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原告席のくまさん

 ある日大学3年次のセミナーの教授の研究室に行ったらそこには大人しそうな白人女性がいた。

なんとなく英語圏の方の雰囲気がしていたので、聞いてみた。

「どこから来たの?カナダ?」僕が聞くと

「私、アメリカ人ですよ。」と女性が言った。

「へー、全然アリ全然アリ。」K君だったら思っても口に出さないことを僕はつい言ってしまう。

「大学院は外国人や他大からの学生も来るのでコミュニケーション能力が必要になります。」教授が嫌味ったらしく言った。院試の結果はまだ出てないが、合格しているような雰囲気だ。

「ぼっ、僕ね、あの、ちっ、父親がニューヨークで働いてて、あっ、それは

僕が生まれる前なんだけど、父親につれられてか、か家族でニューヨーク行ったことあるよ。」

僕は早口でまくしたてた。この女性に「全然アリ」なのをどうにか伝えたい。日本人の異性対しては無口を貫き通すので頑張った方だ。

「えっ?もう一回。」その女性が言った。

あっ、日本語勉強中だったね。

「ニュ、ニューヨークに、日本の本屋さんあるよね!」相手が「もう一回」と言ったのに僕はかまわず続ける。

「ありますね。私、日本の美術の本、集めてるよ。漫画の画集も、買ったりしました。」

美術書収集等という高い趣味をお持ちの女性が、わざわざ僕に出会うために留学してきたということか。うちの研究室は美術史ではないし、美術書収集は趣味なんだろうけど、それでも高くつく趣味だ。

「僕ヘラジカというのを見てみたいの。」さっきまでニューヨークの市街部の話をしていたのに、唐突にアラスカの話になる。

「ヘラジカ?何?」アメリカ人女性はスマートフォン、アメリカでも主流の林檎のやつのサファリとかいうブラウザにヘラジカと打ち込み画像の検索結果を見て理解した。今は和英辞書じゃないんだな。

「ヘラジカ、生きてるの見たことない。ポーキューパインなら、あるよ。」

彼女はSafariにPorcupineと打ち込み、ヤマアラシの画像を見せてくれた。

「あらいぐま、Racoonもあるよ。」

 なんでこの女性は視覚的にコミュニケーションを取ろうとするのだろう?でも、僕好きです。

女性が動物の画像を見せてくれるのとか、動物のお名前を教えてくれるの、幼稚園みたいで、好きです。

この女性は僕に絵本を読み聞かせてくれるような女性かもしれない。

「アライグマっていうのはわりと凶暴なんだってね。」教授が優しい空間に割り込む。

「アライグマはよく家の外のゴミ箱を荒らすから、いつも気をつけてるんだけど、この間は熊が両親のゴミ箱を倒して荒らしてた。American Black Bear。大きいやつ。」

海の向こうの自然と戦う話なら、僕平気だけど。

「私のフィアンセがライフルで撃ったけど、警察に撃ち殺す必要はなかったと言われた。フィアンセが熊を撃った時、熊はうちの庭じゃなくて森にいましたね。」女性はつづけた。この「ね」で終わるのが日本に住み始めたばかりの外国人の日本語の特徴だ。古風な日本語教師が「先生さっき言いましたね?」と言うのでそのせいらしい。

 「はぁ、なるほどね。」僕は合図を打った。いや、相槌というよりこの「なるほど」は「あっ、フィアンセがいたんだなるほどなるほど」の略なんだけど、

僕は想定外のことが起こると自分の心を守るために「なるほど」と言ってしまう。

熊を不必要に撃ち殺したフィアンセが刑務所に行ったのか罰金刑になったのかはわからないが、今もフィアンセと呼んでるということはフィアンセがいるのだろう。いえ、いいんです、素敵なようちえん時間をありがとう。

「私のパパ弁護士だからチャージがドロップした。」話にオチがないことに気づいた女性が加えた。

何が大丈夫なんだよ!森まで追いかけてって撃ったんだろ!くまさんかわいそう!くまさんの弁護人が必要だね。被害者はくまさんなのに。チャージがドロップしたんじゃなくてチャージをドロップさせたんだろ!日本語難しいね!とりあえず僕はこの女性の遠距離恋愛が難しくなって継続不可能になることを願った。


「仲良くできそうだね。」教授が言った。

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