呪い泣かせ③
ひとまずこれで前半のお話は終わりです。
今後については後書きで詳しく書いています。
「バンッ!」と大きな音と同時に、私は平手打ちをしてた。
理性がどうこうする以前の、衝動的なものだった。
叩かれた方はというと、突然でも受け身は取れて、そのまま横転した後に、頬を優しくさすってた。
同情は必要ないし、罪悪感も感じてない。
どこぞのアカデミー賞みたいな批判も私は受け付けない。
(いや、流石に受け付けるぐらいはしておくべきかな?)
そんな事を考えながら、叩かれた相手を見ると、彼は頬をさすりながら、親指を上げていた。
親指で“イイね”って何故か作っていたけれど。
「イッテぇ……だけど、返事メチャクチャ感謝です」
え? こんな事を感謝されるって一体……。
「ちゃんと説明させてもらうと、《素直になれ》ってことっすよ」
赤くなってる頬をさすって、バカ相良はそう言った。
あ、今から呼び方は《バカ相良》に代わります。
「今みたいに先輩は、本心をさらけ出した。本心を露わにするのが、一番の武器ですよ」
得意げにそんな事をバカ相良は言うけれど、それ以前に承服できないことを分かっているのかな?
「……いや……だとしてよ? 君が言ったセクハラ発言容認する気はないからね?」
すると彼は首を振り、毅然にこう言ってきた。
「容認しなくていいっすよ。オレはあくまで本心を、言っただけにすぎません。そここそが先輩に伝えたいことなんで……」
まったく理解出来ない私に、バカ相良は続けて言った。
「悪霊は人の急所を突くのが、メチャメチャ巧いです」
神妙な面持ちで訳を説明し始める。
「例えばオレが今みたいなことを噤んだとします。で、オレが悪霊の標的になったとします。弱点を見つけるのがお得意なアイツらは、時間をかけてその弱点に揺さぶりをかけてきます。先輩もご存知の《三段階》を利用して」
悪霊が人間に憑りつくまでの三段階。
「『出現』『攻撃』『憑依』の三つだね」
「正解。どんなに自分がガードをしても、悪霊はお構いなしにガードの隙間を突き止める。そうなったら肉体に憑りつくなんか訳ないです。先輩はその隙間をまさに狙われてんですよ」
「だからって本心を言えば憑依を防げるの? そんなことに自分の命をかけるだなんて馬鹿げてる」
私の反論にバカ相良は、まるで承知の上のように、
「もっともな意見です。確かに本心一個吐けば、憑かれる心配ないですって……そんなこと、インチキ祈祷師もどきだって言いません。オレがここで言いたいのは、『背負えるか否か』です」
「え?」
気のせいか声色が、少し変わってきたような……。
「秘密すべてがみんなの前で発表できる代物だとか、笑い話で済ませられるものばっかりだとお思いで? 絶対に口には出せない、墓場まで持っていきたい内容を抱えているのが大半だと思います。先輩が助かるには、この事態を招いてしまった事柄を吐き出してって、その事と向き合って、それを背負ってもらいます」
「……向き合う? 背負う?」
「そうっす。一対一で糊塗とぶつかってくために」
またしても言ってることの意味が理解できなかった。
何て言った? 糊塗とぶつかる? 一対一で私が?
「……どういうことなの? アンタが助けるんじゃないの?」
咄嗟に怖くなってしまい、思わず口調が荒くなる。
しかし彼は動揺も申し訳ない素振りも見せず、
「先輩。解決できるのは、当事者しか出来ません。第三者が出来るのは、あくまでお膳立てですよ」
意味が分からない。
空間を移動できる宇宙規模の力があって、なのにそれを解決のお膳立てにだけ使う?
まったく意味が分からないし、何より納得できなかった。
「だってそりゃあそうでしょ。関係ない第三者が他人の問題介入して、力尽くで解決するのが、解決したって言えますか?」
「でも相手は悪霊で、呪いなんだよ!? そうでしょ!?」
「誘導する役目だったら、喜んで受けますよ。ヤツらがヨダレを垂らすぐらいの“貯蓄”がオレにはあるんでね」
完全に私が解決する前提で話してる。
そんなの出来るわけがない。
相手は呪いで悪霊だ。
ド素人にこんな事態を解決できるわけがない。
私の気持ちを察してないのか、バカ相良は真っ直ぐに、
「信じてるんですよ。先輩ならアイツの声をちゃんと聴いてやれるって」
曇りのない眼を向けてバカ相良はそう言った。
私になら出来るという、確信の眼差しだ。
「ちょっと待ってよ。そんなこと、簡単に……」
「じゃないっすよ」
バカ相良は言った。
けどどこか、さっきと違って、痛ましさが宿ってた。
急に彼は気まずそうな顔つきを見せ始め、何回も深呼吸を怖いぐらいに繰り返し、
「……簡単にこんな事、言えるわけがないですよ」
よく見ると、彼は手を強く握りしめていた。
それも爪が皮膚に食い込みかねないほどに握りしめ、
「先輩、ここに来たのが偶然だと思います? そんなわけありません。物事には訳がある」
次第に握り続けていた両手から力を抜いて、
「オレはアンタの恐怖によって救われた人間です。あの日先輩が襲われてた時間と場所にオレはいた」
その時私の背後から小さな渦が現れて、
「先輩。今からアナタはそこに連れて行かれます。そこで《死ぬ》か《生きる》かをアナタの意志で選んでください」
渦から出てきた無数の闇に、私たちは呑まれていった―――。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
この回を執筆中、雪湖という人間を掴めた瞬間があって、弱さも醜さもひっくるめて、彼女を知れた気がします。
さて、先ほど申したように、今後についてのお知らせですが、
13部は来年3月8日からになります。
理由はまだ後半がまとまっていないこと、今週から新しい仕事に就くのが決まっているために、当面はそっちに比重を置かなければなりません。まあ9割後半がまとまってないからですが、ラストはもう決まっているので、そこまでゴールは目指します。
5年勤めた職場を離れて、新たな仕事に挑むので、正直今は緊張と準備でいっぱいいっぱいです。落ち付いたら残りの話もしっかりまとめていきますので、それまではしばしの間、お別れになります。
活動報告はちょくちょくと更新していく予定なので、そこで色々な進捗もお伝えできれば幸いです。
長くなってしまいました。
それでは一旦休みます。
また再開できるときには宜しくお願い致します。