2 流れ星
ゆいなと美亜、そして太陽は一度、店に戻った。
帰り道でのことだった。
「今日は流れ星がよく見えるな」
太陽は空を見上げた。
星が流れている。
「わあきれいだわね」
「待って待って、なんか落ちてきてない?」
「そんな事あるわけないじゃないですか?」
美亜は軽くあしらう。
「皆、しゃがめ、なにか来る」
太陽の言葉にゆいなは素直に従う。
太陽は美亜を守るようにしゃがみながら抱きしめた。
ドオオオン!
近くでものすごい音がなり、強風も起こった。
◇
「あたしの家が……!」
美亜の家は緑色のなにかに侵略され、全壊していた。
かろうじて、玄関の縁が形を保っている。
「ママ!」
「落ち着け、美亜」
「大黒柱に変な、大きなおにぎりみたいなのがついてる。あの緑色のは何? 生き物?」
「月影です」
「月影?」
「月から降ってくる、怪物で、有効な武器は武楽器と呼ばれる楽器の武器だけです!」
太陽の声にその月影はゆっくりと集まっている人の方に向いた。赤い目をしている。
それは全体的に緑色で大きなカマを2つ持っていた。つまり、空からカマキリの月影が降ってきていたのだ。そして卵を産んでいた。カマキリの大きさは3メートル級だった。卵は60センチほどだ。
「ウォレスト」
太陽の前にキーボードピアノが現れた。
「何、もしかしてドッキリ?」
ゆいなが聞くと答えるかのようにピアノが鳴った。
シャラララ♪
太陽の手はピアノの白鍵だけを隅から隅まで弾いていた。
15センチ程度の針がピアノから出て飛んでいく。
首や体に刺さると、同時にカマが落っこちた。青色の血がぼたぼたと落ちる。
コツンゴツン
「ウォレスト」
美亜は何も無いところからクラリネットを出した。
「美亜」
「2人で協奏したほうが早いからよ」
「何弾こう?」
「早く決めなさいよ、人が集まってきたら厄介よ」
そう言っている間にケータイで録画している人や、警察に電話をかけている青年がいる。人はどんどん、とめどなく集まってくる。
「やさしさに包まれたなら。合わせてくれるか?」
「松任谷由実ね、オッケー」
♪
月影のカマキリの血や緑色の頭、体が金貨、銀貨、銅貨、貴金属、装飾品類に変わっていく。武楽器に入っていく。
そのうちに月影のカマキリを殺すことができた。大きな羽だけがその場に残された。
「どうする? 卵が孵化したら子カマキリが半端なく出てくるぜ?」
「あたしの落雷はこんなところでやったら、皆感電して死ぬし、太陽の針でも子カマキリが出てくるかもだし」
2人で当惑しているときだった。
パーーーー!
トランペットの音が不意に聞こえてきた。
太陽と美亜とゆいなは振り返った。
「美優?」
「いや三角実真だわ!」
美亜に名前を叫ばせた、実真はトランペットのトリガーを力強く握りしめていた。少しずつ歩いて月影のカマキリの卵に近づいていく。そして、トランペットのベルのところにオレンジ色の炎が蠢く。
パッ!
ゴウォオオオ!
実真のトランペットから放たれた、火の玉が月影のカマキリの卵を焼き尽くしていく。火の玉は直径50センチほどだ。
「翔斗君、消火!」
「おう、任せろ、ウォレスト」
先程名前が上がった翔斗と呼ばれた人物が答える。翔斗はトロンボーンを手に取っていた。
ベーーーー!
今度は水の玉が、翔斗の吹いているトロンボーンのベルに集まってくる。直径1メートルほどだ。
「シの音だ」
ベ!
シュウウウウ!
水の玉が飛んでいき、わずかに燃えていた火は隣の家に移る前に鎮火した。月影のカマキリの卵は跡形もなくなっていた。
「あたしの家が、あたしの家が……」
「どうしてこんなところに、実真と翔斗が居るんだ?」
太陽は不思議がる。
翔斗と呼ばれた男子高校生は前髪が逆だっていて、目が鋭く、濃い顔だった。焼けている強いて言うならソース顔だ。
実真と言う名前の方はスポーツ刈りで細身、白い肌で顔は塩顔だ。
ちなみに太陽は醤油顔だ。
「今日本で各地に月影の卵が降ってきているらしい、世界樹のある場所の近くに落ちてくることが確認されている。風神さんはアスさんと大月と一緒に学校の方を見に行ってる」
「ママ!」
「あぶねえよ。美亜ちゃん」
翔斗は美亜の手を引っ張った。
「遥さんは無事だ、今風神さんの家で待機している、アイちゃんもいるしビオちゃんもいる」
「なんでだ? なんでこんな大惨事になっている?」
「なんかテイアがさ今大惨事でさ。元リコヨーテのあった砂漠に穴が開いていて、3時間で収まる予報なんだけど。というのもテイアが夜なんだ」
「風神さんの家のお母さんは?」
「公園に避難してるよ」
「ちょっと待って! テイアって何?」
「今のんびり話している時間はないですが、よく聞いてください。この空に浮いている大陸があるんです。楽器で戦い、楽器でその死体を回収する、音楽が支配している、テイアという場所があるんです。月影はそこの怪物の総称した名前です」
「なにそれ」
「さっきのカマキリもそうです、目が赤かったでしょう?」
「武、楽器? 私でも戦えるの?」
「訓練すれば、弾くだけだったら相応の練習して、できれば、協奏しても大丈夫です」
「ローリからもらった武楽器の1部これだけだぞ」
翔斗は尻ポケットに手を突っ込んで2つの楽器の1部を出した。
「どこから出してんだよ」
「なんだよ、俺の勝手だろ」
「チェロの1部とホルンのマッピかしら?」
「チェロがいい」
即答したゆいなの声に美亜も頷いた。
「尻ポケットに入っていたなんて臭そうだわね」
「臭くねーから」
「今までチェロに触ってこなかったんなら今は出せないです。チェロある場所がリコヨーテにあるので後で行きましょう」
「20歳の頃にチェロ教室でチェロを弾いた記憶があります。バイトが忙しくて辞めちゃったんだけど」
ゆいなは正直に話す。
「そうですか? これ掴んで、ウォレット・ストリングスと唱えてみてください」と、ピアノを出しながら太陽は、翔斗からチェロの1部をかっさらうと、ゆいなに渡した。
「ウォレット・ストリングス」
ゆいなの前に古ぼけた赤茶色のはずが、ホコリで黒くなっているチェロと弓が出現した。
「ああ、思い出した。そのチェロ教室、少し前に潰れたんだった」
「駒がたってる? 弦の具合は? 松脂は?」
美亜はチェロを覗き込んだ。母親の遥がバイオリニストだからか、弦楽器に詳しいらしい。
「ケホッケホッ、弓に松脂、塗ったほうがいいですね」
「クシュ! うん」
美亜とゆいなはホコリが舞っているためか、くしゃみする。
「まずは拭いてからですね。とりあえず消してもらっていいですか?」
「どうやって消すの?」
「消えろって思うんです」
太陽が言うと、すぐにチェロと弓はホコリとともに消えた。
「あたし、ママに会いに行く」
「単独行動は避けた方がいい」
「そういえば、パパも日本に来てるんでしょ?」
「あー、都市部の方に駆り出されたから、今は会えない。つーか、電車も止まっているのにどうやって会うんだ?」
「復旧したら会いに行くわよ。そういえば、いつからこんな事態になってるの? さっきまで普通だったのに」
「ほんの40分くらい前だ」
「あたしが家出て、すぐじゃないのよ! ママは本当に無事なのかしら?」
「テレビやSNSで映っているから、俺等明日から、ヒーロー扱いだぞ」
「そんなことはどうだっていいのよ。この周辺の人皆避難完了してるわけ? してないわよね、ほら」
美亜はクラリネットを持ちながら、アイドルのように片足と片腕を上げてポーズを決める。
「おお! 魔法少女だ」
観衆にケータイで撮られたり、大きなマイクと大きなカメラを持っている人にも美亜はサービスショットを撮られていたり、大好評だった。翔斗も紛れて写真を撮っていたが、美亜に気づかれずにすんだようだ。
「って、いやだわね、こんな事してる場合じゃないわよ、太陽、行くわよ」
「あの、私もついていっていいかな?」
「え?」
「あ……嫌じゃなければ」
ゆいなは目線を下に向ける。
「太陽が決めなさいよ!」
「もちろんいいですよ! ですが、危険な時は下がっていてください」
太陽は必死に笑みを浮かべている。
「こんな時にあの天然の王様は何してるのかしらね」
美亜は独り言を言った。
「天然王?」
「何でもないです。美亜、少し黙れ」
「はいはい」
そして、風神家についた。家は荒らされても壊されてもなかった。
「アイもビオも10歳なんです。たぬき顔が美亜のママ、遥さんで、アイは黒縁メガネにショートカットの子、ビオは身長160センチほどで赤い髪をハーフアップにしてる子です」
裏手に回ると遥とアイとビオが輪になって木を囲んでいた。3人はしゃがんで何かを口ずさんでいた。
「ママ!」
美亜は空気も読まずに特攻する。
「美亜!? ワプッ」
美亜は遥に抱きついた。
「……ふう、美亜さん、透明化の防護壁が解けてしまいました。すぐに復帰しましょう」
ビオは無表情で言った。
ゆいなは(怖っ)と思った。
「ビオさん、あんまりきついこと言わないであげてください。少しの間なら月影に見つかる心配は少ないんじゃないですか?」
「この家が壊されたら美優さんが傷つきます。歌いましょう」
「あら、あたしの家は大破したのよ。まさかそれを知っていて言ってるのかしら?」
「読んでました。そして、今また月影が落ちてきております。この家に来るのも時間の問題です」
「ローリはテイアの穴を塞げる状況じゃないの?」
「リコヨーテにも降ってきてます。民を置き去りにできないのではないでしょうか?」
「そうだけど。願い石は?」
「大きな願い石はローリだけが開けることができる場所に通じているはずです」
「なあ、さっき歌っていた曲ってオー・ソレ・ミオ?」
太陽は藪から棒に言った。
「そうです、世界樹の魔法力で空から見たこの家が見えないようにしていたのですが」
ビオは首を縦に振る。
「それなら簡単な話だ。俺、願い石ならあるけど?」
「太陽さん、願い石持っているのならば、この空間を透明化させてバリアーを張ってもらえないですか?」
「リコヨーテに向かえるのか?」
太陽は見定めるようにビオを見た。
「使役します。できればドラゴンクラスがいいのですが」
「使役なんてできるのか?」
「そちら用の魔法曲があります。今下に降りている月影は羽の生えた月影だと思います」
「カマキリか……卵産めるのはメスのはず」
「交尾した後に月から降りてきているわね」
「メスは翔ぶことはないと言われているんだけど」
「雌雄同体になっているんじゃない?」
「そうですか。口早で申し訳ないのですが、太陽さんの願い石をお使いいただいてもよろしいでしょうか? テイアに行き、鳥類、昆虫類を使役しに行きましょう」
「パース! あ……しまった箱に入れっぱなしだった」
「仕方がありませんね。この指輪を、大切にお使いください」
ビオは人差し指にはめていた、空模様のような青と白の指輪を太陽に手渡した。
「これはローリの?」
「そうです。日本を託すとおっしゃり、お預かりになりました。しばらく太陽さんに貸しておきます」
ビオはポーカーフェイスで顔色からは何を考えているのか何もわからない。
指輪は少し大きくなって太陽の指に合うサイズになっていた。
「パース!」
太陽はひのきのような箱を両手に収まり出した。そして箱を開けるとつまめるサイズの金色の石を取り出した。それはピカピカと夜空を照らしていた。ゆいなの顔が反射して映った。
「箱だ……。願い石?」
ゆいなは手で口を覆った。
(すごい、この魔法、いつからあったのだろうか……)
「願い石、これから2時間、風神美優の家と周辺を外側からバリアーを張って透明化して月影から守ってくれ!」
太陽は手の中でそっとキスをした。
キイイン
「わあ」
ゆいなが見ているのは道路工事の人と向かいの人の家だ。周辺は見えなくなっている。
「柳川さん、そばを離れないでください」
「わ、私に触らないでくれます?」
ゆいなは差し出された太陽の腕を避ける。
「あら、いい感じに嫌われてやんの。ざまあみなさい。ぷぷぷ!」
「美亜」
遥は美亜をたしなめる。
「びっくりさせるつもりはなかったんですが」
「さあ吹くわよ、ウォレスト」
美亜はマイペースに武楽器であるクラリネットを出した。
「やれやれ、ウォレスト」
太陽の前にピアノが具現化した。
「「「ウォレスト」」」
ビオの前にはハープ、遥の前にはバイオリン、アイの前にはユーフォニアムが出てきた。
「グリーンスリーブスよ」
「オー!」
♪
ピアニスト、クラリネッティスト、バイオリニスト、ユーフォニスト、ハーピスト、どれも達者なもので、音を間違える人がいない。音は一体となって聴こえる。
そして音は終わりを告げた。
パチパチ
ゆいなは拍手していた。




