まさかの言動
「ん……」
朝、す…と意識が浮上して目が覚める。
微睡みの中、酷く重たい瞼を持ち上げてぼんやりと天井を見た。
……見慣れない天井……
寮の自室の天井じゃない、レオンのアパートの天井でもない……
アレ……ここ、どこだっけ……?
ぼーっとする頭を持ち上げて身を起こそうとすると……
「………!」
布団の中でガッチリとレオンの腕にホールドされていて、身動きすら取れない状態だった。
そこでわたしは漸く昨夜の事を思い出した。
あーー……あ、そっか………
そして思い出した途端に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
ーーわたしったら昨日はなんて大胆な事をっ……!
昨夜、酔っ払った状態で押し掛けて来たサーラさんとレオンを残し、彼のアパートを飛び出した。
寂しい、悲しいとサーラさんは泣いていた。
レオンの腕の中で泣きたかったんだろう。
でも……
わたしだって寂しいし悲しい……
わたしは一体、誰の腕の中で泣けばいい?
もうヤダ。こんな苦しい思いばかりしたくない。
別れても別れなくても苦しいのなら……いっそ……
「……もう潮時かな」
と呟いたその時、
「リゼカっ!」
名を呼ばれ、後ろから強く腕を掴まれた。
その声の持ち主に覚えがあり、まさかと思って振り返る。
「っレオン……」
そこには額に汗を滲ませて肩で息をするレオンがいた。
「リゼカ、……帰るんなら送って行く」
その為にまた走って追いかけて来たの……?
あの日の夜、ヘレン女史に頼まれた時みたいに……?
要らない。
そんな責任感から来る優しさなんか要らない。
込み上げてくる悔しさをなんとか抑えて、
わたしはレオンに言った。
「サーラさんはどうしたの?酩酊した人を放っておいちゃダメじゃない……わたしなら大丈夫だから」
レオンが額から顎に滴る汗を拭いながら言う。
「サーラは……アテミヲクラワセテ眠らせて来た」
「え?ごめん、途中の言葉がよく聞き取れなかったの、何て言ったの?」
「サーラはウチで眠ってる。布団を掛けて来たから大丈夫だ。それよりこんなに遅い時間に一人で帰るなんて危ない。リゼカ、ちゃんと送らせてくれ」
「レオン……」
サーラさん……眠っちゃったのか……あんなに酔ってたもんね……。
眠っちゃったなら、仕方ない……?
「リゼカ、行こう」「う、うん……」
少し強引に手を引かれ、わたしはレオンと一緒に歩き出した。
夜の賑やかな街の中を二人で黙って歩いて行く。
すると徐にレオンが大きなため息を吐いた。
肺活量の凄さを感じる、深くて重いため息だ。
そして彼は力なく呟いた。
「せっかく……久しぶりにリゼカとゆっくり出来る週末の夜だと楽しみにしてたのに……あんな最悪な邪魔が入るなんてな……」
耳にしたその言葉にわたしは驚いて彼を見上げる。
「え?レオン、楽しみにしてくれていたの?」
「当たり前だろ?このところリゼカとはあまり会えなかったから、まだまだ一緒に居たかったのに……」
そう言ってレオンはまた盛大にため息を吐いた。
わたしと……まだ一緒に居たいって思ってくれるの?
だから追いかけて来てくれたの?
わたしだってまだレオンと一緒にいたい。
レオンがそう望んでくれるなら、一緒にいたい。
でもレオンのアパートにはサーラさんが居るし、わたしは寮暮らしだし……。
「……レオン、わたしを寮に送った後はどうするの……?やっぱりアパートに戻るの?」
「いや?幼馴染とはいえさすがにサーラが一人で寝ている家には戻れないな。実家か兄貴の家にでも転がり込んで……」
それを聞いた途端、わたしは自分でもビックリするような大胆な言動に出ていた。
レオンのシャツを軽く引っ張りながら、わたしは告げる。
「わたし…も、帰りたくない。
一緒に居たい……レオン……」
「……え?」
そう俯きながらわたしが言って立ち止まった場所は、
なんというタイミングか男女が逢瀬を楽しむ為の宿屋の前だった。
「リゼカ……」
わたしから誘うなんて今の今まで一度もなく、レオンが驚いているのが伝わってくる。
でも、今夜は余計にレオンと一緒に居たかった。
まだ恋人同士なら、一緒に過ごす夜を求めてもいい……よね?
その瞬間、宿屋の方向へと腕を引かれた。
レオンの耳がやや赤くなっているような気がするけど、
今の私は間違いなく全身が茹で蛸のように赤くなっているハズ……!
そうしてわたし達はその宿屋で一晩を過ごした。
触れて、触れられて、互いの体温を確かめ合う。
わたしは行為の最中、涙が溢れて止まらなかった。
レオンはわたしが涙を流す度に、それを唇で優しくすくってくれた。
温かくて、幸せで、まるでわたしが一番愛されているような錯覚をしてしまう。
でも朦朧とした意識の中、眠りに落ちるその寸前にレオンが
「リゼカ、愛してる……」と言ってくれたのを聞いた気がした。
それから迎えた朝が今だ。
今日は休日、互いに非番。
でもレオンは、サーラさんの事が気掛かりだろうからすぐに帰るんだろうな。
わたしはどうしようか。
最近出来た百貨店にでも行ってみようかな。
でも今はまだ……この温かい腕の中に居たい。
わたしはそう思いながら、
もう一度瞼を閉じてこの泡沫の幸せを胸に刻みつけた。




