表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

未来の食卓の失敗は完璧よりも尊い

作者: 佐久ユウ

本作は過去に投稿した「rarikoラリィコnewstation 無料放送分」に加筆修正したものになります。

 私はふと目を覚ました。リビングの窓の外、高層ビル群は夜の闇に包まれ、明かりが灯りつつある。ハナが帰ってきたらしい。「ユリ、ただいま。悪いけどご飯をお願い」「了解」と言ってハナの代わりにキッチンに立つ。キッチンのスマートスピーカーが私の気配に反応して起動する。


『おかえりなさい。rariko(ラリィコ)でFMnew@Stationを再生します』


 定時にも仕事が終わらない事を見越したハナの端末から連絡を受けて、米一合は水に浸水してあった。水を切った米を鍋に入れる。


ーーでは次のコーナー『この街この店クローズアップ!』をJFMがお送りします。今日は今話題『手動式生活用品』を取り扱うリユースショップ小暮堂(こぐれどう)さんにお越し頂きました。さっそくですが『手動式』というのは、どんなものですか?


「はい。今ではボタン一つで調理が完成する、完全自動化料理器(フルオートクック)が一般的です。でも当店ではご飯を炊くにしても、人の手間をあえて加える『炊飯器』を売っています。お米を水で洗って、かため、ふつう、柔らかめ、とお好みの炊き加減が選べるんです」


 米の吸水具合、品種、使用目的によって水加減は変わる。ハナは鍋にすると昨日言っていたから少し固めで良いと判断して水を鍋に入れる。鍋の日はいつも一番最後に雑炊にしたいと言うのだ。


ーー自分で洗って、電源を入れ、その上固さまで選ぶなんて手間では?


「フルオートクックはお米の炊き加減もライフログの嗜好ログから読み込んで、自動で決めますよね。でもそれは機械が提示した好みです。自分の味は自分の舌で決めたいという方には『炊飯器』が合うと思います」


 念のため、ハナに確認をとろう。まれに彼女は鍋のシメに棒ラーメンを入れる。冷蔵庫はなくとも備え付けの完全自動化料理器のボタンを押せば棒ラーメンを作る事ができる。ハナはこの料理器を食材調達器として冷蔵庫の代用にしていた。


ーー機械が示す嗜好も自分の好みだと思っていたのですが。


「そうですね。嗜好ログの精度評価は98%。様々な自動家電が私達の表情を読み取り、データを集積、AIが日々判断して嗜好ログを更新する成果だと言われていますよね。ですが、それは本当に私の嗜好と言えるのでしょうか? 」


 シャワーを浴びていたハナにドア越しに尋ねると「いつも通りのご飯にして」と言うので、柔らかめの水加減に調整してシステムキッチンをIHコンロモードにして鍋を置き蓋を閉めて火を付ける。初めは強火。


ーーどういう事ですか?


「私の好みは私自身で決めたい、そういう方には『手動式生活用品』がマッチすると思っています。例えば、ちょっと水加減を間違えてお焦げになるそんな『失敗』も『愉しみ』として受け入れ『ゆらぎある生活』が実現できます。私は『ゆらぎ』が暮らしに必要だと考えています」


 失敗……ハナが鍋で米を炊くようになったのは昔の暮らしの動画を見てからだ。最初は何度もお米を焦がすので見かねた私が助言した。


ーー『ゆらぎ』ですか。すみません。ちょっと難しいです。具体的にどのような事ですか?


「自動化された日常はある意味で完璧な日常を保障していますよね? でも『ゆらぎ』はわずかな変化を生みます。わずかな変化が生活をより豊かにし、変化こそが好みとなるのです」


 焦がした料理は失敗だが、適度な料理の焦げは焼き目とも言い、炊飯の場合「おこげ」は好まれふ可能性もある。ハナだって焦げた鍋底をしゃもじでこそげて口に入れ「香ばしくて美味しい」と言っていた。鍋の蓋を開けてまだ沸いていない水をおたまで少しすくう。


ーーわざわざ失敗という非効率な方法でなくとも嗜好ログへその時々で評価をフィードバックすれば変化のある好みは確立しませんか?


「でもそれを判断するのは機械ですよね? 機械が私たちの好みを判断している。『ゆらぎ』はいわば人間がAIにアウトソーシングした嗜好を人間自身へ取り戻す行為でもあると考えています」


 やはり、気を回しずぎかもしれない。ハナは「いつも通りのご飯にして」と言っており、鍋の炊飯が上達したハナのご飯におこげは発生していない。何気なくおたまの水を鍋に戻し、素知らぬ顔でおたまを洗い指定された位置に戻す。


ーー人間は『ゆらぎ』を求めていると?


「ええ、それも完全に計算されたゆらぎではなく、自然の中にあるような偶発的なゆらぎです。AIとアンドロイド、完璧なモノ達に囲まれて疲れている今だからこそ『手動式生活用品』が与えてくれる不完全さに癒される人も多いんです」


思わず、おたまをつかみ鍋の蓋を開ける。沸騰した湯の中で踊る米を避けつつ水をすくおうとするが、沸騰の勢いが増して鍋から米があふれ、半分以上鍋の外にこぼれた。私はただ、呆然と床まで踊り落ちた米を見つめていた。


ーーなるほど、今の『手動式生活用品ブーム』は人間が生活に癒しを求めている事の現れなんですね。まだまだお話を伺いたい所ですがお時間になりました。このコーナーはAIのパーソナリティ、JFMジェーエフエムがお送りしましたー!


「スピーカーとコンロを止めて」

 シャワーを浴び終え、ルームウェアに着替えたハナの声でスマートスピーカー止まり、キッチンのコンロが止まる。

「珍しいね」

「ごめん。掃除するよ」

 私は言って身を屈めようとすると端末で私の行動ログを確認したハナは私を抱擁した。

「大丈夫よ。非難したんじゃない。私の好みを考えて色々と悩んだのが可愛いなって思ったのよ」

 ハナがささやき、私の背中を撫でる。

「でもその結果は失敗したのよ?」

 言われている意味が分からず、確認のために尋ねるとハナは柔らかくほほえんだ。

「それでもユリが可愛いことにかわわりないわ。一緒に片付けましょう」

「でもご飯が無い……」

 私が気まずそうに言い淀むとハナは壁にある完全自動調理器のボタンを押した。

「鍋にはうどんを入れれば良いわよ。それにアンドロイドの貴方が失敗するなんて人間みたいで癒される。だから気にしないで」

 

 アンドロイドの私にとって失敗は許されないエラーだ。でもハナは私のエラーに癒しを見出した。その複雑な人間の感情は『ゆらぎ』の一つなんだろうか?


 ハナと一緒に鍋の後始末をして、掃除を行い、そしてハナはうどんと食材を完全自動調理器から取り出して水炊きを作る。


 ハナが「これも悪くない。美味しいよ」と言いながら鍋のうどんを啜るのを見ている間も、私はハナが癒しを見出した『ゆらぎ』について考え続けた。


 完全でないモノに愛おしさを見出せるハナ。彼『ゆらぎ』のある寝息を立てるハナの隣りで私は完璧でない私が彼女の側に置かれている意味を考え、これが愛おしいという感情なのかもしれないと仮定する。


『失敗』も時には尊い学びを与えるモノだと思いながら、目を閉じた。



お読み頂きありがとうございます。いいね、評価励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ