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第8話 西を目指して

「次は西の街か」


 優紀にはもうひとつ、この世界でやることがあった。かつて友だった者が遺した、あるモノを回収するという、義務感に似た目的である。

 それは今いる位置から、西の方角に行く必要があった。事前に得た情報から、時間的な猶予があるため、ティアを回復させながら、ゆっくりと西へ向かっていく。


 移動開始から一週間もすれば、ティアは驚異的な回復力で体重を戻していく。朝起きたら、運動とばかりに二人で、剣による試合をする。

 刃は潰さず、真剣であり、触れれば切れ、腕が落ちたり致命傷をおう可能性すらある訓練である。


 野営を挟みながら、奪った武器で打ち合い、刃が駄目になれば捨てていく。売れば足が着く可能性があるものは、到着までに捨てていく方針だった。移動すればするほど、身軽にもなっていく。


「剣をもっと弾きなさい。この世界には『加護スキル』の力で、すべてを切断してくる相手がいる。その概念に対抗するためには、ひたすら刃物を弾き、剣で己を断てないと思い、それを魂に刻みなさい」


 この世界には、加護というものがある。それはスキルとも呼ばれ、戦いや行動に補正を与えてくれるもの。

 専用の設備で調べれば、自分が何の加護を持っているか知ることは可能だが、大抵の者はそんな事に興味を示さない。

 なぜならそれは、言葉にしなくとも、身に付いた技能を表すだけなのだから。国も民間も、一部の者だけが気にする程度の、些事だった。

 例えば、歴戦の者や訓練した者が、斬撃に対する切れ味の補正を得たり、毒物に対する耐性を得たり、あるいは優紀が言ったように、斬撃に対する防御的な耐性を得ることもある。


 優紀は短剣を二本持ち、動けるようになったティアへ切り込んでいく。ティアは長剣で打ち合わせ、弾き、己に有利な間合いを作るために迎撃をする。


「武器の鋼を両断する者や、魔物の骨を切断する者がいる。人の身で打ち合おうとすれば、防御した時、斬られた時、相対した時、自らが切れぬものだと信じなさい」


 一本の短剣で牽制し、突くのに合わせ、ティアの薄皮が裂ける。柄をすべるように使い、優紀は相手の背後にまわり、短剣の腹で首を撫でる。

 剣のどの部分を使えば、どう動けるのか。他の人間が不要と切り捨てる動作を、優紀は大切にし、戦闘に組み込む感覚が優れている。

 粘るように相手に肉薄し、剣士が一撃ごとに致命傷を与える動きを起点にするのに対し、優紀はまるで格闘のように、当身から始まる動作を起点にする。


 距離を取り、あえて長剣有利な間合いを優紀は取り、仕切り直しする。


「私を殺すつもりで構えなさい。まだ甘えがある」

 ティアは震える。向けられる殺気は本物で、濃密すぎるほど澄まされ、相対するだけで後退りしそうになる。

 斬られる痛みも本物で、加減する余裕がある相手。短剣の当たる首は冷たく、撫でられたところは熱くなり、死を予感させる。

 死にたくないと、泥をかぶったティアですら、強すぎる相手を前に、絶望で動けなくなりそうだった。


「死ぬのって、どんな感じ?」

 気になったことを、ティアは優紀へ問いかける。自らを奮い立たせるための時間が欲しかったという本音があった。


「死ぬ間際、頭の中から『何か』が零れ落ちていく感覚がして、悲しいし、怖いし、冷たいし、怖い。よくわからないけど、何かに絶望する。少しだけ体感が引き延ばされ、時間が長く感じる。目の感覚がなくなってから、色々な景色が頭を巡ってく。転生者がほかにいるか分からないけど、気づかないだけで誰もが転生していて、みんなその絶望で塗りつぶされ、魂と記憶が消されるんだと思う。私の記憶もいくつか、飛んでる。まず、"俺"の名前が思い出せなかった。調べたら思い出したけど」


 優紀は前世に得た名前を、この世界で改めて聞くまで、思い出せなかった。それでも鮮烈に残ったイメージがあったからこそ、あっちの世界で現実との認識に誤差が出てしまった。

 あとは、ティアの前では言わなかったが、妻(ティアの母)だった者の顔は、すでに分からなかった。思い出はあり、娘によく似たというイメージがあるが、姿が焼けた写真のように記憶が欠けている。

 他にも、自身が気づいてないだけで、失った情報がたくさんあると優紀は語る。


「今日は終わろうか。移動しよう」

「まだできる!」

「いや、終わり。噛みしめなさい、その恐怖を。それは克服できない感情だが、慣れることはできる。次に動けるようになるように、記憶する時間が必要なの」


 優紀は前世に比べ、とても饒舌になった。記憶の強さにより、半分も残っていないが、女としての自覚が四半くらいは残っていた。背中で語るのではなく、言葉をかけて分かり合う努力を知っている。楽しいと感じるかはともかく、会話に対する欲求は男よりも強かった。

 単に、長く生きた思い出により、感情より理性を優先させたいと表層の部分で願っているにすぎなかったりする。


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