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番外話 『自己鍛錬の風景――第1回』

前書き

【これは、優紀の自己鍛錬の様子。

 物語は進行しません。

 作者の考察も多分に入ってて、文字ばかりです。】



 優紀には、前世から続けている習慣があった。それは命を賭けた仕合しあいが終わった後、自身を省みることである。


 現実で殺し合いが起きたら、二人いれば一人は死ぬだろう。その中で、生き残るという結果を得るのは、実はとても難しい。

 もちろん、生涯で何度も経験することは本来は無いし、死ぬまでそんな経験をしない者もいる。異世界だろうが、争いへ自ら参加しない限り、人同士が殺し合って死ぬなんて、全体から見たら少数である。


 

 それ故に、最初から英雄である人間は存在しない。

 戦場を生き残り、成長と功績を重ねた人間が、いつの間にか呼ばれる称号が、英雄なのだから。

 殺し合いは、敵と己が平等ではなく、勝利の天秤は必ず偏っている。単純な技術の上下も大切だが、経験から来る閃きが勝負の決め手になる事も多い。


 武術として防御の型を持つ優紀は、前世で死線をたくさん超え、幾度の戦いを経ても生き残った。どちらかといえば、英雄と呼ばれる側ではあった。




 優紀は、前日に起きた戦闘を振り返りながら、素振りをして自分を鍛える。

 剣術のように、世代を超え、多くの人間が作った技術とは違い、にない手の少ない武器は、習得する難易度が跳ね上がる。

 それを補う為、優紀は常に実戦を振り返る癖をつけた。


「まだ、身体の動きが硬い……」

 筋肉の少ない優紀の体は、素の力は女性の中でも平均以下である。魔力の適性が高いのか、身体強化の効果が強く発揮されるので、戦うことは可能だった。

 身体強化も、日本では試す程度でしか使ったことがなく、異世界に来てから実戦で初めて使用した。そのため、動きに違和感があり、肉体が強化の恩恵を制御しきれず、完全に使いこなすには至ってない。


「後ろ……」

 記憶の中にある敵へ向かって、一撃を入れながら、現実で起きた結果を分析して反省点を探す。

 踏み込む足に魔力を流し、武器を振る瞬間に、足・腰・腕・手首・指に至るまで、魔力を流して強烈な一撃にする。

 実戦では、体全体に魔力を流したが、魔力感度が上がったことで、細部にまで魔力供給が可能となり、その流れを反復練習で体に染み込ませる。


 武術とは、無意識な行動を意図的に訓練し、それにより抑えている力を解放したり、生理現象の一部を騙す訓練をする。

 素振りなども、体が危険を感じ制限する力を、反復により体を誤魔化し、限界となる一撃を常に出せるようにする鍛練である。



「身体強化は毎日訓練するとして、自分からどう切り込むか?」

 優紀の戦い方では、苦手なことがあった。

 それは、自ら先んじて攻撃することであり、前世の頃から得意ではなかった。相手に踏み込ませ、後の先を取る動きに特化しているとも言える。


 木を人に見立て、両手の短棒を順手に構える。

 敵は、優紀が出会った中で最も強い剣士で、戦いの癖を知られている想定でいく。

 

「はっ!」

 前に飛び出す。

 想像の敵が防御ではなく『突き』を選択した。それは、優紀が最も嫌う動き、相手が間合いを生かす動きである。

 身を沈ませ、正面からの突きにあわせ、剣を打ち払う。だが、相手は身を引いて間合いを調整、打たれる度に、即座に剣を引き、掴ませる隙を与えてくれない。

 横なぎの一撃に合わせ防御姿勢を取る。間合いを詰めようと、踏み出す足に合わせ短棒を振るが、相手は防御せず打撃を受けつつ、蹴りを入れてくる。

 有効打とならない攻撃は、無視される。

 優紀は軽装なので、剣による有効打をもらったら、大怪我をするか致命傷となるが、相手は重い鎧を着ており、半端な攻撃は効かない。そういう想定である。


 これは、優紀が女になったことで、体格が小さく、体が軽くなった弊害でもある。

 体重が軽いせいで、攻撃に重さが乗らないのだ。

 思わず距離を取れば、最適な間合いによる両手を使った一撃が返ってくる。これを片手で受けきるのは、不可能と判断して全力で下がる。

 当然、相手は追いかけてこない。


「崩せないか」

 

 もし、追われた場合、優紀は即座に詰め直す。斬撃に合わせ、角度を調整しながら十手で受けて、掴む自信があったから。短棒による突きは、致命傷となりにくいが、顔や首元なら相手は避ける。

 それに、もし掴むことに成功すれば、小手を叩いて剣を捨てさせる。格闘を仕掛けて来ようが、優紀とて得意とする間合いである。

 足や膝なら、こちらも足と膝で合わせて戦う。拳で殴ろうと相手の片手が剣から離れるなら、剣の持ち手を思いっきり殴打して、テコの原理で威力を出して叩けば、相手は握れなくなるか、衝撃でわずかに痺れが生まれる。

 今までの経験と、更新された身体情報とをすり合わせ、想像を重ねる。



「これ、武器をオーダーメイドできるなら、太く重くしようかな……」

 優紀の好きな『十手』に似た武器は、特に使い手が少ない珍しい武器である。故に、技術は自分で研究するしかない。

 持つだけで強くなれる剣のような刃物ではなく、憧れだけで極められるほど簡単じゃない。

 剣なら『斬る』か『突く』ことで、素人でも命を奪える上に、刃に触れれば血が流れる。逆に、鈍器で人を殺すには、当たり所を考える必要がある。


 技術面でも、道場に通いお金を払えば、剣術の師を得ることは簡単なのに対し、珍しい武器の道場など滅多に存在しない。あっても槍か、素手の格闘のみ。

 共に訓練する相手を見つけやすいのも、剣術の利点である。未熟な者同士で木剣を打ち合わせるだけでも、多少は戦いの経験となる。

 だからこそ、剣に比べ知名度が低い武器が普及しないのは、使いやすさ、技術の学びやすさの、両方に原因がある。


 特に、刃物を使わない白兵戦闘が、剣より人気が出ないのは、対剣・対槍において間合いの不利がつきやすく、距離を詰める技術、不利な間合いで受ける技術、有効打を与える力の入れ方など、学ぶことが多くなることが、難易度を高くしている。

 武術として実在しても、少数の弟子や一子相伝になりやすく、異世界において、剣でなければ槍を使う。槍でないなら徒手格闘で戦う。それで十分とされるのだ。


「……背後から槍で突かれたら、対処が難しいか?」

 十手や、それに似た武器の利点は、剣と違って『刃の向き』という制約がないことである。握りや手首の動かし方を変えるだけで、多彩なことができる。

 これは棒術なども一緒で、棒を振り回して相手を翻弄するのに、持ち手部分を少し変えるだけで、叩く先の威力が変わる。


「カウンターは強いけど、攻めに対する利点が少ないのを、どう克服するか?」

 優紀の技は、武器の自由を奪う手段が豊富で、それは対人・対剣において、有利を取れる理由でもある。しかし、対処法が一般的に知られたら、戦いにくくはなる。

 遠距離攻撃の手段は、魔力による『遠当て』があるものの、連射には五秒くらい待つ必要があり、魔力も消費するので戦闘で使える回数が限らる。


 そうはいっても、優紀の技がカウンター主体となるのは、仕方ないことだった。本人も自覚しているが、武器の自由を奪ってからの、選べる手数の多さが優紀の強みであると同時に、本人の性能として、後手でも相手の動きを見切る能力が高いのだ。

 優紀は剣や刃物を、使えない訳ではない。むしろ、短剣は得意な部類に入るが、一番の理由は、刃物は維持が面倒な割に、頻繁に使う場合は買い替える必要があるので、お金がかかった。

 それに、短棒は剣に比べ重量が軽く、持ち運びが便利な割に、鈍器としては十分な重さがあるのも好みだった。短剣で良いと思われるかもしれないが、鞘がいらないので体積も小さい。



「腕に鉄板入れる? いや、下手な受け方をすると骨が折れるか」

 腕のガントレットに鉄板を仕込むか悩むが、それを受ける手段に使うには、危険だった。


 単純な話で、腕で受けるには、度胸と覚悟がいる。

 冗談ではなく、一番危険な場所に飛び込み、斬り込み直前の安全な隙間すきまに合わせる判断が必要となる。不利な体格と重さで、鋭い一撃を片腕で防ぎきるなど無謀である。

 一方で、相手が素早く間に合わないと判断すれば、回避する柔軟さが求められる。これは経験が必要で、風を切りながら音速で迫る一撃は、盾か武器以外で受けたら間違いなく命に関わるが、失敗を経験するには、対価が大きすぎる。


 優紀は、十手で攻撃を受けるとき、角度をつけて『反らす』ことで、接触により衝撃を殺している。

 今の受け方を習得するまで、前世では何度も腕や手首を骨折し、握力が足りず武器を離してしまう事もあった。持ち方によって、外へ受け流すかつばへ誘導し、手首で衝撃を分散して足で踏ん張りを効かせ、力を逃がす技術を習得した。

 腕のみで受ければ、伝わった衝撃で骨が折れるか、痛みによって麻痺してしまう。


 強度の面でも、練り上げて鍛えた金属以外では、剣による一撃を何度も防ぐ前に鉄板が貫通するし、密度の高い金属を使用すれば、体積あたりの重量が増大する。両手に仕込むには重すぎて、片手だけにしても重心が崩れてしまうので、仕込みすぎれば動きにくくなる。


「そろそろ何か食べるか」

 素振りとはいえ、それなりに激しく動いたので、汗をかいていた。森の中であり、水浴びが出来る場所も近くにないので、そのまま野営に戻る。



「そういえば、一本くらい短剣も必要か……」

 優紀は、敵から奪った短剣を、野営に使っている。

 刃物は生きる上で、それなりに重宝するので、次に武器を手に入れる際は、購入することを決める。できるなら、投擲用に重心を調節したものと、刃が広くて厚いものも購入したかった。

 それは、戦闘スタイルが知られている相手に対する、対策でもあるのだが、語るのはまたいつか。



【自己鍛錬 第一回 完】

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