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3 月影のゾンビとの戦い

ハプニングもあって、門番まで来るのに予想以上時間がかかった。

検問に、これから四十分以内に帰ってこなければ、それから三時間は門は開けられない、という簡単な説明を受けた。


「わかりました」


 美優は皆を代表するように答えた。



 森に進んでいくローリ一行。

 美優はハッとした。


「美優、近くの範囲内に月影いるのか?」

「うん。月影の羊って知ってる?」

「もうギルドはたたまれたようですが、最後のクエストに出てましたよ」


サウカは手で顔を仰ぎながらそういった。


「サフォーク種の羊だ、風を操る」

「近づこうとしても飛ばされるし、遠距離攻撃も効かないんだよね」

「それだけ飛ばされるなら、空気を貯める時間があるはずだ」

「そうですわね、二手に分かれて挟み撃ちにするのはどうでしょう?」

「北西側に、木を伐採しながら進んでるようね」

「この匂いは確かに月影だね、僕の鼻と美優さんの耳の力で挟み撃ちするかい?」

「そうしよう!」


 美優の声に皆うなずく。


「パース」


 ネニュファールは防虫スプレーを取り出す。ケープを脱いで全身にかけると再びケープを着る。


「そうそう、ヒル対策のスプレーね、パース」


 美優は箱の中を荒らすように探し当てると、自らの体にかけた。

 全員が二人からスプレーを借りてヒル対策は万全だった。

 太陽は作戦を話した。


「作戦はこうだ〜〜〜〜」




 ローリは鼻から伝わってくる血の匂いに敏感になる。木が伐採されている道を進んでいる。もちろん森の木から木へ飛び移っていながら進んでいる。

「待った。もう近い、サウカさん、ネニュファール木の陰に隠れながら進んでくれたまえ」


「「はい」」

メエエエエエエ


 大きな叫び声に大地が震える。

 ローリは木の陰から見つからないように近づく。覗き込んだ。


黒い顔の羊が前に風を送っている。三メートルはありそうな、大きな羊である。


「ウォレ!」


 ガウカの声がした。


 先程話した作戦が頭によぎる。


「僕と太陽君、美優さんもそうなるけど、コントラバス出せるガーさんに、一番に囮になってもらう。月影がガーさんに風を操って攻撃し終わったタイミングで、サウカ、ネニュファールに遠距離攻撃してもらおう」

「むう、私も炎出せるよ?」

「音に敏感なはず。炎の玉、ためている間に風を起こさせられるよ」

「僕はなるべく、すぐに、楽に一発で仕留めてほしいと思っているよ」

「まったくもう、わかったよ」

「弾く曲は?」

「モンティのチャルダッシュ」

 太陽がリクエストした。皆異論はないようだ。




 風が止むまで待ち伏せすることになった。

 風が、やんだ。


ドン! ドン! ドン!

 ネニュファールは横を向いていた月影の羊の赤い片目を潰した。

メエエ工エエェ

銃弾は頭に入っていったようだ。明らかに月影の羊は怯んでいる。


「亞葉佳里の弓」


 サウカはバイオリンの弓を本物の弓矢に変えて具現化している。木の上から月影の羊の目に向かって矢を打つ。なかなか当たらない。

 ローリはどうしたものかと困っていると、思いもよらず、ピアノの音がした。


メゲエエエエエエエ


月影の羊の口から背中に貫通した大きな針が見て取れた。

両手でグリッサンド奏法した太陽が放った大きな針だった。

ーーチャルダッシュ。太陽が弾いているようだ。

 ローリもバイオリンを出すと、曲に参加した。

がさっ

 ギンガムチェックのスタジャン男が出てきた。

 続いてドラゴンの半月の血が入っているだろう少年が躍り出た。

 更に、甲冑をつけている、白髪と白ひげの老人。

 最後に出てきた人は知っている顔だった、彼はネムサヤと呼ばれる三十路近くの青年だった。


「俺らも援護奏するぞ! パース、ウォレスト」

「「「ウォレ」」」

「「「パース」」」

 楽器を皆持ち出して、曲を弾いたり、吹いたりしだした。

 月影羊の血や肉片が、金貨と銀貨、貴金属、装飾品に変わっていった。

 羊は屍に変わっていく。様相と違って白い骨だ。


「ありがとう、君たちは初見だね」

 ローリはネムサヤに初対面のように装った。

「ローリ、ネニュファール、サウカ、無事か?」


 太陽は意外と近くで曲を奏でていたのか、ローリのもとにすぐやってきた。


「あ、あなた達、また会ったね」


 美優も驚いたように寄ってきた。

ローリはネムサヤに視線を向けながら、人差し指を口に当てた。

「俺はメルケンバウアー、アルケーに、ササ、ネムサヤだ、よろしくな」

「おら、アルケー、生涯現役だぞ」

アルケーが挨拶した後、ネムサヤの方を見ながらローリと知り合いだと瞬時に察した。

「知った顔がいたのか?」

メルケンバウアーはローリを見やる。

「いやいや、昔協奏した相手なだけさ。ところでもうすぐ夜になるらしい、僕らはクライスタルに帰るけど、君たちはどうするのかい?」

「そうなのか、ネムサヤ?」

「ああ、そうだよ」

ネムサヤはローリの言わんとしている事がわかったようだ。

「僕はローリと呼びたまえ」

身分がバレないように挨拶した。

「俺たちもクライスタルまで帰ろうとしていたところだ」

「じゃあ、皆まとめて帰ろう!」


 美優は張り切って言う。


「聞くに、パーティーが行われるらしいんだ」

「それは楽しみだ。パース、……おい、ガキ」

「何じゃ、わしはガキではないぞ六十代じゃぞ」

「飴ちゃんなめるか?」

「飴ちゃん!」


ガウカはメルケンバウアーの箱から出された、棒付きキャンディを受け取った。


「ありがとさんじゃ」


 クライスタルまで時間を気にしながら、笑談した。

 約束の時間の五分前に検問にたどり着いた。

 門が開いて、ローリ一行はメルケンバウアー、ササ、アルケー、ネムサヤと別れた。どうやら服を正装に着替えるらしい。


「これから行われるのは、クライスタル人の、クライスタル人による、クライスタル人の為のパーティーじゃぞ」

「ほう……む?」


 ローリはガウカのおしゃべりを聞き流していると、腐った生ゴミのような匂いもした。


「太陽君、サウカさん。一つ曲を頼まれてもいいかい? もちろん僕も参加するよ」

「いきなりどうしたんだ?」

「この曲! 禁忌の曲だ!」


 美優も気がついたようだ。禁忌らしい曲が聞こえてきたようだった。


「オンブラ・マイ・フか。リコヨーテでは有名じゃが、クライスタルではそれほど馴染んでないらしいの」とガウカが言う。

美優は「確かに聞こえる、魅了の魔法曲がこの街に流れ始めている」と言った。

「その魔法曲を打ち消すために、バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 第一楽章。……通称ドッペルを弾こうではないか」

「「「ウォレスト」」」

「向こうはオケなの?」

「ツンとする匂いで鼻が利かないが、音の響きでオケだと予想するよ。サウカさんはセカンドを弾いてくれるかい?」

「はい」

「弾こう。せーのっ」

 ローリのブレることのない音が情熱をもたらしているようだった。サウカも半音上がったり、下がったりするのが見事だった。幼少期からバイオリンをやってるだけはある。


「これで向こうの曲が聞こえても魅了にかからないんだよね」

「気持ちで負けなければ、だね」

「ここの人たちは負けるような人いないよ」

「そうですわね」


 ネニュファールが同意するとローリは安心した顔になった。


「何かがおかしい。夜に月影は活発になる。そろそろ夜が来る」


 ローリの言ったとおりに夕闇が夜になる合図を出していた。


「この怪異を暴いてから帰ろう」


 美優は片手を上げる。


「オー!」

 太陽は拳を突き上げた。

 やや遅れて、美優他の人も片手を差し出した。


「じゃあ行こうか」


 ローリは小さくつぶやく。先頭に足音を消すように歩いていく。

 クライスタルの町はどんどん暗くなっていきライトを付けている店が唯一の明かりとなっていた。


「血の匂いがどんどん強くなってきたな」


 太陽は暗闇に目を慣らす。

グチャグチャボキバキ

 何かが人を襲っている。

 違った。もうすでに事切れた人が別の人に食われている。顔の形がわからないほど噛み砕かれたあとがあった。


「ひい」


 太陽は悲鳴を上げた。


「ゾンビだ!」


 美優も腰を抜かしている。

 ゾンビの顔は案外、普通の人で口の周りには血が滴るほどついている。両目が赤くぼんやりと光っている。衣類は元々の色がわからないほど真っ赤な鮮血で濡れていた。口を大きく開く。


「君たちは僕の邪魔するために来たのかい」

「ほらほら、暗いところで、男が廃ると、クライスタルですよ」

「つまらないよ? 怖くなくなったけど」


 美優はサウカの言葉に反応する。


「同感ですわ。しかし困りましたわ。わたくしのライフルだと人と他にいるであろうゾンビが集まってしまわれないかと、近づけばナイフで殺せますが、近寄りたくありませんわ」

「ウォレスト」


 サウカの声はシーンとした場に染み渡るような声だった。


「私に任せてください。亞葉佳里の弓」


 バイオリンの弓だけが現れて、少し大きくしなやかで豪快な弓になった。ゾンビに向けて銀色の矢じりのついた木の矢を射る。顔を突き抜け頭に当たった。


「死んだのか? もともと死んでるけど……」


 太陽はそう言うと少し近づく。

 ローリも確認のためゾンビに寄る。

「いけませんわ! ウォレスト」


 ネニュファールは小さな弓を羽のかえしのついた木のナイフ状にして出す。その後、体をローリに激突させた。

 すぐに起き上がったゾンビがネニュファールを押し倒す。ケープがはだける。


「月影の弱点は」


 ネニュファールは顔を噛みつかれそうになりながら、ゾンビの口をナイフで押し返す。

 押し問答が続く中、太陽は現実に居るのかさえわからず、うろたえる。

 ローリのバイオリンの刃がゾンビの心臓を背中から突き刺す。月影の弱点は心臓だった。

 ゾンビの動きがピクピクして止まる。顔がボコボコで、その口から血を吐き出してネニュファールの真横に倒れた。

(ゾンビと言っても月影だった。映画で見ているのとは違う)

 ローリは動きが遅れたことに深く反省した。


「ネニュファール、顔にかかった血を綺麗にしよう」

「わたくしのこと、放って置いてくださいまし」


 ネニュファールは小さな声でポツリと言った。そして、隣りにあるアパートの階段を登る。

カンカンカンカン


「待つんだ。ネニュファール、危険だよ。……僕を置いてかないで」

「ローリ様、あああああ」


 動きを止めたネニュファールは泣きじゃくっていた。


「まさか、噛まれたのかい?」


 ローリの声がよく響き渡る。

 ネニュファールは手でおさえていた患部を見せる。肩に噛みつかれたのか削がれていて、骨がうっすら見えていた。


「傷は半月の血で治るけど、ウイルス性だと抗ウイルス剤が必要だ」

「人をゾンビにした月影がいるのだろうな」

「多分日光を嫌うやつだね」

「わたくしは皆の無事を祈って、自決しますわ。……ローリ様、お慕い申してます。さようなら」

「この理不尽を許せというのか? だめだ。許さない。これからは一夫多妻制にする。君を側室にしてあげる。だから生きてくれ」

「ふふふ、ゾンビの側室なんて聞いたことがありません」

「君の体を治す高ウイルス剤を見つけて使う、なければ城の者総動員して作るよ」

 ローリはネニュファールの手を取る。

「ローリ様、少し離れていただけますか?」

「嫌だね、このまま死ぬ気だろう?」

「もう、離れろよ、ローリ。お前まで死ぬ気か?」

「ならば! 僕が君を殺そう」

「そうじゃな、もしかしたら感染していない可能性もあるんじゃな」

「わたくしがゾンビ化したら、本当に殺していただけるのですか?」

「必ず約束する」

 ローリはハンカチを箱からだし、ネニュファールの顔を拭いた。

「わかりましたわ」

「よかった」

 皆、階段を降りていく。

 ローリは鼻で息をしながら、近くにいるゾンビを探る。


「私がいけなかったんです。お許しください。始めから心臓を貫いておけば」


 サウカは辛そうに謝った。


「君の件は後で検討する」

「はい」

「この辺には引きずって歩く人が一体居るよ」

「そうだね、血の匂いで散漫になっているが、腐敗臭がこのまま道なりにそって、濃くなっている。 沢山の人が蠢いている匂いがする」

「サウカ矢どれだけある?」


 美優がサウカに質問する。


「最初は一本だけど、箱さえあればいくらでも出せるよ、パース」


 サウカは手のひらに収まるほどの箱を出した。


「さっき食われていた人もゾンビに?」

「心臓は食われて止まっていた。おそらく動き出すのは心臓に損害のない感染者だ」


 ローリは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「でもなんで心臓を食べちゃったんだろう」

「血液が一番集まってるからじゃないかな? ゾンビにとって美味しかったりするのかな」

「その線が強いよね」

「サウカさん、君は真ん中、太陽君と美優さんは後ろ、ガーさんと僕とネニュファールが前を歩こう。皆、適宜対応して武楽器を使うように」

「「「はい」」」

「このゾンビの月影は死んでゾンビになるわけでなく、ゾンビになっても生き死にしてるんじゃな」

「月影が月影を増やしてるんだな。大本を辿ればネニュファールの抗ウイルス剤も手に入るよ」

「近い。ウォレスト」


 ローリはバイオリンの柄を握って弾くとバイオリンの剣に変わった。本体は盾に。肩当ては持ち手になっている。

 サウカは予め出しておいた弓に矢をつがえる。

 臓器の少し出た人が歩いてくる。


「た、助けてくれ」

「お前は人なのか? それともゾンビ?」

「ま、まだ人だ」

「何が起きているんだい?」

「ゾンビのオーケストラが始まった途端、皆、わけも分からず長蛇の列を作って死にに行って。俺は耳が聞こえないんだ、補聴器だろう」


 そう言うと中年の男性は耳を見せる。彗星性もつけているが、補聴器だった。顔が土色だ。


「ゾンビが演奏する前、多くの人が逃げていったんだ、その会場から」

「パーティーを行うと聞いていていたけど?」


 太陽はケータイショップで聞いたことを思い出す。


「よく知ってるな」

中年の男性の話によると、そのパーティーで起こった騒動で多くの人が逃げた。しかし、その演奏を聞いて戻りに行く人達で流されて、逃げる途中だった。見たら分かるだろう、警備の人がゾンビに成り代わっていた。そして、噛まれてしまったということだ。


「案内を頼む。美優とガーさんは安全なところで待っていてくれ」

「太陽、私はついてくよ。箱であなたを守れるかもしれないもん」

「わしもじゃ。下手すりゃ、建物の中に隠れているよりお主らといるほうが安全じゃ」

「俺は石井太陽、あんたの名前は?」

「奈良陵、だ」

「奈良さん、先を歩いてください。もしかしたらその会場で、抗ウイルス剤が見つかるかも」

「ああ」


 陵は足を引きずりながら、歩いていく。


「ゾンビは聴覚が人並み以上に優れているんだ」


 ローリは近くに腐敗臭を感じた。


「今度こそ、ゾンビだよ。皆気を引き締めてくれたまえ」

 広い駐車場だった。黒い影が近づいてくる。目が赤い。近くに来るとより黒い服に血がついていて、目から上がなく、再生し始めているようだ。ノロノロとした動きだ。胸があるのを考慮すると女性のようだ。


「サウカ、狙えるかい?」

「はい、五割位ですね」


 サウカは銀の矢じりのついている矢を放った。

 右足に当たった。


「すみません。動いてる的はなかなか難しいですね」

「サウカさん、下がってくれたまえ。あとは僕がやる」

「はい」


 ローリが剣を持って倒しに行く。両手で剣を持ち下方向に心臓へ差し込む。

ぎゃああ

 ゾンビが動かなくなった。

「パース」


 返り血のかかったローリは再び箱からハンカチを出し、自らの顔を拭う。


「ローリ様、ご苦労さまです」

「ネニュファール、君の方は大丈夫かい?」

「ええ、いっそのこと清々しい気分です」

「それなら良かった」


 ローリが発した瞬間、陵は苦しい顔でうずくまった。


「くそ、頭が、熱い」

「お、おい」

「ここはわたくしに。ウォレスト」


 ネニュファールは小さめな弓を羽のかえしのついた木のナイフ状にして出す。患部はすでに回復して傷の跡もわからないほどであった。


「ネニュファール」

「はい?」

「僕がやる」

「わたくしはメイドなのですよ? ローリ様は後ろで指揮を願いますわ」

「指揮で言っているのだよ」

「お言葉ですが、ローリ様に人殺しの役は任せられませんわ。ローリ様は見ていてください」

「僕の命令に歯向かうとは、解雇されたいのか?」

「どっちでも良いから、早くして!」


 美優は小さな声で急かす。

 ネニュファールは陵の心臓めがけてナイフを突き立てた。ナイフは深く刺さり、致命傷を追わせた。


「解雇してください」


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