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スイセイ桜歌   作者: 五月 萌
太陽が歩く世界
6/108

6 クライスタルで

 ももを触って感触を確かめると、意外と柔らかそうにぶよぶよしている。迷わず、断ち切ってみた。切る方法は簡単だった。骨にそって切ると、赤紫色の血がはねた。俊敏に両の足の肉を削いだ。それを箱のなかへ。もう切るところはないと美優のところまで引き上げた。


「何勉強してんだよ」


 太陽は美優が暗記カードで英語の練習をしているのに一喝した。


「バレたか」

「バレバレ、つうか、わかんない所あるんだったら、俺が教えてやるけど」

「なんでライバルに教えてもらうの?」


 美優は真顔でそう答えた。


「太陽はどこの大学に行く予定なのよ? それとも大学生になるの嫌?」

「嫌ではないけど、学費出してくれないから、行くの無理だ」

「奨学金でいく方法もあるんだよ?」

「それも検討している」

「テイアで稼ぐ手もあるけど」

「おう」


「よし、食料も調達できたことだし、クライスタルへGO」


 美優はそう言うやいなや、せかせかと歩く。

 太陽は森の獣道にヒルなどがいないかドキドキしながらついていった。


「もしかしてヤマヒルがいないか気にしてる? 大丈夫、家で虫除けスプレーかけてきたから、私」

「俺にも貸してよ」


がさっ

 音がした瞬間だった。美優は出し抜けにマウスピースを口につけ、鋭くビュッと吹いた。何かが飛び出た。そしてその針のようなものに、当たったのは、野ウサギだった。


「なんだうさたんか、焦ったわ」

「怖えよ、何したんだよ」

「マッピに吹き矢の要領で痺れ薬、さっき暇だったから作っといたんだ」


 美優は得意そうにする。そしてまた仕込んでいる。


「うさたん、放置でいいよね」


 美優はそう告げ、太陽に防虫スプレーを投げてよこした。

(制服のズボンが長ズボンで助かった)

 太陽は腕や首にスプレーをかけた。一応ズボンにもまんべんなくつけた。

 しばらくすると軽自動車が通れるほどの馬車道についた。


「さあ、もうすぐだよ。クライスタル!」


 美優の大声に負けない大きなクリスタルが目に入った。真っ青なクリスタルが転々と目につく。坂の上からだと街自体が神々しい存在に見えてきた。

 太陽はどんな店があってどんな人が住んでいるのか気になった。大きな坂を降りてから気がついたのだが、街には広く高い壁があった。検問の小屋も目に飛び込んできた。検問の人の小屋の屋根にはギンガムチェックの赤い旗が風に揺られている。


「何用だ」

「五六八十番、兵士の風神美優です。こちらは訓練兵志願の石井太陽です」


 美優は箱から小さな手帳のような写真付きの本をだして、見せている。


「ならば兵士長に失礼のないようにな。通ってよし」

「異常なし! 扉を開閉します」と上から言葉がかわされた。望遠鏡を持っている。見張り番のようだ。

「ここがクライスタルか」


 太陽は目を輝かせた。


 黄色い壁の家、赤い壁の家、花が周りを囲んだ白い家。細い小路もある。

 一番歓声が出るのは、土台に不思議なバランスをとって、鎮座しているクリスタルの青の数々。


「とにかく朝ごはんを食べよう」


 美優は赤くてゴツい腕時計を見てそう言った。

 今、時計は六時になる頃だった。


「ここから地球に帰れるよな?」

「大丈夫、この国には地球に帰る用の大樹の切り株があるから。ちなみにその木が武楽器になったんだ」


 美優は明るく受け答えると、太陽に向き直った。


「太陽に渡したいものがあるの」

「渡したいもの?」

「まあとりあえず、この店で腹ごしらえしようか」


 美優が目の前にある店を指さした。

 太陽は店を眺めた。寂れてはいないが、人けはない。緑色の外壁をしていて、なんの言葉かわからないが、チラシが窓ガラスに張ってある。魚の煮付けのような写真が貼ってあった。


「高くないのか?」

「男が値段を気にするもんじゃないよ、ここは私が出すしね。ていうか、私のお父さんの家だし」

「お父さん?」

「別居してるの。一応、居酒屋風だから桜歌ちゃんの情報あるかも」

「入るか」


 太陽は桜歌がお腹空かせてないか心配になった。


「らっしゃい」


 太っていてタオルを首に巻いた暑苦しい黒髪の店員と、中肉中背で緑色の頭髪をもった優しそうな青年がカウンターに座り、客として話し中だった。中は涼しく換気もされている。天井を見ると、ピンク色とオレンジ色の花が光を放ちながら下向きに咲いている。


「美優、新しい顔だな」

「あのね、私のお父さんのマリンだよ。風神マリン。一応分隊長だからマリン分隊長と呼んでね」

 美優は気恥ずかしいように言った。

「あ、石井太陽です」

「美優のこれか? よく話は聞いてるけどよ」とマリンは親指を立てた。

「違います違います」

「テーブル席でいいよね」


 美優は否定せずに奥の席へずかずかと通り、木の椅子に座った。木のテーブルにスプーン、箸、ナイフがあった。メニュー表はない。


「はははは、賑やかだな。俺の名はネムサヤ。隣の国の者だ。以後お見知りおきを」


 緑の髪の整った顔立ちの青年が声をかけた。耳には鳥の羽のようなふわふわした毛が横長に生えている。小さめな彗星証はピアスのように耳の上に挟んである。まつげが長い。


「こんにちは」


 太陽はマイペースに挨拶をした。


「今日はノトサウルス狩ってきた。ステーキよろしく」

「あいよ」


 マリンはグラスに水をつぎ、お手拭きを二人の前においた。

 美優は太陽に目配せをした。


「パース・ストリングス」

 太陽は箱をだすと、獣臭がする肉をマリンに手渡した。

(食べられるのかな、これ?)


「ネムサヤさんはなんの用事でここに?」


 美優は横目でネムサヤを見ていた。両腕にアーガイルチェックの腕輪をしている。


「殿下へ手紙だよ。女王が今日蘇ったというね」

「女王? 蘇るって?」

「おっと、城の女王に関しては機密事項だ」

「あの、その耳はいつもそうしているんですか?」

「ああ、俺のアイデンティティだからな」


 ネムサヤは怪しい笑みを見せると亭主に金貨を五枚ほど払い、店から出ていった。


「何だったんだろう?」

 太陽は首を傾げる。


 美優は視線の焦点があってなかった。

 数分後、店の奥から肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。


「それでね、渡したいものは……これじゃい!」


 美優が渡したのは一つの鍵盤だった。


「あ、ここで押しちゃだめ」


 美優は焦ったようにその行動を止めようとした。

 太陽はその黒鍵をためらいながら押していた。はっきり言って期待していた。

(美優の持ってる魔法と同じ魔法が使えるんだ)


 しかし出てきたのは、小さな幼児が遊ぶであろうピアノ、アンコパンコマンピアノだった。


「あはははは」

「なんじゃこりゃ!」

「こら、美優笑うんじゃない!」


 肉ののっているだろう、皿のお盆を持ってマリンは登場して、美優を叱った。


「だって〜」


 美優は苦しそうに息をして、一段落した。

 美優の席の前のテーブルにそれはそれは美味しそうな匂いを放つ、均等に切られて、焼いた肉が置かれた。スープはコンソメと卵、玉ねぎが入っているようだ。


「武楽器は過去触れたものと同じものを出現させるの」

「俺、このままこのピアノで戦い続けなきゃならないんですか?」


 太陽は賢明に聞くも、最後の方は涙声になった。


「そんなことないよ、最後に触れたピアノがアンコパンコマンピアノだったってだけ」

「例えば美優が地球でピアノを持っていてそのピアノに触れたとして、武楽器を出した時、そこに存在しているであろうピアノはなくなるんですか?」

「そのとおりだ。マウスピースや鍵盤等に魔法がかかっており、武楽器を借りる、というか箱の中に入れておけば好きに出せるし場所とらない。すでに人が使っている武楽器は自分の武楽器にはならないけどね」

「早く食べない? 冷めちゃうよ」


 美優は水で喉を潤す。

(消えろ、ウォレット・ストリングス)

 太陽が念じるとピアノは消えた。


「ドラゴンステーキだ」


 太陽の前に食べやすく切り、並んでる、ステーキの皿が太陽の前に鎮座した。キレイにソースがかけられている。まるで芸術作品のようだ。スープは美優のと同じものだ。


「二人共、ライスはどうする?」

「私、大盛り」

「俺は小盛りで、まだ朝食には早いだろ」

「もう六時半だよ。私はいつもこれぐらいに朝食とるけど」


 美優はまたお気に入りらしい赤くてゴツい腕時計を見せつけた。


「そうだ、桜歌がいなくなったの、なんて説明しよう」

「私の家に泊まってる、でいいんじゃない?」

「確かに。放任主義だからバレない。でも長い間、泊まってるといるというのはな。俺も心配だし」

「うーん、どうしよう。やっぱり桜歌ちゃんをなんとか取り戻そう」

「俺は一刻も早く桜歌を取り戻したい、金稼ぎはそれからだ」


 太陽が話しているとマリンがご飯を持ってきた。


「いただきます!」


 美優は待ってましたかのようにがっつく。大盛りのご飯はみるみる内になくなっていく。

 太陽もステーキを、箸でおしとやかに口に運んだ。


「うまい」


 肉汁が口の中で広がり、舌の上で踊るように自然に溶けていく。外はカリカリで中は柔らかくてジューシーだった。香辛料の味がかすかにあった。


「そりゃ美味しいよ、お父さんの料理でまずいの食べたことないよ! ところでさ、桜歌ちゃんってリコヨーテの女王様なのかな?」

「いままで考えたこともなかったけど」

「でも片目が赤かったんでしょう? それって半月の力を出したときに見られる特徴の一つだよ」

「半月?」

「この世界にはさっき見たノトサウルスの月影のように、月影という両目が赤くて、月から降ってくる怪物がいる。半月とは、月影が人間のような体をした月影と普通の人間との混血の人間で、先祖の先祖の先祖くらいが今の時代の半月だ。月影の局所がでてきて、例えば耳とか尻尾とか、月影の血を引いているんだ。月影風になることもできる」

「そう言えば美優がノトサウルスに石を投げたじゃないか、あれ、なんですぐに体治ったんだ? まさかだけど、月影に攻撃が有効なのって、武楽器だけなのか?」

「察しが良いね。そのとおり。実際に見ないとわからないと思って、石投げたんだ。半月もまた同じ。攻撃が深く通じ、治りづらくなるのは武楽器」

「へえー」


「半月狩り」

「なにそれ?」

「半月を捕まえて、傷が治るのを逆手に取って、拷問にかけるの。血は魔法曲で金貨やその他に変わるの。食べ物を食わせ、寝かせ、また拷問にかける。フェルニカ軍が指揮されていることよ。いい忘れたけど月影も半月も、血をほぼ抜き取られるか、心臓を潰されない限り死なない」

「クライスタルはしてないんだな」

「リコヨーテと同盟が組まれているから」

 太陽はなんとなくポケットに手を入れる。中には五百円玉とケータイ、桜歌にあげるネックレスが入っていた。


「この世界の貨幣ってどうなってるんだ?」

「金貨が一枚、百ペドルで地球でいう百円、銀貨が五十ペドルで五十円、銅貨が十ペドルで十円。装飾品はものによるけど指輪とか高く売れるね。日本のお金はここでは使えなくて、高いものを買う時は、もっている装飾品や貴金属と等価交換したり、ペドルと呼ばれるこのコインで払うの」

「ケータイも、使えないのか?」

「箱に入れれば、テイアでも電話は使えるよ。ただ地球で箱は出せないから出しとくんだよ。この世界はイメージするだけで使える魔法があるの。試さないとわからないけど。情熱大陸で鼓動が早くなったのも、私の思いでそうなったのかもね、ある意味魔法曲かな?」


 美優はステーキを食べ終わると、手を合わせて小さく「ごちそうさま」と言った。

 太陽は口の周りをポケットティッシュで拭いていた。美優に合わせて「ごちそうさま」と呟いた。


「パース」


 小さな箱が出てきた。美優は箱の中に手を入れると、金貨や銀貨、銅貨をテーブルの上においた。すべて人の絵が書かれている。皆、男性だ。金貨はバッハ、銀貨はヘンデル、銅貨はハイドン。


「なんでパースで箱が出せるんだよ?」

「それは、修行の成果とコツだよ。できる人は何も言わなくても思うだけで出せるよ」


 美優は十枚ほど、千ペドルの金貨を茶色い袋に入れてマリンに渡した。


「また来るね、ばいばいお父さん」

「美味しかったです。さよなら!」

「はいよ。またな」


 店のドアに付いた鐘がカランと軽快な音を立てた。目の前には地面に刺さったクリスタルのかけらがあって、太陽と美優を反射させている。


「早く地球に戻ろう」

「兵士長にあってからね?」

「いや時間がもう七時すぎてるだろ」


 太陽は美優の腕時計を盗み見た。


「すぐ終わるから」

「ほんとにか?」

「大丈夫だよ」

「ちょっと急ご、うわっ」


 美優に気を取られていて前を向いてなかった太陽は強い衝撃を受けて後ろに転んだ。曲がり角で、メイド服にアーガイルチェックのケープを着た女性にぶつかった。長いスカートがめくれ上がる。


「痛いですわね! どこ見て歩いてらっしゃるの?」


 彼女は前かがみになっただけで転びはしてないようだった。ピンク色の長い髪を右斜めに縛っている、前髪はぱっつんでこめかみには束になった少量の長い髪。髪留めが印象的だ、どこかの国の銀貨に金で縁取られていてふわふわのレースがバトミントンのシャトルのように下にくっついてる。瞳の色は(とき)色。身長は小柄で太陽より少しだけ低いようだ。メイドのカチューシャを揺らしながら太陽に抗議した。

(可愛い)

 

太陽は急いで立ち上がった。誠意を見せようと頭を垂れる。


「ネニュファール大丈夫かい?」とこちらは鹿撃ち帽を被った紳士だ。こちらも身長が百六十センチくらいで童顔だ。くせっ毛の髪の毛と同じ藍色の、目つきは鋭く、そして少し(わし)鼻だ。アーガイルチェックのインバネスコートを着ている。いかり肩だ。

「ローリ様、わたくしのことをお思いになってらっしゃるの? 光栄でございますわ。ありがとうございます」

二人は二人の世界に入っている。


「あ、あの、すみませんでした。今、急いでて」


太陽は思い切って口を開いた。


「気にしないでくれたまえ。彼女はよくミスをする。ところで君は平気だったかい?」

「ローリ様、その言い方あまりに冷酷ですわ。こんな品性の欠片のなさそうな青二才にそんな、むぐ」


ネニュファールは太陽を喧嘩をふっかけたり罵ろうとしたりするので、ローリに口を塞がれた。


「俺はなんとも。では、本当に急いでるので」


 太陽は美優と手を繋いで速歩きをする。道には街路樹が等間隔で植えられている。


「美優、早いとこ案内してくれ」

「うん」


 美優はそう言うと太陽の手を引きながら、小走りになった。訓練兵の小屋にたどり着くまで二、三分かかった。人の気配はあまり感じられなかった。


「地球人と判ればすぐ帰してくれるよ?」

「行こう」


 押し式のドアを思い切り押した。太陽は全力で開けて、中の廊下へ。ようやく二人分ぐらいの通路を確保するのがやっとだった。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 柔道着を着ている、筋肉の浮き出た巨漢が出てきた。背丈は太陽とは少し上くらいだ。ヒゲも生えている。年をとった貫禄のある人だ。

 そこは畳が敷いてある十畳ほどの空間で数人が竹刀や楽器を手にしていて、妙に暑苦しかった。


「私は風神美優、五六八十番兵士。本日は、新しく兵士になりたいと申し出た、石井太陽を連れてきました。竹中ルイ兵士長」


 太陽は美優が言ったことに戸惑いがかくせなかった。

(竹中?)


「武楽器を出したまえ。話はそれからだ」

「嫌です」


 太陽が最後のす、を発声するが早いか、美優の鉄拳が太陽の頭に炸裂した。


「いいから技術を見せてくれって言ってるんだよ。あんたの幼稚なピアノなんて気にしないから、私の顔に泥塗るつもり?」

「すみません、わかりました。……ウォレット・ストリングス」


 太陽は再び、アンコパンコマンピアノを出した。

(思ったとおり、子供用だ、恥かしい、死にたい)


 太陽の思いとは裏腹にこの空間の誰一人笑うものはいなかった。机がないので、「パース・ストリングス」と唱えて箱を少し大きめにして蓋を閉じて、その上にピアノを置いた。太陽は正座する。


「えっと、じゃあ、いきます」


 太陽は困ったときにはこうしようというのがすでに段取りしてあった。

 アンコパンコマンピアノは音域が狭いぶん、数個のスイッチで音程を変えられる。


 音が高いところは右手だけでなんとか弾ききった。

 太陽のクラシックで一番好きな曲だ。

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