った。そしてロープを切る。


「お主達、わしが呼ぶまでここから離れて居るのじゃよ」

「「「はい」」」

「「「はイ」」」

 

 ゴブリン達と使用人は城に入ってどこかに消えていった。

「使役している月影はここにとどめておきましょう」


 ビオは中庭の大樹に月影のロープを縛った。


「柳川さん、太陽。まずは太陽の持っている巻物で地下にいきましょう。キイちゃん、弾ける人挙手」


 遥は冷静になって語ると、太陽が軽く手のひらを上げた。


「……大事な曲だ、多分、楽譜はないんだろうな? 前に探したけど地下にはなかったよ」と太陽。


「すみません、一度聴ければ、私も弾けます」


 そう、ビオは発言した。どうやらビオも絶対音感を持っているようだ。


「2回目はビオに弾いてもらうわね。太陽、あんまり間違えないでよね」


 美亜も太陽から渡されて、ハサミでロープを切る。皆に行き渡りそうだ。


「わかってるよ。ウォレスト」


 太陽は巻物を芝生の上に開くとピアノを出した。


 キイちゃんという曲は完璧に音がコピーされていた。なんならバイオリンの曲だがピアノ風にアレンジされている。

 ゆいなは音の粒が振りかけられているかのようだった。

 いつしか曲は終わっていた。


「すごい、すごいよ、太陽」


 アイは拍手する。


「いやーそれほどでも」

「何、鼻の下を伸ばしてるのよ。さっさと地下に行くわよ」


 美亜は太陽の下にある巻物が階段に変わるのを見て、指差し、言った。


「別に鼻の下伸ばしてないよ。まったくもう」

「まったくもうは美優の口癖だから」


 美亜は太陽に体当りしながら、階段の下へ降りていった。


「ごめんね、太陽君」と遥は手を合わせた。


「慣れているので、平気です」

「そうなの? いつもあんなにがさつなの?」

「まあまあ、そんなこと言ったらきりがないので、先に進みましょう」


 太陽は努めて明るく言いながら階段を下っていく。


「そうね」


 遥も察したように言うと、太陽の後をついていく。

 ゆいなも入ることにした。

 真っ白い空間が随分と遠くまで続いている。



「ここの下だったよな」

「はい、ウォレスト」


 ビオは無表情で巻物を広げた後、呪文を唱えた。


 きらびやかな音の束がビオのハープから音楽の世界へと引き寄せられている。

 ゆいなは胸がどきどきしてきた。

(この冒険の最後には何が待っているのだろうか)


「なにか危険があるかもしれないから、俺が先に行く」


 太陽は緊張した面持ちで話す。


「私ここで待ってます。少し体調がよろしくないので」

「大丈夫? 私もここで待ってるね」



 遥がビオのことを肯定する。


 ゆいな達はその下の黒い階段に足を踏み入れた。

 何も見えない。


「パース」


 太陽は懐中電灯を4本、箱から出した。

 ゆいなとアイと美亜、そして太陽が照らした。四隅もしっかり見たが、願い石はない。

 この部屋は随分と狭かった。壁に沿って回り込むもホコリ1つない。


「誰かが持っていったのか?」

「そのようね。誰かしらね?」


 美亜は周囲を照らすも何も出てこないので顔の下から懐中電灯を向けて、「うらめしやー」とつぶやく。


「何してんだよ」

「誰かー!」


 悲鳴のような声は上から聞こえてきた。


「皆戻ろう」


 ゆいな達は下ってきた短い階段を上がっていく。

 登り終えると案外2人は無傷だった。2人は床に這いつくばっている。なにかが起こったようだった。


「どうしよう。いきなり階段が消えたの」


 遥は上を見上げている。


「閉じ込められたってことか?」


 太陽はどうするか頭をフル回転させる。


「ここから歩きましょう、他の出口から出れるかもしれませんから」


 ビオは頭を抑えながらそう言うと、立ち上がった。しばらく壁にそいながら歩いていると、音楽が聞こえてくる。


「この曲は、犬のためのぶよぶよした前奏曲ですね。エリック・サティ作曲です。全3曲から成ります。第1曲にきつい叱責、第2曲に家で1人、第3曲にお遊び、です」


 ビオは簡単に説明した。ピアノの曲が流れている。

 犬がものすごい速さでこっちに向かってきた。


「シルバーストラ」

「え? この犬のこと?」


 太陽は不思議そうなゆいなをよそに、シルバーストラを抱き上げた。黒色と白色、それから灰色の毛が混ざっている犬だ。


「一体誰が弾いているんだろう」

「ピアノが遠くにあるわ、行きましょう」


 美亜は再び歩き出した。

 曲が終わった。

 シルバーストラは目を閉じて、眠ってしまった。


「可愛い犬ですね」

「シルバーストラです」


 シルバーストラは起きていたのか、半目でゆいなを見る。


「ピアノを弾いていらっしゃったのはどなたですか?」


 ビオ達はグランドピアノのまえにようやくたどり着いた。


「まあまあ。みなさんようこそ、ご無事で!」


「カナさん」とビオが言った。


「知り合い?」

「ああ、前に世話になった人だ」


 太陽はそう言うとカナに事情を説明し始める。


「閉じ込められたということは、誰かが巻物を閉じたのですね」


 茶髪で両耳の上にお団子を作った髪型のカナは考えるように顎に指をつけた。緑色の目を閉じる。


「それなら、ここの階段がゴブリンたちの鉱山への道になっていますよ。というのも休憩所になっているんです。この場所」


 カナは少し離れたところにある階段を手で示した。どうやら鉱山に繋がっているらしい。


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