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4 実真の決意

「何ちゃっかり約束してるのよ!」


美亜の声を実真は後ろから聞いた。


「星乃輪ガウってローリの妹なのかな?」

「僕の妻だよ」


ローリは待っていたかのごとく実真と一緒に男子トイレに入った。


「妻? 結婚してるのか?」

「うん」


実真は驚いて声も出せなかった。


「不思議かい?」

「なんて言えばいいのか、リアクションに困る」

「リコヨーテじゃ別に普通なのだけれど」

「星乃輪ガウって娘? ピンク髪の」

「ピンク髪はネニュファール。星乃輪ガウは黒髪の娘だよ」


実真はさっき一瞬見えた美亜よりも小さな女子高生を思い出した。


「ロリコンなのか?」

「はっはっは、違うよ、政略結婚だよ、できることならネニュファールと結婚したい、というか、する予定だけどね」

「クラスが離れて残念だったな」

「わざと離したのだよ。ガーさんが嫉妬するから」

「ガーさん? ガウさんのこと?」

「そうだよ。昼休みにはこっちのクラスにくるんじゃないか?」

「え!?」


実真は胸のドキドキが抑えられるか心配になった。もちろん、ネニュファールに対してだ。

実真とローリは用を済まし、手を洗った。


「友達が増えて良かったな、三角ぅ!」

「すまないがどいてもらえるかい?」


男子トイレの前でまた乱闘騒ぎが起こりそうだった。


「ローリ、こいつ、丸村正と取り巻きの2人は俺の父親を殺した。警察は証拠がないというが、俺は見ていたんだよ」

「ほう、それはいけないね」

「殺してねぇよ、自殺だよ、三角の親父は! だいたい見てたのならどうして助けに入らない?」

「お前らがいじめてくるからだ!」

「皆がやってたことだろ!」

「違うだろ、お前の命令だろ、話すり替えるな」

「何はともあれ、親父にチクっておくわ」

「僕は君たちから実真君を守るためにやってきた! 意地悪するなら再びテイアに連れていく」

「俺は、何もしてませーん、冤罪でーす」

「こいつ」


ガッ!

実真は正の顔に1発パンチを食らわせた。

正は大袈裟に顔を抑え、倒れ込む。


「やる側が悪いのか、やられる側が悪いのか」


正は声を押し殺す。


「何をしている?」


運が悪いことに数学の教師に実真が正を殴っているところを見られてしまった。


「先生ー、三角君がいきなり因縁つけて殴ってきました」

「三角、何を言ったんだ?」

「ちょっと待ってください、俺何も言ってませんし、こいつが」

「理事長に知られたら大変だ、謝れ、三角」

「先生、丸村君が三角君にわざと殴らせたようでした」

「謝れ、三角」

「嫌です」

「それなら親を呼ぶ」


数学の教師は実真の手を引っ張った。そしてそのまま職員室の方向まで連れていかれる。


「やめてください、謝ります」

「心から謝罪するわけではないんだろう。反省文3枚だ」

「なんで俺だけ」

「校長室で書いてもらう」

「人の話を聞けよ」


実真は後からローリが追いかけてくるのに気がつく。

実真は校長室まで数学の教師とローリに付き添われてきた。


「失礼します、校長、丸村正をこの三角実真が殴りました、つきましては処分、反省文3枚でよろしいでしょうか?」

「失礼します、待ってください、丸村君が煽ってきたんです」

「私は殴ったのを見ました。殴ったのは確かだろう三角?」

「その前にお前の父親じゃなく俺が死ねばよかったといったり、父親のこと殺害しておいて冤罪を主張したり」

「ふむ、反省文など必要ない」


口ひげの生やした白髪の校長は凄むように言った。


「では親を呼びましょう」

「その必要もない」


校長は口ひげを触りながらそう答えた。


「生徒同士の喧嘩には介入することはない。両成敗でいいだろう」

「ですが」

「丸村の方が悪くても理事長にもみ消されるだろう。話は以上か?」

「はい。三角、これ以上大事にするなよ」


実真は納得いかず無視した。


「「失礼しました」」


「大丈夫だったかい?」


廊下で少し歩くとローリが実真の隣に並んだ。


「最悪だったよ」

「正君に僕が釘を刺しといたよ」


ローリはにっこり笑った。


「どうせまた喧嘩売ってくるだろうけど」

「そうかい? うーんやっぱりもう一度わからせる必要があるようだね」

「あの3人、もうテイアにいく木に近寄ることないよ」

「それは大丈夫、魔法曲を聴かせるすごくいい作戦があるんだ」

「魔法曲ってローリ、何か吹くのか?」

「このウォークメンを貸すよ、今日のお昼ご飯の時に聴いてくれたまえ」


ローリは相変わらず微笑みながら、音楽を聴く小さな機械とイヤホンをポケットから出して実真に渡してきた。


「え?」

「さぁ戻ろう、授業が始まっているようだよ」


ローリは実真の隣を歩いた。


「あの、どうして待っててくれたの?」

「君が逃げないように見張ってるんだ」

「何から?」

「大元はいじめからだよ」

「俺はただじゃやられないよ、大丈夫!」

「目の前の恐怖に、逃げない、大切な人を守ると、誓えるかい?」

「もう逃げない、あんな後悔したくない。わかったよ」


言い放つ実真の眼前にローリが握りこぶしを出した。


「君もこうしてくれたまえ、僕なりの男同士の約束だ」


ローリの言う通り、実真は左手を握り、ローリの拳にコツンとぶつけた。


「これから教室に戻るの気まずいね」

「ふけちゃおう」

「はっはっは、そうだね、それでは学校を案内してくれるかい?」


ローリの声が実真は心地よかった。


「ここが調理室、こっちが音楽室、それでここは理科室、社会科室、生徒会室、美術室、家庭科室、生物室、コンピュータ室、図書室、保健室、放送室、そして職員室だ 、はははっ戻ってきちゃったね」


実真は一周して戻ってきたことに笑った。


「放送室の場所だけ分かればそれで構わないよ。ありがとう実真君」


ローリは腕時計を見た。


チャイムがなった。


「1限目終わったな」

「ほう、チャイムは1分の狂いもなくなるものなんだね」

「当たり前だろ、ほら行くぞ教室」

「うん」


ローリはケータイをうっていた。


「俺とも交換してくれよ」

「いいとも!」


ローリはにっこり笑うとケータイの番号を言ってみせた。


「何もそんなに焦ってるんだ?」

「あの3人をテイアに連れていく手段を手筈通りに進んでいるか確認してるんだ」


言いながら教室についた2人。


「こら、三角君、サボったわね!」


美亜にいい咎められる。教室にはあまり人の気配はないが、ローリが戻ってきた瞬間、過疎化地帯だったのが過密地帯になったようだった。


「ローリ、ちょっと話せる?」

「なんだい? 美優さん」


2人は教室から出ていった。



お昼休みになった。今日のお昼の放送は何が流れるか気になった。

「確か、放送委員、四角さんだったような」

「今日のリクエストをおかけします、スターリングシルバーさんから頂きました、マスネ作曲、タイスの瞑想曲」


沙羅は校内放送でお昼にはいつもCDをかける。


「武楽器で弾いたタイスの瞑想曲は人を操る力があるんだ。早く僕の渡したウォークメンをつけてくれたまえ」


ローリが小声で急かした。

気がつくと、美優と美亜もイヤホンをつけている。


「ローリ、お前は?」

「僕? 訓練してるから操られないよ」


ローリは平然とそう言った。

曲が流れ始めた。バイオリンとピアノの曲だ。

実真はイヤホンをつけて違う音楽を聴くことにした。

イヤホンから聞こえてくるのは激しい曲調のクラシックだ。こちらもバイオリンとピアノだ。


「これは?」

「通称ドッペル。2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調第一楽章だよ」

「四角さんも仲間なのか?」

「珍しくソロで活動しているクライスタル人だよ、美優の言うことをよく聞く子だね」



「もうすぐ終わるから、そろそろ行こうか」


ローリはお弁当を食べ終わった。


「ローリ様味はどうでしたの?」

「美味しかったよ、焼き鮭が特にね」

「早起きして作ったかいがありましたわ」

「けっ、わしだって作ろうと思えば作れるのじゃぞ、ちょっと早起きが苦手なだけで」


ガウカ(ガウの自己紹介済み)はむくれたように言うとたこさんウィンナーを食べている。

ネニュファールとガウカが実真のクラスに来ていたのだ。片耳イヤホンで2人で音楽を聴いている。


「リコヨーテのほうはどんな感じなのか?」

「人が溢れかえってるよ」

「兵士が平和を守ってますわよ、正さん動かないでくださいませ」


ネニュファールはご飯を食べ終わって席の前で突っ立っている正の手を掴んだ。そして自分の胸にあてる。


「ええ? 何してるの?」

「命令に従うか試しましたわ」


ネニュファールの胸についた手は動かない。


「ローリ様行きましょう。約5分は短いですわよ」

「確かに途中経過の魅了の曲は早い段階で意識を取り戻すね、しかし、それで構わないよ、行こうか」

「私らもいるよ」


美優と美亜が立ち上がった。


「丸村正、黒白元気、花丸経、僕らの後をついてきたまえ」


ローリは片付けられたお弁当箱を机に置いて、歩いた。

3人はロボットのように後をついて行く。

実真も驚きつつ、後を追う。

教室にいるクラスメート皆、時間が止まったかのように動かない。


「どうするんだよ、皆止まってる!」

「命令待ちなんだ、実真も行くぞ」と太陽が実真の手を引く。


「新しく見つけた世界樹はこの裏山なんだね?」

「ええ、そうだわ」

「実真貸しといた、彗星証持ってる?」

「おう、あるよ」


実真が喋っているうちにローリはぐんぐんと前に進む。


「何を弾くんだ?」

「ジムノペディ」

「四角さんは来ないの?」

「あの子はソロプレイヤーだから」


美優はバツが悪そうに笑った。

そして裏山の一本杉の前までシューズに履き替えてきた。


「ウォレスト」


太陽と美亜と美優が楽器を手にした。


「……ウォレスト」


実真は言っても楽器は出てこない。

「君はまだ経験が浅いから鍛えないとその言葉では出てこないよ」


ローリは真顔でそう言った。その後キュッと口と目を閉じた。



太陽と美亜と美優の音楽は渦巻きを木に浮かべさせた。


「ローリ様、ご無事ですの?」


ネニュファールの黄色い声がその場に生まれた。


皆(正、元気、経、太陽、美亜、美優、実真、ローリ、ネニュファール、ガウカ)は、無事にクライスタルの町の前まで来れた。

ローリが門番の手に何かを握らせる。

袖の下を渡しているのを実真は目撃した。


「ではこのままリコヨーテまで行く」


ローリはネニュファールとガウカに磁石のように挟まれている。


「羨ましいぜ」

「口を挟むな、あれには触れちゃいけない」


太陽が言った瞬間、実真の前を歩いていた3人が目に光を取り戻した。


「あれ? 俺なんでこんな所に? おおぉぉぉ? 三角? 風神さん? 竹中?」

「まさか、また俺らを殺そうとしてないか?」


正と元気と経は蘇ったかのように声を荒立てた。


「お前らが改心するために連れてきたんだよ」


太陽はそういうとローリを見た。


「いじめる子は暇さえあればいじめるからね、君たちに音楽の楽しさを教えてあげようと思って」

「俺らが暇だから、いじめてると思ってるのか? 違うだろ? 楽しいんだよ、いじめは強者と弱者を線引きするいい方法だ」


正はバカにしたように笑った。


「暇だからそんな線引きするんだね。自分の頭だけの世界だろうからね」

「何人かの友達と人をバカにして自己肯定感をあげてるなんてバカげてるよ」

「うるせーんだよ、三角! お前は1人で泣いてろ!」

「はいはい、喧嘩しないで。皆でリコヨーテまで向かうよ」


全員、青い膜に入っていった。


「君たち、楽器弾くとしたら何がいいかい?」

「俺、バイオリンがいいな」

「くだらねぇ、俺は帰る。帰り方教えろ」


正はそういうと口をつぐんだ。


「こんな指じゃ何も出来ねぇよ」

「そんな君にカリンバがある」


ローリは元気の肩を掴んでそう言った。

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