うぶな女みたいに涙が止まらない件
K君が「おまえダメじゃん」「馬鹿じゃん」「できないじゃん」と言うときの「じゃん」は
どうやら神奈川県民から学んだものらしい。K君は意地悪なくせに湘南の海でゴミ拾いをしたりしてポイントを稼いでる。
僕はつい最近K君からビーチグラスをもらった。あれはある、普通の日の、一限と三限の間のこと。僕がいちごの香りがするカフェラテを買いに売店まで行くとカフェテリアでKと後輩が話していた。僕は誘われてもいないのに無理矢理同席した。広告代理店が話題作りをしていたチルドカップの商品ですよ!!
「あ、先輩。今K先輩とビーチグラスの話をしてて。」後輩が言った。
「ビーチグラスって金になるんですよ。ゴミ拾ってビーチグラスが何かに活かされたら一つを放って二つを得るってことでしょ?ここが違いますよね〜、K先輩。」後輩が人差し指で自分の頭をつつくジェスチャーをした。えー。Kって下半身で行動して成功した男じゃないんだー。
「お前ビーチグラス知らないでしょ?」K君がポケットからビーチグラスを取り出す。
「小さくてキラキラしててかわいいですね!」それが僕の感想だ。小さい時大好きだったビーズやおはじきの類に似ている。
「先輩だったらこれ、どうやって使います?」後輩が後輩のくせに面接官気取りだ。
「部屋に飾る。コレクションケースがないから、カラーボックスの上だけど。」僕が言った。
「いいと思いますよ〜。」後輩からは不採用の手応え。
「これもうお前にあげるわ。ツイッターバズりの記念。ユーチューブのアワードみたいなものだと思って。」K君が海岸で拾った丸くなったガラスに付加価値が付けてきた。
「見た目飴みたいだけど食べ物じゃないから誤飲するなよ。」K君が僕をまた赤ちゃん扱いしてきた。もっとやさしいお母さんみたいな口調で言ってくれてもいいのに。
「大切にするね。」僕は左手のグーにビーチグラスを握りしめ、その拳を右手で包んだ。
「良かったですね!喜んでる〜!良かった良かった。」後輩は僕と喜びを分かち合っているというより自分の携わったマーケティングに成功した広告マンが「マス」からの反応が思い通りで安心したような感じだった。自分が予備知識として知っていたビーチグラスの価値が確証されて安心したようだ。僕はモニターか?モニターバイトなら僕に賃金を払ってくれないか?僕の言ったことで何かの参考にしたなら、それ相応の費用を払ってくれよ!学術界で引用回数がキャリアになるのなら僕はやっぱり研究者になるべきだろうか。引用されて意図せぬ文脈で勝手に使われるのが経歴になる世界があるだなんて、びっくりだね!たとえば、八木・宇田アンテナが米軍に勝手に使われたとしても八木教授と宇田教授は世界に認められていてすごいっていうことになる。それなら、できるかな?僕は自分のアイディアを奪われるのは、得意です。
「ところでY君は?」僕はKに聞いた。
「あいつ第一志望の財閥今受けるの迷ってるんだって。T大卒ばかりで学歴マウント取られそうって。」
散々僕に対してマウントを取ってきたYが学歴マウントに怯えるなんて滑稽だね。
「学歴マウントが嫌なら俺みたいに金と実力の世界で張り合わなきゃダメでしょ。」Kは自分アピールを忘れない。
「僕が現時点でほぼ内定をいただいてる広告代理店はうちの学閥あるから大丈夫かな。」後輩が言う。
「Yはね、たぶんT大の院に行ってそこの修士として就職するんじゃないの?」
「学歴は手段であってゴールじゃないですよね〜。」誰でも知っている事を後輩がまとめてくれた。実を言うと、僕は知らなかった。僕は人生は居場所探しだと思っていた。肉食系男子からすると、それはちょっとおかしいらしい。
「あっ・・・。」僕は自分の「ズレ」に気がついて、思わず声を出してしまった。
「どした?」Kが聞く
「いや、そろそろ次の授業あるから・・・。」僕は丸くて綺麗なシーグラスを機能型リュックの一番小さいポケットに入れて次の授業に向かった。
「じゃ、俺たちも行くか。」Kと後輩はもう「俺たち」というような間柄なんだな。僕がマス側の人間になっても、僕のことを忘れないでください。僕は君たちのことを忘れません。僕は授業に向かう途中、少し泣きました。