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23 月影のカタツムリとの戦い

「おっと」

「あら、ローレライ」

「母上、ちょうどよかった、話があるのですが」

「何かしら?」

「半月狩り禁止令を出していただけないでしょうか?」

「城下町の兵士がそのことを報告に来ていて、さじを投げていた案件ね」

「つきましては、アウトローに願い石が貯まるまで労役場で働いてもらうことなど叶いませんでしょうか」

「面白い発想だわね」


 ルコはくすりと意地悪そうな笑みを見せた。


「明日、広報にばらまくわ。その外道を捕まえたものに賞金もつけて、ね」

「ありがとうございます、では」

 

 ローリはお礼を言うとルコから離れた。ネニュファールを探すためだ。

 しかしながらネニュファールと呼ぶわけにもいかない。

 精霊の踊りを弾くか迷っている時だった。

 廻縁の高欄にもたれかかっているラウレスクの姿があった。


「ローリ様」

「ネニュファール」

「タバコは体に毒ですわよ」

 

 ラウレスクの分身のネニュファールはいつもの調子で言ってのけた。


「今日は、ネニュファール、君を探していたんだ」

「知っておりましたわ」

「ここに来るとわかっていたんだね」

「お一人になりたい時、よくここへ来られますものね、ローリ様は」


 今のネニュファールは精悍な顔つきをしている。


「一人? 僕と二人っきりになりたかったのかい?」

「自惚れなさらないでくださいませ」


 ネニュファールの言葉にローリは衝撃を受けた。


「僕が、自惚れる?」

「ここから見える景色はとても綺麗に見えますわ」

「それは僕もそう思う」

「幽体になってここでローリ様と見てましたわ。それはそうと面白いもの見てしまったのですわ」

「ほう、なんだい?」

「ガウカ様に軽くキスなさっているお方がいましたの」

「拗ねているのかい? それは行ってきますという意味で口づけをした。ウォレ」

「あら、なにか弾いてくださるの?」

 

 ネニュファールに質問されたローリは軽く頷く。

 ローリは波乱万丈だったネニュファールのように豪快に弾き、時にはゆっくりと弾いた。

 この曲はソーラン節。

 ネニュファールが合いの手を入れて、曲が終了した。


「恋とか愛の曲じゃないところがローリ様らしくていいですね」

「言葉にせずとも伝わると思ってるよ」

「そうですわね。時として行動のほうが伝わる事が多いですわね」

「そうかい? では、おいで、ネニュファール」


ローリはバイオリンを消すと両手を大きく開いた。

ネニュファールはローリを抱きしめた。体は大柄の成人男性なので、ローリの方が抱きかかえられていた。


「温かいですわ」

「君は冷たいね。あ、態度ではなく物理的に」

「分身の体ですもの。嫌ですの?」

「いや、そんなことはないよ。逆に気持ちいい」

「ふふ、ローリ様、大好きですわ」

「嬉しいよ」

「愛の言葉を囁かないのですわね?」


 ネニュファールは下を向く。


「簡単に言い表せない。もうすぐ君の体と魂をセットで蘇らせられる。そんな気がするんだ。その時まで我慢するよ」

「そうなのですわね。ローリ様、そろそろサヨナラの時間ですわ」

「まだ零時まで時間があるよ。もう少し一緒というのは主義に反しているのかい?」

「タイガツ様が新しい分身を作るそうですわ」

「父上の首で聞いているのかい」

「そうですわね、ローリ様、また会いましょう」

「そうだね、また会おうか」

 

 ローリの言葉が言い終わらないうちに、ラウレスクの体は透明になり、衣類だけがそこに残った。


「そういえばこの衣類どうやって手にしたのだろう?」

 

 ローリは衣類を持って城内に入った。


「陛下、帝王様がお呼びです」

 

 声をかけたのはタイクだ。


「ほう。何を言っていたんだい?」

「いえ、ただ呼んでこいとのことです」

「ありがとう」

 

 ローリは小さく頷くと再び歩きだした。ラウレスクの部屋の前まで来ると軽く深呼吸して、ドアを開けた。

 ラウレスクが上半身を起き上がらせる。

 ローリはあわててドアを閉める。

「父上、すみませんでした! 無断で父上の分身を作ってしまって!」

 

 ローリは大声を出した。


「そのような声でなくとも聞こえとる、吾輩をただの高齢者などと思っとらんか?」

「ネニュファールが来たでしょう?」

「そうとも言えるしそうでないとも言える。本当にネニュファールなのか確かめるすべは簡単にないからな。ネニュファールらしき人に服を貸した」

 

 ラウレスクはローリの持つ衣類に目を向けた。


「これは僕が使用人に渡します。それで、何か……、僕にできることはないでしょうか?」

「世界樹が芽吹いている」

「うん?」

 

 ローリはその言葉を反芻したがどういう意味かわからなかった。


「世界樹は再生する時、ペドルをより多く持つものを媒介させられ世界樹になられる。願い石の使いすぎで世界樹の欲望が渦巻いている」

「願い石を使うなと言いたいのですか?」

「ネニュファールらしき人物から聞いたのだが、大地、水、太陽、風の宝箱を開けるのだろう? 中に入っているものがあれば世界樹の暴走を止められるかもしれない。普通の願い石では……ごほんごほん、できないだろう」

 

 ラウレスクは苦しげに咳き込む。


「父上、無理なさらず、横になってください。あの宝箱の中身を知っているのですか?」

「知らない、感だ」

「きっととんでもないお宝です」

「だろうな、そろそろ飯時だ、吾輩に構わず、行きなさい」

「はい」

 

 ローリは真後ろのドアに手をかけ引き返していった。

 ネムサヤと食卓の間で会った。


「これを洗って父上のところに」

「はい、承知しました」

 

 ネムサヤはローリから衣類を受け取ると機敏に歩いていった。

 ローリは食卓に食事が運ばれてくるのを待った。

 上下白い服を着た日本人の板前がワゴンで食事を運ぶ。


「寿司か、さすが僕の雇った板前、ジャパンだね」

「陛下はサーモンがお好きなのですよね」

 

 板前は横長の皿に乗せた寿司を何皿か並べる。


「そうだね、海老も好きだよ」

「そうですか、天使の海老を仕入れております故、お口に合えばとお思います」

「いただきます」

 

 ローリは醤油ダレを箸で挟んだネタにつけて優雅に口に運んだ。はじめはイカ、次にマグロ、そして海老、いくら、たまご、ホタテ、タコ、中トロ、うなぎ、大トロ、炙りサーモン、サーモンという順に食べた。


「ごちそうさまでした」

 

 皿にはご飯粒一つなく、完食した。


「ところで、ゴブリンたちにも御飯をあげているのかね?」

 

 ローリはそばで待機しているネムサヤに問うた。


「まだまだおかわりがありますので、残飯を、と思いまして」

「ふむ」とローリは頷きながら続ける。

「オケに入っている人やゴブリンに生活に差し支えないように食事をとらせてくれたまえ。ゴブリンはしばらく城にいさせる、そのかわり日常生活を送ることと同時に演奏の練習も怠らないようにと地下にいる者たちにも伝えたまえ」

「はい、かしこまりました」


 ネムサヤの返答に満足したローリは浴室まで歩いた。近くでネニュファールが見ているのかと思うと、裸になるのに特別感を抱いてしまう。そんな自分になんとも言えない恥ずかしさを覚える。

 しかし、いつまでもそうしていられない。

 ローリは意を決して裸になる。そう、ローリはネニュファールと肌を合わせたことはほとんどない。だいたい手前の状態で終わってしまう。というのも、ネニュファールが絶頂に達するのが早いので、ローリは気を使って一人でする事かネニュファールに口でしてもらう事かが普段通りと言えた。

「服脱ぐ前から果ててるからね、ネニュファールは」

 ローリは少し笑うと、どうだと言わんばかりに裸体になった。そうして、風呂に入った。



次の日

 ローリは六時に起きて朝食を家族皆で食べた。

 朝食はマカロニグラタンだった。

 ローリは気を引き締めて食べると、寝室に行き、太陽にリコヨーテに来れるか連絡をした。

 答えはイエスだった。ただ、ローリが迎えに行くことが難儀だということに気づいた。それはルコに無断で外界にいくことに了承を得ていないためだ。


「ネムサヤ」

 

 ローリは中庭で花に水をあげているネムサヤに声をかけた。


「どうしたのですか?」

「日本に住んでいるメンバーをここに連れていきたいのだけれど、今、僕が外界に行くわけにもいかなくてね」

「陛下、わたくしめにおまかせを」

 

 ネムサヤはローリの目を見添える。


「よろしく頼むよ。一時間後にクライスタル前にいるそうだ。ありがとう」

「はい、かしこまりました」


 ネムサヤはハキハキした声を出す。

 ローリは地下室の階段を誰よりも早く降りた。イセリは二番手に降りることとなった。

カンカンカン


「みなさーん、朝ですよー」

 

 イセリはローリの頼みの通り金ダライとハンマーを叩いて皆を起こした。

 眠っていたゴブリンや城の兵士が起きた。


「定時食卓に来てくださいー。まずはゴブリンの子達からどうぞー」

「俺が先に行ク」

「俺が先ダ!」

「いや俺様ダ」

「私ガ!」

 

 ゴブリンは我先にと階段を登ろうとする。

「君たち待ちたまえ」

「はイ?」

「ゴブリンのリーダーはハンだ」

「私ですカ?」


 黒いローブに身を包んだ、両目が赤く、茶髪のゴブリンが答えた。


「皆をまとめてほしい」

「じゃあ若い子から先に食べよウ」

(確かにゆっくり咀嚼する老ゴブリンと比べてガツガツ食べる若ゴブリンの方が先の方がいい。良い判断だ)


 ローリはそう考えると、ハンに一目置いた。


「ゴブリンの歳なんて分かるのかい?」

「我々はもともと人からゾンビになりゴブリンになったので、長いこと一緒にいて話してみて、その者の趣味や思考がわかりまス。年齢も例外ではないでス」

「ゾンビか」

 

 ローリはゾンビという言葉に反応した。

(そういえば、クライスタルの廃病院のゾンビってどうなっただろうか)


「ネムサヤ、頼みがあるのだけれどいいかい?」

 

 階段を駆け登ったローリはネムサヤと話した。


「何でしょうか?」

「クライスタルに廃病院、メイホをやっつけた廃病院があって、実はその地下室に大量のゾンビがいるのだけれど」

「はい」

「太陽君に話してみて好感触を得られたなら。日本のメンバーと一緒に行ってみてもらいたいんだ。パース」


 ローリは箱からケータイを取り出した。

 太陽に電話をかける。

 三コール目ででた。


『もしもし』

「太陽君、僕だ、度々すまない」

『なにかあったのか?』

「君たち、クライスタルに向かうだろう? 僕は母上の監視下に置かれているので代わりの兵士をよこすね。知っての通りネムサヤだ。それからだ、実はクライスタルのあの廃病院の地下に多くのゾンビがいるんだけれどね、退治してきてもらいたい」

『俺達にできるのかな?』

「もちろん、廃病院を破壊するのは自分に返ってくるからもってのほかだよ」

『そうだ、太陽への賛歌という曲があった、それが魔法曲になれば』

「そうだね、少し、未来視してみるね」

『また連絡してくれよ』

「それでは、また」

 

 ローリはネムサヤに向き直る。


「都合はいいそうだよ」

「ドーリーも連れていきます?」

「彼も演奏の練習中だ、ネムサヤと日本のメンバーならやれる。今少し未来を見るから心配しないでくれ。君の演奏はすでにプロ級だから君にしか頼めないことなんだ」


 ローリは中庭の方へ移動した。


「尽力いたします」

「ニーベルング」


 七時二十分、約束の四十分前だ。

 石井太陽、八時〜八時四五分と書き込む。

 意識が遠のいた。




廃病院で

 太陽達はすでに廃病院の中にいた。

 左右の分かれ道まで来ていた。

(便宜上、自分のことは太陽ローリと呼ばせてもらう)


「ネムサヤさんの武器って剣?」

「そうだよ」

「じゃあ、太陽と私と黒須賀君と翔斗が一グループで、美亜とアスとネムサヤさんがもう一グループ」


 美優は提案した。


「文句なし!」

 

 翔斗は一人大声を上げた。


「静かにしなさいよ。緊張感ないわね」

 

 美亜が眉根を寄せる。


「右、左どっち行く? コイントスで決めるか」

 タイガツは金貨をポケットから取り出すと爪で弾いて飛ばせてみせる。右手で左手の裏につけてキャッチした。


「俺が、表だったら左。裏だったら右」


 タイガツは右手を離す。

 金色でマーガレットのような花が見えた。つまり裏だった。


「じゃあ一時間後にまたここで」

「わかったわ、危なくなったら逃げるわね」


 美亜と翔斗は懐中電灯を手にしている。

 美優とネムサヤはカンテラを持っていた。


「そうね、数が多すぎたら逃げよう」

 

 美優はそう言うと太陽の手を掴んだ。


「それじゃまたね」

 

 美優と太陽ローリ、タイガツ、翔斗は右に、残り美亜、アス、ネムサヤは左に進んだ。

 太陽ローリは静まり返った廃病院に恐怖を抱いた。


「何か床がベトベトだ、ローションプレイでもしたのか?」

「なんでこんなところで……」

 

 タイガツがツッコみかけたところで美優がタイガツの肩に手をおいた。


「二人共、静かにして。これはナメクジの進む音かしら?」

「もしそうだとしたら気をつけないと! ナメクジやカタツムリは広東住血線虫症にかかるから触ったり食ったりするなよ」

「じゃあどうやって倒すの?」

「そうだなあ、箱の中にゴム手袋持ってないか?」

「ある。ちょうど四人分ね。パース」

 

 美優は箱を出す。そして、ゴム手袋を皆に渡した。


「六、七匹くらいいる。一メートルはありそうね」

 美優と他の三人は手袋をはめた。


「月影ってつがいがいなくても増えるものなのか?」 

「ナメクジもカタツムリも単為生殖が可能だ。一匹でも増えるんだ」

「この音はカタツムリだよ」

「カタツムリの増えたその後は、恋矢(ラブダート)がささったらメス、さしたらオスになる。そして増えていくんだ」

「なんでそんな詳しいんだ、キモい」と翔斗。

「生物部だからな」

 

 太陽ローリはひけらかす様に言った。


「俺にいい案がある」

 

 翔斗は胸に手を当てた。


「あんた、下ネタ言う以外何かできたっけ?」

「何そのデジャブ」

「太陽、黒須賀君、頼んだよ」

 

 美優は二人に目をやる。

ネチョネチョ

 赤い目をした月影のカタツムリ達は大きな殻を持って姿を現した。


「俺の存在を忘れるな! ウォレスト」

ビーーーーー!

 翔斗は少しスライド管を伸ばし、ミの音を出した。

 噴射された水が月影のカタツムリ達にかかる。

 すると、月影のカタツムリ達はしぼんでいった。


「効いてる効いてる」

 

 翔斗はにやけた。


「もしかして塩水?」

「オフコース。な! 俺使えるだろ?」

「あ、まだ生きてる」

 

 太陽ローリは塩水を浴びながらも、復活してきた月影のカタツムリを見た。


「塩水じゃなくて塩を出せないの?」

「そうだ俺のピアノの針を使おう。ウォレスト」

「水をかければいいんだな」

シャララララ!

 太陽ローリは黒鍵をグリッサンドして小さな針をたくさん作った。

ビーーーー!

 塩水が針にかかる。

シャララララ!

 針はすべての月影のカタツムリを一掃した。

「ナイス太陽!」

 翔斗は太陽ローリにハイタッチした。

 美優は奥に進む。


「こっちもお願い」


 美優が見たのは集合体恐怖症にはきびしい小さな月影のカタツムリの大群だった。死んだ人にびっしりと張り付いていた。

 そして奥は行き止まり。

「引き返すか?」

「そうね、そうしましょう」

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