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16 誕生日の当日


「お兄ちゃん」

 桜歌の声がした。

 太陽は机の上に突っ伏すように寝ていた。肩と首が痛い。

 タオルケットが太陽の背中にかかっていた。


「おはよう」

 歩きながら昨日のアイの話していたことを反芻した。ショルダーバッグに教科書類を入れた。

外に出ると、ムシムシとした湿気のある熱風が頬を撫でる。自転車に乗って、ワックにつく。店内はひんやりと涼しかった。その後、アイスコーヒーを買うと、一番奥の席に座った。四十分しか時間がないけど、勉強するには問題ない。英語の文法をノートとプリントを交互ににらめっこしながら書いていく。

 しばらくしてアラームが鳴った。

 太陽は翔斗にチャットアプリでチャット打っておこうと思い、ショルダーバッグからケータイを取り出す。

(美優と付き合ってることバレたらどうしよう)

太陽は翔斗に対して申し訳なくなった。そして何も打たずにケータイをしまった。


 アルバイト先につくと気持ちを切り替えて笑顔を作る。

「おはようございます」

「おはようございます」

 太陽は挨拶が返ってきたので安堵した。

(これならなにかやらかしてもフォローしてくれるな)

 太陽は打算的に物事を考え始めた。がむしゃらに働いた。


十七時になって太陽はアルバイト場からあがった。一度家に帰って、制服に着替える。教科書類を机に置く。

「ご飯はマリン分隊長のところで食べるとして」

 太陽は美優家まで来てインターフォンを押す。


 二人は裏にある木の元へ向かった。そして、彗星証をつけギンガムチェック柄のリボンを身に着けた。ついでに、ヒル予防の虫除けスプレーもつけた。

「音は聞こえないかな?」

「お母さんは今仕事行ってるし、テイアのことを知っていない人には聞こえないんだ。それに私の家の隣は音楽教室だしね」

「なるほどな。ウォレット・ストリングス」

「ウォレスト。……いい? ジムノペディよ」

「わかってる」


 太陽はピアノの鍵盤を叩いた。

 美優は金色のトランペットに息を吹き込む。マウスピースはテイアの木製だ。

 音が声のように重なって語りかけるような演奏だった。

 青い濁流が出てきたので、二人はどちらからともなく飛び込んだ。

 太陽はぐるぐると目が回りそうなときに美優の手を握った。難なく着地することができた。

 

 最初に訪れたテイアの場所だった。丸くかられた大地、鳥の鳴き声、蝉の声、ヒグラシもないている。


「あのさ、ラ・フォリア弾くの二四日の二十時に決まったから」

「泊りがけで行くの?」

「リコヨーテからだとそうなるな」

「わかった」

「あと実は昨日、ローリに会ったんだ」

「なんて言っていたの」

「怒らせた。フェルニカ兵は信用できないと。リコヨーテに入らせるなって、で、ぶっ倒れた」

「へえ、大丈夫かな」

「後から、大丈夫って言っていたようだけど。ん?」


 まだ青い濁流が消えてない。

 太陽は空気の揺れを感じた。

どさっ


 何かが落ちてきた。


 緑色のジャンボセキセイインコだった。地面に降りたったと思うと、羽ばたいて、美優の肩に飛び乗った。首に二つに折ったハンカチが巻いてある。太陽のものだったので太陽はインコから外してショルダーバックに入れた。


「俺のだ」


 足に筒状のものが取り付けてある。紙が入っているようだ。


「太陽宛ての手紙だよ」

 石井太陽様 フォーレ チェロとピアノのためのエレジー ハ短調 ラウレスク。


「これは昨日言っていたラウレスク様からの手紙だ」

「帝王様の? なんで太陽にその曲を?」

「ピアノを弾くかわりに、頼み事をしたんだ。キノコ人間のセリフ的呪いとアイに対しての呪いを解くための魔法曲をルコ様……、皇太后様に聞いて鳥を飛ばして知らせてもらうって」


 緑色と黄色の混じったジャンボインコだ。赤と黒のオッドアイだ。


「……フォーレのエレジーは聞いたことないな、武楽器以外のピアノなら魔法曲にならないんだろ。耳コピもするけど練習させてくれるかな」


 太陽は顎に手を当て、的外れのようにいった。


「やっぱり美優の肩じゃなく俺の頭に乗ってくれませんか?」


 太陽がそう言うと、美優は肩に乗っているインコを手でつかみ取り、頭にのせた。

 インコは不服そうにピッと鳴いた。

 太陽達は急ぎ足で森を抜けた。幸い、月影とは衝突しなかった。

 青いクリスタルが所々ある、クライスタルについた。検問を突破すると、二度目の到着となった。

 少し歩いてマリンの店についた。相変わらずよくわからない文字がガラスに並んでいた。中へ入ると、サバのような匂いやご飯の匂い、ラーメンの匂い、色々な匂いで空間は満たされていた。


「お父さん」

「おっ美優じゃねえか。元気にしてっか?」

「お願いがあってきたんだけど」

「あ、あの俺達付き合うことになりました」


 太陽は報告した。


「それなら良かった、大事に守れよ」

「はい」


ぐう


 その時、太陽の腹の音がなった。


「あ、すみません、あまりにいい匂いがするもんで」

「いいぞ、スペシャルなディナー作るから食ってけ!」


 マリンは変わらない調子で奥の席をすすめた。


「おっネムサヤ、お前も御飯食べるだろ、そろそろ戻ったら?」


 マリンはジャンボインコのネムサヤに気づいた。


 「ネムサヤさん?」


 美優は驚きながらネムサヤをつつく。

 インコが突如空を舞い、光った。インコの姿から人間の姿へと変わる。


「ああ、翔びすぎて意識とんでしまった」

「ネムサヤさんだったのね、ケータイとか文明の利器使えば早いのに」


 美優は可憐な声を出した。


「誰かに見られる恐れがある。それにリコヨーテのお城のものは電力のあるものは最小限のものにおさえているんだ」


 ネムサヤは囁く。

 しばらくして、海鮮丼が出てきた。麦茶と一緒に。


「ネムサヤは魚料理や野菜類、海藻、パン、ライス以外口にしないんだってな」


 マリンは頭に鉢巻のようにタオルを巻いている。

(美味しそうだ)

 油の乗った赤みのある刺し身マグロ、それからサーモン、イクラ、エビ。それはそれは豪華だった。スプーンで軽く混ぜながら、刺し身と酢飯を口へと運ぶ。口の中でぷちぷちと愉快な音がしてイクラが弾ける。口の中は深い海に沈み込んだような柔らかな魚たちが占拠していた。


「ごちそうさまでした、こんなに美味しい海鮮丼食べたことない」


 太陽はやっと言葉に出せた。


「そうかい、そいつは良かった」


 マリンが答えた。酒を飲んでいた。


「そういえば、なにか頼み事があるって言っていたけど何かな?」


 マリンは懐疑的に太陽を見た。


「ローリに知られたくないから、ネムサヤさん追い出していく」


 太陽は美優と顔を見合わせた。


「陛下様だよ。冷たいな、僕も知りたいのに」

「私からマリンお父さんに話しておくから、ネムサヤさんを日本に戻れる大樹の切り株まで連れて行って、太陽もそのまま帰っていいよ」

「行きましょう」

「はいはい」


 ネムサヤは素直に従った。

 太陽はネムサヤと店を出た。美優のことが気になって、ネムサヤとの会話はほとんど覚えていなかった。そして、切り株の前まできた。


「この青い空間の中で、一緒にサティのジムノペディ第一番を弾いてください、あ、吹いてください。パース・ストリングス」


 太陽は箱の中から例のネックレスを二つ取り出すと、ショルダーバッグの中の巾着に入れた。


「ウォレスト」


 ネムサヤは武楽器であるフルートを出す。

 太陽は中へ先駆けて入った。


「そういえば陛下の容体はどうなんですか?」

「安定してる」

「それなら良かった……ウォレット・ストリングス」

(ピアノ……、美亜の家以外で弾けるところあっただろうか? エレジーの練習がしたい)

 太陽は思いをぶつけるようにピアノを弾いた。

 ネムサヤのフルートの腕もかなりのものだった。

(流石はリコヨーテ兵)


 周りの青い波のような模様が揺れ動き竜巻のようぐるぐると回り始めた。

 美優の家の裏にたどり着いた。


「ふうーやっとついた」


「では僕はリコヨーテに戻るからね、またね」


 ネムサヤがジャンボインコの姿になって飛んでいった。

 太陽も暑いので家に帰ることにした。数分で家につくと、手を洗いうがいをする。

 クーラーで涼しくなっている子供部屋に驚くものが置いてあった。

 八十八鍵盤のキーボードピアノだ。スタンドに簡素な椅子も設置してある。


「これは?」

「パパだよ、練習用に買ってきてくれたの」

「えーっと、俺に?」

「そうだよ」

「じゃあ弾いて良いんだよな」


 太陽はケータイで音楽を聴く。フォーレのエレジーだ。

 ピアノ伴奏だけの演奏を発見して、聴いたのと同じ音を出した。

「なんて曲?」

「エレジーだよ。哀歌って意味だけど。次、何弾いてほしい?」

「悲しいねその曲。次はカノン!」

 桜歌は太陽から離れ、隣で太陽の指を見つめた。

「シング・シング・シングも練習しないとな」

 太陽はピアノを弾くのが楽しかった。


「お父さんは?」

「パパ出かけたよ」

「一体何をやってるんだろう」

「タクシーの運転手をやってるって言ってた」

「このあたりを通ったのかな、まったく仕事サボって」

「そう言わないで、お兄ちゃん」

「そうだ、ラ・フォリアの練習もしないと」


 太陽はケータイから音を鳴らして耳でコピーした。

(難しい曲だが弾きこなせた。いやでも、テンポが遅いな)


 太陽は手に汗をかいていた。ハンカチでピアノと手を拭くと、洗濯機に放り込んだ。新しいハンカチを棚から出した。もう一度、さわりから弾いてみる。

(この曲はいきなりアップテンポに変わる)

 太陽はわからなかったところを、ルーズリーフにト音記号と音符を書き込んでいく。太陽は基本的にこうして難しい曲は練習用に書き出す。そして暗譜していく。何度も挑戦する。


 なんとか納得のいく演奏になった。

 部屋が暗がりになりつつあった。


 桜歌は一階でご飯を食べていた。


 太陽もお腹が空いたのでカップラーメンにお湯を注いで、蓋をする。少し経ってから食べ始めた。 全て食べ終わってから、ケータイが鳴っているので取り出した。


「美優からだ」


 チャットアプリにメッセージが届いていた。


『お父さんに頼んだから、人手の方は何とかなりそう。後は翔斗に頼んどいて。美亜は任せといて』

『外ではあまりイチャイチャするなよ。美優のことマドンナって呼ぶ人もいるんだから、俺は有名人になりたくないから』


『何よ、私が盛りのついた猫みたいに言って。でも一理ありだよね、そのことなら心得てるよ』

『良かった』

『お母さんも二四日の件は大丈夫だよ』

「良かった」


 太陽は独り言を言う。


『またあとでな』


 太陽は時間があるので勉強を始めた。しばらくして玄関が開く音がした。

 響は両親の部屋に入っていった。

 一瞬、階段から見たときにブレザーの制服を着ているようだった。

 響は両親の部屋に入っていった。タンクトップを着て、薄手のズボンに着替えた様子だ。


「桜歌、麻婆茄子作ろうか? 材料買ってきたぞ」


 響はリビングに出てくるなり、桜歌に話しかけた。


「あ、パパ、ありがとう、ご飯はもう食べたよ」

「ピアノありがとうお父さん」

 

 階段を下りながら、二人は感謝の言葉を述べた。


「いいんだ、じゃあ明日麻婆茄子作るからな」


 響はそう言うと、一人でカップラーメンを食べていた。

「わかった」

 こうして、一日が終わっていった。




 月曜日。

 太陽は翔斗に会うのをためらわれる。しかし、学校を休むわけにいかない。頭の中を少し楽にしようと、桜歌に起きがけに声をかけた。


「桜歌、最近困ってることないか?」

「お兄ちゃんがいれば何もいらないよ」


 二人は学校に行く準備をして、朝ごはんを食べた。七時三十分と少し早いが学校に向かった。

学校につくと廊下で知っている人に出会った。


「げっ」

「何よ、またお前かって?」


 小動物が威嚇するような声を出す美亜。クラリネットを持っている。

(朝練かな。吹部頑張るなあ。もう翔斗来てるんじゃないか?)

 教室までの道のりが重かった。

 しかし結局、今日は翔斗はこなかった。


部活動で大月が二人を訝しむ。


「なんか元気なくないか?」


 大月の発言で美優も太陽もぎこちなく笑う程度だった。

 ニャロベエは大月のひらいた手に入っていった。

 部活動の終わる時間になった。


「やっと開放される」


 太陽は美優と一緒に帰ることになっていた。


「美優、美亜と話したのか?」

「うん、美亜も吹きに来てくれることになったよ、今のうちに電話してホテル探さないと」

「アイに頼んで、ホテル探しとくよ」


 そして、美優を家に送り届けた後、自分の家に帰った。ケータイを取り出しアイに電話した。


『もしもし』

『あ、アイか。十二人分で四部屋くらいのホテルか宿の予約をしてもらいたいんだができるか?』

『いきなりそんなに? 無理だよ、今のこのご時世に。それより有明に行くんだったらうち達も向かうから。 皆で演奏したほうが良いかと思って。魔法曲演奏するんでしょ?』

『シング・シング・シングという曲が透明になれるらしい』

『へえ、大人数でペドルを出し合って作るんだと思うけど、皆には言わないほうがいい?』

『俺らの知らないフェルニカの人は他言無用で頼む、ルフランとジェイノとリンドには話しておいてくれ』


 響は麻婆茄子を作ってくれた。

「ありがとう」

 太陽がそう言うと響は「ああ」とだけ返した。




 三日経つ。木曜日のことだった。

 翔斗が学校に来た。

「おはよう」

「おっす」

 翔斗はいつもどおり返事をしたので太陽は安堵した。

「体調大丈夫?」

「はは、何とか」

 朝のショートホームルームが終わり、太陽は翔斗を廊下に連れ出し小声で話しかけた。


「美優に振られたらしいな」

「好きな人がいるからって言われたけど、これって絶対お前のことだろうなって」

「ああ、告られたよ」

「付き合ってるのか?」

「あ、紆余曲折あって付き合ってるよ」

「いいな、話はそれだけか?」

「待てよ、キノコの人間を救うためのラ・フォリアは二四日の土曜日だからな」

「なんで身内でもない人のために戦えるんだよ」

「俺は人の役に立ってお金を稼ぎたい。そのための一歩として困ってる人が見捨てられないんだよ」

「わーったよ、皆でやれば寿命を少なく減らす事ができるんならな」


「ああ、できる限り人は集める。二四日、十六時半に美優の家集合な」


 太陽はそういった後のことはもう忘れるくらいの時間の流れが早かった。そして、学校の放課後にアイから電話で宿の予約はとれなかったと伝えられた。

「困ったな」

「ローリの城に泊めさせてもらえばいいじゃねえか」

 翔斗はトロンボーンを持ちながら答えた。

 太陽は生物部を早めに終わらせてもらい、教室で翔斗と話し合っていた。

「流石にそんな失礼なことできないだろう」

「あの、お人好しなら平気だろ」

「そうだな、最悪透明になる薬飲んで、ガウカの水龍に乗って帰ってもいいかなあ。そんなことより、チェロとピアノのためのエレジーだよ。チェリスト見つけられないかな?」

リコヨーテも広いし武楽器所持者多いから見つかるだろ」

「だといいんだけど」



 二十四日土曜日。ついにこの日が来た。

 テレビや学校では未だにリコヨーテの話題でもちきりだ。

 寝る前に新しい半袖ワイシャツにアイロンを掛けた。桜歌の着るワンピースも洗って、アイロンを掛けた。ショルダーバッグに虫除けスプレーや彗星証やギンガムチェックのリボンなど入れた。

 

「桜歌、誕生日おめでとう。十五時半に美優の家でお祝いしてくれるって」


 朝一番に桜歌を起こした。


「うーん、お兄ちゃん、ありがと」

「おう」


 太陽は桜歌の首にレジンで作ったネックレスを付ける。


「わーかわいい」

「お揃いだ」


 太陽は自分の首にもネックレスを付けた。


「ありがとう」


 桜歌は何度も姿見を見た。

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