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#ヤン臨

 僕は通っている大学の院試を受けただけで他にべつに就職活動らしいことをしなかった。

そして、大学四年の秋に学生相談室を初めて利用することになる。研究室の教授、例のセミナーの教授が僕が院進以外のことを考えてないことを知り怪訝な顔をこちらに向けてきたので、教授の悪口を学内の人に言ってやろうとおもった。

 ところが学生相談室が用意してきたのが陽キャ寄りの男性カウンセラーだった。僕は臨終心理士が髪を明るく染めているだけで威圧されるようなタイプなのだ。髪を明るく染めた男性と個室で1対1になりたくない。本当は教授やYくん、Kくん、後輩のことをやさしい黒髪ロングの女性カウンセラーに相談するつもりだったのだが、男性カウンセラーの茶髪メッシュに威圧され、僕はとっさにそれらしい相談内容を思いつき話し始めた。

「僕小さいときから小さくてかわいい物や綺麗なものが大好きなんですよ。透き通ったおはじきやビーズ。あと、『うさぎさん』という言葉。だけど、幼稚園の先生が異性として大好きでした。彼女はいません。女性経験もありません。僕はこのままでいいんでしょうか?今年の春女装をSNSに上げてバズった経験があります。広告代理店やインフルエンサー事務所にツテのある知人が勝手にバズらせただけだったんですけど。」

「それで何?女性の姿でバズって、性自認が、女性に?」

「いえ、性自認が女性になったとかはありません。僕は僕です。性についてはわからないのでなんとも言えません。」

 本当のことを言えば、パリピ、陽キャ、あるいは彼らの作り出すメディアに接した時特に僕の性自認とやらは不安定になる。

「ふーん。まあ、自分のジェンダーやセクシャリティについてはよく解らない、ということだけど、授業受けれてるんでしょ?大学四年生ね。そろそろ内定出る時期でしょ?」

「就職活動はしていないので内定はどこからもいただいておりません!院試は受けました。」僕はハキハキとした口調を心がけて言った。

「あっ、そう・・・。大学院受かるといいですねー。」カウンセラーが言った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 個室に静かな時が流れる。僕は部屋の観察を始める。本棚に表紙が見えるように置かれた本を見つける。

コミックエッセイ「元ヤン、臨終心理士になる」帯には目の前の男の写真。写真の男は腕を組んでいる。表紙のデザインは水色と白とレモンイエローで無駄にやさしい感じ。黒表紙に金の文字の方が似合うのに。

「あっ、それね、僕の人生をコミックエッセイにしたのね。編集は『元ヤンだけど、臨終心理士になりました。』がいいって言ってきたんだけどさ。

漫画とか読むでしょ?これあげるからお友達に勧めてくれる?それこそSNSとかで。」

これが底辺ユーチューバーの言うような現物支払いの案件っていうやつですね。解りました。

「僕も『だけど』はない方がいいと思います。」僕は言った。「漫画とか読むでしょ」が気になったが、意外と言語センスは僕と合うのかもしれない。

「一般向けのメディアっていうのは、どうも『盛る』んだよね。言葉も、写真も。刺激して購買欲を生み出すでしょ?」

「わかりますわかります。」僕は笑顔になった。当初相談する予定だった、広告系の陽キャにマウントを取られっぱなしだった話はできなかったけれど、話は思いがけず良い方向に向かったのだ。

僕は家に帰ってカウンセラーからもらったコミックエッセイを読んだ。

 「更生」をテーマにしているのに中学、高校でのヤンチャの描写が長く、少年院での経験は2ページしかなかった。しかしチー牛顔を強調されて描かれた法務教官のいうことをおとなしく聞いてるヤンキーの描写が気に入ってしまい、ずっとそのページを眺めていた。警察なんかには、わりとチー牛顔が多いイメージがあるが、僕は臆病者だから国家公務員は無理だ。本来の群れの足手まといになる可能性のある者はずっとどこかで醜いアヒルの子をしていないといけない。それが僕の運命で天命なのだと思う。

 昔、大好きな「うさぎさん」動画を動画配信サイトで見ていて間違えてハムスターの母親が子供を食べている動画を見てしまった。ハムスターの母親は、弱くて生き残れそうもない子供を食べてしまうのだそうだ。他のハムスターの兄弟と比べられて食べられるくらいだったら、そのハムスターはその家族を逃げ出した方がいいと思ったが、人間も、日本人も、足手まといの同族にたいする仕打ちなんて、こんなもんだろうと思った。

 僕は保身のために「逃げる」という能力においては優れていたので食べられないで済んだ。

よくテレビでチー牛の犯罪者がチー牛の警察官につれられて検察庁に向かう移動する様子が映し出されるが、その方法でしかチー牛の里に里帰りできない同族は悲惨だと思う。

 それはそうと、僕が国家公務員だったら、おじいちゃん喜んだだろうなあ。天国のおばあちゃんも、僕が厨二病設定でヘラジカになる前にはよく「立派になったねえ」と言っていたいたが、躊躇うことなく「立派」という言葉を使ってくれたかもしれない。ちなみに、僕が中学生の頃はチー牛という言葉はまだ主流じゃなかったから、競争意欲のない男性は「草食系」と呼ばれてバカにしていたよ。いずれの場合もマスメディアが競争意欲のない若者をバカにするために作った言葉に違いないんだ。

 さて、僕はカウンセラーの本をSNSで拡散するためにネタバレにならない程度のページ数をアップすることにした。少年院のチー牛先生のシーンは僕の個人的なお気に入りなので、あえてアップしない。例の女装写真のおかげでフォロワーは増えていたので、見てもらえるとは思う。メディア業界に学閥があるような大学のカウンセラーの本だからか、元ヤンカウンセラーの本は既に話題のコミックエッセイとして拡散されていた。ハッシュタグ、元ヤンだけど、臨終心理士になりました。ハッシュタグ、ヤン臨。語感悪いなあ、ヤン臨。あれ、今僕、広告マンみたいな視点に立ってなかった?これ、罠かなあ。大学側が僕を大学の空気に適応させるための罠を仕組んでるのかもしれない。ネット他人のために何かを宣伝する仕事は臆病者にとって良い仕事だと思うんだけど、なぜリアルでは酒に強い人たちがそういう仕事に就いているんだろうなあ。

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