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スイセイ桜歌   作者: 五月 萌
太陽が歩く世界
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2 アスという女生徒

 そうしているうちに桜花の誕生月の七月になった。桜歌はもともと春に生まれる予定だったが、破水もしないで長く母親の裕美の中にいたのだ。

 外ではセミがせわしく鳴いている。

(セミに生まれ変わりたい)

 そう思ってしまう太陽であった。


 数日経って父親の響が帰宅した。帰ってくるなり、桜歌の肩に触り、「ごめんな」と小さな声で謝った。


 太陽はそれを見て憤慨した。


「汚い手で桜歌に触るんじゃねーよ、てめー、自分が何したのか言ってみろ!」


 すると、響はあっけらかん顔して「セックス」と言ってのけたのである。


 太陽はこの時、初めて人に殺意がめばえた。

(死にたい、殺したい)


 太陽は桜歌の前で性的な言葉が出るとは思わなかった。許すかどうかなどではなく生理的に嫌になった。とはいえ、もうすぐ、給料日だ、と不穏な気分を振り払った。

 朝はどんなに昨晩来るなと思っても勝手に来てしまう。


 七月八日の朝、太陽は少し早めに学校へ向かった。美優と話すためだ。最近は部活が吹奏楽部の方を優先したいらしくなかなか話せてないのだ。

(吹部、美優には朝も自主練してて最近会えないしな)

 自主練習は強要はしてないようだが、翔斗の話からすると、もうすぐソロコンサートがあるのだそう。それで、熱が入っているらしい。


 太陽は相も変わらず、早めに学校についた。隣のクラスも人っけゼロだ。ただ別校舎二階にある音楽室から楽器の音が耳を刺激する。金管楽器と木管楽器とで分かれて練習しているように思われる。シング・シング・シングを弾いたりロングトーンをしたりしているようだ。

太陽は暫く音の粒に酔いしれていた。

(美優も弾いているのだろうな)


 美優のことを思い出すと、次に桜歌のことが頭に浮かんだ。


「幸い桜歌の誕生日は土曜日か、バイト、その日シフト誰かと変わってもらわないとだな」


(また独り言を呟いてしまった)

 あまりにも手持ち無沙汰なので、チャットアプリでバイトメンバーの竹中遥(たけなかはるか)というパートの主婦のおばさんに連絡を入れた。


『石井ですが、第三週の土曜日、シフト代わってもらえませんか? 九時から十七時です。用事が入ってしまったので、平日の夕方だったら先にわかっていたらバイトは代われます』


 遥とはゲーム好きでバイトが終わっても、長く話している。顔はたぬき顔で身長が百五十センチメートルにも満たない高さだ。

(確か竹中さんは、平日の夕方や土日に基本的に週三入っている人だが、日曜日は時間的に暇してるらしいが、客が混むので、入る日はまちまちだ)

 返信はすぐに来た。


『オッケー! 来週の月曜日夕方の五時から八時半までだから、代わって!』

『よろしくおねがいします』

『困った時はお互い様よ!』


 そう返ってきたので太陽は気が楽になった。

 時計の針は七時を過ぎていた、そろそろクラスメートが来る。

 美優と会話しないといけないので廊下でケータイをいじることにした。

 最近のソーシャルゲームはやってないので疎いが、チェスならば強いほうだと言える。なのでチェスのレベル最大から一つ下のCPUと一戦交える。勝つことも負けることもあり、勝負は互角だ。


「何してるの?」


 美優の甲高い声が目の前から通過していった。

 美優は黒くてゴツい凹凸のある楽器ケースとスクールバッグを持って、太陽の見ているケータイを覗き見た。


「待ってたの? トランペット吹きすぎて唇が痛いから、手短にね?」

「お、お疲れ。桜歌の誕生日のことなんだけ美優の家でお祝いしていいって、あ、えと、プレゼントなんだけど俺とおそろいのネックレスがほしいって言ってるんだ。俺が一人でアクセサリー屋に行くのもなんだし、一緒に選んでもらえないか?」


太陽は早口になりながら頼む。

(恥ずかしい、断られたらどうする? 死にたい)

 太陽の思いとは裏腹に美優は口角をあげた。


「ソロコンが明後日だからなぁ。それ以降は暫く吹部休むし、あ、土曜は練習でるけど。ま、その後の平日の帰り、選ぶの手伝ってもあげてもいいよ」

「ありがとう。じゃあ終わったらまた生物部来いよ」


 美優は笑いながら手をあげた。


「あ、あと来週の月曜日バイトに行くことになったから、亀次郎とニャロベエに餌やり頼む、な」

「はーい」


 美優は笑顔のまま隣のクラスへ、友達と合流して去っていった。その友達も小さな楽器を持っている、やけに背の低いたぬき顔の女生徒だった。髪型はワンレンボブだった。

(ソロコンは今週の金曜日か)


「かわいいよな、風神さん」


 そう発したのは隣に並んだ翔斗だった。


「美優はたしかに可愛いけど、攻撃的というか、からかってくるし、それに幼馴染だし……話しやすいけど俺にとっては姉貴分のような存在だな」

「風神さんにたいして、おまっ、幼馴染!? 真逆な性格じゃないかよ!」

「大きな声で言うなよ、俺と美優が仲いいのは生物部の同志ってことで、人払いしてるんだから」

「あー確かにそのほうが平和的だな」

「みんなに広めるなよ。それでさ、さっき美優と一緒にいた娘はなんていう娘?」

竹中美亜(たけなかみあ)ちゃんのことか? まぁ可愛いな、小人感あるよな、お前ああいう子がタイプなのか?」


 竹中と聞いてピンときた。


(あの身長の低さ、たぬき顔)


「竹中遥さんの娘さん?」

「いやー俺に聞かれても誰だよ? と思うんだが?」


 翔斗と一緒に教室に入り込んだ。


「竹中さんっていうおばさんが同じ職場で働いてるんだ。容姿が似ている」

「話が脱線したな、俺の好みはボインちゃんだ、風神さんのような。太陽はどうなんだ?」

「好きになった人が好きだよ、ハンデを持っていながら生きる人とか」

「いやーそうじゃなくて。なんか辛気臭くなってきたな。誰かおっぱい触らせてくれねえかな」


 翔斗の言うことを太陽は無視した。

 翔斗が胸に手を当て、胸の前で拍手、そして胸の前で手のひらを軽く丸めて、巨乳のように手を反らせてきた。


「なんだよその動き? 美優の前でやるなよ。嫌われるぞ」

「いやーマジレスきついんだけど」


 そう言っていた翔斗がいきなり真顔になった。教室の入り口に目を集中している。

 その時、先生が教室に入ってくると同時に朝のチャイムが鳴り響いた。何故か、担任の先生と女生徒が同行してきた。女生徒はスタイル抜群だった。

(綺麗だ、色白、外国人? 髪は金髪、背も並んでみないと検討もつかないが絶対百七十センチの俺より高そうだ、ブラウン系の瞳は眼力があった)

 華丁(かちょう)アス

 少女は黒板に大きな字で乱暴に書いた。もちろん日本語で。相当緊張しているようで目線があっちにいったりこっちにいったりしている。


「えー、いきなりの今日、転校生がきた、一年v組の仲間になるから仲良くしてくれ。華丁さんはカナダからやってきた日本人とハーフだ、簡単の日本語しかわからないので英語で話せる人は英語で声をかけてやってくれ、席はちょうどよく、岸本の隣があいてる。色々教えてやってくれ」

「勃起率百倍、チ○コパンマン!」


 翔斗は嬉しそうに下ネタを吐き出す。周りがクスクス笑い、明るくなったように太陽は感じた。

「一体何飲んだんだよ」前の方から黒須賀大月(くろすかたいがつ)のハスキーボイスがツッコむ。

「それでは朝のショートホームルームだ」


 アスの席はまるで気づかなかったがすでに机と椅子がセッティングされてあった。

 一限目の授業が終わった後、アスの机の周りには人垣ができた。


「なにか英語話してみて」と生徒の声がする。


 アスは困った顔で人の集まりから太陽に助けを求めている様に見える。

(目があった。どこかに連れ出すべきか? 嫌だ、もうこの場から逃げたい、死にたい)

 太陽は顔を伏せて時間の経過を待った。


「どいたどいた、ここは俺が話し相手になってやろう、隣の席だし」

 翔斗が人混みをかき分けて前に出た。

「WHAT?」

「ナイストウミーチュー、マイネム イズ トト、キシモト。ハウ アー ユー?」

「I,m worried」

「そうか、腹減ったんだな!」

「いや、ハングリーとは言ってないぞ」


 太陽はとあることを思いつく。自分の持っているメモ帳を取り出して書き込む。そして見せる。

 アスは何度も首を縦に振った。安堵した模様だ。


「日本語はかけますか?」


 太陽が書いた紙を見つめるクラスメート。

 そして太陽はまた何かを書き込んでメモ帳を渡す。


『華丁さん用にメモちょうにさつあるからこれあげるよ。これで話しやすくなったね?』

『ファミリーネームではなく、アスと呼んでほしいです』


 アスの書く字は男子のような癖のある字だった。


『アスは好きなことはある?』

『絵を書くこと、似顔絵が得意』

「じゃあ、俺の似顔絵を書いてよ」と翔斗が割り込んだ。


 太陽はメモ帳に書いて、なんと言ったかを訳した。


「Yeah!」


 アスはメモ帳の裏の白紙に持っていた鉛筆を走らせる。時々、目を細めて翔斗を見る。

「翔斗そっくりじゃん」

大月はまだ顔の二分の一書いた状態ではっきり言い切った。

 あっという間に完成した。

「うまぁ」

「美術部くる?」

 太陽はそれを伝えた。

『中学校から吹奏楽部をしているので、遠慮します、誘ってくれたのにごめん』

「吹部くるのか、なんの楽器弾けるんだ?」翔斗は鼻息を荒くした。

 太陽が要約して聞く。


『パーカッション』とメモ帳に書かれた。

「パーカスか! 俺も吹部なんだ、よろしく! よかったら放課後、音楽室までの道教えてやるよ」


 太陽は今言われたことをスラスラと書き込む。


 アスはニッコリと微笑んだ。


「ってか、好きなこと吹奏楽もあるじゃん」と翔斗。

 太陽はメモ帳を使って通訳する。


『好きでも嫌いでもないけど両親が期待するから』

 書かれたメモ帳を見て、翔斗は意外の返事に呆然とした。

「アスちゃん、君はなんて健気なんだ」

「あ、なんだよ」


 翔斗は太陽からメモ帳を奪いとり、何かを必死に書き込んでいた。


「おい、何スリーサイズ聞こうとしてんだよ」と大月がニヤニヤした。


「いや聞いてねえよ! 俺は部活の後、一緒に帰れないか聞いてるの!」

「お前と一緒とか嫌に決まってるだろ」


 授業が始まるためのチャイムが鳴った。

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