第4話 『戦闘狂』
優紀は、残ったお金を使って、女性用の皮の防具一式を購入した。
鎧にガントレット、丈夫なブーツ。インナーは体にぴっちり合わせたボディースーツを何枚か。
露出はないものの、ゲームの戦闘衣装みたいで、見る者に凛々しい印象を与えていた。
「この格好も、悪くないね」
防具を購入し、店内には女性冒険者に向けた試着室があり、そこで着替えを済ませる。戦闘用の皮革の鎧は、それだけで金貨一枚と半分の値段がした。
残りのお金は、銀貨500枚。追加で紺色のローブを購入し、所持金がさらに減る。
魔法使いのようなローブを羽織り、フードで顔を隠して?移動する。
腰には二本の短棒を、ベルトに挟んで持ち運ぶ。
「戦いたいな……」
特に目的もなく歩きながら、小さな声で、優紀は呟く。徐々に、人気の無い場所へ歩いていき、真っ当な主人公であれば、行わないであろう火遊びを、考え始める。
王都はとても広く、二時間ほど歩いても、外側には到着しない。
気付けば、そこはスラムと呼ばれる貧民街。中でも、とびきり治安が悪いところに到着する。
人がたくさん住む場所には、それなりの闇が出来てしまうし、社会からはぐれる人間は、日本だろうが異世界だろうが、少なくない。
路傍には、ホームレスらしき浮浪者が寝ていたり、料理屋らしき建物のゴミを漁り、見つかって殴られている者もいた。
「……」
フードの合間から見える格好は、およそ女である事がわかるよう、狙っている。フードの前を紐で結べば、およそ隠せるはずなのに、そんな状態で治安の悪い場所を歩けば、どうなるかなど自明の理。
優紀はそっと、フードの袖に隠すよう、右手で短棒を抜き、逆手に構える。短棒の長さは、優紀の肘までの長さであり、自然体で歩く分には、武器を構えているのを隠せる。
「そこの女、迷子か? よくねえなぁ」
「っ」
狭い路地を曲がると、それを阻む者が現れる。優紀は少し大げさに、息を飲む音を鳴らす。
三十代ほどの、顔に傷がある男が、優紀の前に立ち止まり、手下らしき人物が、回り込むように背後を固める。
全員が剣を所持しており、この男たちが、ただのチンピラではない事を証明している。素行の悪い冒険者か、どこかで雇われている用心棒だろうと、優紀は考えた。
一応、ナイフ程度であれば、安価で入手できるが、剣となれば奪うにしろ、そこそこの実力が必要で、自前での購入なら、それを購入できる、金銭的な余裕がある証明となる。
「なにか用?」
身構えるよう、右足から半身を引き、庇うように左手を前に出す。
そこに技はなく素人に見えるよう、少女はか弱い人間を装った。
肉食獣は、自分より弱いモノが逃げようとすれば、追おうとする本能がある。それは人間も例外ではない。
男の一人が、優紀の腕を掴もうとした。
「待て!」
しかし、それを止めたのは、顔に傷のあるリーダーらしき男性だった。
目を細め、こちらを訝しんでいる。この状況に、何かしら作為を感じ、第六感ともいうべき危険察知能力で、仲間に声をかけていた。
優紀は、久しぶりの合法的に人を殴れるこの状況を、逃したくなかった。
一歩前に出た男の顔面にめがけ、構えていた左手の裏拳で、側面から殴打する。
それではダメージは入らないが、ノックバックする程度には、不意を打てていた。
「!」
一瞬で怒りが振り切れ、殴られた男が剣を抜く。
リーダーの男が、なおも静止する声を上げるが、武力を売りにする冒険者の一部は、面子や体裁を気にする者も多い。格下と思い声をかけた小娘相手に、殴り返さねば気が済まないほど激高していた。
優紀は唇の端を上げ、挑発するように笑う。
「抜いたね?」
それでも、一般人相手に商売する仕事であり、そこにルールは存在している。素行が少し悪い程度なら見逃されても、剣を抜き、片方が死ぬような刃傷沙汰ともなれば、冗談では済まなくなる。
「このアマ!」
短気な男が剣を振りかぶり、力を乗せた一撃が襲いかかる。少女は久しぶりの実戦に、テンションがあがる。それなりに洗練された、人を殺せる一撃であった。
優紀は前に出て、相手が振り下ろす前に、自らの右腕で斜めに受ける。そこには短棒が仕込まれており、滑るように金属が擦れあう音が響いていく。
男の予想に反して、剣が優紀の肌を傷つけることはなかった。
拳の近くまで刃が滑ると、十手の鍔に刃が引っ掛かり、剣の威力は潰されてしまう。
そして、優紀が手首をひねると、棒と鍔で刃が固定され、押しても引いても、力の入らぬ姿勢のまま、膠着状態になる。
「――」
一息に、優紀は手首をひねりながら右腕を引き戻すと刃が半回転し、釣られて腕がねじれる力が加わると、男は手を離し武器が地面を転がってしまう。
「殺りあおうよ?」
優紀は右手に持った短棒の持ち手部分で、剣を払い落した状態から男の方へ殴りかかる。十手のグリップ部分で、顎に強烈な一撃を加える。
「ぐっ……」
人間が倒れる、鈍い物音がする。
一歩踏み出せば、今度は男たちが一歩を下がる。
優紀はまだ、暴れ足りない。
体を馴らす意味で、まだ魔力を使っていない。日本では全力で戦う機会などなく、ずっと退屈していたのだ。
フードを下ろし、顔を露わする。
黒髪で、幼さの残るあどけない少女の顔。そこには場違いにも、美しい微笑みが浮かんでいる。
それを見て、一歩詰めようとする男がいるが、相手のリーダーは手で押しとどめる。
「どうせ俺たちじゃ、お前を倒せない」
「こんな、か弱い女の子なのに?」
抑えていた魔力を、ほんのわずか解放する。男たちは知らないが、肉体と魔力の操作について、優紀は達人と呼べる域に達していた。
前世の記憶と、格闘技で自身を鍛えながら、少しづつ肉体に魔力を浸透させ、身体強化が使えるよう、独自に訓練していた。
魔力による身体強化があれば、男女に力の差などなくなる。腕力や脚力の増大から始まり、知覚能力、反射速度の向上など、さまざまな強化を可能とする。
「弱いふりして、獲物を見定める女狐なんて、相手にしたくない」
そういうと、顔に傷のある男は仲間たちに合図を送り、どこかに去っていく。なお、気を失った男は引きずられていく。
優紀は時差のある記憶をさかのぼり、このあたりで一番お金を持ってそうな、それでいて奪っても問題のない外道のいる場所を目指していた。
「まあ、いいか。この先に、たくさん獲物がいそうだし」
通常のルール、司法や行政の及ばない範囲で生きる者たちは、一般人相手に殺し合いをしない限り、権力から見逃される。貧民街と呼ばれる場所は、表では出来ない商売や、露見しては困る殺人の死体処理なども行われている。
「ここに来れば『情報屋』に会えると聞いたけど?」
優紀は、裏路地を入り組んで進み、狭い家のひとつ、その扉の前で止まる。
ノックをすると、扉についたスライド式の小窓が開き、中から誰かが瞳を覗かせる。
「――銀色の薬は持ってるか?」
くぐもった男の声で、何かを訪ねてくる。それは合言葉を求められているのだが、あいにくと優紀は知らなかった。
その為、両足に魔力を集中させ、爆発するような音とともに、蹴破って無理やり押し通る。
「どこの回し者だごらぁぁああ」
「テメェ、ナニモンじゃぁ!」
「生きて帰れると思うなぁぁァァ!」
貧民街で最もお金を持っているのは、後ろ暗い情報を扱う者である。襲撃して後腐れないのも、そういう者たちだ。
魔物と戦うのも、人間と戦うのも、優紀はとても楽しみにしていた。前世でも警備が厳しい敵集団には、必ず最前線で切り込んでいだ。
室内には、武器を持った集団がいる。剣を所持した者が大半なので、室内で戦う限りにおいて、小柄で武器のリーチが短い優紀の方が、有利だと言えた。
「タダで済むと思うなよ」
目の前にいる男たちの武器を売れば、それなりにお金になりそうな様子を眺めながら、優紀は抜いてなかったもう一本の短棒を、左手で持つ。
「っ」
遠慮なく振るわれる剣を、二本の棒で捌いていく。右手は逆手に、左手は順手に握っている。
右手で剣を受ければ、ねじって剣を挟み込み、左手の棒で手先を叩く。
左手で剣を受ければ、内側にひねりを加え、こちらも剣を挟むよう固定すると、舞うように回避しながら肘鉄の代わりに、逆手にもった右手の棒で、骨が折れるのも気にせず脇の下へ突きを入れる。
「このxxx、xxして殺す!」
連携する敵がいれば、絡め取った剣で他人をけん制しながら、身体強化した蹴り技を放ち、鳩尾・金的・脛などの急所を攻撃し、一撃で床に沈める。
(この身体は、無駄に魔力の通りが良い。魔力感度も高い――)
魔力感度とは、魔法や魔力による攻撃を感じ取る力。この世界では、強い者に対する魔法狙撃は、魔力感度が邪魔をして、察知されやすく成功しにくい。
「殺ス」
視界外、濃縮された魔力による攻撃を感じ取る。手に炎を纏った魔法使いらしい男が、優紀に狙いをつけていた。
「はっ!」
気合の入った掛け声とともに、優紀は左手の短棒に魔力を流しながら、打撃を遠くに届かせるイメージで、振り下ろす。
魔力の塊が、魔法発動中の男に命中すると、炎が霧散し、男が吹き飛ばされていく。
これは遠当ての斬撃(打撃?)という、誰もが使える訳ではないが、白兵戦において重要な技術でもある。
「気合い、いれて! 死にたくないなら!」
優紀は壁を蹴り、勢いをつけて方向転換すると、倒れた魔法使いの元へ一瞬で詰め、右足で鳩尾を踏み抜く。
「魔法使いなら! 死なないでしょ!」
この世界では、魔力が多いほど生存能力が高く、回復力が高くなる傾向がある。魔物を倒すことで、剣士でも後天的に魔力が増えるので、冒険者という仕事は命を懸けるほど、強くなる仕事でもある。
優紀は全員の意識を奪い、各人の懐から財布の中身を、半分だけ徴収していく。誰一人として殺さず、後遺症も残らない倒し方をしているので、再起は可能だと考えていた。
優紀としては、いつか再襲撃したり、または相手が報復に来る際、殺してしまえば頭数が欠けるので面白くないという、ズレた価値観を持っていたりする。生かしたのは慈悲ではなく、未来への投資である。
「あなたが、ここのボスよね?」
上の階に続く階段があるが、優紀はその前で立ち止まり、声を上げる。突き立てるよう、右手の十手を壁に叩きつけると、壁材が外れ、隠し部屋が露わになる。
その中には、老人が『透視の水晶』と呼ばれるアイテムを見ており、それは優紀が暴れた部屋の中を映し出していた。
「そうだが、望みは何だ?」
「この国で最近起きた、貴族がらみの事件を教えて。あと、ソードブレイカーと呼ばれるギルドの情報を」
「それを求める為だけに、わしの店を荒らしたのか?」
「金が無いから」
それを聞いて、老人はため息を漏らす。水晶に映る店内の様子を眺めれば、誰一人として死んではいない。
「……昔を思い出す。若い頃に、お前みたいな乱暴者が、金がないという理由で、訪れたことがある。わしも、そろそろ引退の時期なのか……」
優紀はそれを聞いて、老人の近くにある椅子へ腰を下ろす。何が面白いのか、微笑みを浮かべている。
老人は、焦点の合わない視線を手元に落とし、追憶に浸る。
「本来なら、強盗に渡す情報など無いのだが――」
――その内容を聞いて、千歳 優紀の異世界における、行動方針が決まった。