梁上の君子
梁上の君子=りょうじょうのくんし。盗賊・泥棒。ネズミの異称。
サブタイトルの意味は……読めば分かると思います。
球体はこの世の邪悪を濃縮しているようだった。
白い絵の具を何度入れても、変色しない黒のように、球体は周囲のあらゆるものを吸収したのだ。
今や無残な瓦礫の山と、骨組みだけしか残ってない。
私を襲った男子たちの姿もどこにもなかった。
「私は……死んだの?」
「いえ、死んではいませんよ」
振り返ると姿を消してた相良が後ろに立っていた。格好は例によってフーデッドパーカーで、その姿は痩せこけた相良と違って整っている。口ぶりと態度はまるで事情を知っているようだ。
「……」
何も喋っていないけど、何やら私に促している。
首を斜め右上に、クイクイッと向けている。
「?……!?」
促された場所を見ると、そこには彼が座ってた。痩せこけてた小さな相良が健康的な姿になって、本棚の上で座り、ビクビクオドオドしていた。すると宙に舞い続けていた球体が消滅し、その中から中学時代の私が現れ下りてきた。厳密には下りたというより、落下してるが正しいが……。
ビクビクオドオドし続けていた小さな相良は気が付くと、ワームホールを急いで作り、落ちる私を棚へと運ぶ。回復のお陰なのか、手際は非常に早かったので、本棚の上まで下ろす作業もアッサリ終わった。
落下した私の方は、大きなケガは無かった。掠り傷は負っているけど、命に別状等はない。
でも、私はその事を素直に喜べなかった。
「……どうして?」
あれほどの被害があったら、私もここにはいないはず。
なのに実際は掠り傷で済んでいる。異常だ。
まったく訳が分からなくって、冷や汗が出始める。
けれど私の側で立ってる相良は一切動じずに、
「……先輩は<核>を担ってたんですよ」
「核?」
「さっきあの球体から出てきたのがまさにですが、先輩からあふれ出ていた恐怖の匂い、エネルギーが、オレの恐怖のエネルギーと融合をし始めた。しかもどこか別のとこから同じ量のエネルギーが、融合したのと新たに混じって、より大きくなったんです。先輩はその際に、大質量の恒星のような役目を与えられて、周囲の恐怖のエネルギーを制御しようとしていた」
「……私が?」
「ええ、そうです」
動揺を受け止めて、相良は続きを話してくれた。
「けど、その集合体の、禍々しい黒いアレが、熱核融合反応みたいなところで制御を失って、一種の破裂を引き起こして、暴走をし始めた。オレがその時生成していたワームホールをも取り込んで、こっちが思ってなかったようなモノを生んだ。それが……」
「「ブラックホール」」
声がピタリとマッチした。
「あそこのオレを見てください」
健康的な姿になった相良を再度目視する。
「どうしてそんなことになったか、全然分かってなかったオレは、へなへなと倒れてしまって、ますます怖くなったんです。皮肉にも枯渇していたエネルギーは戻りました。けどそんなのどうでもいいほどの、もうとにかく怖かった……しばらく経ってブラックホールは消滅をしてました。先輩を犯した輩全員を飲み込んで。先輩は核だから飲まれることはなかったけれど、他の、図書室の9割は、ただただ呑まれていきました。その事態が落ち着くまで、計ってみたら30分。あの場所でブラックホールが30分もあったんです。どうして被害が図書室だけに収まったかは謎ですが」
ブラックホールが沈静し、瓦礫にまみれた図書室に、私と相良は立っている。
何にも干渉できないまま。
「……確かに顔色が、だいぶ良くなってるね。目の下のクマについては、まだまだ酷いんだけどね」
そう言ってみたんだけど、どうにも消化できないものが心の中を覆ってる。
次にどんな言葉をかけるか、もたついていたときだった。
「ゴホ、ゴホッ!」
突如誰かの咳き込む声が、私と彼の間に入る。
さっき扉を開けようとしていた先生らしいが、
「え?」
よく見ると、私が知ってる人だった。
そう、私が相談をしていた顧問で担任だ。高校教師のあの人が、どうして私の中学に?
灰埃で真っ白な図書室内をひるまずに、先生は安全を確認しながら進んでく。
「誰かいねーか!」
本棚の上の私は意識が戻っていなかった。
これほどの灰埃。それにこの瓦礫模様。望みを持てって言われる方がいっそツラい有様だ。それでも先生は諦めず、必死に呼びかけ続ける。
その時。
「ここだ!」
健康体の相良が叫ぶ。
先生の進む足が一層早くなっていく。
「ここにケガ人がいます。まずはこの人を。早く!」
「誰だ!? 君は誰だ!? 誰かケガをしてるのか!? 今そっちに向かっていくから、動かずに待ってなさい!!」
必死に呼びかけて先生は、声の主の元へ行く。けれど砂埃のせいで、辺りはよく見えなかった。
「……オイ、どこにいる!? どこなんだ、オイ!!」
ほぼ全壊の図書室、生存者に辿り着けない。もう既に諦めたって不思議じゃない状況だ。なのに先生は諦めず、一縷の望みにかけている。
その時、
「……そこか」
ついに場所まで届いた。
砂埃がまだ激しく、相手の姿がよく見えない。
「! ……ここだ!」
「そこか? どこだ!?」
先生は見つけられない。
「アンタのすぐ右側だ!」
我慢できなくなったのか、声を荒げて相良が呼ぶ。
一瞬驚いた先生は言われた通り右を向く。
ワームホールに、上半身をそこから出してる少年と、制服を引き裂かれている少女……。異質だ。
「これは……一体……?」
「ちゃんと調べれば分かる。この人をこんな風にしたのはオレじゃあない。むしろオレはこの人に助けられた。ホントだ」
動揺と卑劣な行為の跡に憤る先生を、彼はどうにか落ち着かせ、気を失ってる私を託す。
その瞬間、私の意識は一気に引き離されていく。
◆ ◇ ◆
私たちは突然どこかに飛ばされ、地面にダイブする。幸い受け身は取っているので、ダメージは負っていない。顔や衣服に大量の土がついてしまったが……。
「ここは……そういうことか」
私は口に出すほどに、既に納得していた。
何せここは、
「《ホーム》」
私たちが落とされたのは、人里離れた大地と農場、静かで荘厳な景色、
「糊塗が暮らしていた《セカイ》」
もう一つの原点たる場所に飛ばされたのだった―――。
これまで二作品には共通項があります。
実はどちらのワープにも「負のエネルギー」という質量が絡んでて、特に『インターステラー』ではパンフレットに詳しく載っています。そこでボクが覚えたのがキップ・ソーンという方で、この方は『TENET テネット』でもコンサルタントを務めてます。
実は前者も同じ方の影響を受けているのではという瞬間があるので、よければ是非見てください!
ここからますます元ネタ話がいっぱい増えていきそうですw