ゆうき1%未満(甘酒)
「ねえ母さん、チキンかビーフか選べない人のことどう思ってた?」食卓の魚をつつきながら僕は聞いた。
「どうも思わないわよ。あとで伺います、って言うのよ。」母さんが言った。
「お父さんいつもビジネスクラスだったからフルコースを食べていたよ。」父が言う。
「お父さんはコスパの悪い社員だったんだね。」僕はお父さんが20代の時の業績の話をする前にdisった。僕は内弁慶だが、弁慶のイメージではない。夕飯の席でバブル世代に向かって陰湿なコメントを放つ陰キャの味方、ダークヒーローだ。しかし、お父さんとお母さんの乗っていた飛行機がエアポケットに落ちたアラスカと言えば思うことがある。きっと僕の前世はヘラジカだ。アメリカ人にゲーム感覚で撃ち抜かれた原始的なシカに似た草食動物だ。
ヘラジカは死ぬ間際で願った。口にだらしなく白樺の木の皮を咥えながら、今度生まれた時は草食動物の楽園に生まれたいと願ったんだ。平和期の日本人でいいや、みたいな。
だからアラスカ上空で飛行機がエアポケットに入った時に、お母さんの卵子とお父さんの精子にヘラジカの魂が宿ったんだ。
これは僕が中学2年生の時に作った設定で、厨二病を患った中学生はロマンのあるものが好きだけれど、太古の哺乳類に似た大型の哺乳類がまだ存在するってことが僕にとってロマンだったんだ。
僕の前世がヘラジカだったかもしれないという事について今もそうだと思っている。お父さんがビジネスクラスで世界を飛び回っていた話なんてどうでもいいね。
「やっぱり優柔不断の優でお願いします。」僕は皆の顔を見て言った。まだ親と祖父からもらった「勇」の字を捨てようとしていた。
「武力を持たないアジア諸国の弱い国やオセアニアを守るのも、優しさなんじゃー。」母さんに下の世話をされている爺さんはボケているのかしっかりしているのか解らない。今日本は武力は持ってないんじゃなかったっけ?
「僕は後悔を避けるために、チキンかビーフか選びたくないタイプだけど、名前は優希のほうが合うと思ってると思うの。だからお願い。」
「そんな考え方だとお腹がすくよー。」父が言った。
「家庭裁判所になんて言うのよ。母さん虐待したみたいに思われるの嫌なんですけど。」
「ジェンダーフリーでいい名前みたいに言ってたくせに。男らしさを押し付けるんですね。」僕はすかさず言った。
「そんなに嫌ならひらがな名前書いとけば?」母さんが一番簡単な解決策を出した。
「なあ、おかしいよなあ?漢字一文字で『男らしさのおしつけ』だって。大袈裟だよ。」父が言った。
「日本男児らしく『勝』の字でも入れておけばよかったかの。」じいさんは僕の名前をより男らしい方向に持っていきたいらしい。
僕は食後、自分の部屋に戻るとノートに「ゆうき」と書いてみた。幼稚園の頃のバッジのフォントみたいに丸っこい字で「ゆうき」って。
「悪くないなぁ。」僕は腕を組んで言った。
ひらがなっていいよなあ。なんで女文字って呼ぶんだろ。僕大好き、ひらがな。
幼稚園の先生が某アニメのジャニーズの歌ってる主題歌をお遊戯の時間に歌ってた時、歌詞の「勇気」ってところで僕の方を見た気がしたんだ。だから、僕は先生の特別なんだって信じていたよ。
勇気の勇でもいいかなぁ・・・。そんなことを考えながら机につっぷして寝てしまった。