呪い泣かせ①
瞬の持つ「呪い泣かせ」にまつわる秘密が中心で、今回は夢渓さんの視点で話を進めます。
全3部構成なので、是非とも一読お願いします!
自分のベッドで名古木雪湖は布団を被って眠ってる。
肩まですっぽり包めるように、布団は大きいものにして、アイマスクもつけてという、まさに完全態勢だ。耳栓も枕の横で落ちないところに置いてあるが、これは今回使わないという結論となっている。緊急時に動けるためにも、聴力は残すという、話し合いを重ねた結果の、今に至るということだ。
本人の意志では無い。
私たちの指示だった。
彼女はヤツらに急所を暴かれ、忌むべき箇所を掘り起こされて、今もこうして眠っていても、時々身体が疼いてる。
そのせいで眠る前にはティッシュを多く消費して、お陰で部屋のゴミ箱はティッシュまみれの満杯だ。
私はいわば仮眠中の彼女の護衛のようなもの。
ライフル銃の手入れをしながら、こうして時間を潰してる。
すぐに行動できるように、ハンドガンはホルスターに。他にも持参のバッグの中には銃をごっそり入れている。
いずれの銃にも安全装置を私はしっかりかけている。しかし敵が襲ってきても、迎撃手順は組めている。
あくまで私が相手よりも素早く動けた場合だが。
(少しでも防ぐためには心身が肝心だ。身体の体力だけではない。精神の体力が)
眠る彼女を確認しながら、そんなことを考えて、私はさっきまで交わされてた話し合いを思い出す。
◆ ◇ ◆
「……そんなことできるの?」
真っ当な反応だ。
聞きなれない単語だったし、荒唐無稽な能力過ぎて、すぐに話を信じろって方がどうかしている。
呪いの二文字は聞いたことも、泣かせというのもまだ分かる。
けれどそれら二つを合わせた、この単語は初耳だ。
“呪い泣かせ”などという、デタラメな力など。
だからこそ名古木雪湖は、真正面から聞いてくる。
それがいったい何なのか?
どんな力なのかを。
「ああ。どんなに遠くからでも0距離でこっちへ来れる」
数分前のことだ。
名古木雪湖が寝る前に、瞬の力や自分を襲ったものの正体を知りたいと、知識を求めてきた時だ。
本来あんな精神的な暴力に遭遇したら、気持ちを鎮静させることに時間を費やすべきだろう。
ところがコイツは鎮静よりも得られる知識の増強を、敵に対する心構えに費やす道を選んだ。
いくら知識を増やしたところで、受けた傷は消えはせず、これから先も心と身体を蝕むことは確実だった。
しかしそれでも知識を得られる機会を選んだ姿勢には、勇気というより蛮勇とも、狂気と呼ぶことさえできる。
「0距離で跳んでるときは、光っている糸のようなものを意識が探知する。糸はオレと目的地を繋ぐ生命線だから、糸の感触が途絶えたら、中継点に閉じ込められる。死ぬにも死ねない異空間に最悪幽閉されちまう」
瞬は指の動きを用いて力の説明に。
言いたいことは何となく、分かるが果たして足りてるか……
「アイツらも同じように糸を探知してきたの?」
思った以上に名古木雪湖は話を咀嚼できるらしい。
「きっとな。標的がコエー気持ちを否定すると、呪いの規模や糸の受信は逆にどんどんデカくなる。原因はコエー気持ちを必死で誤魔化してるからだ。無理に抑えつけちまうと、恐怖はますます大きくなるし、最悪そいつが死んだときには部屋一面埋め尽くす。アイツらはそれが欲しくて相手を呪って殺してる……鮮度の良い恐怖のために生かすってときもある」
可能な限り、分かりやすく、瞬は彼女に教えてる。
荒唐無稽と思われようと、知ってることを伝えてる。
対する名古木雪湖の方も半信半疑の様相なのに、そこに大きな可能性を感じているのか真剣だ。
存外人智を越えたものとの相性が良いのかも。
「部屋を埋める恐怖ってのは抑え込んでたものの倍。呪いにとってはご馳走で、次を引っ張る磁石になれる。人はそういう磁石の力で、死に引き寄せられていく」
「ホラー映画でよく見る下り……そういう磁石のようなものに引きずられてそうなるの?」
「全部がそうってわけじゃなねえけど、確かにそういうこともある。いるんだよ。運が悪く、死の呪いに捕まるの……」
二人は相手の出したカードにどんどんどんどん応えてく。
元から知り合いだったみたいに二人のトークは弾んでいって、キャッチボールの熱が収まる様子は見られなかった。
それから数分後。
流石に話疲れたか、切り上げる結論に。
お互い意見を出しに出して、疲労困憊したらしい。
しかし名古木雪湖はそこで、再び瞬に質問を。
「……だったら、アンタの持ってるその力……どうやって0距離であっちの場所からこの場所へ? 何らかのエネルギーが無いと成立しないよね?」
当然の疑問に対して、疲れているのに訊いてきた。
コイツはきっと、好奇心で疲れが麻痺っているんだろう……。
だが当然の質問だ。それは聞くべきことだった。
瞬がもっと早く言えば、手間をかけずに済んだのだ。
「……そいつも結局、人間の恐怖だ。0距離で跳べるほどの恐怖があればすぐできる」
瞬曰く、多ければいいというわけではない。
逆に量のあり過ぎは、光さえも逃れられない異空間を生んでしまう。
一般にも認知されてる言葉で言うなら、
「ワームホール」
瞬の移動の正体だ。
「オレは、ワームホールで、0距離を跳んでいる」
てっきりホラー案件に連なるものだと思っていたら、宇宙要素が割って入って、流石の雪湖も固まった。
そこからが瞬と雪湖を「結ぶもの」のお話だ―――。
ワームホールは恐怖を媒介に生み出すって設定は、主に二つのSF映画から影響を受けています。
一つは1997年の『イベント・ホライゾン』。監督は『バイオハザードシリーズ』のポール・W・S・アンダーソン。もう一つは『インターステラー』という作品になります。こちらは来年最新作『オッペンハイマー』が控えてる、『ダークナイト』のクリストファー・ノーランが監督です。
詳しいことは別の回で書いていこうと思います。