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10 美亜のクッキー


「ただいま」

「桜歌、しー、しゃべるな」

「なんで?」

「こんな夜に帰ってきたら不自然だろう。風呂入って、宿題して、寝るんだ」

「わかったよお」

 

しばらくして、太陽は溜まった洗濯物に目をやった。

(俺がやらないと、誰もやらんもんだな)

 太陽は洗濯して、宿題をして、風呂に入って、洗濯物を干して、眠りにつく頃には十二時をこえていた。




「おはよー、お兄ちゃん」


 桜歌に乗っかられて、太陽は目を覚ました。


「まだ七時か、いやもう、か。おはよう、桜歌」

「桜歌お米炊いたよー」

「ええ、桜歌が?」

「水の分量もちゃーんと測った!」


 太陽は太陽の光に目を細めながら起きると、キッチンに向かった。炊飯器が保温になってるようだった。


「怪しい」


 太陽は何が飛び出してきてもいいように前屈立ちをしながら炊飯器を開ける。


「ちゃんと炊けてるけど、少し多いな」

 四合くらい炊いてあった。炊きたてはアツアツだ。


「おにぎり、中身は何がいい?」

「鮭!」

「了解」


 太陽はラップを駆使しながらおにぎりを握る。

(この感覚久しぶりだな。桜歌も成長したものだ)

 太陽はスプーンで瓶の鮭フレークをすくい、おにぎりの中身にする。のりを巻いて完成だ。

(そういや、箱……パース・ストリングスがいっぱいになったら、どうしようかな。月影に有効な武器を作るか……?)


「そう言えば、桜歌の誕生日一週間と2日か。楽しみだな」


 おにぎりをたくさん作って、一つ食べてみる。

 太陽は美味しいお米と、優しい塩加減にほっこりした。そして、ポケットの中のごちゃごちゃしたものをどうするか、決めていた。

(リボンや彗星証で桜歌にあげるネックレスが壊れたらやだな。美優の家においておいてもらおう)

 太陽はそう思い、手をポケットに入れるとぐにゃっとなにかに当たった。

(壊れてる!)


 それは、美優の家で作らせてもらった、桜歌にあげる予定のネックレスだった。

(落ち着け。まだ日はある。また美優の家で作らせてもらおう)


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「何でもない」

「変なの」

「いいから食え。もうすぐ、集団通学だろ」


 太陽がいうと、桜歌は口に詰め込めるだけ詰め込んで麦茶で喉へ流し込む。暑さと寒さが中和されたようだ。美味しそうに飲み込んだ。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 太陽はまだ時間に余裕があるが早めに学校に行くことにした。おにぎりはお弁当袋に入れて、入らなかったのを置き手紙で裕美に食べてもらうようにした。


「パース・ストリングス」


 太陽は小さな声で唱えてみる。

 何も出てこない。

(武楽器は出るだろうけど、今、音楽の先生が使っているかもしれない。そしたらパニックになるな。そんなことよりもネックレスのことを美優に相談だ)

 今日は七月の半ばで汗がじんわりと出てくる。すごい熱気を帯びてるであろうアスファルトを歩いた。


「おはよう、太陽!」

「あ、おはよう、美優」


 太陽はちょうど思い描いていた人にあって気持ちがドギマギした。


「あのさ、実は……。これ見たほうが早いんだけど」


 太陽はベストのポケットから桜歌へのネックレスを出してみせた。太陽の部分と月の部分が完全に取れている、月の形は変形してくの字に曲がっている。


「うっわ。完全に壊れてるね。これあげたら泣くわ。さすがの私でも」

「直せないかな」

「予備のパーツがあるから、今日はウチ寄ってきなよ」

「悪いな。あと、またマニキュアも貸してくれるか?」

「いいよ」

「今日は吹部か?」

「ううん。生物部いくけど」

「いつが吹部なんだ?」

「本当は毎日行かないとなんだけど、やっぱり休養は必要なんだよね。しばらくは生物部にいるかな。でも、吹部は水曜日と土曜日だけ行くわ」

「今日は木曜日か。一日休むと取り戻すのに三日かかるっていうのに」

「別にいいでしょ。そんなの迷信だよ。それに私、トランペットうまいもん」

「そ、そう言われると何も返せないよ」

「部活六時までだから」

「ああ、そのあと、美優の家に行こう」

「オッケ」

「おはよう、風神さん!」


 翔斗が廊下にいて、集団をつくっていた。美優に気づいて集団を抜けてきた。


「おはよう!」

「おっす、翔斗」

「おはようございます、太陽」


 翔斗は低い声で挨拶した。


「なんでそんなにテンションが違うんだよ」


 太陽は笑う。


「おい、風神さんに近いぞ。離れろ」

「なんなんだよ」

「風神さん、またねー」


 そういうと翔斗は太陽を教室に連れ込む。

「お前、風神さんと二人乗りしていたという情報が入っていてな」

「したけど。悪いか?」

「くそー」


翔斗は拳を握りしめた。




生物部の時間になった。


「一日やっと終わったー!」

「まだ終わってないと思うよ」


 太陽は顕微鏡を見ながら隣りにいる美優に声をかけた。顕微鏡にはよく見かけるオオカナダモの葉のワムシやらケイそうやらが見える。


「太陽、今日、帰りワックよらね?」


 大月に声をかけられる太陽。

ワックとはハンバーガー屋の名称である。


「ごめん行けない、先約があって」

「最近付き合い悪いぞ、彼女でもいるのか?

「お前までそういうこと聞くなよ」

「何照れてんのよ」

「美優、ちょっと」


 太陽は美優を生物準備室に呼び出す。


「いや、だから、二人乗りしているの見られたから、それで変な噂立てないでくれよ?」

「なにそれ、私が? ……まあいいよ。今日、やっぱりうちにこないで」

「ええええ、どうして」

「私と噂になるのが嫌なんでしょ」

「でも、桜歌にあげるネックレスは?」

「ふう、リコヨーテにある可愛い手芸屋さんでもっと頑丈な可愛いグッズ売ってるから、今日はそこに行こう、と思ったんだけど。何その態度。私と一緒にいると恥ずかしいんでしょ?」

「よし、そこ行こう。美優の心傷つけてごめんなさい。美優と行きたいです」

「帰りアイスおごりね?」

「はい」

「〜〜〜〜やる?」


聞いたことある男子学生らしき声が耳に入ってきた。

太陽と美優は二階から中庭を覗く。

翔斗と愉快な仲間たちの吹奏楽部員らしき男子学生達、数人が集団を作っている。


「相手は一個下だし、吹部もただじゃすまねえし、印象悪くなっちゃうから、……でも悔しいよ、翔斗」

「んなこと聞いてねえよ、揉むの? 揉まねえの?」

「揉みてえよ! めちゃくちゃ揉みこみてえよ!」

「だよな。こんなかに風神さんのおっぱい揉むのに迷惑だと思っている奴いる? こんなかに風神さんにおっぱい揉まれるのに日和ってるやついる? いねえよな? 俺が先駆けて土下座するから、みんなで土下座して頼み込むゾ!」

「「「ワアアアアア」」」

「「あのバカ……」」


 太陽の隣で美優と声が被った。



 太陽は一度家に帰ると教科書類を自室に置いて、美優の家までついていった。


「全部持ったね。それじゃあ、行こう」


 美優は太陽を玄関口に待たせてトートバッグに持ち物を入れ、意気揚々と庭に出た。


「ちょっと待った! なんか聞くには美亜の家の裏山のほうが早く国につけるらしいね」

「なんだって?」


太陽の声が吹き抜ける風のようになったまま、美優はケータイをいじる。


「ちょうどクッキー作ってるから、食べに来てだって」

「そっか、丁度いいな」

「太陽さ、美亜の家知ってるの?」

「知らん」

「まったくもう私任せなんだから」

「ご、ごめん」

「美亜の家まで走ってね。あなた、私と二人乗りしたくないみたいだから」

「ごめんって」

「そうやってすぐ謝るの、直したほうがいいよ」


 太陽に一喝した美優は自転車に乗り、ペダルを踏む。


「わ、わかったよ」


 太陽は遠慮なく進む美優に、置いてかれない様に走る。

 十分位走ったら、住宅地帯にたどり着いた。

 太陽の息も切れてきた。


「竹中さん家どこだっけ?」と美優は首を傾げた。

「わからねえのかい!」


 太陽はツッコミを入れながら、かすかな匂いを嗅ぎ取った。

「クッキーのにおいがする」


 太陽の鼻を頼りに進むと、竹中と書かれた表札が見つかった。

 太陽はインターホンを押して、美優に後ろに隠れる。


「なにしてんの」

「緊張して動悸が!」

「まったくもう、小心者」

「はーい、美優、待ってたよ」


 奥にある、玄関のドアが開いた。


「たいよー、早速来たわね。美優はもう知ってたと思うけど、裏山からテイアに行けるの」

 美亜は丸いフレームの金色のメガネを掛けていた。

「いや、なんか来る時違うところから来るのは知ってたけど、ここから来れるとは知らなかったなあ」

「お邪魔します」

「まって、入る前にこれして」


 ルセッシュと書かれた消臭剤のスプレーを美優が受け取った。数回プッシュして体にかけた後、太陽に渡る。

 太陽は美優と同じ様にすると、消臭スプレーを美亜にひったくられる。


「アンタはこんなんじゃ足りないわよ」と、美亜は言い放つ。

 太陽は十回くらい消臭スプレーを浴びせかけられる。


「ばか、やめろ。なんで美優と待遇が違うんだよ」

「ウチに入るんだから、当然でしょ、ね、美優」

「ふふふ、そうだね」

「美優まで! ひどい」

「何か文句ある?」

「ないです」

「なんか犬みたいね」


 美亜は太陽をあざ笑うかのように、笑みを浮かべた。そして、二人を家の中へ招き入れる。


「ちびっこ、眼鏡なんかかけてたっけ?」

「普段はコンタクトなんだけど。今日は目が痛いからとったの。悪い?」

「いや、別に責めてないだろ」

「何よ。なんで美優の前ではビクビクするくせに!」

「そりゃ、お前が妹みたいだからだよ」

「ちょっと背が高いからって調子に乗るんじゃないわ! 五谷怪談の主人公の名前叫びまくるわよ!」

「それは、怖い」

「まあいいわ」

「お母さんはパート?」

「そうよ、お父さんならテイアで仕事してるわよ」


 美亜はそう言ってリビングへ案内した。


「なら、好都合だ。美亜、お前もテイアに行き、妹にあげるネックレス作るの手伝ってくれねえか?」

「えー、どうしよっかなあ?」

「美亜、私からもお願い!」

「しょうがないなあ。いいわよ。別に、太陽のためじゃないから。美優の頼みだからだし!」


 美亜は焼き立てのクッキーを木で編んだかごに入れて持ってきた。

 太陽は一つつまんで食べてみた。動物を象ったそのクッキーは美味しかった。


「ピーナツバターを隠し味に入れるのよ」


 美亜は得意げに説明する。

 美優はペンギンのような形のクッキーを口に運ぶと、美味しそうに目を閉じた。


「美味しいなあ」

「そうだな」

「これはココア味?」

「あ、それは」


 美亜が美優に触れようとする。

 しかし、間に合わず、そのカラスのような色と形のクッキーを食べた。美優は喉につまらせたかのようにむせる。

 美亜は美優に冷えた烏龍茶の入ったコップを渡す。


「何よ、これは太陽用のクッキーよ」


 美亜は優雅に紅茶のティーポットからティーカップに紅茶を注ぐ。美優と太陽、そして、自分の分を注いだ。


 太陽はイノシシのような色と形のクッキーを手に取った。


「焦げ臭いなあ」

「食べたくないんだったら、食べなくていいよ」と美優。

「食べます」


 太陽は食い意地の張った犬のようにクッキーにがっつく。焦げたのも気にせずぱくつく。

 すぐにクッキーはなくなった。


「それじゃあ行くぞー」と美優が言った。

「おー」と太陽が号令に答える。

「まさに犬ね」

「ちびっこには言われたくない」


 太陽は隣の部屋にあるあるものに気づいた。


「陰湿太陽」

「こら、喧嘩しないの」

「あのさ。チビ様にお願いがあります」

「何よ」

「そこにあるピアノ、弾いてもいいか?」


 太陽は隣の部屋にあったアップライトピアノを指さした。

(学校のピアノ使ってたら、音楽教員にバレてしまうからだ)


「目ざといね、貸し一よ」


 美亜は太陽にお手拭きを渡して、隣の部屋に連れて行った。

 太陽は何を弾くか決めかねて三分くらいかかった。


「じゃあ、行きます」


(フランツ・リストの、愛の夢 第三番)

 アップライトピアノだとやはり音の響き方が違った


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