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10 猿の月影とゴブリンの月影

次の日(十年前)

「あらローレライ。朝食食べたら、バイオリンの稽古だわよ」


 ルコはローリに声をかける。


 ローリはまたもや洗面所にいるときだった。振り向くのが憂鬱だった。


「はい、母上。……昨日は粗相をして申し訳ありません」

「元気が一番よー」


 ルコは機嫌が良いらしくハミングしている。

(この曲は第九で有名なベートーヴェンの交響曲第九番だ)

 シヨンヌの好きだった曲だ。


「もしかして、昨日僕バイオリン弾いてました?」

「いいえ、腹芸でシヨンヌを思い出してね。それにしても、あなた酒いける口なのね」

「いいえ、僕、腹芸も酒を飲むこともできませんって」

「あら、それじゃあ、昨日のはなんだったかしら」

「僕は気まぐれですから、そんな時もあります」

「まあいいわ。早くご飯、食べてきなさい」

「母上と父上はもう食べたのですね」

「もう七時よ。一緒に食べるなら六時に起きなさい」

「はい、わかりました」


(もう七時?)

 ローリはいつも早起きで五時には目覚めていて、いつもは両親と食をともにしているので、少し焦った。そして食卓につく。

 執事がお手拭きを差し出し、それでローリは手を拭く。

 日本から来た板前がどうだと言わんばかりの顔で蓋を開けた。

 卵の入っていない巻きずしや巻きずしの中身のマグロなどと、味噌汁が食卓に並んでいる。


「どうやって食べるのが正解なんだい?」

「巻きずしは手で食べるのですよ。こう、海苔で巻いて」

 板前は海苔を巻くジェスチャーをする。

「ほう、実に興味深い食べ物だよ。いただきます」

 ローリは好きなものを箸で海苔の上に乗った酢飯の上に載せ、巻いて食べる。

「どうでしょう?」


 板前は緊張した面持ちで沈黙を破った。

 しかし、ローリは喋らない。

 ローリは優雅に味噌汁をすする。


 全て食べ終わると「ごちそうさま」と一声。

 板前は絶望したような顔になる。

「君、料理の素質あるよ。全て美味しかった」


 ローリは顔を板前からそむけて呟いた。


「ありがとうございます!」


 板前は安堵のため息を吐いた。

 ローリはその足でルコの部屋に向かう。

(絶対からかわれる、後で腹芸の練習でもしておこう)

 ローリはルコの部屋の取手を回して中に入った。

「ローレライ。早かったわね」

 ルコはベッドに座って本を読んでいた。漫画やアニメのコスプレの写真集をベッドに投げるように置いた。

 部屋は香水の匂いでいっぱいだ。壁には黒い帽子にゴシックな服を着た女性のポスターが貼られている。黒いクイーンサイズベッドの上に猫のぬいぐるみが山のように置かれている。

(一言で言うと魔女の部屋だ)

「今、この部屋に入って魔女の部屋だと思わなかった?」

 ルコは優しげに声をかける。

「すごいです。思考が読めるようで。それと香水がきついから他の部屋でやりたいです」

「良いわよ、ローレライの部屋に行くわ」


 ルコは立ち上がる。


「今日は何の新曲なんですか?」

「まずはロングトーンからよ」

「はい」


 ローリは気まずくて話しかけるも会話が終わってしまった。

 横幅三メートルくらいの廊下を歩く。造花がところどころに飾られている。

 ローリの部屋は畳であった。布団類は使いのものが干してくれている。甲冑や剣が防弾ガラスのようなガラスの対極に飾られている。


「さあ、練習を始めましょう」


 ルコの声にどきりとしながら、「ウォレスト」とローリはバイオリンを出した。

 二時間みっちり練習させられた。

 その後、分身を作り部屋を抜け出して、フェレットになり、死ぬ気で湖を泳いで、リコヨーテ舟場の端までついた。

 体をブルブル震わせながら、城下町へ入っていった。

 途中、分身を作ってきた、ネニュファールと合流し、外界へドラゴンの頭をかたどったリコヨーテの出入り口まで歩いた。星条旗よ永遠なれを弾いた。

「今日は南に行ってみよう」

「行けるところまでですの?」

「そうだね。パース」


 ローリは防虫スプレーを箱から出し自らにつけると、ネニュファールに渡した。


「ありがとうございますわ」


 ネニュファールは体の隅々にスプレーした。

 二人は、岩石地帯は半月の力で飛んで月影を避けつつ、森の中へ入っていった。森は翔ぶのに、支障があるので二人共、人間の姿に戻った。

 ローリは鹿撃ち帽にインバネスコートの装いだ。

 ネニュファールの出で立ちは白いワンピースだ。厚底スニーカーを履いている。


「パース。月影が出てもなんとかなりますよね」


 ネニュファールはケープを取り出すとさっと身につけた。


「急ぎ足で行こうか」

「そうですわね」

「これはいけない」


 ローリは焦ったように言った。


「多くの月影に囲まれてる」


 前を見ると猿の月影がいた。それもたくさんの猿の月影。

 石を投げてくる。

 ローリはバイオリンの剣で弾き飛ばす。

 さらに後ろでゴブリンに挟まれた。それも大量のゴブリン。


「人間だ」

「どうするか、食らうか?」

「猿どもに獲物がとられちまう。あ、カネラ!」


 前に出てきたカネラと呼ばれた幼気な少女が石をぶつけられた。

キキー

「カネラ!」


 ゴブリンのおじさんが叫ぶ。

 猿は網を使ってカネラを捕らえて、四匹で担いで引き上げる。


「お前たちのせいだ! 食料にしてやる!」

「俺、干し肉が食べたい」


 一人のパーカーを着たゴブリンが呟いた。


「待ってくれたまえ」


 ローリは片方の耳から彗星証を取って、ゴブリンの方へ投げた。


「これを? 耳につけるのか」


 白いキャップを身につけたゴブリンが耳に近づける。


「はじめまして、僕はローリ、こっちは相方のネニュファールだ」

「言葉がわかる!」

「なんと!」


 周りのゴブリンは口々に喚く。


「長老の元まで縄で縛って連れて行こう」

「それで安心するなら構わない。ネニュファールはどう思う?」

「まあ、いざとなれば……。いえいえ、ローリ様になんの危害も加えなければ良いですわよ」


 森を出て暫く歩くと、ゴブリンの村があった。


「〜〜〜〜というわけなんだ、長老、カネラが捕まっちまった」

「猿は頭がいいから、さらにわしらを獲物としておびき出すのに使うだろう」

「わたくし達が助けましょうか?」

「どうやって?」

「こうやりますわ。ウォレスト」


ネニュファールはニッケルハルパの弓をナイフに変えて、縄を切った。


「魔法が使えるのか!?」

「ローリ様はどうなさるおつもりで?」

「君と一緒さ、いついかなる時でも」


ローリは武楽器も出さずに縄をほどいていた。


「カネラさんの匂いがわかるものはあるかい?」

「ああ、ある。襟巻きだ」


一人のいかついゴブリンは白い色のマフラーをローリに渡した。


「それじゃ、まいろうか」

「今からか?」

「すぐのほうがいい」


 猿の月影の匂い、カネラの匂いを追うローリ。

 皆、ネニュファールもゴブリンも後を追う。

 十数分後、皆に疲れが出た頃、猿の月影の住んでいる地帯がわかった。

 森が切られていて集落になっていた。


「ネニュファールは遠くから狙撃を、襲われそうになったら僕を援護してくれ。助かった後の魔法曲は……ブラームスの子守唄がいい。頼んだよ」

「俺たちは?」

「僕が騒ぎを起こしているうちに、反対側にある小さな洞窟のような場所にいる、カネラさんを助けに行ってくれ」

「わかった、皆、この人達が囮になるから、反対側にある小さな洞窟にいるカネラを助けるぞ」

「「「わかった」」」

「ウォレ」


 ローリはバイオリンを出すと前に進んでいった。

 猿の月影も気づいていて、皆遠巻きから眺める。

「ドレミの歌ですわ」


 愉快な音ローリの笑顔に猿の月影も浮かれ始めている。

 ローリは軽快なステップで歩み寄り円を書くようにまわる。

 月影だけでなく、遠巻きで見ているネニュファールもウキウキしてしまう曲だった。

 ゴブリンの数体が回り込むようにして洞窟を探す。

「次はカエルの歌ですわ」


 ネニュファールはドキドキして戦況を見守った。

 そうこうしているうちに、ゴブリンの子供を抱いたゴブリンが戻ってきた。

(ブラームスの子守唄ですわ)

 ネニュファールは少しずつ前に出た。ローリと合わせて、弾いていく。

 猿の月影は皆、倒れるように仰向けで眠ってしまった。


「それでは、僕らは帰ろうか」

「そうですわね」

 それはゴブリンの里ではなく、リコヨーテへだった。

「そういえば、メイホはまだ捕まらないのですかね? 早く捕らえてもらいたいですわ」

「僕も同感。法の秩序が乱れてしまうね」


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