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ゆうくん、それは優しい希望

「ゆうくんの大好きなチョコレート菓子、買ってきたわよー。」母親が言う。

ホワイトデーの頃なのに、母親はホワイトデー欲しさにホワイトデーにバレンタインの追いチョコをしている。確定申告バイトの給料が入ったら、お返しに高級チョコでも買ってあげようかな。四月になっちゃうかな。

「やめてよ母さん。」この「やめてよ」はかっこ付きの「やめてよ」だ。僕が母になってくれる女性を見つけるまではやめてくれなくていい。むしろ、結婚してからも続けてほしい。

 母親は物心ついてから僕のことを「ゆうくん」と呼んでいるが、僕の名前は実は勇希である。ちょっとアイドルっぽいだろ。母親と戦後世代の祖父が審議してつけた名前らしい。自分の偏見だが、勇希とか勇輝は男性アイドルとかイケメン肉体労働者とかしてそうな名前だろ?でも僕の性格からして、優とか悠とかのほうが良かったんじゃないだろうか。母親が僕のことを「ゆうくん」と呼ぶ時に誰が「勇」の字を連想するものか。祖父はこう言った。日本は太平洋戦争には負けたが、経済では欧米諸国に引けを取らない立派な国である。自分が侍であると信じていれば、いずれニューヨークの街も自分の天下に従えるだろうと。

 でもおじいちゃん、今ニューヨークにかろうじて進出してるの日系企業はY君が入りたがっていた財閥系企業であり、Yくんは決して立派な人物ではないんだよ。頭がいいし容量がいいけど、「立派さ」はオワコンなんだ。Y君がニューヨークの日系の居酒屋で高笑いする姿を想像した。泣きそうになった。

「ねえ、母さん・・・言いづらいんだけど・・・。」

「あんたゲイなの?」母さんは一方的に僕をゲイと決めつけにかかった。

「優しい希望、に改名していいですか?名前が時代遅れなんです。」

「優希かあ、ジェンダーレスって言うのかな、今風ではあるけど。」母が言った。

母親は国際線のスチュワーデスをしていて、ビジネスマンの父と知り合ったらしい。それこそ、ニューヨークと成田を繋ぐ便で。ある時、アラスカの上空あたりでものすごい乱気流が発生して飛行機が縦に少し落下したらしい。少し、というのは、飛行機の高度から見た「少し」であって体感的にはものすごく落下したらしい。飛行機がエアポケットにはまって300メートル縦に落ちたんだ。ぜんぜん「少し」じゃないかも。

 父はビジネスクラスの地上で使うようなちゃんとした陶器の皿が宙に舞ったのを見て泣いたらしい。ただの女給だと思っていた母があまりにも冷静だったから守ってほしいと思ったそうだ。

 女に「守ってほしい」と思ったくせに、母を嫁にもらう時は「いざという時に懐剣を忍ばせている女性がいい」とあたかも自分が侍であるかのように言ったらしい。戦争脳の祖父は有事の時の母の姿に惚れてくれた男ということで、父のことをすごく気に入ったようだが、実は海外赴任時にはアメリカ人の言動にビビりまくりで、乱気流にもビビりまくっていた父は、確実に草食動物の遺伝子を持つ男であった。もし日本が外敵のいない、野草を食べまくることのできる島であったのなら、そこから一歩も出たくないような人物なのだ。

「なんで父さんはニューヨークに赴任することになったの?」と一度聞いたことがある。

「アメリカ人だったら『母さんに会うためだよ』って言うかな?父さんはきっと上司から嫌われてたんだよ。どっか行ってほしいと思われてたの。」なんとも消極的である。アメリカに住んでいたはずなのに、アメリカ人のイメージがハリウッド映画止まりである。どうして?

アメリカ風の「運命の出会い」なんて知らないけど、「母親になってくれるかもしれない人との出会い」なんて、アニメの世界観ではロマンチックだと思うけど、アニメの世界観にひたっていると糖質呼ばわりされるかもしれないので、広告代理店でインターンをする後輩になりきってみよう。「いざというときにカッコ良い姿を見せる母親像がオタクが消費する『萌え』記号の鍵なんです。オタクの思い出と性欲を刺激して消費行動を起こしましょう。」広告代理店でインターンをする後輩になりきる事で僕は「おたく」のレッテルを自分から剥がした。母さんが父さんの安全を確認したのは母性本能ではなくて職務だったかもしれないけど、僕は父さんのロマンを守りたい。

 父さんの時代は、会社をすぐにやめたりできなかったんだ。会社自体は潤っていたのだから、解雇する理由もなかった。窓際族を作るくらいなら海外赴任させるというリッチなやり方が横行していた。でも父は一生窓際で観葉植物の世話や掃除ができるならしたと思う。競争を強いられる時代の人は、大変だったんだな。

 まあ、ともかく、名前を優希に変える話は保留になった。優希だったら二丁目でオネエとして働けるかもしれないけど。自分で言うのも何だけど、僕けっこうかわいいから。ひょっとして、母は僕が「二丁目の優希ちゃん」になるのが怖いのかもしれない。僕は男として中学、高校、大学と今まで問題なく過ごせていたのだからトランスジェンダーではないと思う。だけど、二丁目の優希ちゃんというのはものすごく魅力的に感じた。そう言えば、小学校の時は透明のおはじきとか、ビーズとか、綺麗で小さいものが大好きで、綺麗で小さいものが好きだという感性は今だって尊重されたい。ただそれだけで自分が女性だとは思わないんだよな。俺だって男だしオンナ好きですよオンナ!ってツイッターのタイムラインに流れてくる絵師の描いた女性キャラの二次絵が好きです。僕はK君みたいな女(好き)嫌いにはなれないのです。

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