第3話 『まずは貰った剣を売ろう』
優紀は王城を出ると、城下町へ歩みを進める。そこは、勇者召喚を行ったカナリア王国の王都であった。
道行く者が、見慣れぬ服装をする少女を見て、しかし、王城から出た姿を見た者は、権力の影を感じ、素通りしていく。この世界で、平民が、貴族や王族に関わるのは、とても危険な事だったからだ。
高校の制服は、この世界における礼服に近く、騎士の制服にも、国に仕える官吏(役人)の服装にも見え、その影響で誰も声などかけてこない。
まず優紀が向かったのは、武器屋さん。
「……いらっしゃい。身分証はあるかい?」
カナリア王国に限らず、人類の敵は人間だけでなく、魔物という脅威がある世界である。
だが、武器を購入するには、身分証を必要とする。
厳密な書類こそ必要ないが、身分と名前を控えた記録を、二年ほど保管する義務がある 。
盗品の持ち込みや、テロ・政治的な暴動の可能性を考慮したもので、身分の証明できない人物に対しての武器売買は、多くの国が禁止していた。
仮に、記録の義務を怠った場合、犯罪が起きた時に記録の提出がなければ、使用された武器を売買した店側にも、相応の罰則が科せられる。
盗品の売買に関わった業者や、無法者へ武器を供与した者は、損害に応じて罰金や禁固刑を科せられたりする。
そうはいっても、身分を得るのは簡単な事でもある。
例えば、冒険者という職業は、身分としても機能する。就くには、冒険者協会と呼ばれる場所で登録すればよく、戸籍のチェックなど無い。悪く言えば、偽名でだって登録できる。
登録料が、平民の月収ほどの金額を許容できれば、という条件がつくのだが。
冒険者とは、魔物を倒し生計を立てる者を指すが、日雇いの『なんでも屋』として扱われたり、私兵を持たない商人や旅人が、街までの護衛として、雇われる事もある。
身分といえば、永住権を持った住民も、それを証明する証を持っている。武器の購入なら、国に認められた商人が、従業員へ発行する証明書でも良かったりする。
簡単な取り締まりは行うが、厳しい制限を課す訳ではない。それは、魔物がいたり、魔法という攻撃手段がある世界で、武器を必要とする人間が、それなりにいるからでもある。
「これで、大丈夫?」
優紀は、城で受け取った『勇者の証』を見せる。ペンダントになっていた。そこには、王族が認めたという印と、この世界で『勇者』を示す印が刻まれている。
「そいつは……」
服の上からでもわかるほど、筋肉ムキムキな、武器屋の店員。口調は丁寧とは言い難いが、武器屋という職業は、馬鹿では務まらない。
身分証となる証や刻印を勉強し、取引相手の素性を察する為の教養を必要とされる。
それに、城下町に住む者であれば、王が民衆へ広めた『勇者召喚』の噂を聞いており、勇者が店に来た場合の対応を役人が説明していたという、裏事情もあった。
なので、武器屋の店員は身分証を偽物だとは思わなかったし、勇者の証自体は、昔から絵本にも描かれるものだ。
一方の王家の証は、偽造すれば死罪となる上に、証に使われる金属は特殊な輝きをするので、伝え聞いた特徴から武器屋の店員は、それが本物だと判断していた。
「今日は、どんな御用で?」
「これの買い取りと、武器の購入を」
優紀は、王城で渡された剣を売りに出す。騎士用に量産されたそれは、粗悪品ではないが、耐久性に難があるもの。
「金貨二枚だ」
「わかった」
金貨一枚は、銀貨千枚の価値があり、銀貨一枚は、銅貨千枚の価値がある。一般的な平民の月収が、金貨一枚ほどであるといえば、その価値がおおよそ分かるだろう。
武器屋には、店内に並べられたものから、壁に立てかけてあるものまで、多くの武器があった。
優紀は、武器を眺める。
優紀は前世、短棒・警棒のような武器を好んだ。頑丈で、取り回しやすいのが利点で、刃を潰されることが無い為、メンテナンスもしやすい。
その中でもは、持ち手の部分から先に、刃をひっかける機構がついた短棒を、好んで使用していた。
日本人に馴染みやすい名前なら、十手といえば、分かりやすいだろう。
「この短棒を二本ください」
「……お客さん、その武器は、扱いにくいよ」
「何か問題でも?」
「いや、二本で金貨一枚だ」
金貨二枚で剣を売り、短棒二本で金貨一枚となった。差し引き、金貨一枚が懐に入る。
「お客さん、字は書けるか?」
「書ける」
「じゃあ、ここに署名を」
渡された紙に、この世界の文字で『チトセ』と書く。
勇者の証には、一般的な身分証とは違い、本人の名前が書いてないので、偽名を使えてしまうのだが、あえて嘘ではない、苗字のみを記名する。
店員は、受け取った紙の身分欄に『勇者』と記載していた。
私は背を向け、店を出る。
「私が死んでから、まだそんなに経過してない」
――この世界は、優紀が前世を生きた世界で、間違いなかった。それも、死んでから二か月しか経過してない。
今となっては、未練があったかどうか、本人は覚えていなかった。