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スイセイ桜歌   作者: 五月 萌
太陽が歩く世界
5/108

5 太陽、初めての狩り

「まあ、テイアに無事ついたら、教えるよ。ウォレスト」


 美優は呪文のように言う。またトランペットがなにもないところから出現した。演奏が始まった。

(サティのジムノペディ、第一番)

 青い渦巻きが木の表面に発生した。


(これから何が起こるのだろう?)

 太陽は恐れながらその光景を見守った。


 終盤に差し掛かり、曲が終わった。


「大丈夫だから、飛び込むよ」


 美優は太陽の手を握ってその濁流に入っていった。



「うおおおおお!」


 太陽は全身で風を受けた。そしていきなり真下に穴が開いて落っこちた。


「いてて」

「痛いのはこっちだよ」


 美優の声が下から聞こえる。右手から伝わる柔らかな胸の感触。気がつけば、美優の真上に太陽が乗っていた。


「あ、ごめんなさい!」


 太陽は驚きながら横に飛び移ろうとして、また転んだ。足がつってしまい、しばらく立てなかった。

(暑いな)

 太陽は美優とのハプニングもあり、照りつける日光もありで、頬が上気した。ここは空地のようだ。周りは切り株を中心に刈られていた。少し離れたらすぐに森にぶつかるだろう。


 ここはどこだとケータイの画面を凝視する。かわいい犬の写真の待ち受け。最近見かけるバイト先の店長の犬だ。茶白のボーダーコリーだ。色の種類はレッドアンドホワイト。太陽のアルバイト先の裏口でよく寝ていた。名前はきなこ。オスだ。

 ケータイのアンテナは立っていない。


「ここはテイア。空とぶ大陸といっても過言じゃないよ。地球の周りを、太陽が月に合わせて、とどまってて夜が短いの、厳密に言うと日食は起こるんだけど」

「夜は来ないのか」

「まず一週間後に三時間、それから二週間後に三時間、三週間後に三時間、四週間後に三時間程度ね。人口は約二十万人、武楽器使いは約七万人、武楽器というのはさっき話した ウォレット・ストリングスのこと」


 美優に眼前にトランペットがどこからか飛び出した。美優はそれをなぞって消した。


「これとは別にパース・ストリングスと言う箱型の入れ物もあって、金貨、食べ物、何でも生き物以外なら入る、四次元の箱だよ、ただし、パースを大きくするために中の金貨を使うの。大きくしないと色々入らないからね。便宜上、箱と呼ばせてもらうけど、箱には一度物を入れて、それを出す事、要は瞬間移動させることができるってことね」


 今度は小さな十センチ四方の白い箱が現れた。その箱には糸のようなものが巻き付いていて、その糸の下の半分金色にキラキラ光っていた。


「この光っている部分はどれだけ金貨などが入っているかを示し、一番上まで行くと、簡単な願いの叶う石が一個できるの。使用できる回数は不明だし見たことないけどね、集めれば集めるほど願う、願い事の範囲が広くなっていくの」


 美優はその箱を上に投げると透明になり見えなくなった。


「忘れるところだった、パース」


 美優はもう一度、箱を発現させると中身から何かを取り出した、ギンガムチェック色のリボンと三角錐の黒い何か。リボンは美優のポニーテイルに髪飾りのように巻き、縛った。三角錐の黒い何かは耳に挟む。マグネットのようにくっついた。

「太陽、あなたもクライスタルの兵士の一員なんだから、どこでもいいからリボンと、この彗星証つけて」

 美優に言われた太陽はそのリボンを左腕に縛ってもらった。そして彗星証を耳に挟んだ。


「この彗星証の意味を教えてくれ」


「あ、それ、自動翻訳機よ、テイア人の他に地球からやってくる海外の人も、テイアに集まって戦ったり生活したりしているから、テイア人の御用達のアイテムよ。こっちのリボンは同じ国の兵士の人たちに助けてもらえるの」


 せわしなく喋る美優の声と恐竜の奇声が被さった。

 美優は急にハッとした。


「ちょうどいい。今ノトサウルスの月影の奇声が聞こえた。ノトサウルスは水辺に生息している。ねえ、パース・ストリングスと唱えてみて」


 美優の前に先程よりかなり小さい箱が現れる。それを持ちつつ太陽に命令する。


「パース・ストリングス」


 太陽の箱はヒノキで作られたかのような茶色だった。周りには白い紐のようなものが巻かれている。片手に収まるサイズだ。


「そのまま、それを持って、狩り行くよ」


 美優は人差し指を口の前で喋らないようにと示す。


 川の音がよく聞こえるところに歩いていく、川にぶつかった。中流のようだった。


 そこから川沿いを水が流れる方へ、下流に向かって行った。ここは獣道だ。


「いた」


 比較的、ひらけたところに奴はいた。体長六メートルはある。二十メートルほど先の距離で横顔の姿で魚を捉えようとしていた。目は赤い。


「チャンスね」

「やめとこ、死ぬよ、あんなでかいの」


太陽は緊張した声で美優に説得する。


「大丈夫」


 美優は木陰から、こぶし大の岩を片手に飛び出す。それを投げる。

 ノトサウルスの眼瞼に命中した。


「おーし、大命中!」


 美優が言うが早いか、ノトサウルスにつけた傷は血が蒸発し、受けた傷跡もすぐに治った。


 ノトサウルスは頭にきているのか美優のいる方へ駆け出した。


 美優はマウスピースを口へやり。金色のトランペットを出し、第二ピストンバルブを押したり戻したりしている。シの音とソの音だ。

パーーーーー!


 後十メートルくらいでノトサウルスは赤い目を瞬かせた。


(うろたえている)


 太陽はただただ干渉できなかった。


 美優のトランペットのベルの部分に炎が湧き出てくる。トランペットのトリガーを握る手には力がこもっている。


 美優が口を離すと、その火の玉が放射された。


グガガガガアアアアアア


 それは口と顎に当たり、つき通り、体の内部まで焼き殺した。臓器が溢れ、こぼれている。赤紫色の血が滴り落ちる。


「やったな! これどうやって持っていくんだ?」


 太陽が近づく。


 美優は続けて魔法曲を奏でた。

 誰もが知っているあの曲だ。

(葉加瀬太郎の情熱大陸だ)

 太陽はびっくりした。


 ノトサウルスの血や肉片や臓器が、金貨、銀貨、銅貨、貴金属、宝石、装飾品類に変わっていく。そして空を舞う龍のように空中にとぐろを巻き、舞いながら美優の目の前の箱に入っていく。


 太陽の箱にも少しだけ入っていく。まるで、列からあぶれた蟻のように。

 太陽は尻餅をついた。そのすさまじい演奏に圧倒された。

 曲が終わる頃にはなんとか立てる状態には回復していた。


「もも肉はとっておいたの、調理してくれる店知ってるから、じゃあ太陽はもも肉採取してきて」


 美優が目の前の箱を少し大きくして、サバイバルナイフを取り出すと太陽に刃を逆にして押し付けてくる。


「まって、俺がやるの?」

「まさかこんな、か弱い娘にやらせるわけないよね?」

「食えるの? って、パースはどうやって消すんだよ」

「消えろと心のなかで思うだけでいいんだよ。……あ、大丈夫だよ、太陽のパースというか、箱にも肉が入るようにいくらかお金入れておいたから。えっと、金貨の量に応じて箱の形は変形させることができるの」


 美優はそういうと近くの岩に腰掛けて、箱やトランペットを消した。

 太陽は踏ん切りをつけると意気揚々ノトサウルスだった死骸に向かった。

 トゲトゲした骨は真っ白い。ツルツルだ。鋭利な部分もある。


 太陽は思い切って近づく。野生特有の土の匂い、ヘドロの匂い、そして血の匂いが鼻腔を刺激した。

(手っ取り早く、嫌なことは早く先に済ませておこう)


 もも肉はモスグリーンな皮まで張り付いてあった。


「もも肉、もも肉っと」


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