19 フェルニカへ
空から降るように出てきた、ローリの声が音と音の隙間から伝わってきた。
徐々に音が減っていった。
カウントはしていなかったが、数秒後に武楽器から死神のような骸骨が出てきた。鎌を持った霊のようでもあった。
「ひっ」
太陽は浮遊している死神に鎌で切られる。
痛みはないが、少し目の前がぼやけて見えた。はっきり見えたときには目の前の死神は霧散して消えていた。手にはシワが増えている。
「桜歌!」
太陽は叫んだ。
桜歌の体が成長していた。胸が出てスラリとした長い手足に、顔までもが大人に変わっている。
「どうなっているんだ」
太陽は鏡を取り出した。
(おじさんになっている!)
「寿命の分、前借りしたんだよ」
ルフランが言っている内に死神に切られた人々はおじいさんになったりおばあさんになったりしていた。アイも大人の姿に変わっている。
「大人数で弾けば、寿命の減りは少なくなるんじゃなかったのか!?」
「アッハハハッ。そうさ、リコヨーテにクライスタルの奴ら。皆仲良く寿命が減ったみたいだね、ただ、最後まで吹き終わらなかったから寿命の減りはばらばらだね」
「俺の寿命は半分くらいになったのか? お前は弾かなかったのか?」
「当たり前じゃないか」
若い姿のルフランは笑みを浮かべながら、太陽と降り立ったローリを見やる。
「さあローリ。裏で手を回された気分はどうだい?」
「愚問だな。このために秘策はいくらでもある」
ローリは怒りをこらえるような声を上げる。
「ネニュファール」
「はい」
ネニュファールは髪留めを外し、ローリに渡した。
「それはなんだい?」
「これは願い石を凝縮して作った銀貨だよ」
「なんだと?」
「早いもの勝ちだ! 願い石、太陽君の記憶をそのままに四十分、時を戻してくれたまえ」
「う、ここは?」
「太陽、大丈夫? エレジー弾ききって倒れたんだよ」
太陽はゆっくりと起き上がる。鼻からは土の匂いがした。目の前にはキノコの顔をしたユウキが心配そうに太陽を見ている。
「時が戻ってる。あのネニュファールの髪留めで……、うう」
太陽は多くの記憶が頭の中でせめぎあい、頭が痛かった。
「何を言ってるの?」
「聞いてくれ、ルフランが裏切った、正しく言うと、裏切るつもりだ」
「え?」
「願い石だよ。俺は未来からやってきたんだ。ラ・フォリアは何人、何十人で弾いても寿命の減りは変わらない、皆寿命が二分の一になるんだ!」
「つまり騙そうとしてるって言うこと?」
「そうだ、ルフランを捕まえよう。ルフランの武器はオーボエからなる二刀流の刀だ。およそ三十五分後ここに来る。ラ・フォリアをルフランは吹かない。未来でみたんだよ。どうにかしてルフランを気絶させる」
「どうやって?」
アイが聞くと「それなら任せてよ」と美優が答えた。
「何をする気だ?」
「ははは」
太陽の質問に美優はいたずらっぽく笑った。
「かはっ」
大量の人の匂いに警戒して、空を飛んでパトロールの途中、ローリは吐血した。
ネニュファールは病院に向かい下降しようとした。しかし、風が強く吹いているのでリコヨーテの伽藍付近に墜落した。
ローリは受け身を取った。
「リバウンドで、臓器をとられたか」
地面につく前にローリは人の形に戻った。胃や十二指腸の一部などの内蔵がなくなったのだろうか。どうやら願いが大きすぎたのだ。
「まさか、髪留めを使う機会に陥ってしまうとは……不覚です。どなたかお呼びいたしましょうか」
ネニュファールは自由になった鴇色の髪をなびかせる。ローリの様子を見た。
「その必要はない」
「ローリ様、わたくしはローリ様のことをお慕い申しております」
ネニュファールは羽をはやしていて半分、月影化していた。空を飛ぶのに邪魔な、ケープは箱の中にしまっている。まさに、メイドの天使のようだった。
「フフッ。まるで僕が死ぬみたいに。少し休めば大丈夫、半月の血が臓器を補填するのさ。……こんな時しかいえないが、僕も君を、深く愛している」
「ローリ様」
ネニュファールも人間の姿に変わる。風が吹き、髪留めがないので髪は少し乱れている。太ももにローリの頭を横向きに寝かせ背中を優しく叩いた。少し口から血を出す。それからしばらくして、吐血は収まったようだった。
「やはりどなたかをお呼びいたします」
「そばに、いてくれ。すぐに、良くなる」
ローリはネニュファールの手を握った。
ネニュファールも握り返す。ローリの手が冷たい。
「誠でしょうか?」
「……どうだろうか、心拍数が上がるから離れてもらうか迷っているところだ」
「絶対に離しません」
ルフランと他、大勢が来た。
美優はさり気なく、ルフランに近づくと、リュックから小型のスタンガンを出し、ルフランを攻撃した。
バチッ
「ああっ」
ルフランは簡単に気絶した。
そして縄で縛っていく。
「何をしている!」
ジェイノが怒り狂ったような声を出した。
「皆さんに謝らなければならないことがあります。ラ・フォリアはいくら人を集めて大勢で弾いても寿命の減りは半分になります。この方法で寿命が長く生きられるなら皆すでにやっています」
「確かに」
「ですから、せっかく集まってくださったのに申し訳ございませんでした。この彼女はフェルニカ人で私達を騙そうとしていたので緊急に自由を奪いました」
「おい。あんたこそ嘘だ、ラ・フォリアは皆で吹けば大丈夫な曲だ」
「彼もフェルニカ人です、ルフラン、ジェイノ、リンド、エク、チラル。この五人はフェルニカ人です、ジャズしか吹けないと言ってラ・フォリアを弾かせようとしてます」
太陽は手で指し示した。
「捕らえろ!」
リコヨーテのゴリラのように体格のいい人が叫ぶ。
「お、おい」
彼らはすぐにお縄になった。
「アイ、もうユウキを触っても大丈夫だよ、目を合わせても、エーアイと言わせなくても、もう大丈夫だよ。でも、ごめんね。ここにとどまらせて、自由に世界を歩けなくさせて」
美優はアイの背丈に合わせて座り込んで話した。
「いいよ。お父ちゃんに会いにいくよ。何度でも」
アイは駄々をこねずにそういった。
太陽と美優と翔斗と美亜とガウカは城の前の水の前にたどり着いた。城の兵士はあのお祭り騒ぎを聞きつけたらしく、解散させられた。五人のフェルニカ人は四人の兵士に連れられ歩いている。ルフランは恰幅の良いメイドにおぶられている。
一人の兵士が身を翻して、モモンガのように小さな月影になって、案内人の所まで翔んでいった。もてなすかの様に小舟が二艘がやってくる。
「陛下は今何してる?」
「それが、体調悪くて寝込んでます、しかし皇帝と皇后から許可を頂いてます」
(分身が体調悪くなるほど本体はダメージを受けているのか?)
太陽はローリのことが心配になった。そして小舟に乗る。
「あなた方を中庭の切り株までお連れします」
「それで日本に行けるのか?」
「わかりませんが、切り株までお連れするよう命令でして」
「そっか」
太陽はテイアに着くような気がしてならない。
「フェルニカの人たちはとりあえず牢屋へ」
岸につくと案内人は牢屋へ向かう人と中庭へ向かう人と途中で別れた。
太陽は再び中庭へついた。
「あ、俺と美優さ、ジムノペディで移動してきたから日本に帰れたら連絡するよ」
「わかったわ、これ何か役立つときに使って」
美亜は姿が消える薬の入った水筒を美優と太陽に一つずつに渡した。九回分は使えそうだ。
「あっ俺もジムノペディで」
「太陽、行こう」
美優は翔斗の発言を無視して太陽に促す。
「桜歌は?」
「ガウカに来てもらいたい」
「わかった」
太陽達は切り株の円形の水晶のような膜に入った。
「ウォレスト」
「ウォレ」
「ウォレット・ストリングス」
太陽は首で動かして合図、演奏し始めた。
二人も楽器に音を込め始めた。
♪
太陽はピアノの手が止まりそうになりながらも弾ききった。
ガウカも一生懸命コントラバスを弾く。
美優もマイペースに吹ききる。
そして、周りの風景は回りだした。
ドサッ
周りは真っ暗だ。
「太陽、ちょっとこの木の枝、持ってくれる?」
美優の声がした。
太陽は押し付けられる数本の木の枝を持つ。
「パース」
美優はマッチを取り出すと、木の枝につけて燃やした。
周りが明るくなっていく。
「ここは、夜のテイアか」
夜空を見上げると星がちらほら見える。
「お兄ちゃん」
桜歌の姿が照らされる。
「これからどうするの?」
「この闇に乗じて、ガウカの本体を助けに行くぞ」
「良い案だね。パース」
美優の前に箱が出てきた。美優は彗星証をつける。
「テイアでは出せるんだな」
「いいから、これに火をつけて」
美優は箱からカンテラを出す。
太陽はカンテラに火をつけた。
だいぶ明るくなった。
ここは最初にテイアに来たところだ。
美優は虫除けスプレーを体にかけていた。そして、桜歌に渡してかけさせた。
その後、太陽は虫除けスプレーを借りて、急いでかける。「パース」と言い、箱を出し、彗星証をつけた。ガウカも同じく。
美優は箱からコンパスを取り出して、位置を確認した。
「こっちね」
獣道をグイグイ進んでいく美優。追いかける、太陽と桜歌。
桜歌はフクロウの声が聞こえてビクついていた、そのため太陽は桜歌の手を握った。
「大丈夫、怖くない」
「お兄ちゃん。ありがとう」
その道を進むと、岩石地帯に入った。
「ここからは急ぐよ。太陽、桜歌ちゃんを背負って!」
「おう」
太陽は桜歌を背負う。
(軽いものだ)
美優は男顔負けの走りを見せる。太陽も必死で追う。
「太陽、疲れた? 前方斜め右、熊の月影がいる」
「はあ、全然平気、左側から行くか」
「疲れてるじゃない。薬を飲もう。左にもなにかの声が聞こえる」
美優は美亜から借りた、水筒を取り出した。
「わかった、とりあえず二百ミリリットル飲むよ」
太陽は口をつけないようにして約二百ミリリットル飲んだ。
桜歌も同じ様に飲んで、美優も飲んだ。
「これで、月影に触れられなきゃわからないんだな」
「そうだね。行こう」
美優と太陽は岩石地帯を無事抜けた。途中、黒いツキノワグマの月影にあったが、気づかれずにすんだ。
なにはともあれ砂漠地帯までこれた。
「お兄ちゃん、辛い?」
「あら、疲れちゃったのかな、お兄ちゃん?」
美優は挑発するように言った。そして続ける。
「私が背負って連れて行くよ」
「不甲斐ないな俺」
「いいから、薬の効果もあるんだから」
美優は桜歌を軽々とおんぶした。
「それにしても、一体いつ桜歌ちゃんに人格取られたんだろ」
「一時間も月影風になって疲れたんじゃない?」
「桜歌はガウカが可愛そうだから、桜歌になったの。まだ翔べるとは言ってたけど」
「わかった、とりあえず、海のところまで行くぞ」
美優は「北だからね」と言いつつ太陽にコンパスを手渡した。
太陽は悲鳴を上げている足に鞭打って歩いた。そして海の見える砂丘にまで到達した。水面が波立って揺れている。
「テイアの夜は三時間しかないから急ぐよ、パース」
美優は薬の入った水筒を取り出して飲む。残りを桜歌に渡す。
「パース」
太陽は自分の持っている水筒から二百ミリリットルほど飲んだ。
「そういえば、着ている服も透明になるんだな」
「当たり前よ、なんのための魔法曲だと思ってるの?」
「はい、すみません」
「謝って機嫌とろうとしても無駄。ガウカを呼んで、桜歌ちゃん」
「うん!」
桜歌は目を閉じて、ぶつぶつと独り言を言い始めた。前のめりに倒れかけたのを太陽が助けた。
「見てみろ、お前の体はもう目の前に来てるんだ」
太陽はガウカのオッドアイを見て喋った。
「ふむむ、確かに、今日、本体取り戻さなかったらもう翔ばないからな。……ガガガォオオ!」
ガウカの姿が大きくなる。白い龍に変わった。
「さっきより小さくないか?」
太陽の言う通り、ガウカの体長は三メートルほどだ。二人で乗る分なら丁度いい。
美優は太陽の背中を押した。どうやら前は怖いらしい。
太陽は、渋々、ガウカの背に乗る。そして角をつかんだ。
美優は太陽の後ろに陣取って、太陽を抱きしめた。
太陽は美優の胸が当たっていることにドギマギした。
ガウカが翔び立った。
太陽はエレベーターの上がる感覚と同じに感じた。目がなれてきたのか黒い海が上空から見える。ちょうどその時遠くで星が沢山降ってきた。
「流星群だ」
「テイアの夜は月影が降ってくるの」
「綺麗だが、ゆっくりしてられないな」
「ガウカ、もう少し早くできない?」
ガウカの速度は早くなる。そのかわり、思いもよらず揺れて、太陽は乗り物酔いの症状が出た。
「そういえば、まだ話してなかったけど、テイアの歴史のことなんだけど。……テイアは元々原始惑星だったの……」
「よく考えてみたら、テイアってジャイアント・インパクトで原始地球とぶつかってしまった月になった惑星だよな?」
「そうだよ、ジャイアント・インパクトが起こって惑星の破片は多くの彗星となった……、大きく残った彗星のテイアは、地球の周りで太陽に合わせて動いているの」
「彗星か?」
「彗星になりかけだったの。彗星になりかけていた頃、突如降ってきた月影と少ない緑で衰えていくことはなかった」
「でも人や生き物はいなかったはずだろ?」
「月から落ちてくる生物で、月影の猿が台頭してね。月影の猿はとある大樹を、切って楽器を作った。炎や水の魔法を使っていたらしいの。世界樹があったため、過去の月影の猿は色んな場所に行けていたらしいの。そこで、その大樹の種は地球に降り注ぐようにまかれたの。地球にまかれた種から世界樹ができて、偶然ジャイアント・インパクトに詳しい、テイアの存在に気がついている人が世界樹を笛に加工して世界樹の前で吹いたの」
太陽は話を聞きつつ、着地する姿勢をとった。三人は黒いブロックのたくさんある街につく。
ガウカは丁度いい空き地に降りると、人間の姿へと変わった。
「ごめん、また後で話すね」
美優は手を合わせた。
「ここがフェルニカか」
太陽はキョロキョロ周りを見渡す。黒いブロックの家がそこかしこに建っていて、歩道はある。そこにバイクが走っていく。
「後約五分後、薬を飲まないと私達の存在がバレる」
「お城はどこだろう」
「静かに」
美優は太陽の声より小さな声で注意した。
「行ってくるぞ」
真横にあるブロックから人が出てきた。ハウンドトゥースの柄のバンダナを付け、鎧を着た巨漢がどこかへ向かっていく。
「追うよ」
「ああ」
追いかけていくと大きな階段の上にこれまた西洋風な神殿があった。
「美優、そろそろ五分経つんじゃないか」
「そうだね」
「パース」
太陽は美優の水筒の薬が尽きてしまったので自分の持っている水筒から薬を飲んだ。
美優は口をつけないようにして薬を飲んだ。
ガウカも真似て飲んだ。
皆で城の中に入っていった。
(どうやって地下に侵入するか?)
太陽は考えながら、進んでいくと分かれ道についた。
先程の兵士はすでに通り過ぎていてわからない。
「美優、どっちから声が聞こえる?」
「女性の方が貧弱だよね。左から行こう」
「おっけ」
太陽達は急いで道を走った。曲がり角を曲がるといきなり絨毯が敷かれていた。その両端に兵士が立っていた。二人はこっそりと通り過ぎた。
絢爛豪華な部屋にたどり着いた。
「あっ」
そこにいたのは見知らぬ中年の女性と大月だった。二人は向き合うように優雅な背もたれに座っていた。
「ウォレスト」
美優は小声でマウスピースを取り出していた。
「ふっ」
「うっ」
中年の女性の肩あたりに吹き矢が当たった。椅子に持たれて、倒れた。
「誰だ!」
大月の怒鳴る声が聞こえる。
美優は冷静にスタンガンを出すと大月に向かっていった。
「やめろ、美優」
「その声は、太陽?」
「そうだよ、なんでこんな所にいるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。ここは神聖な、ぎゃ」
大月が言い終わる前に美優によって電撃が浴びせられた。
「ちょ、ちょっと美優、まだ喋っていたじゃんか」
「時間が無いって言ってるでしょ。そっちの女性は首から上は動くはずよ。ガウカの居場所を聞いてよ?」
「あのう」
「え?」
「疲れているところ悪いんですが、ガウカと呼ばれる龍が監禁されているらしいんです。どこにいるんですか?」
「機密事項だわ」
「よし、大月の服、ひん剥いてやろう」
「わかったわよ、まっすぐ行って王の間があるけど、そこも通り過ぎて左に曲がったら階段があるからそこを降りて行けばいいけど?」
「鍵は?」
「今眠らせた大月のパースの中よ」
彼女のパースと言う言葉で黄色い色の箱がでてきた。十センチ四方の箱だ。
「きっとこの中ね。箱消したら、この子どうなるかわかってる? よく見ると高価な装飾品つけてるし、衣類も高そうだね」
「わかったわよ」
「太陽、調べるよ」
美優は黄色い色の箱に手を突っ込んで調べた。
太陽も鍵を探した。なにか金属でできてるであろう凹凸のあう小さな何かを見つけた。ひっぱりだすと紛れもない鍵の束であった。
「あった」
太陽が言うやいなや、美優はその女性にスタンガンで電流を放った。
「行くよ」
「案外簡単に出られるかも」
 




